華雄は霞よりも敵陣に食らいついていた。
相対しているのは劉備軍に孫策軍、後方には公孫賛軍に馬騰軍。幸い道が狭いため劉備軍と孫策軍としか完全な接敵はしていないが、華雄の兵達がなんとか退路を維持している、なんとも危険な均衡を保っていた。
「華雄! ……ちっ、この乱戦じゃ声が届かないか。お前達は退路の確保に加われ! 愛李は華雄の捕縛を頼めるか?」
「「はっ!」」
「あの馬鹿力は難しい、かも」
「最悪気絶させてもいい。暴れられるよりはマシだ」
「御意」
「よし、いくぞ!」
近くに寄れば、より正確に状況を把握できた。
退路の確保をしていた兵達はギリギリだったということ。俺達が来たことで一度は押し返せるだろうが、持って数分ぐらいか。
華雄は先ほど砦の前で挑発をし矢を放った関羽と、見た目烈蓮に酷似した褐色の女性を相手に奮戦していた。
それに勢いのままに横撃をしかけている少女が……。華雄は気が付いていない!?
「させるかっ!」
地に刺さり掴みやすい位置にあった槍を抜き取り、間髪入れずに投擲する。
「覚悟な―――うにゃにゃー!?」
「鈴々!」
空中で槍、いやあれは矛か。手に持った矛を振りかぶった体勢から無理矢理引き戻し、投擲した槍の軌道に合わせ防いでいた。驚異的な反射神経だ。
それでも空中で無理に防いだから、槍の勢いの分、小柄な身体は吹き飛ばされていた。
「もういっちょ!」
さらに一つ、手頃な槍を引き抜いて投げた。狙いは褐色の女性。
こちらは予測されていたのか、直前で突進する速度を落とされ、狙いの外れた槍は彼女の立ち止まった足元に突き刺さった。
だが、気勢は削げた。
「ちょっと、寝てて」
「なんっ……ぐ―――」
皆の意識が俺へと向いたその瞬間に、愛李は華雄の側に駆け寄ると、得意の捕縛術で華雄の動きを封じ鳩尾へと掌底放った。衝撃でくの字に曲がった華雄の身体は、身長の低い愛李にとっての絶好の位置へと向かっていき、その顎にピンポイントで回し蹴りを決められていた。
回し蹴りといっても顔面を強打するものではなく、顎を掠め取るようにしたものだ。
それでも顎の先端は人間にとっての急所の一つ。脳震盪は免れない。
例に漏れず脳震盪を起こし脱力した華雄は、愛李の鎖に縛られたまま馬に括りつけられていた。
相変わらずの手早さだ。
後は、この状況をどうするかだな。
辺りを見回せば敵、敵、敵。
通ってきた道は先ほど完全に閉じられ、前方には褐色の女性と関羽。
側にいるのは愛李と気絶した華雄。華雄を乗せた愛李の馬と俺が乗ってきた馬が一頭ずつ。
玉砕覚悟の一点突破だろうと突破できないだろう。なまじ突破できたとして、その後に控える曹操軍がどうなっているのかも分からない。
いや……ここは霞を信じるしかない。
「あら。突然乱入してくれたくせに名前も名乗らないのかしら?」
褐色の女性からだ。話しかけてくるくせに一分の隙も見せてくれない。
「人に名を尋ねるというのなら、先に自分が名乗るもんじゃないか?」
あえて挑発するように返した。
明確な死への恐怖を、虚勢を張って抑えこむ。足の震えは地面を強く踏みしめることで無理矢理止める。
「……それもそうね。我が名は孫伯符。……袁術の客将よ。それから―――」
「我が名は関羽! 平原の相、劉備の一の将!」
「鈴々が劉備の一の家臣、張翼徳なのだ!」
「……よ。さ、名乗ったのだから名前、教えてくれるわよね」
いつの間に戻ってきたのか、先ほど吹き飛ばしたはずの少女は張飛と名乗り、関羽の横についていた。
形勢は悪化の一途を辿るのみ。
「……董卓軍所属、司馬伯達」
「同じく、徐公明」
考えろ。
どうすればここを切り抜けられる?
どうすれば逃げることができる?
「そ、聞かない名ね。司馬と付くということは名門の司馬家と縁があるのかしら。まぁ、殺し合うことに変わりはないけど」
武器を構え直す三人。
今すぐにでも駆け出しそうな雰囲気だ。
あー、くそっ! もう少し考える時間を寄越せってんだ!
「……その前に一つ聞きたい」
「……言ってみなさい」
「今回の戦、何のために戦っている?」
「逆臣董卓を討ち、都に平和を取り戻す為だ」
即答したのは関羽だ。
「それは大義名分……言ってしまえば建前のようなものだろう? あの檄文の言葉を愚直に信じるのは、余程のお人好しか馬鹿だけだろう」
「あー、相当なお人好しには心当たりがあるわね」
孫策が関羽のほうを見ながら言った。
もしかして劉備か?
「孫策殿……?」
「睨まないでよ。事実でしょ?」
「確かにお姉ちゃんはお人好しなのだ。それは間違ってないのだ」
「鈴々!」
変な漫才が始まってしまったが、好都合だ。少しだけ思案する時間ができた。
「……孫策はなぜだ?」
「……あの檄文はほとんどの諸侯にとっての大義名分。参加し首級を討ち取ることが出来れば、各地へ名声を轟かせることができるでしょう」
まるで餌じゃないか。
諸侯は董卓という名の大きな餌に食らいつこうとしている魚だ。
「董卓はお前らがのし上がるための生贄じゃない」
「もう手遅れよ。大衆は董卓を悪と認め、反董卓連合軍は結成された。たとえ董卓が善政を行っていたとして、洛陽の民が董卓を擁護したとしても、この流れは変わらない」
そして、餌はすでに放たれ、魚はいまかいまかと餌を突っついている状態。
他の魚よりも多く食べるために、絶好の機会を窺っている。
「さて、時間稼ぎも終わりにしましょ」
震えはもう止まっていた。
「待ってもらおうか!」
突如、大きな声が辺りに響いた。
馬の蹄打ち鳴らし、駆けてくるは一騎の人馬。
巧みな馬術で兵の間を駆け抜け、最後には大きなジャンプをさせ、俺と関羽達の間にやってきた。
馬の一文字が刺繍された牙門旗をマントのように羽織り、女でありながら馬上の姿には、見る者に強烈な威圧感を感じさせる。
「久しいな、くそガキ」
「……師匠」
現れたのは馬騰。俺の生涯最高の師匠の姿だった。
「馬騰……いきなり出てきて何の用かしら?」
「江東の麒麟児か……。何の用だと? こうやりに来たんだよ!」
師匠は徐ろに華雄を乗せた馬の尻に蹴りを入れた。
「何をして!?」
当然、突然の痛みで馬は嘶きを上げる。かなりキツく縛ったのか華雄は落ちなかったが、馬は猛然と前進し始めた。
馬の突進を止められる人間などはいない。暴れる馬を避けるようにして人垣が割れた。
「お前達も、だ!」
「うげっ!?」
いきなり首の後ろを掴まれぶん投げられ、うつ伏せの体勢で馬への騎乗(?)を果たした。直後に背中に愛李も着地したが、正直そっちのほうがかなり痛い。
「いけ!」
嘶く馬に必至に掴みながら、俺達は華雄の馬が開けた道を辿り包囲から抜けだした。
ただ一人、師匠を残して。
曹操軍が見えた頃には華雄を乗せた馬は落ち着きを見せ始め、減速したところに上手く寄せて愛李を騎乗させた。
近づく二頭の馬に最初は驚いた様子を見せた曹操軍だったが、道を譲るようにして二つに割れた。
迂回しようにも曹操の兵が詰めている為、この道を通るしかない。
警戒をしつつも開いた道を通り、汜水関へと抜けた。
曹操軍からの攻撃は一切無く、霞の姿も確認できなかった。
汜水関に残っていた茉莉、想愁ら数十名の兵達とともに汜水関へと火を放ち、俺達は虎牢関へと撤退することに成功した。
【あとがき】
おはようございます。
九条です。
今回はちょっと早めに更新出来ました。
毎日のゲームを削るとこんなにも早く投稿できるのか(驚愕
新キャラ馬騰さん登場。
隼くんのおししょーさんですね。
あんな無茶なことをしてどうなってしまうのやら。立場は! 罰は! などなど。
いずれ過去編やらを書くときにも出てくるでしょう。
霞に関しては良い話を思いつかなかったので、
春蘭との間にこんなことがあったんだよという補足の話を書こうか悩んでいたり
本編だときっと変なタイミングになるので、外伝的な扱いになるでしょう
読みたい! とか気になる方は「わたし気になります!」っていうコメを残せばいいんじゃないかな
大体二桁超えたらやる気を出すと思うよ(何がとは言っていない
では、今回もここらへんで。次回もお楽しみに~
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一章 反董卓連合編
第五話「汜水関防衛戦②」