「先生。ご褒美ください」
けっして偏差値が高いとは言えない大学に通う俺が、美沙ちゃんの家庭教師を始めて数ヶ月が経った。美沙ちゃんが、世界最高水準の可愛いドヤ顔で模試の結果を見せてくる。
C判定。
俺の通う三流大学にC判定である。
正直、お世辞にもいいとは言えない成績だ。
しかし!しかしである。数ヶ月前の美沙ちゃんの成績は、赤点がずらりと並んでいた。中学生の頃から保健室登校。高校一年生はほぼ休学していた真奈美さんにも負ける成績だったのだ。姉妹で遺伝子的には近いはずなので、学校の授業の有用性が疑われる。
もちろん当時の模試は全てE判定。志望校の再考を求められるレベルというか、それ以上志望校のレベルを下げるくらいなら、いっそのこと大学に行かない方がいい大学しか残らないくらいだったのだ。以上をかんがみるにC判定と言うのは実に立派な成績である。伸び率で見たら驚異的と言ってもいい。
俺も別に勉強をちゃんと教えたりしてなかった気がする。美沙ちゃんがサボらないように後ろで見張ってただけだ。つまりこの成績アップは、すべて美沙ちゃんの努力の功績である。ご褒美をもらうべきだ。
「うん。よくがんばったね。で……ご褒美って……なにか欲しいの?」
しばらく前から一応、家庭教師ということで市瀬家から時給を貰っている。
お父様が申し出てくれたときには当然断ったのだが「世話になる一方ではよくない」「なにより、直人くんが他のバイトを始めて美沙がまたサボりはじめたら困る」ということで、最低賃金程度受け取ることになった。さらに先日のコミケで、つばめちゃんから宅急便代分を貰っている。つまり手元には少しだけ現金がある。美沙ちゃんにご褒美を買うのはやぶさかではない。
「お兄さんが欲しいです。結婚してください」
はいっ!誓いますっ!
危ない。
きらきらの可愛い笑顔に一瞬操られそうになった。美沙ちゃん級になると、笑顔ひとつにチャーム効果がかかっているので気を確かにもっていないと軽々と操られてしまう。
「いや。それはこっちにもご褒美すぎるので、だめだと思う」
「相思相愛ですね」
きらきらっ。
駄目だ。死のう。美沙ちゃんが可愛すぎて今日も生きているのが辛い。
「おにーちゃん、ただいまー」
ぼふ。
妹ではない。美沙ちゃんの姉であり俺と同い年の真奈美さんが帰宅して俺の背後から飛びついてくる。ここのところ、真奈美さんは怯えたようなところが減って若干快活さが増した。いい傾向だ。ただし俺の呼び方が完全に「おにいちゃん」で固定されてつつあるのは、若干むずがゆい。この世にリアルで「お兄ちゃん」という呼ばれ方をする人間がいるとは思わなかったが、なんとこの自分である。
「お姉ちゃん!私のお兄さんに勝手に抱きつかないで!」
まるで、俺が市瀬家の長男みたいなことになっているが実は違う。俺の妹はAAAカップでチビでデスメタルで、人間ハードディスクだ。おまけにファイル削除の出来ない欠陥つきで、セーブしっぱなしだ。
「むー」
美沙ちゃんの抗議もガン無視で、真奈美さんが俺の背中にぐりぐりと顔を押し付ける。顔と一緒にほんのりと柔らかなパーツもぽにゅぽにゅ当たる。
「おにいちゃん分、補給するのー」
補給かー。補給じゃしかたないなー。気持ちいいし。こうやって抱きつかれると、ジャージの中の柔らかな女性らしい部分と、ほっそりとした手足の感触がタダモノではない。最初の頃は、真奈美さんに異性を感じると色々ヤバいので自分を偽っていたが、これはもう認めた方がいい。
真奈美さんに抱きつかれると気持ちいい。
でも、ここは市瀬家のリビングで、キッチンからは美人な由利子お母様が慈愛顔で微笑んでいるので居心地は悪い。気持ちよさと居心地の悪さが、心の左右に圧し掛かってバランスを取っている。シーソーの左右に同じ重さの重りをどんどん増やしていくとどうなるか知っているか?シーソーが折れるんだ。
お母様の前で変な虫が大切なお嬢様に抱きつかれて、もう一人のお嬢様が三流大学に通う将来性のはなはだ疑問な変な虫に求婚しているシーンである。
殺虫剤されるまえに逃げたい。
「み、美沙ちゃん。もう少し、なにか買うとかどこか行くとかライトなご褒美でどうだろう」
状況を誤魔化すために、話を元に戻す。背中には相変わらず真奈美さんがお兄ちゃん分を補給中だ。俺は背中に真奈美さんのBカップ圧力補給中だ。
「……あ、じゃあ、念願のプール行きましょう!プール!」
美沙ちゃんが両手を胸の前で合わせて、ぱっと笑う。きらきら美少女粒子が飛び散る。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
俺は天を仰いで神に感謝した。美沙ちゃんとプールである。神様に感謝だ。
そしてついに週末。
平日の間、大学でも家でも俺の全身からハッピーなオーラが吹き出していて、みちる先輩や妹にキモがられたが些細なことである。
なんと言っても、美沙ちゃんとプールデートである。美沙ちゃんの水着である。身長百五十五センチ。Dカップ。ウェスト五十三センチの美沙ちゃんとプールデートである。健康な男子として興奮せざるを得ない!
「こっちです。お兄さん」
待ち合わせ場所の駅に行くと、とびきり可愛い空色のワンピースを着た美沙ちゃんが不機嫌そうな顔で待っていた。その後ろにいつものジャージ着用の真奈美さんと、ブラウスとプリーツスカート姿の由利子お母様が立っている。
「……お兄さんと二人っきりでデートの予定だったのに……」
不機嫌そうにすねる姿まで可愛いのは、本物の美少女の証である。「笑顔が可愛い」と言うのは、実は褒め言葉ではない。笑顔が可愛いのは当たり前だ。一番可愛い表情なのだからな。「笑顔が可愛い」は「笑顔になれば可愛いが、それ以外は別に可愛くない」である。通常は可愛いラインより下にいて、笑顔ボーナスがついたときのみ可愛いラインを超えるという意味なのだ。美沙ちゃんは、不機嫌顔だろうが、闇顔だろうが、常にぶっちぎりで可愛い。これが本物の「かわいい」だ。
美沙ちゃんは不機嫌だが俺は、別に真奈美さんが一緒でも構わない。真奈美さんが一緒に外に遊びに出たがるとか、こっちだって嬉しくなる普通っぷり。普通が一番。
由利子お母様も大丈夫だ。由利子お母様のお目付けがついていると美沙ちゃんに不埒なことはできなくなってしまうが、もとからするつもりがないから大丈夫なはずだ。ぜんぜん残念じゃない。ぜんぜん残念なんかじゃないんだからねっ!
「よぉ。二宮。久しぶり」
「二宮くん、おひさしぶりー」
「おひさー」
背後から声をかけられて振り向くと、懐かしい顔ぶれが立っていた。ハッピー橋本とその彼女の東雲史子さん。忘れているかもしれないがFカップだ。おおう。夏は女の子の服装が薄着になって迫力すごいよね。襟元の広く開いたワンピースにグランドキャニオンが輝く。そして、あいかわらずひょろっとしたロリコンの上野と、その彼女の八代美奈さん。ミクロ系の八代さんは社会人になっても、相変わらずのロリっぽさで上野の犯罪者臭がハンパない。おまわりさん、こいつです。
「なぜバレた。帰れ。橋本。上野お前もだ。即座に帰れ。八代さんと東雲さんは一緒に行こう。特に東雲さん」
東雲さんの水着姿は、ここで拝んでおかねばならない。
「にーくん、なんで置いていくっすかーっ!」
一つ遅れた電車でやってきたであろう妹が改札口から駆け出してくる。
「真菜ちゃん♪誘ってくれてありがとうー」
ロリコン上野が妹にキモ笑顔を向ける。そして、俺も犯人発見である。
「貴様かぁーっ!」
「ぎゃーっ」
妹の顔面を鷲掴みにして中指と親指をコメカミにえぐりこませる。鉄の爪。アイアンクローで鉄拳制裁である。
美沙ちゃんとのプールデートのはずが、同窓会みたいなことになった。
そして総勢九人の大所帯になってバスを待っているときに、ふと気がつく。
以前、真奈美さんは一緒にお風呂に入るときに、小学校のころのスク水に十八歳のボディを無理やりに押し込んでいたのだ。中学校からプールの授業に出たことも、プールに遊びに行ったこともない真奈美さんの持っている水着は、小学校の頃のスク水だけだったはずだ。まさかアレを公共の場でやるのだろうか。というか、そもそも真奈美さんが公共の場でジャージアーマーを脱いだりして大丈夫だろうか。プールの中なら漏らしても大丈夫だな。大丈夫だ。ちがうぞ。大丈夫じゃないぞ。俺の頭が大丈夫か?
「真奈美さん……水着、まさかあれ?」
俺の右腕に顔をみっちり押し付けて、即席ヘッドマウント引きこもりしている真奈美さんに耳元で尋ねてみる。
「……う、ううん。お、お母さんと買いに行った……」
由利子さんを見ると、にっこり微笑んでいた。
「真奈美とすごく久しぶりに買い物に行けたわー」
幸せそうである。母親の笑顔である。いいことだ。
真奈美さんの水着姿か……不安なような楽しみなような……。
レジャープールは機械制御である。波は出るし、流れるし、ウォータースライダーもある。
入場券を買って、中に入る。
「じゃあ、また後でお兄さん。水着姿楽しみにしててくださいね」
「うん、また後で」
にっこり微笑む美沙ちゃんに、微笑み返す。ニタァ……。
「にーくん、最高にキモいっす」
知ってる。黙れ。
美女美少女軍団+人間ハードディスクメタル妹と別れて男子更衣室へ入る。妹はメタル妹なので、きっと水着とか蒸着したり焼結したりすると思う。
「橋本。お前、日焼けしてるな」
「今年四回目だからな。プール」
「あー」
「あー」
俺と上野が同時に納得の声をあげる。東雲さん(Fカップ)が彼女では、夏はプール四回目になる道理である。
「上野は、あんまり日焼けしてないな。八代さんとプールとか来ないの?」
「スク水着てくれって言ったら、断られた」
「だめなんだ?」
おかしいな。
「おい。二宮。おまえ、彼女ができたらおっぱい揉み放題だと思っているタイプだろ」
橋本が変なことを言い出す。
「ちがうのか?」
「ちがうのか?」
「ちょっとまて。童貞こじらせ系男子の二宮が痛々しい勘違いをしているのはしかたないが、なぜ上野がその反応になるんだよ。貴様まさか!」
「まて!俺は、別にところかまわず美奈のおっぱい触ったりしてないぞ!」
TPOが揃えば触っているんだな。このロリコン野郎。事故を装ってプールに突き落としてやる。あと橋本が頭おかしい。東雲さん(Fカップ)が彼女でおっぱい揉んでないわけがない。ここに到着するまでのバスの中で、おっぱい揉んでなかったのが謎だ。
彼女が出来たら、おっぱい揉み放題に決まっている。そんなのは世界の常識だ。
余計な男子トークをしながらも、あっという間に着替え終わって更衣室を出る。
「楽しみだ」
「ああ。楽しみだ」
「楽しみだな」
超絶天使美少女美沙ちゃん。美魔女お母様由利子さん。Fカップ東雲史子さん。合法ロリっ子八代美奈ちゃんの水着姿が一同に拝めるのだ。男子として、これ以上に楽しみなことはなかなかあるまい。今、このプールにいる全ての男性から一万円ずつ貰ってもいいんじゃないかと思うほどだ。
「真菜ちゃんの水着も楽しみだ」
「楽しみだ」
橋本と上野が頭おかしい。あいつハードディスクだぞ。体形もハードディスクだ。完全フラットだ。
「おまたせー」
きたぁっ!うおおおおおっ。
ぷるん。ぽゆん。ぷるん。ぽゆん。
ぐはあぁ。死ぬぅー。美沙ちゃんの水色セパレートタイプの水着姿に、Dカップが重力に逆らって弾む。反重力砲でハートを打ち抜かれて心臓が止まる。今日も美沙ちゃんが可愛すぎて生きているのが辛い。
ばゆんっ。ぽよぉん。
うおおっ。すまん、橋本よ。友人の彼女に失礼だとは思うが、フリルのついたビキニ姿の東雲さんの超乳の揺れ方は超次元振動級で、世界がゆがむほどの威力がある。骨盤が広い子ってエロいよね!エロいよね!
「あっ」
ぐりっ。美沙ちゃんに両手で顔を掴まれて、向きを修正される。
「お兄さん。よそ見しちゃ駄目です」
わかる。駄目だった。
その後ろから、合法ロリっ子八代さんがワンピースタイプの水着で現れる。かわいい。ミクロ可愛い。東雲さんや美沙ちゃんの大量破壊兵器級ではないが、ピンポイントでロリコンさんの息の根を止めるロリ狙撃だ。
「上野、お前、こんな可愛い彼女がいてうらやましいな。この。このぉおーッ!」
お茶目なスキンシップのフリをして、上野をアルゼンチンバックブリーカーで担ぎ上げる。そのままプールの縁まで走っていって投擲。
「橋本!お前もうらやましいな。この。このぉおおおーッ!」
橋本の脚を掴んで、ジャイアントスイング。そのままプールに投擲。
いやー。ちょっと肩を叩いたら、プールに落ちちゃったよー(棒)
それにしても、この東雲さん(Fカップ)とこの八代さん(合法ロリ)とつきあっているとか爆発しろ。このFカップがいつでも揉めるとかうらやましすぎる。爆発しろ。みちる先輩の気持ちが今なら分かる。
「にーくん、こっちに感想はないっすか?」
「ないね」
ハードディスクが水着を着ても感想など湧かない。俺は美沙ちゃんの水着姿を堪能するので忙しいんだ。
「あれ?そういえば、真奈美さんは?」
美沙ちゃんの鎖骨から目を離さずにたずねる。気を抜くと、視線がDカップの谷間に下がってしまうので、ギリギリ鎖骨で耐えているのだ。
「お母さんが、着替えさせていました」
だよねー。自分で着替えるの大変そうだよねー。
「市瀬さんって……」
「すごいよね……」
東雲さんと八代さんが、顔を見合わせる。あ、もしかして真奈美さん、前髪どけたのか?
「え?」「うわっ」「あれ」
その瞬間、プールサイドのあちこちから声が挙がる。
やっぱり。
更衣室の出口から、髪を後ろで束ねて顔を出した真奈美さんが出てきていた。ひきこもりなライフスタイルのおかげもあって、真っ白な肌にセルロイド人形のような整った顔立ち。美沙ちゃんよりも更に長い手足のスレンダーな身体を桜色のビキニに包んでいる。
なにあれ?CG?
「おにいちゃーんっ」
その真奈美さんが、すらりとしたバービー人形みたいな脚で駆け出して、俺のほうに突進してくる。
えっ。
フリーズしている間に真奈美さんに抱きつかれる。むぎゅー。
「ひおおぅ」
変な声が出た。こっちも海パン一枚なのだ。すべすべっ!すべすべすぎる!身体のあちこちに当たる真奈美さんの肌がすべすべすぎる。
ヤバい。もう二度とこのプールには来れない。監視員も含めた周囲の視線に殺意が満ち満ちている。ニュータイプの感覚が俺に伝える。プールサイドの全ての男子が俺に爆発を期待している。
「あらー。真奈美大胆ねー。どう?直人くん、気持ちいい?」
母親とは思えぬ発言と共に、紺色のワンピースタイプの水着姿で由利子さんが微笑む。
そして、押し付けられる真奈美さん圧力と、俺の両腕を拘束して引きずる橋本と上野の力に抗うすべも無くプールへと連行される。
「二宮」
「おまえ」
「うらやましいな」
「この」
「せぇーのっ!」
そして、重力が消えて空が見える。プールへと投擲されながらも真奈美さんは離れない。真奈美さんと共に、しばしの空中遊泳を楽しんだあと水面を背中に打ち付けて、盛大な水泡と共にプールの底へと沈んで行く。
真奈美さーん。
離れないと、おぼれるよー。
あわてず騒がず。パニックになってはいけない。水中で冷静に真奈美さんの髪を束ねているゴムを外す。プールの底に足を着いて、真奈美さんの背中を押さえて一緒に立ち上がる。
ぷはっ。
「なにすんだっ!」
「人のこと言えないだろ!」
「あと、お前は水に放り込んでも死なないのは実験済みだ!」
川に自転車ごとダイブしたのは実験じゃない。さらに言うと、あの時は少し死んでた。二宮直人は川に自転車ごと放り込むと死ぬ。
プールの中でも相変わらず真奈美さんがみっちり抱きついていて今度は体温が気持ちいい。というか、これ以上この状態が続くと危険だ。俺の身体に封印されし魔物が目を醒ます。具体的には股間に封印されし魔物である。
くっ。こ、このままでは……。
「真奈美さん、お、俺の身体に封印されし魔物が目覚める!離れるんだ!」
婉曲的で中二病的な表現で危険を知らせようと試みる。
「え?大丈夫?抑えるお手伝い…したほうがいい?どうしたらいい?」
抑えるお手伝いが具体的には非常に危険なので、離れて。お願い。猛り狂う暴竜が、封印を押しのけて、その恐るべき頭を覗かせてしまってはいけないのだ。
ゆるゆると真奈美さんを引き剥がして、プールサイドへと上陸する。真奈美さんの手を引いて引き上げる。髪を束ねているゴムを外したから、濡れた前髪でまた顔が隠れてノーマル真奈美さんに半分くらい戻っている。それでも、いつものジャージじゃなくてビキニなんて着ているから、モデルさんもびっくりのすらりとした手足とスタイルが目立つ。
「あれ?美沙ちゃんは?」
「真菜ちゃんと一緒にウォータースライダーに行ったよ」
八代さんが教えてくれる。
「上野は?」
「ウォータースライダーの出口に行ったよ」
「罰を与えに行こう」
「行こう」
八代さんと真奈美さんと連れ立って、上野に正義を執行しに行く。
ウォータースライダーの出口付近では上野以外にも邪悪さをたたえた連中が数人いた。端から順に正義したくなったが、怖い人が混じっているといけない。臆病な俺は恐怖に屈して正義を引っ込める。
そして怖くない弱者である上野にのみ正義を執行する。具体的には背後から、プールに向かってけり落とす。その上で八代さんが這い上がろうとする上野の頭を押さえる。頭を水面下に押し付けられて、上野がバタバタともがく。
「上野くんの彼女はだれかなー。そんなにDカップポロリが期待かなー」
八代さんが柔らかく微笑みながら、上野に罰を与えている。実にナイスな光景だ。こんな可愛い彼女がいながら、美沙ちゃんのポロりを期待する奴など溺れ死んでしまえ。
そう思う間も、俺の目はウォータースライダー出口を逃さない。邪悪なる上野に正義が行われている光景もステキだが、今にもウォータースライダーから天使が舞い降りるかもしれないのだ。
「きゃー」
少し舌足らずな声と共にウォータースライダーから、東雲さん(Fカップ)と橋本が滑り降りてくる。橋本が東雲さんを背後から抱えている姿勢だ。水圧で揺れるFカップがばゆんばゆんと弾んでいる。橋本にも罰を与えなければなるまい。うらやま死刑だ。
続いて美沙ちゃんの声がパイプの中から聞こえてくる。きたぁっ!動体視力全開!ザ・ワールド!時よ止まれ!
オレンジ色のワンピースと言うどうしようもなく色気の無い水着に、色気の無いボディを包んだ妹を美沙ちゃんが後ろから抱えるように滑り降りてきた。
邪魔っ!
真菜、お前邪魔っ!美沙ちゃんの弾むDカップが見えないだろうが!
今日も妹が邪魔でしかたない!おのれぇっ!
「直人くん。真奈美とスライダー行ってあげて!ほらほら!」
俺の心の叫びを知ってか知らずか、後ろからついて来ていた由利子お母様が、俺の左腕を掴んで反対側の手で真奈美さんを捕まえて、ウォータースライダーへと連行する。由利子お母様。俺と同い年の娘さん(真奈美さんのことだ)がいるとは思えぬ若さで、市瀬美人遺伝子オリジナルである。そうやって左腕を掴まれて、とある部分が当たるとこれまた封印されし暴竜が……。
「三人ですか?」
ウォータースライダー上部の係員が、俺、真奈美さん、由利子さんの三人を見て怪訝な顔をする。というか、具体的には俺に『ハーレムか貴様?死ねよ』という殺意を向けてくる。ニュータイプである俺には分かる。
「いえっ!私と二人です!」
そう言って、背後から美沙ちゃんが俺に飛びついてきた。いよいよ係員から殺意のオーラが高まる。
「危険ですので、お二人ずつお願いします」
さすがのプロ意識である。そして『危険ですので』がダブルミーニングである。これ以上、係員の兄ちゃんを刺激すると、新月の晩に俺が外を歩けなくなってしまう。
「ほら、美沙。最初はお姉ちゃんに譲ってあげなさい」
由利子さんがお母さんする。そうなんだよ。係員の兄ちゃんよ。この一見二十代にしか見えない美人さんは、三十代後半でこの子たちのお母さんなんだよ。だからやましくないんだ……。
「じゃあ……」
真奈美さんが前。俺が後ろで、真奈美さんを背後から抱きとめる。
うわ。細っ!
ジャージアーマーをキャストオフした真奈美さんのウェスト、細っ。あと肩が薄い。肌はセルロイドのような肌理の細かさだし……。分かっちゃいたけど、真奈美さんの美人遺伝子発現度は異常だ。ほとんど自然に出来た人間と言う感じがしないレベルだ。すらりとした手足のスタイルは言うまでも無く。
「それでは、どーぞー」
うっすらと殺意を帯びた係員の声を背中にウォータースライダーを滑る。
じゃー。
無言で、真奈美さんと滑り降りる。別に悲鳴とかも挙がらない。
ばしゃー。
出口でプールに放り出されても、別に悲鳴も挙がらない。
意外ではない。真奈美さんは、他人と世間が怖いのであって周りを囲まれたスライダーの中を高速で滑り降りるとかは怖くもなんともないのである。
「おもしろかった?」
プールから上がる真奈美さんに手を貸しながら尋ねる。
「うん。もっかい…」
真奈美さんの方からなにかを求めるのは珍しい。気に入ったらしい。こっちも嬉しくなって、再びスライダーの列に並ぶ。しかし、その前に出口を注視である。
俺の後ろは美沙ちゃんだった。
「きゃー」
ばしゃー。
おおおおおお。
美沙ちゃん+由利子さんのスーパー美人連結スライダー。しかも美沙ちゃんが前だ。はじける水しぶきが空中で静止して見えるほどの超視力を発揮して、豊かに弾む美沙ちゃんのDカップを脳内HDDに最高画質で書き込む。こういうときだけは妹の超記憶力がうらやましい。俺があの能力を持っていたら、このシーンを毎晩再生する。とある目的のために!
「もっかいー」
書き込み途中で、真奈美さんが俺の手を引く。
珍しい。
真奈美さんが少しずるいことをして、俺を独占しようとしている……。
最良の一日であった。
最良の一日の中でも最良の瞬間は、美沙ちゃんを後ろから抱えてのウォータースライダーだった。美沙ちゃんが思い切り後ろに体重をかけてきて、俺の裸の胸に美沙ちゃんの背中が密着して暴竜するところだった。
えがったー。
駅前で、橋本、上野、東雲さん、八代さんと別れて、妹と美沙ちゃん真奈美さん由利子さんと一緒に市瀬家に向かう。すっかり市瀬さんちの家族になっている。
「ただいまっすー」
このバカ。市瀬さんちの家族になりすぎだ。バカ妹の脳天にしつけチョップを見舞う。
「そうだ。真菜。お前、真奈美さんに料理教えてもらえ!」
「だから無理っすー。前も言ったっすー」
「そうでした……」
真奈美さんの手際が超絶技巧すぎて、こいつの超記憶力で完全記憶しても同じことが出来ないのだった。料理も人間のやることである。最後の最後は手先のワザだ。知識と記憶力だけではできない。
「じゃあ、真菜ちゃん。私が教えてあげるわ。真奈美にも最初は私が教えたのよー」
「よろしくお願いするっすー。にーくんをぐうの音も出なくさせるような料理を教えてほしいっすー」
「それは、ドリエルたくさん入れればイチコロよー」
「そうじゃないっすー」
由利子お母様は、お父様をどのようにして落としたのかな?
妹と由利子さんが、今日の夕食担当になった。
「なに作るっすかー」
「人数も多いから、タルティフレットにしましょ」
二宮家では和食ばかり出てくるが、市瀬家では洋食ばかり出てくる。料理の名前を言われても、完成品が想像できない。
由利子さんと妹がキッチンで腕を振るう間、美沙ちゃんと真奈美さんとリビングで待つことになる。真奈美さんは例によって、真奈美さん絵本のノートを二階から持ってきてチマチマと埋め始める。座る場所は、俺の膝の上だ。美沙ちゃんが隣のソファから睨んでいるが、とりあえず気がつかないフリをしよう。
ヤンデレの気がある美沙ちゃんだが、最近は真奈美さんにだけは俺にくっつくことを許可する率が高い。どうやら美沙ちゃんも、美沙ちゃん自身にも自覚がないうちに両親の愛を独り占めして、赤ん坊の真奈美さんからとりあげる結果になってしまったことにうっすらと感づいているのかもしれない。
真奈美さん、よくこんな姿勢で絵が描けるな。
ソファに座った俺の膝の上で横座りして、前かがみになって、低すぎるテーブルの上に置いたノートに顔をくっつけるようにしてチマチマと絵を描く。
「真奈美さんさ……」
「うん」
「漫画家さんのアシスタントやって、絵って上手くなった?」
「ううん」
「ならないの?」
漫画家さんのアシスタントなんて、どんどん絵が上手くなりそうなものだと思っていたが、そうでもないらしい。
「消しゴムと、料理とお掃除しかやらないもん」
それは上手くならないな。
「他の作業はやらせてもらえないの?」
「こわいから」
「あー」
分かる。
あの三島(姉)の絵が入っている原稿をぽいっと渡されて、手を入れろと言われても、恐れない人はなかなかいないだろう。手を入れて台無しにしてしまったらと思うと恐ろしくてとても手が出せない。それは分かる。
まして真奈美さんである。
三島(姉)は気にせずに頼みそうだが、真奈美さんが怯えてフリーズする姿は目に浮かぶようだ。
「でも……」
「うん」
真奈美さんが手を止めずに、会話を続ける。
「漫画は描いてみたいな」
「へぇ……」
素直に意外だなと思った。いや、このチマチマとノートを何冊分も絵で埋め尽くす姿を見ていれば、不思議はないのかもしれないけど、これは根本的に漫画とは違うものだ。セリフもないし。そもそも主人公がどれなのか分からない。
「お姉ちゃん。なに描くの?」
こちらをじーっと見つめていた美沙ちゃんが口を開く。
「…………」
顔を上げない真奈美さんの代わりに1、俺が美沙ちゃんの瞳を見る。
「お姉ちゃん。変わったよね」
美沙ちゃんが、長いまつげを伏せる。
「お兄さんに会うまでは、自分からなにかをしたことなんてなかったのに……」
真奈美さんの手が止まる。顔が上を向いて、前髪の間から鳶色の瞳がのぞく。二年前は魔眼ジー状態だったその瞳は、魔眼じゃなくて。なにか、もっと普通な女の子のなにかになっている。
前髪の隙間から見る俺は、どんな顔をしているのだろう。
「でも、お姉ちゃんには負けないから……」
真奈美さんの黒い髪の向こうに見えるもう一対の鳶色の瞳は女の子歴十七年の迷いない視線。
妹と由利子さんが作ってくれた夕食はタルティフリット。つまりグラタンだった。ジャガイモとベーコンとチーズとたまねぎのグラタンだった。立派な大型オーブンのある市瀬家のキッチンなら、大量に一気に作れる料理だ。
「これなら、作れるようになったっすーっ」
妹が自慢げだ。
「ルブロションチーズさえ手に入れば楽勝っすーっ」
なんだそれ?うちの近くのスーパーでそんなもの手に入らないぞ。市瀬家はきっと成城石井とかで買い物をするからあるんだ。安くて安全スーパーまるもで買い物をするうちには、そんなチーズはない。
料理は材料も大事だよな。
(つづく)
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妄想劇場94話目。バレンタインデー更新ですが、内容は真夏です。プールです。水着です。イラスト描く人は、水着イラスト描いてレスポンス設定してくれると嬉しいな!
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