8.赤の同居人
「あれ、シグ君も居た気がするんだけど……」
「隠れたのかな?探せー!」
「もしかしてシグ君と隼人君は同じ部屋!?男の娘と爽やか男子……いいわね!」
「あ、隼人君~。私、芳川里奈って言う名前だよ、よろしくね~!」
「ああ、りなっち自分だけずるい~。抜け駆けは無しだよ!」
なだれ込んだ女子が、まるでマシンガンのように言葉を投げかけてくる。
落ち着いてという暇もないまま、目の前の女子たちが質問を始める。
「………本の中で兄さんが苦労した気持ちがよくわかるな」
げんなりしながら、小さな声でそう呟く。
彼女達の質問をうまく受け流しながら、隼人の視線はとある場所に向けられていた。
先ほどまでいた、この異世界から来た人……シグ・シリオンが飛び降りた窓を。
『生まれ変わっても、お前はお前だ。そんな物語通りに進ませるんじゃなくて、自分らしく生きた方が良いんじゃないのか?』
先ほど彼が言った言葉が、頭の中で繰り返される。
………彼のいう事は、もっともだった。
隼人は、神様に物語の通りに生きろと言われていない。
そもそも……実験台としても扱われていない。それは嘘だった。
本当の理由を言えば、間違いなくシグは自由に生きろと言うはずだ。それが正論だし、隼人自身もその方が良いと思っている。
…………けど、僕はあえてこの道を選んでいる。
もちろん、幸せにはなりたい。けれど、本来兄さんがなるべき幸せ……これから先に出てくるヒロインは、兄さんと結ばれるべきだと思う。
ここにはいないはずの人が、本来与えられるはずの幸せを奪うべきではない。
そう思っているからこそ、僕は
『お前は、満足なのか?』
また、声が頭の中で響き渡った。
これでいい。そう思っている。
けれど、頭の中が混乱しているのは、何故だろう?
「ふぅ……危なかった」
警戒しながら歩くこと十数分。何人かにすれ違ったものの、クラスの人ではなかったのでそのままスルーされた。
………というより、女子の大半が織斑兄弟の所へ行っているようだ。隼人の部屋のあった通りがとても賑やかだ。
「さて……勉強でもするか」
授業について行く意味でもだが、元の世界に帰った時にISの技術が使えるかもしれない。
―――――何より、これから生身でISと戦わないといけないんだ。ISによって性能が違っても、共通している知識ぐらい覚えておかないと戦えない。
驚いてからでは命に関わる。生身ならなおさらだ。
それなら、少しでもISの事を知っていたらそれだけ戦闘では有利になる。
「………っていうより、体を守る魔法でも見つけようかな……。いや、それよりも……」
――――――そんな考え事に夢中になりながら、自分の部屋の鍵を開けて中に入ったのが失敗だった。
バタンッ‼
勢いよく扉を閉める。
考えていたことが一瞬で頭から抜け落ちた。
…………いや、問題はそこではない。
問題は、部屋を開けた瞬間に見えた、少女の半裸。
風呂上りで、服を持っていくのを忘れていたのか、バスタオル一枚で目が合った。
…………加えて、その少女。楯無ではない。
魔法石にある“煌刻石”と呼ばれる紅色よりも、ずっと綺麗で深い紅色。
腰まである綺麗な紅色の長くまっすぐな髪に、少ししか見なくても楯無ほどでは無いがスリーサイズもよい数値であると思わせるスタイル。
顔も幼さが残っているが、身長は高く、大人っぽさもある、美人とも可愛いともいえる人物だった。
以上、一秒間の間に見てしまった女性のレポートでした。
脳内でレポートをまとめて、部屋の場号を確認する……が、間違いなく俺の部屋だ。
…………考えろ。どうしてこうなっている?
可能性1:俺が作った妄想
可能性2:楯無の変装だな
可能性3:実はこの人が、本当の部屋の住人。
可能性4:あの人が部屋を間違えている。
可能性5:御託はいらん!あの娘を襲うぞ!
結論:……普通に考えれば4かな?というか、5は何だ、オイ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
少しだけドアが開き、先ほどの真紅の髪を持つ少女が顔を覗かせた。
髪が完全に乾いてないからか、濡れているように見える。そこから甘くいい匂いもする。教室の時にもそんな感じの匂いはあったが、それとこれとは違った、少しドキドキするような匂いだった。
「………って、え?シグ……さん?」
「―――――――――」
彼女が驚きの声を上げると同時に、シグも固まった。
この少女……俺の事を知っている?ってことは本音さんみたいに楯無と繋がって………いや、この際それはどうでもいい……!
男だと知られている事に頭を抱えたくなりながら、シグは真紅の髪の少女に小さな声で指摘した。
「とりあえず……服を着てくれないか?」
「え……?」
扉を……というより、正確には彼女の顔より下の方を指した。
一応バスタオル姿なのを自覚していたからか、顔を少ししか覗かせてないが……どうしても女子特有の膨らみも少し見えてしまうわけで。男の俺としては眼福……いや、目に毒なわけで。
シグの存在で意識が飛んでいた真紅の髪の少女が、次第に理解をしていき。
「…………‼ き、きゃぁぁぁ!!」
小さく悲鳴を上げながら、少女は部屋の中へと入っていった。
そして、悲鳴を聞いてたまたま近くにいた女子が集まって
「あ、シグ君だ!」
「おお~あそこシグ君の部屋?入っていい?断っても入らせてもらうよ!」
「皆の者、突撃じゃ!」
「「おお~!」」
と、真紅髪の少女が部屋の扉が開けてくれるまで女子の相手を……勘弁してくれ。
「…………そうか、同じクラスだったんだな。覚えてなくてごめん」
「い、いえ。自己紹介できないまま終わってしまったので、無理もないですよ」
真紅の少女が優しくそう言ってくれたので、内心ほっとする。
偶然とはいえ、ほとんど衣服を付けてないところを覗いてしまったから、嫌われたかと思ったけど……それは全然杞憂だったようだ。
「それで、君もここの部屋なのか?」
「は、はい。ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ああ。よろしく。ところで、名前は……」
「あ、まだ言っていなかったですね。
私の名前は
律儀にペコリと頭を下げてくれる。
セシリアとは違った意味で育ちが良いみたいで、内心ホッとする。
「…………ところで、ここに水色の髪の人いなかったか?二学年の人なんだが」
「あ、はい。先生に扉の調子を見てこいと言われたらしくて。少しした後に、出ていきましたよ。その時に、その人にシャワーを浴びてって言われたので、さっきまで……」
「ああ、なるほどな」
あの野郎……そろそろ俺が戻ると思ってシャワーを浴びろとか言いやがったな。おそらく、服とかも移動させたからバスタオル姿の結羽さんとはちあわせたのか。
そんなどうでも謎に納得しながらため息を吐いていると、服を掴まれた。
もちろん、結羽さんが掴んでいる。
「あの……ご飯でも食べませんか?」
「ん?……ああ、もうそんな時間か」
そういえば、この世界に来て何も食べていないな。元の世界で何日も飲まず食わずに仕事させられた時もあったから、感覚おかしくなっているから気づいていなかったが。
「それじゃ、一緒に行こうか」
「は、はい!
あの……シグ君のお話、聞いてもいいですか?」
「あ、ああ。いいけど……あまり楽しくないぞ?」
「別にいいです。教えてください!」
元気のいい彼女に少し圧倒されていると、我に返った結羽さんが急に顔を赤くして縮こまりだした。
その変化の変わりように、耐え切れずに吹いていしまった。
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八話目です。