No.714696

鳳雛伝(序章③)

英雄譚のお陰で、書けなかったエピソードにも触れられる様になったのはありがたいことですね。孟建等いわゆる原作様に出てないキャラを出すのは本当はあんまりやりたくないので、名前が出る程度に抑えてしゃべらせたりとかしたくなかったんだけど、もういいかなと思って書いてます。一応、今後も原作にないキャラは真名とか勝手に作る気はないですんであしからず。

2014-09-09 02:10:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2843   閲覧ユーザー数:2537

孔明と士元は、一刀のことを恐れることはなく、すぐに打ち解け、共同生活を送っていた。

 

彼が何処からきたのか、何者なのかといったことに関して、彼の説明は殆ど理解できなかったにも関わらず、嘘をいっているようには見えなかったので、行く宛もなく途方にくれていた彼を、水鏡先生が戻るまでの間世話をすることにしたのだが、むしろ一刀のほうがよく働いてくれたのであった。

 

更にそのかわりにと、二人が勉学をしているのに興味を持った一刀に対して、文字を教えたりした。

二人は初めての異性への興味からか、心地よい高揚感を感じていて、口に出さないが水鏡先生達が戻って来るのが遅くなることさえ願っていたのだった。

水鏡先生が徐庶を連れて戻ったのは、半月ほど経ってからのことだ。

 

そもそも水鏡先生こと司馬徽は、特に人物鑑定に定評がある。

 

その水鏡先生が一刀を「天の御遣い」と鑑定したことに、孔明と士元は驚きよりも、むしろ得心がいった。

水鏡先生が講義を聞かせて説くと、一刀は水を吸う根のように吸収していった。

 

やがて時が流れ春が訪れた頃、孔明と士元は水鏡先生のもとを離れることになった。

 

益州へ旅立つためだ。

 

二人だけでは心配だからと一刀も同行を願い出たことに二人は喜んだ。

 

水鏡先生も当然そうするべきと一刀に旅の荷物を見繕い、「その服は目立ちすぎる為、隠すか置いていきなさい」と言ったので、服は水鏡先生に預けた。

 

旅立ちの手向けにと水鏡先生からは一刀に剣を、徐庶からは孔明と士元に手作りの帽子をもらって、三人は水鏡塾を旅立っていった。

 

水鏡先生が一刀を「天の御遣い」と鑑定したことは、その後大陸全土に伝わっていった。

 

当然、真っ先に荊州の劉表がこれを取り込もうと人を差し向けたが、一刀の居場所を頑として教えなかったと言うのだが、「あらあら」が口癖の水鏡先生のことだから、実際にはのらりくらりと煙にまいたといったところだろう。

 

その後諸侯の名だたる名主達が人を寄越し、そのなかには孫権の使者魯粛もいたと言うが、水鏡先生は一刀の居場所は教えなかった。

 

 

 

 

 

「天の御遣い」の噂も忘れられつつあった頃、一人の少女が数名の従者を伴って水鏡塾を訪ねて来た。

 

この少女は乱世を終わらせ、全ての民が飢えることのない世を築くという途方もない夢を持っていた。

 

彼女は管輅という占い師が「天の御遣い」が世を沈めるという占いを信じ新野からはるばるやって来たという。

 

太守自らが足を運んで来たのは、彼女がはじめてであった。

 

その裏のない真っ直ぐな言葉に心を打たれ、水鏡先生は「今は会うこと叶いません。旅に出ていていつ戻るかはわかりません」と伝えた。

 

少女はひどく消沈した。

 

水鏡先生は続けた。

 

「あなたがその大業を成すためには、天の御遣いを欠いている以外にも大きく足りないものがあります」

 

「それってなんですか!?」

 

少女は身を乗り出して聞いた。

 

「文と武、二つが揃ってはじめて大業をなすのです。あなたには一騎当千の武将達には恵まれていますが、その武を活かす文の力が足りないのです」

 

少女はよくわかっていないようで、斜め後ろで控えていた従者が「軍師が足りないということです」と、助言すると「ありがとう美花ちゃん」と小声で言った。

 

「でも、ここにいる美花ちゃ、あ、いえ、孫乾ちゃんたちだってすごく便りになるんですよ!」と、少女は擁護するが、すかさず孫乾は「私には愛紗さん達をまとめるなんて無理ですわ。雷々や電々にも荷が重いです」ときっぱりと答えた。

 

水鏡先生もまた、「残念ながら彼女達には天下を俯瞰して戦略を立てる力はないでしょう」

 

「じゃあ、そんなすっごい軍師さんが、どこかにいるんでしょうか…?」

 

「私の知る限りで二人います。どちらか一人を得られれば天下を治めるそのときへとあなたを導いてくれることでしょう」

 

「その二人の名前を教えてください」

 

水鏡先生は息をついて言った。

 

「臥龍と鳳雛」

 

「臥龍と、鳳雛?」

 

少女は思わず聞き返した。

 

その名は、ある二人を思い浮かべて水鏡先生が即興で作った例え名であった。

 

「今はまだ、眠れる龍と鳳凰の雛。私の口からはその名は言えません。その者たちもまた、まだ大いなる天と世界を知らないのです。しかし天命ならば、きっとその者達の方からあなたのもとに訪れるでしょう」

 

食い下がろうとしたがためらって、少女が言う。

 

「わかりました。その二人に出会うまで、私達頑張ります。でも…」

 

と、少女はうつむいて「私達は今、負け続けて皆元気がなくなっています。次に攻めこまれたら…」と目に僅かに涙を溜めていた。

 

それを見ていたたまれない思いにかられたのは、水鏡先生だけではなかった。

 

「水鏡先生」

 

と、水鏡先生の後で聞いていた徐庶が水鏡先生に目で何かを訴えた。

 

水鏡先生は頷いた。

 

「こちらの徐庶をお連れ下さいな。臥龍鳳雛に次ぐ私の自慢の弟子です。必ずや力になってくれることでしよう」

 

「本当ですか!?」

 

「姓は徐、名は庶、字は元直と申します」

 

水鏡先生と徐庶の言葉に、少女はパアっと明るくなった。

 

「私、劉備玄徳!よろしくね!元直ちゃん!」

 

劉備は徐庶の手をとって喜んだ。

 

 

 

 

 

曹操の命を受け、曹仁は李典とともに荊州は新野に攻め寄せていた。

 

「劉備なんて全然怖くないっスよー!例のヤツをやるっスー!」

 

曹仁は高らかにそう叫ぶと、太鼓が打ち鳴らされ、およそ三万の兵達が一斉に動き出した。

 

統率のとれた動きで、やがて八角形を思わせる陣形を敷いた。

 

「見たかっスー!これが八門なんとかの陣っスよー!」

 

「秘策秘策って、なんや自信満々やったのはコレやったんか…」

 

そう言えばと、李典は曹仁が荀彧に何か教わっていたのを思い出した。

 

しかし、李典は嫌な予感を感じていた。

 

曹操が李典を曹仁の補佐役に任じたのは、曹操が到着するまでの間、前線である樊城を改築し兵器製造する目的もあったが、曹仁の目附役という一面もあった。

 

それというのも、曹仁は思い付きで動き、その大半はいつも裏目にでる始末であったから、曹操が案ずるのも無理はなかった。

 

数万の兵を引き連れ樊城を出て新野へと攻め寄せるのを止めきれなかった。

 

「なんも起こらんとええんやけどなぁ…」

 

李典が呟くと、やがて新野の城門が開き、趙雲が討って出てくるのが見えた。

 

 

 

 

 

悪い予感というものは当たるもので、結果的に趙雲軍勢は曹仁の陣を瞬く間に瓦解させ、曹軍は大敗を喫した。

 

しかも隙をついた関羽が樊城をとり、曹仁と李典は命からがら逃げ帰ったという。

 

その采配の裏に、徐庶の名があったという噂は、遠く益州の地にも轟いていた。

 

「はわわ!士元ちゃん!元直ちゃんが劉備さんの軍師になって、曹操軍を撃退したんだって!」

 

「あわわ!すごい!」

 

二人はまるで自分達のことのように喜んだ。

 

一刀もまた、僅かだが共に学んだ先輩である元直の勝利を素直に喜んだが「でも…確か…」と、二人に聞こえないように呟いて遠くを見つめていた。

 

 

 

 

 

曹操は劉備に徐庶という軍師がいるという話を聞くや、この才人を強く欲した。

 

「誰かその徐庶とやらについて、知っている者はいる?」

 

曹操の言葉に、猫耳の頭巾を取りながら一人の少女が前へ出た。

 

「その徐庶という者、恐らく司馬徽の弟子の徐元直かと。先日文官に登用した孟公威という者が同じ司馬徽の弟子にあたるので知っているかもしれません」

 

「なるほど。桂花、その孟という者を連れて来なさい」

 

 

 

 

 

「曹操様に拝謁します」

 

曹操の前でかしずいた孟建に、曹操は「徐庶とやらについて、知っていることを話して頂戴」と足を組み直しながら言った。

 

「徐庶は水鏡塾の中でもあまり目立たないまでも、他人を思いやる温厚な性格で、非凡な才覚の持ち主です」

 

「あなたと比べてどうかしら?」

 

孟建は少し考えたが、「私より数段上でした」と答えた。

 

「なるほど。あなたと徐庶は仲が良かったのかしら?」

 

「はい。旧知の仲でした」

 

「ならば、その徐庶を我が軍に引き入れることが出来て?」

 

「それは無理でしょう。元直は気骨があり、主を裏切るような真似は決してしないでしょう」

 

「そう、残念ね…」

 

曹操は本当に残念そうに「下がって良いわよ」と言って孟建を下がらせた。

 

「……」

 

その様子を伺っていた荀彧が、口の端で小さく笑った。

 

 

 

 

 

数日後、孟建が朝議に出席するため宮中を歩いていると向こうからやって来る人物を見て、目を疑った。

 

「元直!?」

 

「公威ちゃん!」

 

二人は手を取り合い、再開を喜んだが、すぐに「どうして許都に?劉備の元で軍師になったんじゃ…!?」と詰め寄った。

 

「この手紙に覚えはある?」

 

徐庶は孟建に懐から出した書簡のようなものを紐解いて見せた。

 

その書簡を読んで孟建は青ざめた。

 

「何よこれ…」

 

それは、孟建が徐庶に宛てた手紙で、「徐庶が来なければ命はないと言われ投獄された。助けてほしい」といった内容が孟建の字に似せて書かれていた。

 

無論、孟建にはこんな手紙に覚えはなかった。

 

「元直、これを信じたの?」

 

「ううん。計略に間違いないと思った。だけど、放っておけなくて…」

 

孟建は昔、元直にどうしても勝てないと感じたときがあった。

 

その時水鏡先生が言っていた言葉を思い出していた。

 

『元直は才あれど、大局を見るにはあまりにも優しすぎる。故に目の前の小石を払い、大岩に屈するでしょう』

 

まさか自分をダシに利用され、自分のせいで元直の未来を阻むことになろうとは、夢にも思っていなかった。

 

「まさか、曹操様がこんな手を使うなんて…」

 

「恐らく、これは文官の誰かの一計だと思う。今しがた曹操さんに会ってきたけど、あの方はこういう姑息な策を用いらない人だと感じた」

 

それを聞いて孟建は少しだけ救われた気持ちになった。

 

「元直、これからどうするの?」

 

「劉備様の制止を振り切って一度主に背いてしまった。もう戻ることはできない。それにこんな私だから、軍を率いる器ではないと痛感したの。今後は静かに世の行く末を見守るつもり」

 

孟建は言葉が見つからなかった。

 

立場上、戻って劉備に付くようになんて言える訳もなく、曹操に下ってともに覇業を成そうと言える訳もなかった。

 

「公威が元気そうで良かった」

 

そう言って少し寂しそうに笑う元直に、孟建は「ごめんね…」と思わず謝罪の言葉が口をついて出ていた。

 

 

(また時間があったら続き書きます)


 
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