No.732270

真恋姫無双幻夢伝 第四章8話『蓮華の訪問 下』

前話の謎な質問について失礼しました。その答えあわせと会談の続きです。

2014-10-24 17:30:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2314   閲覧ユーザー数:2095

   真恋姫無双 幻夢伝 第四章 8話 『蓮華の訪問 下』

 

 

「あなたは麺と玄米、どちらがお好きですか?」

 

 蓮華の質問にアキラは咄嗟に反応できなかった。何かの冗談かとも考えたが、蓮華の真剣な眼差しを見るにそうとは感じられない。お互いの視線を交える。アキラは黙り込んだ。

 口を開かないアキラに、蓮華と思春が視線を送っている状態が続いた。

 答えに窮しているアキラを救ったのは、傍に控えていた詠だった。彼女は音も無く移動すると、そっとアキラに耳打ちした。

 

「江南の龍、泰山を見るや如何に」

 

 それを聞いてアキラはハッと思い当たった。その表情を見た詠は、再びスルスルと元の場所へと戻って行った。

 江南の龍とは孫家、泰山は華北全体をここでは示す。詠の言葉には孫家の野望が語られていた。

 ところで、華北と江南では民族が異なるというのはご存じあろうか。一説によれば、華北の黄河文明と異なる長江文明の流れをくむ南方民族が土着して江南地域を形成してきたとされる。太古の楚や越、そして孫家の先祖である孫武がいた呉も南方の血が色濃く流れていた。当然、言葉も食文化も異なり、華北では小麦を用いた麺文化が存在し、江南では米の文化が浸透している。

 江南の人々は長年、中央王朝(彼らにとっては華北の王権であるが)である周や晋、漢を相手に反抗を繰り返してきたが、それは同時に中央に対する“嫉妬”でもあった。豊かな土地柄と高い技術力。周囲の異民族を従えてきた、まさに“中華”と呼ばれる姿に、常に憧れを抱いていたのは間違いなかった。

 孫家もその長江に運命を左右されてきた一家であった。彼らは古の名将、孫武を遠祖としているが、彼自身が有名になったのも子孫の孫ピンが華北で活躍したからだ。いくら彼らが江南で覇を唱えようと、歴史にかかれることが少なかった時代であった。江南の歴史は中国の歴史ではないのだ。

 そうした江南の人々にとって

 

『長江を越える』

 

 という願望、言い換えれば歴史の主役になりたいという野望は、骨の髄にまで浸みこんでいる本能と言ってよい。勿論、孫策も孫権もその配下もこの思いを持っている。

 そうした江南の民を守り、その一方で北進を阻んできたのが長江である。北からの脅威から彼らを守る側面もあれば、彼らの北進を妨げてきた側面も持っている。川幅が広すぎるために、よほどの経済力と海運力を持たない限り、川を越えての補給路が保てない。彼らは長江を越えて生きてはいけないのだ。

 そうなると長江の北に位置する勢力と協力しておきたいのは当然のことであり、その勢力とはここではアキラ達のことであった。しかしアキラ達には孫策の他に“もう一つの”同盟者がいる。

 本題に戻る。先ほどの孫権の質問とは、つまり

 

「麺を食べる華北の曹操と、玄米を食べる江南の孫策、あなたはどちらの味方ですか?」

 

 という意味を込めていたものであり、極めて重要な政治的発言であった。

 そう理解したのと同時に、彼は彼女の“背景”が透かして見えた気がした。

 

(なるほど。これは孫家の古参衆の意図も働いているか)

 

 孫家の古参衆とは、孫策が独立する前から、言い換えると孫堅の時代から仕えていた家臣たちのことである。その筆頭が黄蓋や程普だ。

 現在、孫家は二つに分かれて機能している。一つは、孫策が率いる領土拡大組である。この組には、共に戦うことで急速に結束を固めることを意図して、新参の家臣団で形成されている。そしてもう一つが孫権を頭とした内政統治組だ。これにはすでに忠誠心が高い古参たちが加わっている。領土拡大組が南や西に展開していることを見ると、彼らは北を見ていると言える。自然とアキラや曹操に警戒するのも彼らの役目になる。

 付け加えるが、最も華北に憧れを抱いているのは、この古参組であった。彼らは孫堅に従って黄巾族を討伐し、孫策と共に董卓討伐に向かった一行である。その際に華北の繁栄ぶりを目にして何を思うか、想像に難くない。

 ともかく、詠のおかげで気が付いたアキラはこともなげに答えてみせた。

 

「俺たちは麺も玄米もどちらも食べる。この答えでは満足出来ないかな」

「出来ないな。はっきりと、どちらが好きか答えてもらいたい」

 

と、アキラの答えを隣で腕を組む思春があっさり跳ね返した。彼女の態度はいかにも不機嫌さをたたえていた様子で、蓮華とは対照的に曖昧な政治的な回答は気に入らない様子であった。

 このでこぼこコンビめ。アキラは心の内で苦笑した。

 彼はあえて蓮華の方に体を向けて語りかけ始めた。

 

「正直、汝南に来たばかりだからなあ。どちらが好きかどうかなんて判じかねる。もっとも、今は小麦の方が良く実るものだから、麺を良く食べてはいるが」

「“良く実る”とは、“利益が大きい”ということでしょうか」

「そうとも言う」

 

 同盟は利益次第、と臆面も無く答えた彼に眉間のしわを深めた思春の一方で、蓮華は知らず知らずに力を込めていた拳を開いた。彼の真意がそうならば、こちらが提示した条件次第で味方に付けることが出来る。彼女は瞬時に計算した。頭の中に政治家的な冷静さが宿っている。

 ただし彼女の胸に宿る“感情”はその曖昧さを許さなかった。

 

「それで良く一国をまとめていますね。部下に恥ずかしいとは思わないのですか」

 

 ギョッとして彼女を見たのは、傍らにいた思春であった。しかし彼女が見たのは、そよ風が吹くかのごとく無表情な顔だった。先ほどまでの立場を忘れて、ここは諌めるべきか。本気で悩む。

 一方で、今まで冷静さを見せていたアキラも、さすがに片眉を挙げた。

 

「……俺自身としては最善を尽くしているつもりだ」

「確たる信念も誠実さも無い。この程度の主を担いでいるのは亡国の証でしょう」

 

 吐き捨てた彼女の台詞に、思春は息を飲んだ。彼女がアキラに目をやると、若干顔色が白くなっているのが分かった。

 

(いかん!)

 

 この思春の判断は、遅すぎた。口を挟む前に、蓮華はこの会談に“とどめ”を刺してしまっていた。

 

「さしずめ、袁術や董卓のように」

 

 その言葉に、アキラの目尻が一気につり上がる。ところが、次に怒りの声を発したのは彼ではない。

 新参者の詠だった。

 

「ふざけるんじゃないわよ!!」

 

 座っている三人や隣で立つ月がその眼で見たのは、顔を真っ赤にした姿だった。

 彼女の憤慨は続く。

 

「なんであんたにそんなことを言う資格があるのよ!?この街の発展を、目を見開いて良く見なさい!」

「無礼者!ひかえろ!」

「うるさい!!無礼なのはあんたたちじゃないの!」

 

 立ち上がりかけた思春を気迫で抑え込んだ彼女は、思いの丈を蓮華に向けてぶつける。

 

「ボクたちも理想の国を作ろうとした!長安や洛陽でね。でも、何にもできなかった。相国の地位を得ても、何にもよ。形骸化した制度。腐敗した官僚や宦官。欲望をむき出しにした権力者。あらゆるものが変化を拒んだ」

「でもここでは違う!アキラがそんなものを全部壊しちゃったのよ。確かにまだまだ政治の能力は未熟だし、単純だし。それに女たらしだし……」

 

 チクリと刺さったトゲに、先ほどまでの怒りも忘れてアキラは苦笑いを浮かべる。彼女の主張は息荒く、佳境に入った。

 

「それでも、それでもよ!この国の民が笑って暮らせるのは、こいつのおかげなの!明日に不安を感じずに今を過ごせるのはアキラのおかげ。この際、ボクたちのことはどんなに悪く言ったっていいわ。でも、アキラのことを、ボクたちの夢を貶すことはゼッタイにゆるさない!!」

「詠ちゃん」

 

 一気にまくしたてた彼女を正気に戻らせたのは、月だった。彼女は蓮華に向き直ると頭を一つ下げた。

 

「感情に身を任せ、乱暴な物言いをしたこと、どうかお許しください」

 

 先ほどまで熱くなっていた部屋の空気が一気に冷えた気がした。

 蓮華は残っていたお茶をグッと飲み干す。そして杯を置くと、彼女もアキラに深々と謝罪した。

 

「こちらも、数々の暴言を申し上げました事、お許しくださいませ」

「お互い様、ということにしておこう」

 

 これ以上、話が弾む訳は無く、蓮華たちは贈り物の目録を渡して会合は終わった。アキラたちは二人をこの屋敷の玄関で見送る。日はまだ高く、今日中に帰路に就くという。

 玄関口で別れの挨拶をした際に、蓮華と思春は改めて月と詠の顔を交互に見た。

 

「……もしやとは思うが、お前たちは」

「思春。止めなさい」

 

 2人のやり取りに対して、月が微笑みを浮かべてこう告げた。

 

「孫権様、甘寧様。稀代の大悪人、董仲穎は死にました。また、その家臣も。たとえ、それとよく似たものがいたとしても、別人でしょう」

「毒のないフグは、フグでは無い。同様に権力を持たない董卓も董卓にあらず、ってことよ」

 

 詠の付け加えられた言葉に、蓮華はにやりと笑った。

 

「なるほど……肝に銘じておきましょう」

 

 去りゆく二人の背中が遠ざかる。

 

「何なのよ、あの女」

 

 ぼそりと呟いた詠に、アキラは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「『ボクたちの夢』か」

 

 ぽつりと漏らした彼の言葉に、詠は首筋まで真っ赤にして飛び上がった。

 

「あ、あんたねぇ!」

「いや~、詠の口からそんな言葉を聞けるとはな」

「信じられない!この空気で、ちゃかさないでよ!」

 

 憤慨する詠と笑いながら謝っているアキラ。それを見つめる月はくすくす笑いながら、ここに来て良かったと改めて実感していた。

 

 

 

 

 

 

 柴桑の屋敷、朝日が照らす雪蓮の部屋に、大きな足音が近づいて来た。長椅子に寝転ぶ彼女は薄目を開けて廊下の方に顔を向ける。すると眉間にくっきりと皺を付けた冥琳が入ってきて、その表情を見た彼女は、大体の内容を察してしまった。

 

「雪蓮!どういうことだ?!」

 

 雪蓮は頭を押さえて、小声で文句をつける。

 

「もうちょっと声を落として。頭に響くの」

 

また二日酔いか、とそっちを怒りたく気持ちを立て直して、再度睨み付けた。

 

「なによ~?」

「なぜ行かせたのだ?!」

 

 相変わらず大きい声に耐えかねたように、雪蓮は体を起こした。さっさと話し終えた方が良いと判断したようだ。

 

「蓮華のこと?そうね……面白そうだったからかしら」

「そんな理由で……アキラのことを嫌っていることは分かっていただろう」

「でも“あの計画”を進めるには、二人で会う機会は不可欠でしょ」

 

 冥琳の言葉が途切れる。そして一拍置いて、怪訝な表情で雪蓮に尋ねた。

 

「あれは本気だったのか」

「本気も本気よ。これで分かった?」

 

 そう言うと雪蓮は再び寝転がり、目を閉じてしまった。これで話は終わりらしい。冥琳は頭が痛くなりそうで、こめかみを押さえた。

 

(今晩は私も飲むか)

 

 これから大変になることを確信した彼女は、二日酔いにしか悩んでいないような目の前の親友を、心底羨ましく感じた。

 

 

 

 

 

 

 許昌の屋敷。夜も更けた頃、華琳の部屋に秋蘭と風、そして稟が訪ねてきた。三人が部屋に入ると、華琳は蝋燭に灯されながら書物を読んでいた。

 

「華琳様」

 

 秋蘭が呼びかけたが、その書物に夢中なのか、彼女は三人に目を向けなかった。椅子の背にもたれつつ、用件を尋ねた。

 

「なに?」

「孫策の妹、孫権がアキラに接触したようです」

 

 ピクリと眉を動かした彼女は、ようやく書物を手放して体を向ける。秋蘭は言い重ねた。

 

「内容は不明。ただ、事前に会談を調整した動きは無く、急に訪問したように推察します」

「この時期、訪問すべき祝典も行事もありません。正直、意図が読めません」

 

 華琳は稟の言葉に頷く。そして、それについて意見を求めるように風に目線をずらした。

 

「1つ考えられるのは、先月、孫策軍は建安の大部分を治めたと聞きましたー。もうそろそろ“他の方角”に向く時期になったのかもしれませんねー」

 

 総括として秋蘭は意見を述べた。

 

「華琳様。アキラは恨みある袁紹の打倒まではこちらの味方となるでしょう。しかしそれ以降は分かりません。おそらく孫策との取り合いになると考えます。それまでに」

「それまでに、策を講じるべきだ、と言いたいのでしょ」

「はい」

 

 真面目な表情で頷く秋蘭に、華琳は笑みを浮かべた。蝋燭の淡い光に照らされたその表情には、不気味さと美しさを浮かび上がらせていた。

 

「だから“あれ”をしようと言っているのよ」

 

 怪訝な表情を秋蘭は示す。風と稟は互いに目を合わせている。どうやら“あれ”を知っているのは華琳と秋蘭だけらしい。

 

「しかし“あれ”は」

「反対が多いでしょうね。特に春蘭や桂花は、想像するのもおかしいわ。でも、これが最善のはず」

「確かにそうですが……」

 

 口ごもる秋蘭をよそに、華琳はその隣の2人に目を向けた。

 

「2人には時期が来たら教えるわ。安心しなさい。今は袁紹に集中すること。いいわね」

「はっ」

「はい」

「風には、この前の稟と同じように、アキラの軍に付いてもらおうと考えているわ。彼の器を見極めてきなさい」

「分かりましたー」

 

 三人が去った部屋で華琳は笑みを浮かべる。先ほどの本は気にならないようだ。

 

「さて、面白くなりそうだわ」

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
8
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択