「それは一体どういう事ですか!?いきなりこんな書面一つで成都に戻れと言われて
はいそうですかと言えるわけは無いでしょう!!」
「…燐里の言う事も分かるんだけどさ、それは鈴音様に言ってくんないと…私と黄権
は鈴音様から『燐里と李厳に代わって二人が洛陽との連絡役を務めるように』って
言われて来たわけだし。燐里が断ったからってこのまま成都に帰れるわけ無い事位
分かるよね?」
「英美の言う通りだよ。文句があるならまずは鈴音様に直接言いに戻るのが筋じゃな
いのかな?ねぇ、李厳さん?」
「…納得のいかない命令であっても従わなければならないなんて、宮仕えの世知辛さ
ってやつだねぇ。折角、洛陽に馴染みの女も出来たってのに別れなきゃならないと
は…何とも寂しい話さ」
此処は一刀の屋敷の中にある燐里の部屋である。ある日、益州より英美(王累)と
黄権が来て燐里と李厳に『法正・李厳は洛陽との連絡役を王累・黄権と交代して成
都に戻るように』との鈴音の命令を伝えた事に燐里は激昂して、冒頭のやり取りと
なったわけである。燐里は憤懣やるかた無しといった感じの表情をしているのとは
対照的に、李厳は半分諦め加減の顔となっていたのであった。
「ともかく、私は成都には帰りませんから!!鈴音様には私から書状を送りますから
そう伝えておいてください!!」
「…ねぇ、燐里?あんたの…っていうか、私達の主って誰?」
「誰ってそれは…『あんたが洛陽にっていうか北郷様の所にいるのは、鈴音様が命じ
たからでしょ?だったら、鈴音様が主だよね?』…そ、それは」
英美にそう言われると、さすがの燐里も言葉に詰まる。だが…。
「しかし、例え鈴音様の命と言えども一刀様に何の断りも無しに成都に帰るわけには
いきません!何にしても一刀様の裁定を仰いでからにしてください!!」
燐里が引き下がろうとしない為、皆で一刀の所に行く事にしたのであった。
・・・・・・・
「そうか、燐里と李厳さんがいなくなるのは寂しいな」
話を聞いた俺がそう呟くと、燐里の顔には笑みが浮かぶ。
「そ、そうですか!?一刀様がそう言われるのであれば…『でも、二人とも故郷に帰
りたいだろう?良い機会じゃないか』…えっ!?」
しかし、俺がそう言った途端に驚きに眼を見開いたまま固まってしまう。
「ふっ、やっぱりか…北郷様はそう言いそうな気はしてたけどねぇ」
そして李厳さんは達観したかのようにそう言って苦笑していた。
「それじゃ、これで決定だよね。一刀様、これからは私と黄権の二人が連絡役を務め
ますので、よろしくお願いします!」
英美はそう言って笑顔で敬礼のポーズを取る。こうして間近で接するのも久しぶり
ではあるが、彼女の笑顔は『ニコッ』ていうよりは『ニパッ』という感じが似合っ
てるな。これからはまた明るくなりそうだ。
「何故ですか…?」
その空気を切り裂くかのように燐里の口から重い感じの言葉が発せられる。
「何故そんな事が言えるんですか!?一刀様にとって、私はその程度の存在だったと
いう事なのですか!?」
そして燐里はそう言いながら激しく詰め寄ってくる。
「えっ…いや、そんな事は…俺はただ二人も故郷に帰りたいんじゃないかなぁと思っ
ただけで」
「……………もう良いです!あなたに期待していた私がバカでした!!」
俺がそうしどろもどろに答えると燐里はそう言い残して出て行ったのだが…何だか
涙目になっていたように見えたのは気のせいだろうか?
「やれやれ…本当に鈍いねぇ。でもあれで女性の心の機微に敏感だったらただの女誑
しになってしまうのかもしれないけどね」
そして李厳さんは何だか呆れたような顔でそう呟いていた。
・・・・・・・
「う、うぁーーーん…一刀様のバカぁ!鈍いのは分かっていたけど、まさかあの状況
であんな事言うなんて…輝里だってそう思うでしょう!?」
一刀の所を飛び出した燐里がいたのは…当然の事ながら、親友である輝里の部屋で
あった。いきなり半泣き状態の燐里が入って来た時にはさすがに驚いていた輝里だ
ったのだが…事の顛末を聞いた彼女からはため息が洩れるばかりであった。
「本当にね…神様は一刀さんを生む時に神経を何処かで切断したんじゃないかって何
度思った事か分からなかったけど…今回のもなかなかだわ」
「ううっ…分かってはいたのよ、でも、でも…私が北郷組に入ってもうかなり経って
るのよ!それなのに…それなのに…幾ら鈴音様から言われたからってそんなに簡単
にさようならって…うぁぁぁぁーーーん、一刀様のバカぁ!!」
そう言ってまた燐里は泣きだしたのだが…そこで輝里が少し不思議そうに首をかし
げる。
「ねぇ、燐里?何で鈴音様はいきなり連絡役の交代なんて言い出して来たのかな?」
「えっ?」
「その命令書には理由とか書いてなかったんでしょ?二人は洛陽と益州の連絡を密に
する為に来たわけだし、此処までそれをしっかりやってきた二人を主とはいえ理由
も無しに書状一つで終わりって…さすがにおかしいよね?」
「確かに…少し調べてみる必要がありそうね」
燐里と輝里はそう言って頷き合うと連れ立って部屋を後にしていた。
・・・・・・・
そして次の日の朝、燐里は英美と黄権を部屋に呼び出していた。
「何のよ、こんな朝早くから…」
「そうだよ、こっちは昨日着いたばかりなんだから今日位ゆっくり寝かせてくれても
良いじゃないか。引き継ぎは別に明日からでも…」
「二人に確認したい事があるの。鈴音様に何があったの?」
燐里がそう問いかけてきた瞬間、眠たげだった二人の顔が緊張に凍る。
「やっぱり鈴音様の御身に何かあったのね?しかもそれは洛陽には言えないような事
なのね?」
「そ、それは…『黄権!』…でも、英美…此処で口を噤んでいても燐里がおとなしく
成都に戻るとは思えないよ」
何かを話そうとする黄権を英美は遮るが、逆にそう言い返されて言葉に詰まる。
「…何があったの?」
「実は…」
・・・・・・・
「鈴音様が眠ったままで眼を覚まさない?」
「鈴音様が洛陽から戻って三日程経ってからなんだけど…最初の内は長旅の疲れから
かと思っていたんだけど、それから三日経っても眼を覚まさなかったんだ。すぐに
医者に診てもらったんだけどお身体にはこれといって異常は無いって…でも、もう
それから何日も経っているのに全然眼を覚まさないんだ」
「摩利様もどうしたら良いか分からなくて頭を抱えていて…もしかしたら、燐里なら
何か分かるんじゃないかって話になって…でも、その事実が公になったらようやく
戦乱から落ち着きを取り戻した大陸に余計な混乱を招きかねないって…」
「それで、連絡役の交代という名目で私を成都に戻そうとしたってわけね?そして私
一人だけじゃ不審に思われかねないから李厳さんもって事なのね?」
燐里がそう聞くと二人は僅かに頷く。
「今それを聞いて良かったわ。そんな奇怪な現象、私が戻った所で何の手の施しよう
も無いわ…でも」
「でも?」
「一刀様なら或いは…」
「でも一刀様を巻き込んだら結局洛陽の方々全員に知られてしまう事になるんじゃ…」
「そこは内密に進めるしか無いでしょう」
・・・・・・・
「何と…確かに鈴音が言ってくるにしては急過ぎるとは少し思っていたけど、やはり
益州の方で何かあると見て間違い無いようだな」
燐里と英美から事情を聞いた俺がそう言うと、二人は驚きの表情を見せる。
「他にも何かあったのですか?」
「これはまだ俺と及川と文聘さんしか知らない話なんだけど…大陸中の情勢を見て回
っている及川の部下の内、益州に入った何人かが不可解な状況に遭遇しているよう
なんだ」
「不可解な?」
「ああ、その人達が急に二・三日連絡が取れなくなって、見つかったと思ったらその
間の記憶を失っていたり、何かに恐怖したかのようなままの状態になっていたり…
今、華佗に治療を依頼はしているけど、なかなか芳しく無い状況らしい。華佗が言
うには『原因になった事象が分かれば治療の切欠が掴めるかもしれない』という事
なのだけど…」
「確かにそれは…鈴音様の事といい、これは本当に益州で何か起こったと見るべきで
すね」
「しかしただ闇雲に行っただけではこちらも被害を受けるかもしれないしな…何かし
らの手立てがあれば良いのだけど」
俺が言ったその言葉は、その場の皆が思っている事でもあった。しかし、それに対
する回答など誰も持ち合わせていないので、その場に沈黙だけが流れる。そこに…。
「北郷様に申し上げます!現在、城内に正体不明の怪人が侵入したとの事!皆々様に
は厳重に注意されたしとの王允様からの通達にございます!!」
慌てて駆け込んで来た兵士からの言葉に皆の顔にさらなる緊張が走る。
「正体不明の怪人だと…?」
「しかも警備の厳重な城内に易々と侵入してくるなど、誰にでも出来るものではあり
ません!」
「まさか、益州で起きている怪事件もそいつの仕業なんじゃ…?」
『それは違うわよぉん♪』
突然かけられた言葉に皆が驚愕の顔でそちらの方を向くと…。
「あらぁ~ん、そんなに見つめられたら恥ずかしいわぁん」
それはそれは気味の悪い声を発しながらとんでもなく気味の悪さ満開に腰をくねら
す筋骨隆々で褌一丁の怪人の姿であった…正直、最初兵士より『怪人』と聞いた時
には単なる怪しい奴という意味かと思っていたのだが、今俺達の眼の前にいるのは
間違いなく『怪人』の呼び名に相応しい存在の人間だった…いや、果たしてこれを
人間と呼んで良いのかすら判断もつかないが。
「ひぃぃーーーっ、ば、ば、化け物!!」
「誰が『突如洛陽に現れた、見る者全ての生気を喰らい尽くす冥府の悪魔の化身』で
すってぇーー!?」
「いや、そこまでは言ってないだろ…」
突如現れたその怪人は英美があげた悲鳴に何だかわけの分からない反論をしていた
のだが…。(ちなみに燐里は半ば失神状態になっている)
「仕方ないわねぇん…この美貌を理解出来る程の良い男は今の所だぁりん一人だけだ
からねぇん」
ほぅ、こんなのを理解出来る奴がいたのか。しかも今『理解出来る程の良い男』っ
て言ったわけだから、女性である燐里や英美が理解出来なくても当たり前か…別に
俺は理解出来るというわけでは無いぞ。念の為に言っておくが。
「まぁ、とりあえず…お前は誰だ?城内に侵入した不審者というのはお前だな?一体
何の用で来た?」
「あらあら、せっかちねぇ~ん。そんなに一辺に聞かなくても『や・さ・し・く』答
えてあげるからぁん♪」
その男はそう言ってそれはそれは薄気味の悪いウインクをする。それを見た燐里と
英美は一気に後ずさる。
「真面目に答えろ。さもなくば斬る」
俺がそう言って腰の刀に手を添えると男は少々面白く無い顔をする。
「ふぅ、やっぱり此処のご主人様は理解してくれないのねぇん…分かっていた事では
あったけど、少し寂しいわぁん」
「良いから質問に答えろ」
「分かってるから落ち着いてぇん…まず私の名前は貂蝉、こう見えても超売れっ子の
踊り子よぉん」
踊り子…?こんな奴のマッスルダンスを見たらそれこそ皆がダメージを受けそうな
気がするが。しかも貂蝉って…まさかこっちまで男女逆転とは。
「そして此処に来たのは今益州で起きている変事についてお知らせする為なのよぉん」
「?…ほぅ、何か知っているのか?むしろ、お前がその原因を作っているんじゃない
のか?」
「あら、心外だわぁん…こんな心も身体も綺麗なこの貂蝉ちゃんがそんな事をするよ
うに見えるのかしらぁん?」
うん、バリバリ見えるけどな…と、それはともかく。
「違うというのなら、原因もしくは犯人を教えろ」
「分かったわぁん…今益州で起きている変事がある男によって引き起こされた事なの
よぉん」
「その男の名は?」
「于吉…昔は私の仲間だった男よぉん」
于吉…確かその名は三国志にも出て来たな。どうやらこっちでも何かに祟る存在の
ようだな…これはなかなか一筋縄でいかない話になりそうだ。
俺はそう思いながら拳を握りしめるのであった。
その頃、益州では…。
とある暗がりの一室で少年の姿のような男が術者らしい男に話しかけていた。
「まだ術は完了しないのか!?」
「どうやら邪魔をする者がいるようでなかなか最後までは」
「ちっ、肯定派の連中か。ようやく奴らの監視をかいくぐってこの外史に入り込んだ
というのに…」
「しかもその一人が此処に北郷一刀に助けを求めに行ったようです」
「何だと!?…ふん、だったらまとめて消し去ってやるだけだ」
「おやおや、そんなにうれしそうな顔をして…私という者がありながら浮気はいけま
せんよ」
「誰が誰に浮気をしているっていうんだ!?そんな無駄口を叩いている暇があるなら、
さっさと術を完成させろ!」
そう言って少年のような男は外へ出ようとする。
「おや、何処へ?」
「聞くまでも無い、北郷一刀の所だ!今度こそ奴を殺す!!」
「ならば、お気を付けて。こちらの北郷一刀は前の時のとは違ってかなりの手練れの
ようですから」
「ふん…所詮は北郷一刀だ、俺の敵では無い」
そう言って少年のような男は出て行った。
「やれやれ…しかし予想以上にこの外史は消すのに苦労しそうですね。だからと言っ
て諦めるつもりなどありませんがね」
術者の男はそう言って含み笑いをしていたのであった。
続く。
あとがき的なもの
mokiti1976-2010です。
今回も投稿が遅れて申し訳ございませんでした。
しかも拠点とか言いながらもはやそんな流れにも見え
ないという…でもあえて言いましょう、これは拠点で
あると!!
というわけで次回はこの続きからです。貂蝉の口から
語られる真実とは?そして益州に起こっている危機は
救えるのか?
それでは、次回第六十七話にてお会いいたしましょう。
追伸 卑弥呼もその内登場します。
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お待たせしました!
一応今回より再び拠点をお送りします。
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