No.74211

SFコメディ小説/さいえなじっく☆ガールACT:40

羽場秋都さん

フツーの女子学生・須藤夕美は、発明家の父親が作ったドリンク剤のせいで、ふぁいといっぱーっつで超々能力ガールに変身!して活躍する話のハズなんですが、微に入り細に入り描いてるもんで某有名野球マンガのようになっかなか進みません。
でも内容はそれなりに面白い…ハズっす。

2009-05-17 23:52:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1283   閲覧ユーザー数:1230

「さて。これを飲んで」

「  ひ  」

 それが大ぶりの試験管に七分目ほどに満たされた派手なピンクの液体を見た夕美の感想だった。

「それ…。  な  に?」

 

 

「スイッチ薬だよ。夕美ちゃんから教えて貰ったデータを元に計算して安全な濃度に希釈したから安心して飲んでいいよ」

「あ、安全とか安心って…イマドキその単語は説得力なさすぎるわ。だいいち見てみぃや、その“いかにも毒でございます”みたいな色。アメリカ製のジャンクフードやあるまいし、それ、ほんまは“見える蛍光マーカー”のインクとちゃうんか!?」知らず知らず、夕美は目に涙を溜めていた。

 

「いや、色は変更してないよ?原液もこんなだし、こんなだから薄めても薄めても似たようなもんさ」

「う、う、薄めても、て…うう、うっぞお〜〜〜。いや、ホンマでもウソやゆうてほしい」

 そういえば。初めて夕美がスイッチ薬を飲んだ時はアリビタンAの濃い茶色をした空瓶に入っていたのをイッキ飲みしたし、二度目の原液をクチにした時は暗闇の中だった。明るい光の下で実物を見たのはこれが初めてなのだ。

「あああああ…あたし…こ、こんなモンを…飲んだん?……し…死ぬやん?」

 あらためて見れば見るほど、理性ある人間がクチにするにはありえない色である。いや、動物なら尚更飲んだりはしないだろう。

「まさかー。毒じゃないよ」

「う、うそやー。死ぬんや。今すぐでのうても、ある日ケイレン起こして、泡吹いて、血ぃ吹いて、のたうちまわって…ふ。ふえええええええええん」とうとう夕美はべそをかきはじめた。

「うーん、泣かれると辛いなあ。保証するけど絶対に生命に別状はないよ。まあ、見てくれはすごいけど」

「なっ、なにゆうてんねん!! 見てくれだけとちゃうやろ!味もニオイも殺人的にすごい、いや、ヒドイ、ひどすぎるやないか!!」夕美はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

「ああ、はは。そうだった。たしかに」そう言うと、ほづみは少しだけ試験管に顔を近づけたが脊髄反射的に遠ざけて「…ひどいね」と続けた。

 

「うあああああああああああああん。あほおおおおお!ヒトゴトやと思てからに───」夕美は輝かんばかりに鮮やかな色で自己主張する試験管には触れようともせずに、あらためて蛍光インクみたいなスイッチ薬を上から下からまじまじと見つめ、そっと近づいて少しニオイを嗅いで「おえ」とえづいて後じさり、胃袋のあたりを押さえながら、またこみ上げてきた涙まじりの鼻声で言った。

「ンなあ〜〜〜〜。せめて。せめて、味だけでも何とかならへんのぉぉぉぉおおお?」

「ごめんね。」

「即答かい。」

「何か加えてしまったら効き目が変わってくるから…このままで、ぐいっと」

 はああああああああ、と肺の中にある空気を全部吐き出したような長いため息をついたあと、夕美は鼻水をすすりながらつぶやいた。

「───無添加て言葉がこんな悲しい単語やなんて考えたこともなかったなあ…で…もお、飲んでええの?…てか……もお飲まんでエエてゆーてくれたらすんげー嬉しい。聞いてくれたらそれこそキスしたってもエエって感じ?」

 夕美が萎えゆく最後の気力を振り絞った冗談だった。こんな土壇場でも発揮される哀しい大阪人の血がなさせるサガであったが、ほづみはあっさりスルーした。

「まあ飲んだら数秒で効いてくるはずだから気をつけて」

「気ぃつけて!?」

「あ、だって、ほら。あの時もドアをぶっこわしたでしょ。真鍮製の水道の蛇口もひとひねりだったし。チカラは発現したらいきなりトップギアに入るみたいだから」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

 夕美は思わずかぶりを振っていた。怒りのあまり言葉もでない。捨て身の冗談をスルーされたこともイラつくが、冷静沈着と言うよりどこまでもドライなほづみの反応が腹に据えかねる夕美だった。

 

 ともすれば感情に流され、薬をうち捨ててその場を逃げ出したい衝動に駆られるが、人命が懸かっていること、しかも自分の決心にその命運が委ねられそうだとなれば、この状況を耐えるしかないことが言葉にしないまでも、心の底にもちまえの正義感、責任感…いわば腹の底、肝っ玉で無意識に覚悟が決まり始めていた。

 

 つくづく不憫な娘である。

 

 子供の頃から父親やほづみの身の回りの世話をしてきて、しかも父親の数々の奇行のせいでおよそ一般の人が経験しそうにもないような様々な心労苦労を乗り越えてきた夕美は、“自分がやるしかない”───だから常に“辛抱すること”がデフォルトモードになってしまっていた。

 しかも、そのことに本人は気づいていない。いや、当たり前だと思っていなかったら耐えられず、とうに家を出ていただろう。経済的なことは別としても生活力のないのはむしろ父親の耕介の方だったから、夕美がいなければわずか数日で不潔な環境の中に埋もれて腐ることは確実である。

 

 夕美の怒りは色んな意味で頂点に達した。ひらたくいえば“やけくそ”になった。

 ほづみから試験管をひったくると、ぐいとイッキに飲み干した。

「ぐぶっっっっ」胃袋が反射的に飛び上がってくるが、不屈の精神力でなんとかノドへ送り込む。しかし、ぶは、と息をした途端に例の激臭が自分の中からたちのぼって鼻孔を突き抜け、同時にこの世のものではないあの味の情報が脳へ届いたために夕美は失神しそうになった。

 だが哀しいかな、飛びかけた意識はふたたび同じ刺激のせいで強制的にこの世へ戻された。およそ、気付け薬としてもここまで残酷で強力なものは世界に例がなかっただろう。

 本人は無意識だったが、夕美は薬を反射的に吐き出さないためにあっちで身を揉みこっちでノドをかきむしり、立ったりしゃがんだり、さらに手足を可能な限りばたつかせてもがいていた。

「夕美ちゃん。しっかり…あいった、痛たたたたたたたたたたたたた」

 夕美はほづみがさしのべた手を腕ごとひっつかんで思い切り噛んでいた。

「痛い痛い痛い痛い」訴えはするが、自分のせいでもあるのでほづみは無理に振りほどこうとはしなかった。

 

 ようやく波が去ったか、噛む力を緩めた夕美は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をあげた。

「ぼじゅびぐん…だ…だのぶがら…ぐぐぐぐぐ…づ、づぎわ…液体ばんばぢごで…カプセルとか…ぐぼっ。うぶっっ」

「吐いちゃダメだよ。計算が狂う」科学者ほづみは、えずきまくる夕美に容赦ない。

「おおおおお、お、鬼。悪魔。せ、正露丸でもちゃんと糖衣錠が…うえぷ」

 チカラを得る方法は薬一本と手軽だが、チカラを得るまでは苦難の道が続く。

 

 

〈ACT:41へ続く〉

 

 

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 すんげーはげみになりますよってに…

 (作者:羽場秋都 拝)

 

 


 
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