No.745456

~らしさ

さん

恋人である鬼灯が綺麗になって、誇らしくもあるが心配も尽きず…。

2014-12-24 11:12:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1348   閲覧ユーザー数:1348

最近、日本地獄の間である話題が広まっている。

 

曰、『最近、鬼灯様が目に見えてお綺麗になられた』

曰、『鬼灯様が綺麗になった理由は、恋人が出来たから』

 

仕事しながらもこの話題で盛り上がり、本人に金棒でお仕置きされる事態が頻繁に起こっている。そして、そんな話題は日本地獄にしょっちゅう出向く白澤と桃太郎の耳にも入る事となった。

「白澤様、桃太郎さん、こんな話を聞いたのですが…」

こんな前振りで話された内容に、白澤は機嫌良さそうにニコニコとしている。

「へぇ…彼奴がねぇ…」

嬉しそうに、それだけ言った。何やら今回は口数が少ないらしい。

「はい、君には頭痛の薬。―君には冷え症の薬…」

桃太郎が白澤に薬を渡し、更にその薬を白澤が各々の患者に渡す。綺麗な連携だ。

「さて、全員の健康診断が終わったかな?」

「はい。ありがとうございます」

礼を言われ、支払いが済むと二人はさっさと外に出た。

 

 

「彼奴、綺麗になったって」

「え?あぁ、そうっすね」

師の唐突な発言に、桃太郎はやや遅れて相槌を打つ。顔を見ればやはり嬉しそうで、桃太郎は密かに苦笑しソッと息を吐く。

「お、白澤の兄さん、今日はお弟子さんも一緒かい」

突然、声をかけられた。声の主は野干の檎だった。煙管をふかし此方を手招きしている。

「やぁ、どうしたの?」

「いやな、チョイと小耳に挟んだ話があるんで…」

檎は、声を潜めて二人に喋る。

「鬼灯の姐さんが、最近綺麗になったって話はご存じで?」

「…まぁね」

白澤は目を細め、低い声で応じる。先程の上機嫌が嘘のようだ。だが、檎の話は止まらない。

「うちの店の連中もそうじゃが、大体の男はその話題でもちきりじゃ。『恋人が出来たから』って噂もある。あんた、仲が悪いなりに付き合いは長いじゃろ。何か聞いとらん?」

檎の問い掛けに、白澤はニィ…と笑った。笑顔なのに、檎の背筋に悪寒が走った。

「その話、性別問わず広がってるの?」

「そ、そうじゃが…」

白澤から、神気と妖気が溢れてきた。檎は、彼から目が離せない。

「その噂、本当だよ」

「へ?」

「鬼灯に恋人がいる話、真実だよ。だから、他の男が彼奴を狙ったって無駄だから」

言って、白澤は身を翻した。遠ざかる師を見、檎に会釈してから桃太郎は彼の後を追った。

「もしかして、姐さんの恋人って…」

察した檎の声を聞く者はいない。

 

 

桃源郷への道中、白澤の機嫌はずっと悪かった。

「彼奴、やっぱり野郎に人気あるんだねぇ…」

苛立たしげに言う白澤の顔を、桃太郎はソッと窺う。彼は前をまっすぐに見据え、歩を進める。今は迂闊に話し掛けられない。何を言えば良いか分からないが、しかし理由は知っている。鬼灯の事だ。

彼女は、確かに最近綺麗になった。幼馴染三人が世話をやいたらしい。尤も、三人のうち二人が男性だと知っていた白澤から「二人からの助言はきくな」と言われてから、お香をはじめとした親しい女性達の助言以外はきかなくなった。

それは良いのだが、仕事の時ですら綺麗になったのが白澤の悩みだ。仕方がないとは思う。身なりを整えるのは当然の事だ。プライベートで白澤と会う時とも違う装いなのだから…そう思うのだが、どうしようもなく苛々してしまう。

「桃タロー君…僕、心が狭いかな?」

「え?! いや、どうなんでしょう…?」

「こんな僕じゃあ…鬼灯に嫌われるかな…?」

突然問われて慌てるが、白澤は答えを求めてるわけではないのか、独り言のような言い方だ。

桃太郎は、白澤がどれだけ鬼灯を想っているか知っている。そして、鬼灯と恋人になったと報告した時の幸せそうな表情も覚えてる。だから、下手な事は言えなかった。

 

 * * *

 

「ごめんください」

「ほおずき~」

「!?」

扉を開けてすぐ、白澤に抱き着かれた。

「どうしました?」

「会いたかったよ~」

今にも泣き出しそうな声だ。

昨日、《会いたいなぁ…(..)》なんていう寂しそうなメールを貰ったので翌晩来てみたらコレだ。何がそんなに寂しかったのだろう?

「白澤様、鬼灯さんが困ってますよ」

「…うん」

弟子に言われ、素直に鬼灯を解放する。椅子に座るとすぐに茶を出された。礼を言ってから一口飲む。そんな彼女の様子を、白澤はじっと見詰めていた。

綺麗に着飾った鬼灯。派手ではない。身に付けているものは全て控えめな物だ。だが、そちらの方が彼女には合っている。彼女は化粧などしなくても綺麗だ。今の控えめな格好は、そんな彼女の美しさを引き立てている。更に言えば、彼女が今、身に付けている簪や帯は白澤からの贈り物だ。今、彼女の小さな唇を彩る紅も、白澤が贈った物だろう。

こうやって自分からの贈り物を身に付けてくれて嬉しい。彼女を愛しく思う。だが、不安を感じてしまうのも紛れもなく本音だった。

「鬼灯さ…皆がお前の事を何て言ってるか、知ってる?」

「?」

茶を置きコテン、と首を傾げる鬼灯。キョトンとした表情。可愛いが、無防備にも思えて益々危機感が増した。

「お前、綺麗になったってさ。恋人が出来たからじゃないかって」

言っても、鬼灯の表情は変わらなかった。

「まぁ、恋人は一応、いますが…」

「『一応』って酷くない!!?」

抗議するが、ツン、とそっぽを向かれて白澤は苦々しげな顔になる。

「やっぱり、恋人が出来ると女性ってそうなるんですかねぇ…?」

完全に他人事だ。

「好きな男に好きになって貰いたいって、精一杯お洒落するからだよ。お前は、違うのか?」

鬼灯の目が泳ぎ、軈て俯く。だが、彼女の頬が赤く染まったのを、白澤は確かに見た。

なんだかくすぐったい。だが、やはり心配だった。

「僕は、今のままの鬼灯が好きだよ」

白澤の言葉に、鬼灯が目だけで彼を見る。つまり上目使いだ。可愛い。

「鬼灯が今以上に綺麗になったら、男が寄ってくるだろ」

ふぅ…と鬼灯が息を吐いた。顔は俯いたまま。

「白澤さんは、女らしい方が好きなのではないですか?」

「は?」

予想外の発言に、間抜けな声を出す。鬼灯は気にせずポソポソと小さな声で喋り続けた。

「私は、知っての通り女の魅力が欠けてますから。まぁ、化粧は結構薄いですが…」

顔は赤いまま、何処か拗ねた表情で言う。

「貴男は【男が寄ってくる】と言いますがね…私は貴男が浮気するんじゃないかと毎日思ってますよ」

「え~!まだ信じてくれてなかったの?!」

白澤の抗議に、鬼灯は眉をつり上げた。

「いつもの自分の行いを思い出してみなさいな。信用されたかったら、行動で示しなさい」

鬼灯だって信じたい。だが、信用云々以前に己に自信だってないのだ。こんな自分はいつか捨てられるかもしれない…だから彼女は、白澤の恋人になった日から女らしくあろうとしたのだ。

ソレを聞いた白澤は、ギュウッと鬼灯を抱き締める。

「好きだよ、鬼灯。そのままのお前が大好きだよ」

ワーカーホリックな所も

凛とした所も、

本人が気付かない女らしさも、

たまに妙に男らしい所も、

恋人らしく、女らしくあろうとする所も、

総て愛おしい。だって鬼灯だから。

「だから、無理に女らしく…なんて考えなくても良いよ。僕は、お前らしい鬼灯が好きだから」

「私、らしさ…」

「そう、鬼灯らしさ。だから、コレからも僕の傍にいてよ」

鬼灯は安心したように白澤の肩に顔を埋めた。

嬉しかった。『女らしさ』ではなく『鬼灯らしさ』を見てくれた事が。

「言われなくとも、離れるつもりなんてありませんよ」

言った直後、鬼灯を抱き締める力が強くなった。彼女は見えなかったが、白澤は嬉しそうに破顔していたのだった。


 
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