~ノルド高原 ウォーゼル家~
一通りの依頼を終わらせ、集落に戻って依頼主に報告したところで、日の高さ具合から丁度昼位になったようで、A班の一同は昼食のためにそのままウォーゼル家に戻ることとなった。すると、住居の中を漂う美味しそうな匂いに気を取られそうになるが、そこは引き締めることにした。
「ただ今戻りました。」
「ふむ、こちらで出した午前中の課題は片づけて来たようだな。」
「ええ。一通り片付けられました。」
「フフ……流石は大帝縁の士官学院の生徒と言うべきか、もしくはカシウス殿が見込んだ人間がいるからこそ、当然というべきか。」
「そこまで言われると流石に恥ずかしいです。それに、この場所の事なんてガイウスのほうがもっと知っているでしょうし。」
「はは……とにかく、皆さんお疲れ様でした。もうすぐ食事の用意が終わりますので、少し待っていてください。」
「成程、ちょうどいいところだったようだな。」
トーマの言葉にA班の一同は鼻を擽るような美味しそうな匂いに改めて気づく。すると、ガイウスの言葉に続くようにファトマがみんなの分も含めてたくさん用意しているという言葉を聞くこととなった。
「午前中は高原を走り回ったのですから、さぞお腹が空くと思って。」
「あ、そういえば……結構お腹が空いてるかも。」
「乗馬といえども、体力を使うからな。その分で言えばアスベルの方は幾分か上だろうが。」
「その辺は大丈夫だよ。……まぁ、他の馬よりも体力を使うということは否定しないけれど。」
「いい匂いがしますから、余計にお腹が減っちゃいますね。」
「確かにそうですね。」
午後もまた高原を走り回ることとなるので、そのまま昼餉の相伴に預かることとした。案の定というか、アスベルは他の人の1.5倍程度食べることとなったのだが……
「そ、それにしても……食費とか大丈夫だったの?」
「ん?……うちの場合というか、そこら辺はセーブしてるからな。というか、収入の方が莫大過ぎて、これでも使いきれてない方なんだよ。」
S級遊撃士というものはいわば“広告塔”……ということで、その便宜として収入もいくらか割増しになっているが、その裏で“星杯騎士”としてあちこち飛び回って裏ルートを潰してきた恩恵を少しばかり与っている。“古代遺物”のほうは特に興味がないというか、それがなくともこちらに“切り札”がある以上必要ないし、そもそも“天壌の劫火”の能力が強すぎるので必要以上に拘る意味がない。この十二年でこの大陸の半分近くの裏組織をシルフィアの二人で潰してきたのだ……その恩恵はあまりにも膨大過ぎて、非公式ながらも裏ルートを使ってリベールに送金していたりする。その辺は総長から“金があっても連中を増大させるだけだから、程々で良い。私なんて、1ミラたりとも払ってないのだぞ?”と言うほどだ……いや、1ミラでもいいから払えよ。
「そういえば、アスベルさんは“遊撃士”でしたものね。」
「何……?」
「それは初耳なんですけれど……」
「今は学生だから休職中だがな。それでも実力は“数えた方が早いレベル”だよ。」
(アスベルのことだから、上からなんだろうな……)
一介の士官学院の生徒にしては規格外のレベル。リィンは風の噂程度に聞いた話だが、アスベルはリベールで開催されている武術大会において前人未到の8連覇を達成した人物として、武の世界にその名を知られている。それと、一昨年の『百日事変』において『執行者』の一人を打ち倒したとのことだ。それで、『影の国』において『蛇の使徒』と呼ばれる人物と真正面から戦ったとのこと。“剣仙”と謳われる人物から『八葉』を継承されし者……その本気は、リィンでも垣間見たことがない。
ともあれ、昼餉も食べ終わって一段落したところで、ラカンから午後の課題を渡されることとなった。
【一日目午後・課題内容】
・カメラマンの保護
・迷える羊たちの捜索
・子供達への特別授業
・ゼンダー門からの要請Ⅱ
手配魔獣はないが、今度は北部もその範囲に含まれているので、その移動範囲はかなり広大なものとなる。単純な距離で言えば少なくとも3~4倍ぐらいは覚悟しなければならない。
「カメラマンと言うと……今朝見かけたあの人かな。」
「アスベルさん、認識があるんですか?」
「認識があるというか、顔馴染に近いけれど。」
依頼に記されたカメラマン―――帝国時報社に勤めているノートンと言う人物。実は、二年前の事件で偶発的にも巻き込まれた側の人間であった。彼はその時、遊撃士協会の活動に関する取材を行っており、猟兵団が襲撃した際にその建物の中に居たのだ。特に怪我もなかったが、今後の事も考えて保護することとなり……その際に現場を見たいということで一応カシウスのもとで同行を許した。その記事は結局表に載ることはなく、彼もまた帝国政府から莫大な金を対価にしてその真実を語る機会を失ってしまったのだ。だが、彼は諦めていない。その記事が帝国を混乱させることになろうとも、“真実をありのままに伝える”ことが彼の信念であり続ける限りは。
とにかく、まずはカメラマンの保護に関しての話を長老から聞き、そして羊の捜索に関して集落にいるワタリから話を聞いた。どうやら、北部と南部の二手に分かれた可能性があるという。
「う~ん……人数も多いし、ここは二手に分かれよう。」
「二手にですか?」
「成程。この高原は確かに広いからな。馬の負担を考えると、その方が良さそうだ。」
高原の地形に詳しいアスベルとガイウス……そして、バランスを考慮した結果、
・リィン、ガイウス、アリサ、エマ
・アスベル、ユーシス、ステラ、リーゼロッテ
ということに相成り、リィン達の方は北部の方を担当し、アスベル達は南部に別れることとした。ともあれ、アスベルらのグループはまずゼンダー門に行き、その依頼についてゼクス中将から話を聞くこととなった。だが、その内容と言うのは……
「不審者?」
「うむ。先日妙な影が見えたという不確かな情報が出てきた。魔獣と見間違いでもしたのだろうとは思うのだが、念のためにこの周辺だけでもそういった兆候がないか調べてほしいのだ。」
「……ゼクス中将にしては、かなり神経質だとは思われますが。」
「それは否定できない。だが、監視塔にいる数人の兵士が同様のものを見たらしい。」
「確かに、一人だけならば見間違いの可能性もあるが、そうなると話は別という訳だ。」
「解りました。丁度ここらの探索をする必要がありましたので……」
「っと、アスベル君は残ってほしい。大切な話があるのでな。」
「……先に行っててくれ。」
幸いにもここらの地形を知っているアスベルならば、ここらの調査も出来るだろう……羊の探索もあるので、その片手間にはできる。報告の方は直接お願いしたいということで、四人が出ていこうとしたところ、ゼクスがアスベルを呼び止めたので、三人に一言断った上でその場に残った。そして、アスベルはいつになく真剣な表情で尋ねた。
「で、何か用でしょうか?“遊撃士”としてなのか……それとも、“隣国の軍人”としてなのか。」
「…正直に聞きたい。この地で戦端が開かれる可能性を。」
「何か懸案事項でも?」
「……うむ。先日情報局経由で新型戦車の配備を行うと通達があった。そして、今日の午前中には10台ほど“アハツェン”が納入された……この時期の配備には、少々疑問があってな。」
「それをあっさり隣国の……“鉄血宰相”からすれば“仮想敵国”の軍人に聞くことですか?……まぁ、可能性は“0じゃない”ってところですね。大体の物事に『絶対』なんて事象は存在しないのですから。」
物事に絶対なんてない。このノルド高原はクロスベル方面より穏便な方だが、互いに睨み合っている状況には変わりない。そこに何らかの力が加われば、簡単に戦争状態を起こせる―――言い方は悪いが、“ハーメル”という前例がある以上、何時そうなってもおかしくないというのがアスベルの出した結論であった。それよりも、情報局経由というのには少々引っかかる部分があるのは確かであった。あの部署は“鉄血宰相”の肝煎りでもあり、ある意味“冷遇”に近い第三機甲師団に戦力を増強する意図が見えない。支配力を高めたいというのもあるかもしれないが。
「再来月の状況を考えれば、“革新派”としては騒ぎを起こしたくないのは明白。それこそ、“貴族派”の思う壷ですからね。“あの御仁”だって、東にいる“狸”に貸しは作りたくないでしょうし。」
「……やはり、カシウス殿の肝煎りだけはあるな。ミュラーやセリカが一目置く理由も解る気がする。」
「それほどでもないですよ。……ここでの話は、胸の内にしまっておきます。」
この状況下で戦争状態に突入させて、“誰”が利益を得るのかと言えば……間違いなく“彼等”以外にいない。そう言いたげな感じでアスベルがそう述べた後、執務室を後にした。その姿を見つめながら、ゼクスは考え込んでいた。
「……もし、この状況でリベールを巻き込むような戦争をすれば……エレボニア帝国という国そのものの存在が吹き飛ぶであろうな。」
積極的侵攻を是としていないが、その航空戦力はゼムリア大陸において髄一。エレボニアよりも遥かに進んだ導力技術の数々。露骨な圧力ではなく、巧みな外交戦略によって大国たる地位を確立してきたリベール王国。その力の一端は甥であるミュラーから聞かされただけでなく、自らの軍も“導力停止状態”の影響下にあったリベール国内において、導力を使用できる王国軍の兵器に包囲された現実。更には『結社』の兵士をも退けた強靭な軍隊……『眠れる白隼』―――その眼が開かれてしまった時、いくら数で勝ろうとも、その力に抗うことが出来るのだろうか、と。
それだけではなく、“不戦条約”という枷もある。いくら“努力義務”とはいえ、それを破ればリベールの名誉に泥を塗る行為だ。講和条約のお蔭で未だに“ハーメル”のことを公にされてはいない。もし、かの国がこの事実を公表する時が来た場合、それは紛れもなく“リベールの民を怒らせた”と言うことと同義だ。これにはゼクスも表情を険しくして考える他なかった。
「っと、遅くなったな。」
「いや、問題ない。……と言いたかったが。」
「?」
一方、アスベルが他の三人が外にいないことに気付いて食堂の方に足を運んでみると……そこの食堂で働いている少女―――シャルと色々話が弾んでいるステラとリーゼロッテの姿があった。で、ユーシスから話を聞くと、どうやらシャルはトーマと仲が良いらしく、その贈り物で二人と話しているさなかであった。
「あ、アスベルさん。お久しぶりです。」
「知り合いなのか?」
「まあね。シャルもお久しぶり。で、何か相談ごとでも?」
「あ、はい……その、トーマの好きな色って知っていますか?」
どうやら、日ごろお世話になっているトーマに対して何かプレゼントをしたいということだった。その質問に対して、アスベルは思い出した後、シャルにその答えを述べた。
「“緑”だね。トーマに限らず、ノルドの人達にとって緑の色は“風”と“調和”のシンボルだって話していたし、一番思い入れがあるって話してたことがあるから。」
「あ、ありがとうございます。」
実際には、昨晩の会話の中で好きな色の話になり、その中で偶然聞いただけなのだが、こういった形で貢献できるとは思っても見なかった。ちなみに、アスベルの好きな色はノルドの民族衣装の中にもある“青”の色。それを聞いたシャルはお礼を述べた。どうやら、シャルはトーマに対して少なからず恋愛感情を抱いているようだ。ただ、この食堂で働く彼女の父親はそれを快く思ってはいないようだが。
「で、何にするか決めた?」
「そうですね……マフラーにしようと思います。」
「それなら使用することも多いから、ぴったりだと思うよ。」
話も終わったので、帰りがてら羊の探索ついでに南部の見える範囲も探索はしていたが、特に変わった様子はなかったため、そのことをゼクス中将に報告した後、羊を連れてそのまま集落へ戻ることとなった。
色々フラグ込みです。この時点で“アレ”は設置されている可能性がありそうですが……その辺はちょっとフォローしておきます。
次回、ご隠居の巻。皆の者、頭が高い(オイ!
もしくはラクリマ湖のヌシ、ビッグレインボウ登場(嘘)
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第54話 炎の気配と風の導き