拠点 華琳
春蘭との勝負から数日。俺は現在、華琳の部屋へと向かっている。この数日の間は環境に慣れろと華琳からのお達しがあったため、与えられた部屋で、秋蘭に手伝ってもらいながら、文字を覚えた。(春蘭も手伝おうとしてくれたが、役立たずだった)最も、ほぼ中国語と変わらなかったためすんなりと覚えることが出来た。黒峰は問題ないはずだが、問題は北郷だろう。あいつは確か義務教育範囲の英語ぐらいしか出来なかったはずだ。……ま、今の俺には関係ないか。
「……っと、ここか。俺だ、華琳。……入っても大丈夫か?」
考えごとをしているうちに華琳の部屋まできていたようだ。声をかけつつ、扉をノックする。
「あら、零児?ええ、構わないわよ」
「失礼するぞ……これはまた、凄まじいな……」
華琳から了承を得られたので返事を返しつつ、扉を開ける。……が目に映った光景に驚愕する。何故なら山のように積み上げられた竹簡に囲まれた状態で、さらに竹簡を片付けている華琳の姿がそこにあったからだ。
「………?ああ、これ(竹簡)?気にしなくていいわよ。殆ど片付いているから」
「………この量を一人でこなしたのか?」
竹簡の量は現代社会でならほぼ間違いなくブラック企業に認定される量だ。
「ええ、これくらいならまだ楽なほうね」
「マジかよ……」
普通の人間ならこれが一週間続いたら間違いなく過労死するぞ……
「で、何か用かしら?私は貴方を呼んだ覚えはないのだけれど?」
「ん?ああ、一先ず文字は覚えられたから、何か仕事はないか聞きに来たんだ」
「……もう文字を覚えたの?」
話しながらも一度も止まらなかった筆が止まり、此方を見てくる。その顔はまだ短い付き合いだが、華琳にしては珍しい驚愕の表情を浮かべていた。
「ああ、幸い似たような言語を習得していたのでな。細かい部分を覚え直すだけで済んだ」
「そうなの?興味深いわね……貴方の国では幾つかの言語があるのかしら?」
「いや?ここ(大陸)とは違ってほかの国と交流があるからな。国によって使う言葉が違うし、言葉を
覚えないと碌な会話も出来ない。世界を放浪していた身としてはそれくらい出来ないとな」
華琳の疑問に答える。因みに習得している言語は、日本語の他に中国語、韓国語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ギリシャ語、アラビア語くらいは読み書き出来る。
「……成程、異なる文化を持つ国と交流できるほどに裕福な場所なのね」
「まぁな。…っと、本題はそっちじゃない。で、何か仕事はあるか?」
「仕事ねぇ……無い事は無いけれど、その前に一つ聞くわ。………貴方には何が出来るかしら?」
勿論、仮面ライダーという力以外でだけれど、と華琳が補足する。………何が出来る、ねぇ。
「まぁ色々出来るが?どんなことでも人並みにはこなせるとは思うぞ?……流石に軍備とかになってくると無理だが」
「いきなり軍備について任せるわけないでしょう……そうねぇ、これに目を通してもらえる?」
「ん?どれどれ……」
華琳に渡された竹簡に目を通す。そこに書かれていたのは陳留の町での警備状態についての報告書だった。
流石に現代に比べると犯罪率が高いが、それは仕方ないだろう。
「それを読んで、どう思ったかしら?」
「これを見る限りでは、どうも被害報告の数と捕まえた数が違いすぎるな。警備体制そのものを見たわけじゃないから問題点は分からんが」
「そう………現場を見たら改善点を洗い出せるかしら?」
そう言われ、思考を巡らす。
「……任せてもらえる期間にもよるな。最低でも一週間、出来ればひと月は欲しい」
「………そう、わかったわ。……けれど今はそちらに人手を割くことが出来ないの。時期を見て伝えるから、今は秋蘭の手伝いを御願いするわ」
「了解。……それじゃあな、華琳。無理はするなよ」
「心配しなくてもいいわよ、自分の限界は見極めているわ」
「ならいいんだが……あまり春蘭達を心配させるなよ?」
そう声をかけつつ、華琳の部屋から出て、自分の部屋へと向かう。
「……………まったく、何様のつもりなのかしらね、零児は」
零児が部屋から出た後、華琳は小さく呟く。
実のところ、今部屋に積み重ねられている竹簡は殆ど片付いていない。
零児に見せても良かったが、流石にいきなりこの量を任せるのは気が引けた。
「さて……続きをするとしましょう」
軽く伸びをしてから再び机に向かう。
「ふう……ようやく片付いたわね」
そう独りごちる。窓の外を見ると既に真っ暗だった。夕食は部屋まで持って来てもらっていたため、零児が訪れてからは、ほぼこの部屋で過ごしていたことになる。
「やれやれ、これでは本当に春蘭達を心配させてしまうわね」
そう呟いた瞬間、部屋の扉がノックされる。
「……誰?わざわざこのような時間にくるなんて」
「俺だ、華琳」
「…………零児?何故あなたが?」
「まあ色々あってな。入っても大丈夫か?」
そう問われて、思わず部屋を見渡す。特におかしな部分はない
「ええ、構わないわ」
「それじゃ失礼するぞ」
部屋に入ってきた零児は器用に片手のお盆を乗せながら入ってきた。
「すまんな、わざわざこんな時間に」
「全くね。それで?一体何の用なのかしら」
「ん?これを届けに来たんだ」
そう問いかけると、零児は手に乗せていた盆を机の上に置いた。
「秋蘭から、これを届けてくれと言われてな」
盆の上に乗っていたのは、お茶の道具一式だった。
「何でも身体の疲れを和らげる効果を持つ茶らしい。………既に心配させてしまっていたようだな?」
そう言う零児の顔は憎たらしげな笑みが浮かんでいた。
「………何よ、その顔は」
「別に?家臣に大事に思われているいい君主だと思っただけだよ」
「本当かしら……」
それだけではないような気もする。
話しながらもお茶を淹れる手を止めなかった零児。
何故かその仕草が優雅に見える。
「…………随分と手馴れてるわね。それも天の影響かしら?」
「まさか。コレは俺の趣味のひとつだよ。美味い茶を淹れて、静かに読書に勤しむ……休日は大体そうやって過ごしていた」
………正直意外だった。春蘭との戦いを見る限り、何か武術を修めているようだったので、そんな趣味を持っているとは思えなかったのだが、人は表面だけで判断してはいけないということを改めて思い知らされる。
「ほら、淹れ終わったぞ。まだ熱いから気をつけてな」
「そのくらい言われなくても分かっているわよ、まったく……」
子供に注意を促すような物言いに文句を言いつつ、淹れてもらったお茶を飲む。疲れた身体に熱い液体が染み渡っていくのを実感し、思わず溜め息をつく。
「あの量を独りで片付けたんだろう?ここには文官とかはいないのか?」
「もちろんいるわよ。………ただ、飛び抜けて優秀なものがいないから秋蘭に文官の代わりをしてもらっているけれどね」
そこで再び、お茶を飲み、口を湿らせる。
「華ロンや柳琳(ルーリン)がいればもう少し楽になるのだけれどね」
「………スマンが、真名だけでは解らんのだが」
「そういえばまだ会っていなかったわね。まだあなたが会っていない将は……曹仁子考、真名が華ロン。曹洪子廉、真名を栄華(エイカ)。曹純子和、真名を柳琳。この三人かしらね」
「ん?さっきの言い方だと曹洪はここにいるんだろ?殆ど部屋に居たとはいえ、出会わないということは無さそうなんだが……」
「あの子は大の男嫌いでね、またいつか機会を作るからそれまで待っていてちょうだい」
「………良いのかそれで?」
「別に構わないわよ。仕事に支障がでなければ」
「いいのかそれで?」
「良いのよ………ご馳走様、秋蘭にお礼を言っておいて頂戴」
淹れてもらったお茶を飲み終わったため、零児に茶器を渡す。
「了解。俺はこれで部屋に戻るが、お前も早く寝ろよ?」
「……………貴方、さっきから私のこと子供扱いしていないかしら?」
そう言いつつ、自分の頬が少し引き攣るのを感じる。
だが、その言葉を受けた張本人は意外そうな顔を浮かべていた。
「……そうか?俺としては普段と変わらんつもりなんだが…」
「私はその普段を知らないのよ」
「ふむ………」
私の言葉を受けて、零児が顎に手を当て、考え込む。
「………もしかして、お前今まで人の上に立つものとしての扱いしか受けていなかったのか?」
「……?何を言っているのよ。そんなものは当たり前じゃない」
「だから子供扱いされているように感じるんだろうな。……俺はお前を『1人の少女』として接しているからな」
無論、周りに人がいないときしかそんなことしないけどな。と補足する零児。
「『1人の少女』として接している?………巫山戯ないで!!私は覇道を歩む王なのよ!それを女の子扱い?調子に乗るのもいい加減にして!」
「……………そう、だな。スマン、少し悪ふざけが過ぎたようだ。もう俺は部屋に戻ることにする。……お休み、華琳」
………『1人の少女』。零児は私のことをそう認識している。彼には私は王ではなく、飽くまで『1人の少女』でしかないということなのか。
「………馬鹿馬鹿しいわね、こんなことを考えるのは不毛だわ」
仕事を終わらせて疲れているから、このようなことを考えるのだ。早めに休むに限る。
「………緋霧零児、本当に何者なのかしら」
そんな思考を最後に意識が途絶えた。
華琳の部屋へお茶を届けた後に 、癇に障る発言をしてしまった零児さんだ。
現在自分の部屋に戻っており、ロックシードの整理をしている。基本となるオレンジの他に、イチゴ、パイン、バナナ、メロン、レモンエナジー、ピーチエナジー、チェリーエナジー、カチドキをコートの裏に常備しておく。金のリンゴとかはどんなものか分かっていないため、保留。
それ以外として、サクラハリケーンとダンテライナー、ゲネシスコアを持っておく。
「しかし、女の子扱いしただけであそこまで声を荒らげるか………」
思い出すのは先ほどの華琳の様子。随分と余裕がないように見えた。
「……自分で立てた目標に追い詰められてるっぽいな」
実際あのような少女が覇王なぞ目指すものではないはずだ。例えそれが曹家という家の生まれであっても。
「…………ま、俺は華琳の元で闘うだけだ。例え、北郷や黒峰が立ち塞がろうとな」
改めて自分の中にするべきことを刻み込む。
どうせ自分の意志では戻れそうにもないんだ。
華琳の覇道…俺が支える。
拠点…春蘭・秋蘭
「…………やれやれ、俺の時代では相当改竄されていたみたいだなこれは」
華琳の部屋を訪れた翌日、現在割り当てられた部屋で華琳から勧められた本を読んでいた。その中に現代で読んだことのあるものがあったのだが、内容が見事に食い違っていた。
まぁこの時代、印刷技術どころか製本技術すら碌に発展していなかったから長い年月で内容が少しづつずれていったんだろう。それ以前に紙自体が貴重だからな。
「……原典を学べるというのは中々嬉しいことだな」
さて、続きを読むとするか………
「緋霧!!入るぞ!!」
そんな声と共に、春蘭が勢いよく扉を開け放つ………なんなんだ一体。
「……部屋に入ってくる前にノックをしてくれと頼んだはずなんだが?春蘭」
「ん?入るときに声をかけたのだから構わんだろうが!!」
「俺が返事をしたあとでならな……で?いったい何の用だ?今日は特に何の仕事もないはずなんだが?
読みかけていた本を閉じ、春蘭のほうに向きなおる。振り向いた先にいた春蘭の顔はいつも通りの自信に満ち溢れたような表情を浮かべていた。
「なんだ!!その辛気臭い顔は!!ほら行くぞ、さっさと立て!!」
「お、おい!!腕を引っ張るな!というかどこへ行くつもりだ!?せめて最低限の説明くらいしろよ!!」
「そうだぞ姉者。気持ちが逸るのは分かるが、少し落ち着け」
部屋に入ってくるなり、春蘭が俺の腕を掴み、強引に立たせようとしてきた。そしてその後ろから秋蘭が春蘭を宥めている。…………秋蘭いたのか。
「細かいことは気にするな!ほら行くぞ!」
「わかった!わかったから腕を放せ!!さっきからどんどん握る力が強くなってきてる!!」
「ん?おお、すまんすまん」
俺の言葉が届いたのか、腕を離す春蘭。………折れるかと思った。
「痛っつ~………秋蘭も見ているだけでなく止めてくれていたら有難かったんだが」
「すまんな。だが先ほどの様子を見ていればわかったと思うが、私の言葉は姉者に届いていなかったのでな」
「どうだか……俺には止める気がなかったように見えたんだが?」
実際、さっき秋蘭が声をかけたとき、微笑ましいものを見るような顔になっていたからな。………もしかして秋蘭はシスコンなのか?
「で?夏侯姉妹が揃って俺の所に来るなんて、一体何事だ?そこまで重要なことではなさそうだが」
何か一大事なら二人とも、出会った時のような表情を浮かべるはずだが、そこまで緊迫した表情ではない。
「何を言っている!!最重要といっても可笑しくない問題だぞ!!」
「うむ。なに、悪いようにはせんよ。おとなしく我らについてきてくれるとありがたいのだが」
…………えらい気合いが入っているなこいつら。というか秋蘭の奴、口調は優しいが目が獲物を狙う肉食獸と同じ目をしている。逃げる、という選択肢はなさそうだ。
「やれやれ、わかったよ。大人しくお前たちに従うとするさ。だが、せめて準備を整えてからにしてもらっていいか?」
「別にそんなもの必要ないだろうが!さっさとしないか!!」
「姉者……落ち着けと言っているだろうが。ああ、それくらいは構わんよ。こちらもいきなり押しかけたのだからな」
春蘭の子供が駄々をこねるような言動を秋蘭が宥める。…………これだけ見れば明らかに秋蘭が姉で、春蘭が妹だよなぁ。
「助かる。部屋の前で待っていてくれ、そんなに時間はかけんさ」
二人を部屋から出し、扉を閉める。椅子に掛けていたコートを羽織り、コートの裏ポケットに戦極ドライバー、ロックシードを入れる。
「さて、と……いったいどこに連れていかれることやら」
取り留めもないことをぼやきつつ、部屋から出る。
「なんだ、随分と早いな。もういいのか?」
「ああ。上着羽織って、ロックシードの準備をした程度だからな。そう時間は取らんさ」
「そんなものはどうでもいい!準備が出来たのならさっさと行くぞ!!」
部屋から出て秋蘭と言葉を交わすが、春蘭がそれを遮る。……本当に落ち着きが無いなこいつは。
「やれやれ、仕方のない姉者だ。では緋霧、着いてきてくれ」
そう言うなり、春蘭と秋蘭が歩き出す。春蘭に至っては何故か先ほどの鬼気迫る雰囲気が鳴りを潜め、何処か浮ついた雰囲気になっている。
「マジでどこに連れていかれるんだ俺は………」
不安がむくむくと胸の中で膨らむ中、大人しく二人の後を着いていく。
「……………はぁ」
「どうした?緋霧。いきなり溜息なぞつきおって」
「溜息くらいつきたくもなるっての……」
二人に連れられて、やってきた場所は町だった。何でも買い物をしに来たので、その荷物を持ってほしいとの事。……なぜ町に出てくるだけなのに殺気を放って俺の部屋に来たんだ春蘭は………
「ふふ、言っただろう?悪いようにはしない、と」
「ならせめて部屋に来た時点で教えてもらいたかったがな」
ロックシードや戦極ドライバーは確実に無駄な荷物になった。
「で?一体何を買いに来たんだ?人手が必要な買い物なのだろう?食材でも買い込むのか?」
「それも目的の一つではあるな。ほら、いつまでもぐずぐずしていないでさっさと行くぞ!」
意気揚々と進む春蘭。それに黙ってついていく秋蘭。必然的に俺も黙ってついていくしかなく、再び溜息をつく。
「せめて目的を教えろよ………」
「うむ、先ほどの品はなかなかの掘り出し物だったな秋蘭」
「確かに、次の会議で華琳様の判断を仰ぐことにしよう」
「………やれやれ、俺が来る必要はあったのか?」
ここまで訪れたのはさっきの店を入れて三件目。鍛冶屋で武具を、露天で馬具を、そして乾物屋で保存食を物色していた。……どれも軍備において欠かせぬ重要なものだが……正直俺がいなくても問題はない、というよりは意見を求められることもなかったため、今の俺はただ二人について歩き回っているだけだ。
「当然だ。私たちでは気づかんこともあるかもしれんし……何より、お前に見て貰いたいものはここにある」
そう言って秋蘭が示したのは、呉服屋だった。
「…………どう見る?似合うか?」
呉服屋に入るなり、そう言って春蘭が差し出してきたのは何重にも重なったひらひらの生地に豪勢なフリルがあしらわれた可愛さ全開の服だった。
「………これは、お前が着るのか?春蘭」
「なっ………………………っ!?」
そう言った瞬間、春蘭の顔が真っ赤に染まった。
「ふむ……それも悪くない。やるな緋霧」
「しっ!ししししっ!秋蘭まで……っ!私をからかうなっ!」
「からかったつもりはないが?お前が持っている服はサイズ……いや、寸法が少々小さいと思うが、似合うと思うぞ?」
「お客様に合う寸法の物……お出ししましょうか?」
そんな会話をしていると、店員が声をかけてきた。
「あるのか?」
「ええ、勿論。職人ですから」
「ふふ、どうする?姉者。出してもらうか?」
「くぅぅ………秋蘭まで馬鹿にして………っ!」
秋蘭も俺に追随する。
「服を買いに来たんだろう?おかしいところなどどこにもないぞ?」
「私の服などどうでもいいのだ!これは、華琳様のだっ!」
「……華琳の?」
意外だな。あいつならお抱えの職人に作らせたものを着ているものだとばかり思っていた。
「うむ、この服が華琳様に似合うかどうか、偶には男の視点からの意見が聞きたくてな」
「成程。これが俺を連れてきた理由という訳か」
「私としてはそんなもの必要ないと思うんだがな」
春蘭が口を挟む。本当に華琳が好きだな、こいつ。
「まぁ姉者は置いておいて、忌憚のない意見を頼む」
「し、秋蘭……」
男で一番身近な存在だったのが俺だった為に、ここまで連れてこられたという訳か。
「華琳に直接見せれば……って無理か」
昨日訪れたばかりの華琳の部屋の様子を思い出す。あの様子では碌に外出する時間もとれないのだろう。
「うむ、お忙しい身だからな。買い物に出る時間すら多くはないのだ」
「ゆえに我らがこうして華琳様に似合う服が無いかを探しておるのだ」
「で、それを華琳が出かけるときに見せる、と」
「うむ。さりげなく、だがな」
華琳はそう言った気遣いを嫌うと思っていたんだが………いや、違うな。
「……その気遣いに気付かないふりをしているのか、華琳は」
「ああ、おそらくそうだろうな。聡いあの方のことだ、気づいていない方がおかしい」
「大変だな、華琳の部下は」
「ふふっ。こちらこそ華琳様のためならばこそ。苦になぞならんさ」
「まったくだな」
二人して、幸せそうな笑顔を浮かべる。
「部下は主のために尽くし、主はその部下の気遣いを無碍にする事無く受け入れる、か。理想的な関係だな、お前たちは」
少し、羨ましく感じる。自分の全てをかけてまで尽くせる相手を見つけることはそう簡単じゃない。
「何を言っておるのだ貴様は。既に貴様もその内の一人だろうに」
「…………は?」
春蘭の言っていることが理解できない。何を言っているんだこいつは……!
「なんだ、聞こえなかったのか?貴様は既に我らと共に歩んでいる。ならば緋霧、貴様も我らと同じく華琳様を支える一員だと言っておるのだ」
「姉者の言う通りだな。何を考えているのかは知らんが、我らは既に目的を共にする『仲間』だ。遠慮なぞするものではないぞ?」
「あ、ああ……。そう、だな」
春蘭はおろか、秋蘭まで同じことを言い始めた。何でこいつらは出会って碌に経ってもいない俺にここまで心を許しているんだ………!!
「取り敢えずこの服は買いだな」
「………ん?華琳が出掛けたときに勧めるのではないのか?」
何故春蘭達がこんなに簡単に信用しているのか考えていたが、春蘭の言葉に違和感を覚え、思考を切り替える。
「何を言っている!いきなり華琳様にお見せするわけにいかんだろうが!実際に試してみて、そこからさらに厳選するのだ!」
「………華琳本人にじゃないだろうし……影武者にでも着せるのか?」
「そんな者がこの世にいるはずがなかろうが!全く……」
影武者ではない、とすると……
「もしかして、人形か?」
「ほう、これだけの情報でそこに行きつくか」
秋蘭が感心したような声をあげる。
「つまり、その人形に買った服を着せるという訳か。………因みにだれが作ったんだ?」
この二人の事だ、背丈を合わせただけの代物ではないだろう。
「私だ!」
「………春蘭が、だと?!」
「何故驚く!」
「緋霧、私がいうのもなんだが……凄いぞ?」
春蘭が言い出したときは嘘かと思ったが、秋蘭が補足したことで信憑性が高まった。
「春蘭、意外に手先が器用なんだな」
「意外とはなんだ、意外とは!」
「………豪快な戦い方だったからな、そういう繊細な作業は苦手だと思っていた。そういう意味で意外だと言ったんだ」
「ふふん、華琳様への愛がなせる業だ!」
………何故か春蘭ならその一言で納得出来るから不思議だ。
「まあこの話はここまででいいだろう。姉者、あと何件ほど回る?」
「うむ、まだ日も高い。もう十件は行けるだろう」
……まぁそんな気はしていた。女性の買い物は得てして長いものだ。十件くらいならまだマシだろう。
「姉者……」
秋蘭が呆れたような声を出す。
「弱気が過ぎるぞ。もう五件は固いだろう」
「……うむ、私としたことが情けないな。よし!秋蘭、緋霧!あと二十件は回るぞ!!」
…………はたして今日俺は寝ることが出来るのだろうか。唯それだけが不安だ。
「緋霧!何をしている!さっさと来い!」
春蘭も秋蘭も既に新たな店へと歩を進めている。
「……わかってるよ、まったく」
本音を言えば面倒でしかない。……だが、こんな俺を『仲間』と言ってくれた奴らのためならこの程度の苦労は我慢するさ。
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