7.自己紹介
――――放課後
「お~い。一夏、生きてるか~?」
「………シグ、助けてくれ」
「こればかりは、正直無理だな」
シグは苦笑しながら一夏の頼みを断る。要件なら聞かなくてもわかる。授業の事だ。
俺も故郷で軍に所属していたから、何となく理解できる部分もあったが、IS用の専門用語だったり、その意味、仕組みや理屈はどうしても楯無ノートや本音に聞いて理解できたのだ。
一夏よりはマシとはいえ、二つの存在が無ければ俺も一夏状態だっただろう。だから、教えることができない。
「というか、一夏。お前よりかなり優柔な弟に聞いてみたらどうなんだ?後ろから見る限りしっかり授業についていけているみたいだし」
「……なんかサラッと酷いことを言われた気がするんだが」
「気のせいだろ。お~い、隼人!」
せっせと教科書をカバンの中に入れている隼人に向けて声をかける。
……やっぱり、一夏よりもしっかりしているな。
「隼人、少しで良いからISについて教え『嫌だ』って即答!?」
「兄さん、自業自得なのに罪悪感を感じずに弟に頼るの?」
「い、いや……さすがに自分でも少しは駄目だと思うが」
少しだけかよ、一夏。
「とりあえず、自力でやった方が覚えやすいから、兄さんも頑張って」
「いや、でも……ここは速く覚えた方がいいよな、シグ?」
「これに関しては隼人の方が正論だな」
「え、裏切り?」
「人聞きの悪いことを言うな。
基本を固めておかないと応用何て物はできないし、苦労して覚えたものは簡単には忘れない。自力でやった方がいいかもな」
ちなみにこれは体験談でもある。
俺も軍に入ってからいろいろ覚えたものだ。
山に置き去りざされた時に身についたサバイバル知識とか、無理矢理複数の強敵と戦わされたときに理解した戦闘知識とか、仲間から食べ物をもらえれなくて、どうやったら食用か食用でない食べ物なのかの区別とか……。
…………………………。
「ん、どうしたシグ……?」
「な、泣いてないぞ!埃が目に入っただけだからな!?」
「埃って……泣くほどないと思うけど?」
隼人のツッコミを無視して涙を拭き取る。
……いや、意識してなかったけど、よく生きてこれたな。俺。
「あ、一夏君と隼人君、シグ君もまだいたんですね。よかったです」
教室の扉辺りから、山田教師の声が聞こえた。
その手には、紙と鍵が握られているけど……。
「えっと、寮の部屋の番号が決まりました。隼人君は個室ですけど、シグ君と一夏君は、すみませんが、個室の準備ができる間、他の人と一緒に暮らしてもらいますね」
そう言いながら山田先生は俺たちに部屋の番号と鍵を渡してくれる。
俺の番号は……1138号室か。
チラッと隼人の方を見ると、それを予測していたかのように隼人は俺に紙を見せてくれる。部屋の番号は1028室。なるほど、結構離れているな。
………とはいえ、これはチャンスだな。
隼人も俺と同じことを思ったのか、ニッコリ笑顔を浮かべている。
「それじゃ、一夏頑張れよ」
「僕たちは部屋の確認をしておくね、兄さん」
「え、ちょっ……二人とも、少し教えて――――」
「「じゃ、頑張れ(よ)」」
慌てる一夏を置いて、二人で騒がしい教室を出る。
………廊下で女子に質問攻めされるのが目に見えるから、教室を出た瞬間に走ったが。
「それで、どっちの部屋でやる?」
走りながら隼人に話しかける。
内容はもちろん……隼人が言っていた「お互いの事を隠さずに話し合おう」という件だ。
「僕の部屋で良いかな?個室だし、信じてもらえない話だけど、証拠は一応あるからね」
「わかった。少ししたら俺もお前の部屋に行く」
コクンと頷くのを見てから、それぞれ自室に向かうために方向を変える。
隼人の部屋に行く前に自分の部屋の確認と……楯無にも会っておかないとな。
「おかえりなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」
扉を開けると、楯無が裸エプロンで俺を迎えてくれた。
バタンッ!
出来る限りの速度でシグは開けたドアを閉める。
「………………疲れてるのかな」
頭痛がしたかのように頭に手を置く。
ついでに状況確認。俺は女子のようなこの容姿のおかげか、女子に何も言われずにホッとしながら部屋を探し、紙に書いてあった1138号室に辿り着いた。
………よし、何も問題は無い。だから、今見えた楯無の姿も幻覚だ。気のせいだ。
そう自分に言い聞かせるようにしながらシグは扉を開ける。
「おかえりなさい。私にします?私にします?それともわ・た・し?」
「……………風呂でお願いします」
「いやん。をわたし選ぶなんて、シグ君大胆痛い痛い!」
暴走してきた楯無を煌煉で叩く。幻覚でもなく、裸エプロンでいる馬鹿を睨みながらベットの方へ荷物(教科書とか)を投げた。
「………何をしているんですか、楯無さん」
「何って……シグのお嫁さん?」
「待て、いろいろ段取りを飛ばしすぎだろ!」
しかもお嫁さんごっこならともかく、いきなりの本番だった。
……というか、もう書類を書いて戸籍上夫婦とかになっているかもしれない。むしろ、楯無ならやりそうで怖かった。
「ねぇねぇシグ君。段取りって、何を済ませたら納得するの?」
「………………」
「………………」
「………………それじゃ、俺は用があるので」
「しかし、敵に回り込まれた」
「回り込むな!」
「ほらほら~。お姉さんに教えなさい。シグ君の国では何をしたら結婚するの?」
「…………今度教える。
―――――それより、楯無。一ついいか?」
「どうしたの?お姉さんの体なら、いつでも受け入れるわよ?」
「よし、隼人の部屋にでも行くか」
「しかし、逃げることはできなかった」
「その手を離せ、変態」
肩をがっしりと掴んでやがる楯無にそういうが、まったく意味がない。
ついでに言うと、ISを腕だけだが展開しているようなので逃げようにも逃げれない。
「も~構ってよ~」
「隼人と一夏は本当に兄弟なのか?」
「………え?そうだけど……どうしたの?」
「いや……ちょっとな」
兄弟ってことは、一夏と一緒に過ごしているってことだ。
………なら、隼人は一体何なんだ?
―――――――あいつだけ、この世界にいる人と違う気配を放っているのは、何故だ?
緑の中に黄緑が入り混じっているような、同じ文字の中に一つだけ違うけど似ている文字が混じっているような、そんな違和感があった。
だからこそ、俺は隼人にこの世界の人間ではないだろ?と聞いたのだ。
………となれば、一夏や織斑教師も異世界の人間?
(……………ま、しょせんはただの勘だしな)
それに、どうせ隼人の部屋まで行けばわかるのだ。焦る必要は無い。
さっさと隼人の部屋に行くとしよう。
………ってことで。
「じゃあな楯無!達者でな!」
「え?あ、ああ~!」
手に“零距離の衝撃波”をうちこみ、ひるんだ間に脱走。
さすがに裸エプロンのままここには………来ないよな?
恐る恐る後ろを見るが追ってこない。胸を撫でおろしてから隼人の部屋へと向かった。
「大変だったね、シグ」
ベットに倒れているシグに、隼人がコップの中に黒い液体(コーヒー)を入れて差し出してくれる。
疲れた表情でシグは隼人からコップを受け取り、深いため息を吐いた。
その視線は、ドアを……正しくは、その先にいるであろう女子に向けられていた
隼人の部屋に向かっている途中にクラスの女子と会い、他のクラスの人にまで男だと知られ、ついさっきまで鬼ごっこ的な展開になっていたのだ。
「………苦いな」
「はい、砂糖と牛乳。これを入れたらおいしくなるよ」
「お、そうなのか?」
「……で、どうする?このままだと、外の人に聞かれそうだけど」
「別にいいんじゃないか?どうせ誰も話の内容がわからないんだし」
それでも隼人は不安そうにしている。
………やれやれ。正直、作るのが大変だから使いたくは無いんだけど。
「“―――万物を揺さぶる力を持つ風よ
その力を持って全ての衝撃を防げ――――”」
ポーチから楓刻石と呼ばれる翠色の球を取って投げる。割れた瞬間に、部屋全体に優しい風が吹きわたった。
本来なら、この魔法は爆発などの衝撃波からの振動から守るためなのだが、音も空気中の振動みたいなものなので、この魔法で俺たちの会話も防ぐ事ができる。
「………今の風は?」
「魔法だ。俺たちの世界にあって、この世界には無い技術。これで外からの音も中からの音も聞こえなくなるぞ」
「………本当に、この世界……僕たちの世界とも次元の違うところから来たんだね」
感心するような表情と呆気にとられたような口調で隼人がそう言った。
どうやら、隼人のいた世界にも、魔法という技術は使えないようだ。
「それで、こんどはこっちの番だ。お前は何者だ?一夏とは本当に兄弟なのか?それとも、お前たち一家全員が異世界から来た人間か?そもそも、お前だけ気配が違うのは―――」
「ま、待って待って、一度に聞きすぎ!きちんと話すから!」
「むぅ……」
「まったく……。
そうだね。それじゃあ、結論から言おっか」
そう言って、俺とは別のベットに隼人が腰かけ、ちょうど俺と対面するような形になる。
そして――――いつもの笑顔で、隼人はこう言った。
「僕はね。神様からの使いなんだ」
「……………続けろ」
「あれ?てっきり驚くかと思ったのに」
「確かに、いきなり話が飛びまくって混乱気味だけどな……。けど、最後まで話を聞いてから信じるかどうかを決めるさ」
楯無だって、俺の話を最後まで聞いて信じてくれたんだ。
全てを信じないにしろ……隼人がどこまで本当の事を言っているのか見極めておかないと。
「そっか。じゃあ、話を戻すよ。シグは、“平行世界”って知ってる?」
「自分の世界に限りなく似ているもう一つの世界……だっけ?」
「うん、正解。シグとは違って、僕の場合はほとんどそれに近いんだ。
―――――ISが存在していないってことを除いてね」
「でも、ただ俺のようにこの世界に来たってわけではないんだろ?そうじゃなかったら、一夏と双子である可能性も、神様ってやつの使いの説明もつかない」
「そう。僕の場合、生まれ変わったっていった方がいいのかな?
僕は別の、ISの無い世界で一度死んだけど、神様のおかげでISのあるこの世界に生まれ変わった。しかも、前世の記憶つきでね」
「…………………………」
無意識の間に、吐く息が振るえていた。
隼人は、シグの変化に気づかない。
「でも、それだけじゃないんだ。神様は、僕を実験台にしているんだ」
「実験台?」
「そう。
―――――僕は、この先どんなことが起こるのかがわかるんだ」
ニコッと笑った隼人は、一冊の本を取り出した。
「インフェニット・ストラトス」という小説に、箒の絵が描かれている本を。
「僕の世界では、この世界は小説として登場されていたんだ。僕が存在するという一点を除いて、全て小説に書いてあることと同じ………だったんだけどね」
「なるほど。俺という存在……『シグ・シリオン』という男はこの世界にはいない。だから、隼人は俺が異世界の人間だって気づいたのか」
「そういうこと。
――――神様は、もしもこの先のことを知っている人間が居たら、どう対処するのか。
そういう実験のために、僕をこの世界に生まれさせたんだって」
「………そっか」
シグは小さくそう呟いた。
コップにある液体を一気に飲み干し、部屋から出ていこうとする。
「あ、待って。この本を読んだら、先の事がわかるけど、シグも」
「――――――隼人」
シグの、決して大きくない声が隼人の言葉を遮った。
最後の話を聞いて、ようやく分かった。
――――隼人が、この世界の人とは違う雰囲気を出している理由に。
「お前は、満足なのか?」
「………え?」
「生まれ変わった人生を、決められた道に黙って従うだけの人生で、本当に満足か?」
「そ、それは……この本に書かれているのはこれからの事だし……。過去話を成立させるくらいで決められた道じゃないっていうか」
「なら訂正だ。お前はこれから本に書いてあることを実行するのか?ただ起きることを対処して、あとは本のことに従うつもりか?」
隼人から感じていた違和感。
調整する……って言った方が良いだろう。一夏に対して箒の誘いを進めていたり、俺がセシリアとの言い合いをしていた最中に隼人が言った言葉は、どれもだれがどういうセリフを言うのかをわかっていたかのように即座に対処していた。
全部は、物語通りに進めるように。
一夏がハンデを言い出した件も、本来ならどうおさまるかは知らないが、隼人はハンデをお互い無しにしてもおかしくない状況を作った。
先の事を知っているからこそ、自分で道を選んでない。自由では、ない。
それが、違和感の正体だった。
「生まれ変わってっも、お前はお前だ。そんな物語通りに進ませるんじゃなくて、自分らしく生きた方が良いんじゃないのか?」
「………………それは」
「―――――少なくとも。
俺は、生まれ変わった時に、自分の自由に生きた馬鹿を一人知っているぞ」
「え………?」
隼人が何かを言い出す前に、扉のドアを開け「あれ、シグ君!?一夏君の隣の部屋ってし(バタン)」
………外に女子がいるのを忘れていたな。完全に。
扉から手を離し、女子がなだれ込む前に、反対側にある窓を開け、そこから脱出!
「な、シグ!?ここ何階だと―――うわわわぁ!?」
女子が入り込む音を聞きながら、シグは落下しながら冷静に呟く。
「“
“――――闇の力を受け継ぎし結晶よ。
形を変化させ、大空を翔る翼と成れ―――」
一瞬だけ、楯無と戦った時に出した翼を出して落下速度を軽減。
すぐに戻して地面に着地する。
「……さらば、隼人。お前の事は忘れない」
脱出のために尊い犠牲となった隼人に短い黙祷して、シグはこっそりと自分の部屋へと目指した。
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七作品めです
おもに隼人についての秘密を書いています。
長くなったので適当に読み飛ばしても構いません~。