深夜
辺りは暗く、月明かりだけが私を照らしている
今の私は、闇に紛れている
それはまるで、私の心の様に、暗く深い闇に
城内には兵士が巡回しているが、眠いのか、欠伸をしながら歩いている
注意力は皆無、侵入は容易にできた
そして今、私の目の前にいるのは…
馬超「すー…すー…」
規則正しい寝息を立てている馬超孟起
こいつだ、こいつを殺せば、私は…
私は静かに短刀を抜き、それを振り下ろした
ドス
「!?」
馬超「悪いな。これでも、あの大戦を乗り越えた一人なんでな。闇討ちには合い慣れてるんだ」
私の短刀が馬超の頭を突き刺そうとする瞬間、馬超の目が開き、頭を動かして躱された
「チッ」
私はすぐ様短刀を引き戻し、馬超の首を斬ろうと振りかぶるが…
馬超「甘いぜ。そんな揺れた剣じゃ、あたしは殺せないぜ」
「ッ!?」
私が攻撃する瞬間、馬超は私を蹴り飛ばし、近くにあった槍を手に取った
馬超「よっと、さて、お前は誰だ?」
チッ、ここまでか…
バン!
馬超「!?煙玉!」
私は懐から煙玉を取り出し、それを地面に叩きつけた。煙玉は爆発し、辺りを煙が覆う。
煙が覆うと同時に私は反転し、窓を突き破って離脱した
暗殺…失敗か…
だが必ず殺してやる
馬超孟起、お前だけは、必ず…
楽綝伝其二
咲希姉さんの誕生会が行われた翌朝、私達警邏隊は慌ただしく働いていた。
深夜3時頃、この許昌の城内で事件が起きたのだ
馬超将軍を狙った暗殺事件
実際は暗殺未遂だったが、それでも大事には変わらない。
三国同盟を結んだとは言え、この許昌で将軍を狙った暗殺が起きたのだ。
しかも犯人を取り逃がしている。これは私達軍の失態だ
馬超「まぁ、あんま気にしないでくれ!あたしはこうして無事なんだからさ!」
秋菜「そうはいきませんよ、馬超将軍。これはあなた一人の問題ではありません。
蜀の将が暗殺されかけた、この事実がまずいのです。それはお分かりですよね」
馬超「政治か。あたしは頭悪ぃからその辺テキトーだが、文官は気が気じゃねぇよな」
面子の問題でもあり、国際問題でもある。
許昌滞在中に賊の侵入を許したとあっては、今後の信頼関係にもヒビを入れかねない。
さらに問題があるとすれば…
一刀「じゃあ翠、くれぐれも気をつけて」
蒲公英「お姉様、無茶しないでよ」
翠「………愛紗、鈴々、星、紫苑、蒲公英!ご主人様の事、頼んだぜ」
愛紗「無論だ。何としてでも、ご主人様は守りきる」
星「というか、これだけの面子に囲まれているんだ。
これ以上安全な布陣もそうそうないだろう」
紫苑「ふふ、それもそうね。あ、璃々によろしく伝えておいてくれるかしら」
鈴々「こっちの事は私達に任せて、翠は犯人ぶっ飛ばしちゃえ!」
北郷さん…天の御使いである北郷一刀様がこの許昌に居たことだ。
この大陸を象徴する方が滞在中に事件に合った。直接的な被害が無かったとは言え、流石にこれ以上、この許昌に滞在する事は出来なくなる。
幸いなのは、北郷様と馬超将軍が自分の事は気にしなくていいと言った事。
然程の問題にするつもりはないのだろう。だが、こっちはそうもいかない。
私達が、魏の兵がいながら侵入を、暗殺を許してしまった。こんな事はあってはならない
秋蘭「北郷と翠には借りが出来てしまったな。だが、良いのか、翠?
お前まで犯人探しに付き合ってもらって」
翠「あぁ、いいんだよ!どうせ暇だし。それに、あたしを狙って来たんだ。
あたしがキッチリ、片付けなきゃなんねぇ問題だ」
馬超将軍は北郷様と別れ、このまま許昌に残り犯人を探すと言った。
その事については北郷様も含め、魏の人間全員が良い顔をしなかったが、結局はこちらが折れるはめになってしまった
秋蘭「はぁ…仕方ない。私は今回の件を華琳様に報告しなければならない。
秋菜、後を頼めるか?」
秋菜「了解しました」
秋蘭さんはそのまま執務室へ、秋菜姉さんはこの場に私、王異さん、張虎さんを残した
秋菜「さて、馬超将軍、あなたには護衛として友紀…王異を付けます。それはよろしいですね?」
翠「えー、そんな心配しなくたって、護衛とかいらねぇよ。あたしが強いのはわかってんだろ?」
馬超将軍は護衛を付ける事に反対の様だが、流石にこちらとしてはそう言う訳にもいかない
凪紗「馬超将軍、あなたの力は我々が一番熟知しています。
しかし、だからと言ってあなたを一人にする訳にはいきません。
大事を取り、護衛を常に一人は連れていてください」
翠「えー、めんどくせぇなぁ」
秋菜「では、【晋】に連絡し、馬超将軍は今後【晋】の出入りを…」
翠「うっし!護衛ね!よろしくな、王異!」
相変わらず【晋】という名前の強さが凄まじい
秋菜「友紀もそれで構わんか?」
秋菜姉さんが聞いた。対する王異さんはとても眠そうだった
友紀「……私、夜勤明けで寝不足なんだけど」
王異さんは昨日の書類仕事を全て終えており、さらにそのまま暗殺未遂事件が起こった為、ここまで休みなしで働いていたという。体調は万全ではないのだろう
秋菜「む…要人警護の任務は友紀が適任なのだが…なら、午前中まででどうだ?
その後は交代で誰かを付かせよう」
友紀「絶対だぞー。交代無しだったら恨んでやるからな」
気怠げにも、友紀さんはやってくれるようだ。流石にこの状況でサボろうとは思わないらしい
秋菜「霰は兵に指示し警備の強化、凪紗は私と共に犯人を探すぞ」
霰「了解。んなら、早速行ってくるわ。警戒度は3くらいでええな?」
秋菜「あぁ、頼んだぞ」
翠「あたしの方でも少し調べてみるよ。秋菜、凪紗、また後でな。王異、頼むな」
友紀「はーい」
張虎さんは走って隊舎へと向かって行った。
それと同時に、馬超将軍と王異さんも城へと戻って行く。
王異さんが付いてくれているなら、とりあえずは大丈夫だろう
秋菜「では、私はもう一度犯行現場を見てみる。
もしかしたら、何か残しているかもしれないからな」
凪紗「わかりました。私は…そうですね。この件を父さん達にも伝えておきます。
北郷様にもよろしく伝えてくれと頼まれたので。その後に調査を開始します」
秋菜「頼む。凪紗、十分気をつけろよ。許昌の城に侵入出来る程の人間だ。
もしかしたら、父上達が呉で遭遇した梁山泊とやらかもしれん。警戒は怠るなよ」
凪紗「は!」
私が返事をすると、秋菜姉さんはフッと笑い、反転して犯行現場へと向かった。
さて、私はまず【晋】に行こう。父さんに話さないとな
私は走って【晋】に向かい、店の扉を勢い良く開ける。
開店して間も無い時間ではあるものの、店には既に数人の客が居た
咲希「凪紗?どうした、こんな時間に」
咲希姉さんが料理を運びつつ、私に声を掛けてくれる。
誰だ、朝からステーキなんて頼む剛の者は…
凪紗「咲希姉さん、父さんはいますか?」
咲希「お待たせしました。こちらサーロインステーキです。凪紗、父様なら厨房にいるぞー」
凪紗「あ、はい」
私はステーキを頼んだ客を見て、それが女性である事を知ってビックリしつつも、厨房にいるであろう父さんを呼ぶ。すると父さんは程なくして出てきた
零士「ん?凪紗ちゃん?どうかしたかい?」
凪紗「はい。少しお話があるのですが、お時間よろしいですか?」
私が言うと、父さんは微笑んで頷いてくれた。
私はそれを確認し、今回の件について報告する。
馬超将軍暗殺未遂事件と、北郷様が洛陽に帰られた事を…
咲希「なるほど。道理で今日は朝から慌ただしかった訳だ」
いつの間にか居た咲希姉さんがポツリと漏らしていた。
父さんもそれに同意するように小さく頷いてみせる
零士「そっか。それは大変だったね。一刀君も帰っちゃったみたいだし。
それにしても、翠ちゃんを暗殺しようかぁ。それは並大抵じゃ無理だろうね。
彼女、あの馬騰さんの娘さんだし」
凪紗「?父さんは、あの西涼の馬騰をご存知なのですか?」
西涼の馬騰と言えば、私達の年代からしたら伝説的な存在だ。
かつて西涼の騎馬民族をまとめ上げた人物で、その武は誰もが認めたと言う
零士「まぁね。僕がこの世界に来たばかりの頃の話だから、もう20年以上も前の話になるね」
そう言う父さんの顔は、とても嬉しそうで、懐かしんでいる様子だった
零士「馬騰さんや翠ちゃんは、武の達人であり、氣を読み取る達人でもあるんだ。
接近する殺気には敏感で、相対した敵の氣を見極める。
だから、例えばどれだけ酔っていようと、翠ちゃんを暗殺する事は容易くはない」
現に、その暗殺は失敗して馬超将軍は健在なのだ。
流石、あの大戦を生き残った人物なだけはある
咲希「それにしても妙だな。何故暗殺者は、北郷さんではなく翠さんを狙ったんだ?
私なら、他国の刺客として狙うなら、この国の象徴である人間を殺そうと思うが…」
咲希姉さんの物騒な呟きには、私も同意するところだ。
私も敵の狙いがイマイチわからない。
この許昌に侵入し、馬超将軍を暗殺寸前まで成せる者なら、北郷様も狙えた筈だ
凪紗「一応、北郷様が許昌に居たと言う事は、この三国でも極秘事項ではありました。
なので、敵国は北郷様が許昌にいる事は知らないはず…」
自分で言っていて、やはり違和感を覚える。
仮にそうだとして、やはり馬超将軍を狙う理由にはならない。
もしかすると、暗殺対象は誰でも良かったのか
凪紗「んー…」
自分は兄さん程頭が良くない。考えれば考える程、分からなくなってくる
零士「あはは、凪紗ちゃん、あまり難しく考える事はない。
そう言うのは軍師の務めだからね。君はただ翠ちゃんを守って、犯人をとっちめたらいい。
あ、ところで、その暗殺しようとした人間は捕まったのかい?」
父さんにフォローされ、私は思考の海から飛び出した。
そうだ、これは自分が考える事じゃない。私はただ、目の前の敵を倒せばいいだけだ
凪紗「いえ、まだです。現在は警邏隊全員で警戒し、私と秋菜姉さんで調査をしています。
馬超将軍には王異さんが付いているので大丈夫かと…」
そこまで言い、父さんの表情を見ると、少しどこか困ったような顔をしていた
咲希「ん?父様?どうかしましたか?」
咲希姉さんも違和感に気付いたのか、声を掛ける
零士「いや、その、ちょっと失念していたと言うか、確証のない事だから、僕としても何と言っていいのか…」
凪紗「どういう事ですか?」
父さんの目には困惑の色が伺えた。失念していた?
零士「まず、今から話す話は、あくまで僕や一刀君が居た世界が辿った歴史と思ってね。
これは、あの世界での、王異と馬超の話だ…」
そして話された内容は、決してあって欲しくない、自分にとって信じられない事だった
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