『深行くんといっしょにいたいよ。その場所がどこになってもいい、外国なら外国でもいい、深行くんといる』
必死にぎゅうっと背中にしがみついてきた泉水子は震えていて、でも、あたたかくて。
直面している危機的状況が一瞬だけぶっ飛んだ。
そんな場合ではないのは百も承知なのに、嬉しさが胸に広がっていくのを深行は止められなかった。
必要だと言えと言ったのは深行なりの告白であり、ようやくお互いの想いが通い合ったのだと。そう思った。
玉倉山に行けることになったまでは良かったが、雪政の嫌がらせでふもとから登るはめになった。
それでも山頂で泉水子の姿を見れば、呪いたくなった父親への恨みも、死ぬほどの疲れさえもいくらか軽減された。
泉水子がくれたココアはひどく甘く、けれど、命の水のように優しく身体に沁みわたるものだった。
深行が海外へ行くなら一緒に行くと言ったことをあらためて確認すると、泉水子がはにかみながらも肯定する。
険しい山道を長時間登り続けて疲弊した身体。降ってくるような星空の下では、深行の考え抜いた提案にそれはそれは嬉しそうにはしゃいでいる愛しい存在。
これで感極まらないほうが無理な話だろう。
泉水子の手は手袋をしていても小さい。何度も握ったなと思いながらも、壊れものを扱うように包み込んだ。
ハンドライトを消し、満天の星空を仰ぎ見る。
そして、止まることなく言葉を紡ぐその唇を、そっと塞いだ。
(・・・あれで分かってないとか、ありえなくないか?)
確かに直接的な言葉は何も口にしていないし、泉水子からも言われていない。あらたまって言うこともできず、だからこそ行動で示したつもりだったのだが。
けれど世間知らずの泉水子のこと。肝試しの一般的な下心も理解できないほどに疎いのだから、その点は反省すべきだったのかもしれない。
それにしても、と深行はため息をつく。
付き合ってもいないのにキスをしたと思われていたのだろうか。
(かなり複雑なんだが・・・)
教師に頼まれた所用を終え、そんなことを考えながら管理棟の廊下を歩いていたときのことだった。曲がり角の向こうから、頭を占めていた彼女の名が聞こえて深行は足を止めた。
「鈴原さん。・・・相楽くんと付き合っているって本当なの? 鈴原さんから告白したの・・・?」
「え、ええと・・・」
困ったような泉水子の声。
こうなることはある程度予想していたけれど、深行は泉水子との交際を隠すつもりは毛頭なかった。
『この場を阻止する権利など、きみにはあるの?』
村上穂高にそういわれたとき、妙に腹が立ったのを覚えている。
もちろんあのときは、ここまでの気持ちを抱えていたわけではなかった。好きになんて絶対にならないと思っていた。雪政の思惑通りになど、死んでもなってやるものかと。
それなのに、いつの間にか何よりも大事な存在となっていた。
学園祭のホラーハウスの件では、上級生に言い寄られたことを聞いて抑えきれない焦燥感にかられた。パートナーというだけでは何もできないことが歯がゆくて、それどころか泉水子に八つ当たりをする始末。あのときは自己嫌悪に陥った。
ようやく正当な権利を得たのだ。それを使わないでどうする。
浸透させるまでの辛抱だ。周囲の雑音もきっと数ヶ月だと思う。真実こういうことはかなりの勢いで苦痛だが、泉水子を守ると決めたのだから覚悟を決めなければ。
深行は軽く息を吸い込んだ。
「本当だよ。それと、鈴原からじゃなくて、俺からなんだ」
「え・・・っ」
「ええ・・・っ!」
絶句する女子ふたり。顔を青ざめた女子とはほとんど面識がなく、おぼろげにB組だと記憶している。
深行の言葉に飛び上がらんばかりに驚いた泉水子を見て、深行はまたかよ、とガックリ肩を落とした。
「・・・お前な、いい加減にしろ。あれだけ言って、どうして分からないんだよ」
昨日、まったく分かっていなかった泉水子に、「つきあっているつもりだ」とはっきり伝えたはず。深行は顔をしかめて見下ろした。
「だ、だ、だって・・・深行く、相楽くんからって」
泉水子は口をパクパクさせながら真っ赤になっている。
「わ、私が、場所がどこになっても一緒にいたいと言ったから、年が明ける前に来てくれたのだと、そう後から気づいたのだけど」
「だから、それよりも前に・・・」
焦れながらも言いさして、深行と泉水子はハッと隣にいた女子に気がついた。こちらの視線を受け、女子はまるで砂でも吐きそうな顔で苦笑して、
「なんか・・・充分、分かった気がする。私は消えるので、続きをどうぞ」
「えっ、あの・・・!」
泉水子がおろおろと呼び止めるのも聞かずに去って行った。
しん、と急にふたりきりになって、照れくさいような、死ぬほど気まずい空気が流れた。泉水子がもじもじと両手を組み、うかがうように深行を見上げてくる。
「深行くん。じゃあ私たちは、その・・・おつきあいしているということでいいの?」
頬を染め上げた泉水子にじっと見つめられ、嘘みたいに鼓動が速くなる。
『おつきあい』という言い方が妙に可愛いだなどと、どうでもいいことが頭に浮かびながらも、深行は眉根を寄せた。
「・・・そう言ってるだろ」
泉水子は少しうつむくと、組んだ手を解いて両方の手のひらを頬に当てた。耳まで赤くして、とても嬉しそうにはにかんでいる。
・・・なんだろうこれは。こんな気持ちははじめてだった。胸を射抜かれるとは、こういうことをいうのだろうか。
泉水子の笑顔を見て、深行の決断は間違っていなかったのだと心から思った。いくら険しい道になろうとも、これからずっと、ずっと大事にしたい。
混じりけなしの気持ちで、深行はそう決意した。
* * * * *
放課後、生徒会室のドアをガラリと開けると、中にいたのは眼鏡コンビだけであった。
星野と大河内は、本から顔を上げて、にこやかに手を軽く上げた。
「よう」
「早いですね。まだ会議までは、けっこう時間がありますけど」
深行は早めに来て作業を進めておこうと思ったのだが、先に先輩たちがいたことに少し驚いた。眼鏡コンビは顔を見合わせると、にやっと笑った。
「深行くん、鈴原さんと付き合いだしたそうじゃないか。これはぜひ話を聞きたいと思ってね」
(きたか・・・。さすが、情報が早いな)
当然こうなることも予想済みであった。当てこすりで下の名を呼ばれたことはイラついたが。
「事実ですけど、別に先輩が楽しめるような話は何もありませんよ」
「またまた。きみは手が早そうだから、冬休み中にキスのひとつでもしたんじゃないか?」
深行はげんなりと眼鏡コンビを見やった。おそらく深行が早く来るのを見越して、からかうためにやってきたのだ。この暇人ふたりは。
その手に乗るかと、深行は星野たちが読んでいる漫画に目を向けた。
「少女マンガ? 先輩、そんなの読んでるんですか?」
彼らの二次元世界に対する情熱は理解しているけれど、少女漫画は意外だった。ぱちくりしていると、大河内は苦い顔をして微笑んだ。
「すげえ人気だっていうからクラスの女子に借りたんだよ。でもやっぱり理解できん。こんな男、いるかよなあ」
深行もつい笑ってしまった。だいたいこういうものは、読み手の願望が詰め込まれているものだ。その要素が多いほど人気が出るのは当然の話だ。
逆に男向けの漫画にだって、理想を抽出した女性キャラが出てくるのだからおあいこだろう。
「相楽も読んでみろよ、これ。理想のシチュエーションらしいぜ」
はっきり言ってかなり面倒くさいが、ここで相手にしないともっと面倒なことになりかねない。深行はここを訪れる前に購入した350mlペットボトルのふたを開け、コーヒーを口に含んだ。
「きらめく満天の星の下で彼女のファーストキスを奪うとか、こんなことさらりとできる男が現実にいんのか」
言いながら大河内は深行に漫画を突きつける。
「・・・っ! げほっ」
目の前にはまさにそのシーンがあり、深行は喉を詰まらせた。吹き出すのはすんでで堪えたものの、激しく咳き込んでしまった。
「なあんだ。一発目でビンゴかよ」
「な・・・なん、どういう、意味ですかっ!」
息も絶え絶えに睨みつけると、大河内は楽しげに漫画をちらつかせた。
「さぞかし充実した冬休みだっただろうと、星野と賭けをしててさ。お前なら素でやりかねない女子の理想シチュエーションを一個ずつ見せて、反応させたほうが勝ちってわけだ。無反応のドローも覚悟してたんだが、さすが相楽。期待を裏切らないな」
俺たちなりの祝福なんだぜ、とそれは楽しそうに眼鏡コンビから肩を叩かれて、上級生に軽く殺意が芽生えた。
まんまと引っかかってしまった屈辱に拳を握りしめていると、ドアの外からこちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。顔にどんどん血液が集まるのに、このままでは他の執行部員たちが入ってきてしまう。
深行は急いでポーカーフェイスの立て直しに全力を注いだ。
続く
おさわり厳禁。ラブラブ警報発令中。
ひやかされまくったり、フォローに牽制にと、深行んはしばらく忙しそうです(笑)
深行くんは一見リア充かもしれませんが、眼鏡コンビは彼を知るにつれ、不憫属性を嗅ぎ取って気に入ってると思ってます☆
そしていじられキャラへ・・・
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RDG6巻原作終了直後の冬休み明けからです。
勝手妄想満載ですので、原作のイメージを大事にされたい方は、閲覧にどうかご注意ください。