虎牢関へと帰還した俺達は、即座に関に詰めている全ての将を集め軍議を開始した。
軍議は大広間で行われる。
集まった者は俺と茉莉、愛李と想愁の汜水関防衛組。華雄はまだ目が覚めていないのでこの場にはいない。あとは虎牢関に詰めていた恋、音々音、莉紗の三人を含めた計七人。
汜水関で起きたことの全てを皆に共有していく。
連合軍が到着してからたった二日しか持たなかったこと、そして霞の生死不明。想定していた中でも最悪の部類に入る報告が行われ、軍議の場は一層重苦しい空気に包まれていった。
「そうですか、霞さんが……」
全ての報告を終え、重苦しい空気の中声を発したのは莉紗だった。
董卓軍と俺達は決して長いとは言えない付き合いだった。その中でも霞は最も気さくに、気軽に俺達と話しをしていた奴だ。そこに情が湧かなかったかと言えば嘘になる。
だが、最悪戦死までも想定していたことだ。生死不明であるなら多少の希望はある。
何よりも霞の相手であった曹操軍が何もしてこなかったことに疑問が残る。
「今後はどうするのですか? 敵の数は多少減りましたが、我らは将を一人失い兵も半数近く失った状況です」
音々が言わんとしていることは分かる。
元より汜水関で時間を稼ぐことを前提としていたのだ。予定していたのは五日。
その為、総兵力の半数を汜水関に配置し、残りの半数をさらに半分にしそれぞれを虎牢関と洛陽へと残してきた。
洛陽からは避難することに納得した者だけを長安へと誘導することにしている。そして、洛陽も戦火に巻き込まれることを予想してか民達の荷造りに時間が掛かっていた。
全員が安全圏まで抜けられるのに早くても七日。それが洛陽を出る前の現状を鑑みた、軍師達の予想だった。
しかし現実には汜水関は二日と持たず陥落し、明日にも虎牢関攻めが始まるだろう。
残り五日。華雄、霞の特攻により劉備、孫策、曹操の陣営には少なからず打撃を与えられたはず。とはいえいまだ最大勢力を誇る袁紹、袁術は無傷だ。
「……恋が、守る」
「五日も戦い続けられるとでも言うのか?」
「……(コクッ)」
「休憩も挟まず、飲まず食わずにか?」
「………………………………(コクッ)」
本当にそんなことが出来るのなら見てみたいがな。
恋は飛将軍と呼ばれているほどの人物だ。それでも人間なんだ。戦場という極度の緊張状態を強いられる環境にいて、五日も戦い続けられるはずがない。
まして、あれだけの食事量を誇る恋が、空腹を耐えられるのかどうか。
「なに恋殿を苛めてるですか!」
「痛っ……。ま、冗談はともかく月の願いは叶えたいしな。なんとか虎牢関で耐えるしかないだろ」
音々からの地味なローキックを甘んじて受けながら考えてみる。
また劉備軍が大盾を持って前曲に控えていたら厄介だが、逆にそれさえどうにかしてしまえばなんとかなりそうな気もする。かなり恋への負担が大きくなる策ではあるが。
詳細は連合軍の布陣を見てからになるだろうが、主な配置に変わりはなさそうだな。
翌日。俺と茉莉は城壁の上から連合軍の様子を確認していた。伝令として愛李も後ろに控えている。
各陣営の配置は少し変化していて、汜水関で前曲を務めていた劉備軍は後方に、代わりに入ったのは袁紹軍と袁術軍。
あれだけの大軍を前面に押し出したら、背後の陣営は前に進めないだろうに。
そして背後にも兵がいるということは下がることも出来ない、ということに繋がる。
「普通、まともな軍師がいればこのような配置はしないと思うのですが」
「いるにはいるだろうさ。だが、聞き遂げられなければ意味は無いさ」
「……どうやら、対策だけはしてきたようですね」
城門へと静かに歩みを進める敵兵達をよく見れば、何人かに一人の割合で大きな盾を持った者を見受けられた。
さすがに味方全てを防げる量はないようだが、半数ほどは防げるだろう。対策としては十分な効果を見込める量だ。
それが汜水関であったなら、だが。
「作戦に変更はなしだ。愛李、合図を」
こくりと頷いた愛李が董卓軍の牙門旗を一振りした。……少しよろけながらだったのはご愛嬌だ。
合図に呼応して虎牢関の城門が開く。
出陣したのは深紅の呂旗を携えた呂布。そして、汜水関で苦渋を飲まされた華雄の部隊。どちらの部隊も全て騎兵で構成されていた。
正門から兵が出陣したことで、連合軍側に多少の動揺が見られたがそれは一瞬の事。歩みを進める速度は変わらず、正面から相対していた。
間を置いてもう一度、牙門旗が振られる。と同時に虎牢関の前に立ちはだかる左右の崖から、最前線に位置する袁紹軍目掛けて矢が放たれた。
劉備軍ほどではないが素早い反応で大盾を上方に構える袁紹軍へ、一筋の紅い閃光が迸り爆音が鳴り響いた。
たった一騎。たった一人、最速で先行した恋だ。
一振りで二桁を超える人が吹き飛び、勢いに押され盾を放棄した者は先に放たれていた矢により蜂の巣になった。
もちろん恋も矢の降り注ぐ範囲に入っている。だが彼女は後ろも見ずに避け、時に手にした戟で斬り払い、その身に傷を負うことがない。
二度目の斉射。果敢にも恋へと挑む者、頭上からの矢を防ごうとする者、武器を捨てて逃げようとする者、多くはこの三通りの反応を示した。
挑む者はまとめて薙ぎ払われ、矢を防ごうとした者は大盾ごと体を真っ二つに両断された。逃げる者は追わず、されど後ろに詰めている兵により叶わず。
城門が開いてから二回目の斉射が終わるまで数分。たった数分で袁紹軍は扇型に陣を食い破られ、三分の一ほどの兵を失っていた。
連合軍にとって恋はどのように映っているのだろうか。鬼神か? それとも悪夢そのものか?
董卓軍にとっての彼女は愛犬のようなものだ。普段は大人しく従順な可愛らしい犬だ。しかし、ひとたび主人に敵対などすれば凶悪な番犬と成り代わる。
友好的に振る舞えば問題などなかったのだ。
つまりこれは正当なる防衛。
戦場より聞こえる悲鳴や断末魔の叫び声を聞きながら、俺は自己を正当化していた。
きっとここから先もっと人が死んでいく。恋や皆の手で。俺が立てた作戦に従って。その重さに耐えられるようにと。
『戦場の恐怖を忘れるな。慣れろとは言わん。だが……割り切れよ』
不意に師匠の言葉を思い出した。
人を殺す恐怖。殺される恐怖。どちらも忘れてはならない。忘れればそれはただの狂気だ。
殺すことに慣れてはならない。如何なる理由があっても殺しとは罪である。
そして、殺すことを割り切る。でなければ心が死んでしまうから。
こんな姿、兵達には見せられないな……。
「…………」
気が付けば、茉莉が俺の右手を両手で包むように握っていた。
眼差しは真っ直ぐに俺の瞳を見つめている。
こういうとき、必ずといっていいほど言葉を発しないな、茉莉は。
ただ慈愛に満ちた目で見つめてくるだけ。それだけで弱った心が安らいでいくのが分かる。
「……すぅ…………ふぅ」
長い深呼吸を一つ。これが終わったら戦場の俺へと切り替えよう。いつまでも弱い自分だと茉莉に笑われてしまう。
「……もう大丈夫だ」
さっきの目は何だったのか。いつものクールな顔に戻った茉莉は首肯し、一歩下がった。
「始めようか。殺戮を」
「始めましょう。蹂躙を」
大反逆の狼煙が上がった。
【あとがき】
皆様、ご機嫌麗しゅう。
九条でございます。
また2週間ぐらい間が空いてしまいましたが更新です。
華雄さんがまた暴走するのか楽しみですね(違
あと馬騰さんもモヤモヤと……。
やっぱ恋って赤いよりも紅いだと思う。深紅って漢字もそうだけど。
タグに「オリキャラ多数」追加。
こんなに出すつもりじゃなかったけど、ここまで来たら考えてた分全部だしてくれようか……。
ちょっと【近況】
・ChaosTCG「恋姫†英雄譚」4BOX買って箔押しサインはMtU先生の香風がでました(やったぜ
他はSRの華琳様x2と橙&喜雨。
・戦P画録プレゼントに応募し始めた。全然当たる気がしない
・Fateのアニメかっこよすぎて濡れた! こう見るとアーチャーって結構感情豊かですね
以上!
次回もお楽しみに~
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一章 反董卓連合編
第六話「立案者の責任」