「な…なあ………こんな薬…超能力を発揮する以前に、気力の方で萎えてしまいそうなんやけど…」
「慣れるよ、きっと」
「…な、殴らせてんか。イッパツでええから。」
「あはは。あとでね。スイッチ薬を飲んだ夕美ちゃんに今殴られたら僕なんか粉々になって消し飛んでしまうから。」
それを聞いた夕美はしばらく自分の手のひらを見つめたあと、ぶるっ、と震えた。だが、健康的なピンク色をしたそれは、なにひとつ変わったところなどない。フツーの女の子の柔らかできゃしゃな手のひらである。
ほづみは腕時計を見た。「そろそろいいはずだね。さて。行こうか」
「…やっぱし…飛ぶの?タクシー呼んだらあかん?」
「簡単だよ、飛ぶのなんか。スイッチ薬でできることのほんの応用にすぎないから。僕の言うとおりしてくれたら安全にシューッとひとっとびだよ」
はああ、と夕美は大きくため息を吐いた。「なんでそんなにイージーに言い切れるんや。ほづみ君は薬飲んでないし、飛んだこともないんやろ!?」
「ロケットを作るのは宇宙飛行士じゃないさ」
「はうぅぅぅぅ」
「ごめん。僕を信じてくれ───としか、言いようがないんだ。危険なことは分ってる…けど、もう夕美ちゃんは薬のことを知らなかった時には戻れない。うまく付き合ってゆくしかないんだ」
ほづみのいつになく真剣な表情に夕美はハッとなった。
いや、日頃は脳天気なまでにのほほんとしてるし、やってることはヘンテコで話す内容はぶっとんでいても、ほづみはいつでも大真面目だった。少なくとも、不誠実なことだけはしたことはなかったことを思い出した。
「…わかったがな。……どないしたらええのん」
「まず…僕の手をそっと握ってくれるかい───あ、ま、待った!!」
「えっっっっっっっっ」
すい、反射的に出した手は思わず宙をあおぐ。
「忘れちゃいけない。無造作に握っちゃダメだよ。豆腐かゼリーでも握るような気持で、そっと。」
「あ。そ、そうか」
夕美は怖々ほづみの手を握った。が、もちろん潰すことなどなく、無事に握手は成功した。
「うん。成功だな。───いや、脅かしてごめん。ほんとはね。そういうことがもうないように、ちゃんとさっき夕美ちゃんの意識にフェイルセーフとしてプログラムしたんだ。」
「ほえ?」
「つまり夕美ちゃんが“そうしたい”と思わない限り、あんなチカラは発揮しないってことだよ。ただし、それは夕美ちゃんが冷静な状態で、僕に対して敵意を持ってない場合に限るからね。」
「敵意て、んな大げさな」
「ほんとさ。人間の感情によるゆらぎは想像以上なんだ。冷静さを失えば夕美ちゃんがそうしたくなくてもチカラは暴走する可能性がある。だからこうして手を繋いだままで次のステップに入るよ」
「えっ」
「はい。空をじーっと見て。青いねー。」
「ほあ?…なにを突然」
「ほら、雲がながれていく。見てごらん。」
「う。まぶし」
「あの色や雲の流れるさまを見ていたら気分がすーっと落ち着いてくるだろ?」
いわれてみると、夏を控えて日に日に強くなってゆく紫外線のおかげで、濃い色の部分は青と言うよりも黒いように見える。そこへ真っ白な雲がわずかずつ形を変えながらゆっくりと視界を横切ってゆく。
「…………ん」
「ほら…雲に手が届きそうで…吸い込まれるような気がしないか?───空へ」
「うふ。なに…を」
その時だ。不意に、くるっ、と少し空が廻った。「ふわ!?」
とっさに踏ん張ろうとしたが、すでに足は地についていなかった。
「あぎゃああああああああああああああああああああああ」
ほづみの手をしっかり握った夕美は、生い茂る樹々の中からまさしく打ち上げ花火のように垂直に飛び上がっていく。
その時もしも遠くから須藤家のある山を見ていた人物がいたとしたら、まるで潜水艦から核ミサイルが発射されたところを連想したかも知れない。
「いーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーっ」
さっきまで高いところにあったはずの雲がどんどん近づいてくる。とんでもない上昇力である。さっきまでの日射しの暑さはどこへやら、たちまち空気は冷たくなってきて、息苦しささえ感じてきた。
その時になって夕美は、やっと繋いだ手が何度も何度も強く握られて合図を送っていることに気がついた。
足もとから風に消え入りそうな声が聴こえてきた。
「おおーい、夕美ちゃん、夕美ちゃーん!! 落ち着けー」
ふと見ると、夕美の右手にぶらさがるようにほづみが繋がっている。映画『クリフハンガー』のワンシーンのようだった。だが、重さを感じない。身長180近い大のオトコがムスメの細腕にぶら下がっているはずなのに。
しかもいつのまに持ち出したのか、ほづみの背中にはカジュアルスタイルではあったが、そこそこにふくらんだリュックさえ背負っているではないか。
「ほ、ほづみ君!!!!!た、た、たすけてええええ」
「だいじょうぶだよー。ここまで飛べたんだー。君は飛べるー。てことはー。」
「て、ことはー?」
「空中でも停まれるってことだよー」
「ど、どうやってぇええええ!」
「………」
「か、考えてないんか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
怒鳴った途端、ふっと、ほづみから目線が逸れた。
右手にぶらさがっているほづみの向こうに『Doodle(ドゥードゥル)』の航空写真マップそのままの光景が広がっている。
だが、そこにあるのは写真でも地図でもない。およそ数百メートル眼下に拡がる、日本の大地である。
しかも、足もとにはほづみがいるだけで、何一つ自分を支えるものとてない。あまりに超現実的な光景に恐怖は感じなかったが、薄くなった空気と浮遊感で夕美は、ふぅ、と意識を失った。
たちまち二人は上昇速度を失って落下し始める。「うわあああああああ」こんど叫ぶのはほづみの番であった。「ゆ、夕美ちゃん!!!しっかりしろ!」
高さはジェット機にでも接触できるくらいの高度まで上昇していたので地面がすぐに近づいてくる事はなかったが、耳元をごうごうと過ぎる風からして、あきらかに重力加速度を増しながら猛スピードで落ちている。
「わー!わー!おーい!おおおお〜〜〜〜〜〜い!!!」
呼べど叫べど、反応がない。繋いだ手も力を失っていた。今はほづみが握っているだけである。
〈ACT:42へ続く〉
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(作者:羽場秋都 拝)
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毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話、連載その41。