No.716475

鳳雛伝(序章④)

続きですん。赤壁までなので、多分あと2,3回で同人誌に追いつくかなぁ。薬の知識なんてないので冬虫夏草に関しては深くつっこまれると困りますが。最後えらいことになってますが、まだ先がありますんでもう少しお付き合い戴ければと思います。

2014-09-12 14:34:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2242   閲覧ユーザー数:2015

益州から戻った一刀たちは、孔明の別邸がある山奥の臥龍崗という地にいた。

 

本当はすぐにでも劉備軍に合流したかったが、長い旅の疲れが出たということもあって、士元が病に倒れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

水鏡先生を呼びに行った一刀が帰ってきたのは真夜中のことだった。

 

「最近このあたりで蔓延している流行り病のようね。でも大丈夫、この薬を飲んでゆっくり休めばよくなるわ」

 

その言葉の通り、翌朝士元はすっかりよくなっていた。

 

昨日は大変でそれどころではなかったが、数ヶ月ぶりの水鏡先生との再会とあって、士元の快気を兼ねてその日は久し振りに楽しい一日となった。

 

その日の夜、夕食を終えて一息ついていると、孔明と士元が水鏡先生と何かしめし合わせるように頷きあった。

 

一刀はなんだろうと見ていたが、二人はパタパタと一刀の前までやって来ると、何やら改まってその場に座り、丁寧に礼をした。

 

何事かとおろおろしている一刀に、二人は静かに唇を開いた。

 

「一刀さん、ずっと考えていたことがあるんです」

 

「考えていたこと?」

 

二人はせーの、と息を合わせた。

 

『私達の真名を…もらってくだひゃい!』

 

二人とも噛んでいた。

 

「はわわ!」「あわわ!」と狼狽える二人に、「嬉しいよ」と、満面の笑顔で一刀が答えた。

 

真名は何よりの親愛の証だということを、一刀も水鏡先生から聞いたことがあって知っていた。

 

本当はもっと早く言うべきだったと、孔明と士元は後悔していた。

 

「それじゃあ、あらためて」と、緊張している孔明は一度息を整える。

 

「我が名は、姓は諸葛、名は亮、字は孔明。真名は朱里です。この真名を一刀さんに捧げます」

 

続けて士元もまた、息を整えた。

 

「我が名は姓は鳳、名は統、字は士元、真名は…雛里です。この真名、受け取って下さい!」

 

一刀は二人に真っ直ぐ向かって「朱里。雛里。確かに二人の真名は受け取ったよ、これからもよろしくね」と、噛みしめるように言った。

 

孔明と士元はそれを聞いて安心して、しかし、さらに何かを確認し合うように頷きあうと、再び一刀に向き直った。

 

「あの…」と、士元。

 

「もうひとつお願いがあります」と、孔明。

 

「何?俺に出来ることなら何でも言って」

 

そして、恥ずかしそうに二人がもじもじとして言った言葉に、「へ!?」と、すっとんきょうな声を上げてしまい、それを見てクスクスと水鏡先生が笑ったのだった。

 

 

 

 

 

「ご主人様!聞いてますか?」

 

「ご主人様、はい、お茶です」

 

孔明と士元が呼ぶ度、一刀はくすぐったさのような気恥ずかしさと、妙な背徳感を味わっていた。

 

二人は一刀のことを「ご主人様」と呼ぶようにしたのだ。

 

それは、真名のない一刀に敬意を表す意味もあったが、今後、劉備に仕えたとしても、二人にとってはそれと同じかそれ以上に一刀に尽くすという意思表示でもあった。

 

二人は、実はこの数ヶ月を通してある心変わりをしていた。

 

二人は当初、やはり劉備に仕え支えるつもりでいたし、主とするつもりだった。

 

劉備に仕えるという点でその基本方針は変わらないが、一刀と会って、二人は思いもよらなかったもっと大きな可能性を見た気がしていた。

 

それは劉備にすら出来ない、この世界でないどこかから来た「天の御遣い」だからこそ出来る新しい天下があるのではないか…と、そう思ったからである。

 

そんな二人の思いは露知らず、一刀は「慣れるしかないか…」とあきらめるしかなかった。

 

「雛里ちゃん、こっちも手伝ってくれる?」

 

「うん。あ、朱里ちゃん、お鍋噴いてる噴いてる!」

 

「はわわ!」

 

いつのまにか、二人の呼び方も変わっていた。

 

一刀と話す前に、どうやらいつの間にか真名を交換したらしかった。

 

なんだか本当の家族になれたような気がして一刀は、胸の奥が温かくなっているのを感じていた。

 

すっかり孔明と士元が甘えてしまい、引き留められている水鏡先生がもう一晩だけ泊まっていくことになり、一刀は足りなくなった薪を割っていたが、ふいにフラついた。

 

「あ…れ?」

 

しかしそれは一瞬のことで、このときは立ちくらみだと思い気にとめなかった。

 

 

 

 

 

翌朝、水鏡先生は「すっかり長居をしてしまったわ」と言って帰り支度をはじめていた。

 

「ご主人様、まだ寝てるのかな?雛里ちゃん、起こしてきてくれる?」

 

士元はとてとてと一刀の寝ている部屋へと向かった。

 

ややあって、「ご、ご主人様!!」と士元としては珍しいほど少し大きな声が聞こえて、孔明と水鏡先生は目をあわせてからすぐにその声のもとに向かった。

 

一刀が寝床から少し離れたところで倒れていた。

 

 

 

 

 

「水鏡先生、ご主人様は大丈夫ですか!?」

 

水鏡先生の触診もまだ途中だというのに、落ち着かない様子の孔明が問いただした。

 

「士元の時と同じ、流行り病のようね」

 

水鏡先生のその言葉に、孔明は表情を明るくして「じゃあ、あの薬を飲めば…!」しかし、水鏡は暗い表情のままであった。

 

「あの薬は冬虫夏草といって、とても貴重な薬なの。昨日ので最後だったのよ」

 

「じゃあ、ご主人様は……」

 

「もって、二十日…」

 

「そんな…!」

 

孔明は愕然とした。

 

 

 

 

 

水鏡先生は街へ行き、冬虫夏草を扱っている薬師や行商人がいないかあたってみることになった。

 

自分も行くと孔明が涙をぬぐって立ち上がるが、「冬虫夏草は偽物も出回っているから、私じゃないと見分けがつかないでしょう」と諭すと、一刀の看病の仕方の指示を残して水鏡先生は山を下りていった。

 

 

 

 

 

それから三日経ち、五日経っても、水鏡先生は戻らなかった。

 

一刀は日に日に衰弱していった。

 

朝な夕な一刀には常にどちらかがついて看病している。

 

内面的には気弱で恥ずかしがりやなところのよく似ている孔明と士元だったが、一刀を心配して気を抜けばいつも涙を滲ませる士元を見ると、孔明は士元より少しだけ我慢して大人になれたが、内心では孔明も泣いて一刀に寄り添いたい気持ちであった。

 

十三日目の朝、石韜が臥龍崗を訪ねてきやって来た。

 

「街で水鏡先生に会ってね、話は聞いたわ」

 

もしやと思って期待したが、石韜は薬を届けに来てくれたわけではなく、水鏡先生に頼まれて食糧を持ってきたのだという。

 

「あなたたちのことだから、きっとちゃんと食べてないんだろうってさ」

 

水鏡先生の察する通り、一刀の事ばかり考えて孔明と士元は食事もあまりとっていなかった。

 

「何か作ってあげるから、少し休みなさい」

 

石韜の言葉に甘えて、孔明は石韜を招き入れた。

 

本当はとても疲れていた。

 

 

 

 

 

石韜の作ったのは薬味と卵の入った粥で、恐らくそれ以外にも健康に良い物が入っているであろうか、精のつきそうな味がして、水鏡先生に教わったものだと言っていた。

 

あまり喉を通らなかったが、孔明と士元も少し元気になった気がした。

 

水鏡塾では、どんなときでも冷静沈着、どっしりとした物腰で構えている石韜がいるだけで、頼りになった。

 

水鏡先生が母で、徐庶が姉なら、石韜はまるで父親のような存在だったのかもしれない。

 

「なるほど、あれが天の御遣い様なのね」

 

一刀の寝ている部屋から石韜が、「寝ていたから起こさなかった。後で温めなおして食べさせてあげてね」と湯気の立つ粥の入った椀を持って戻ってきた。

 

その時だった。

 

「頼もー!なのだー!」

 

外から大きな子供の声が聞こえてきた。

 

孔明が疲れた表情で立ち上がろうとするのを手で制して、「私が出るわ」と石韜が出ていってくれた。

 

 

 

 

 

「ここは諸葛先生のご邸宅かな?」

 

黒く艶のある長い髪の美しい、凛々しい娘が言った。

 

「いかにも、ここは諸葛の家ですが」

 

「じゃあ、お姉ちゃんが諸葛亮孔明なのだ?」

 

赤毛の元気な少女が大きな目をくりくりさせて言うので、さっきの声はこの娘だなと察しがついた。

 

「私は孔明の友人で、石広元といいます。あなたがたは?」

 

石韜がそう名乗ると、黒髪の娘と赤毛の少女の間から、清爽雅にして明るく何処か気品の感じられる少女が一歩前に出た。

 

「名乗るのが遅れてすみません、私劉備っていいます。元直ちゃんに聞いて来ました」

 

 

 

 

 

劉備達が山を下りて行くのを見送っていた石韜が、「よかったのかい?あなたたち、劉備様に仕えるつもりだったんでしょう?」と、柱の影で身を隠している孔明に言った。

 

孔明はうつ向いたままだった。

 

孔明は劉備にはいないと言って欲しいと頼んで追い返してしまった。

 

今は一刀のもとを離れたくなかった一心で出た言葉であった。

 

そしてそんな不安定な自分が劉備の役に立てるわけなどないのだから。

 

石韜もまた、水鏡先生を手伝って薬師を当たると言ってその日のうちに山を下りていった。

 

 

 

 

 

十八日目の夜半、一刀の横で看病していて寝てしまっていた士元は、外で馬の嘶きが聞こえて目を覚ました。

 

慌ただしい物音と孔明の声で、水鏡先生が戻ったことがわかった。

 

「水鏡先生!」

 

士元が飛び出して来たが、話もそこそこに、水鏡先生は急いで薬の準備をはじめた。

 

「見つかったんだ…!」

 

士元の目から大粒の涙がこぼれた。

 

「雛里ちゃん、泣くのはあとだよ!お湯を沸かすから手伝って!」

 

孔明に言われ、士元は溢れる涙を拭った。

 

 

 

 

 

一刀はかなり衰弱して、話もろくにできなかったが、何とか薬を飲むことが出来た。

 

ところが朝になり、昼になっても一刀の顔色は一向によくならなかった。

 

「薬が遅すぎたんだわ…恐らく、今夜が山でしょう……」

 

水鏡先生の言葉に、士元が泣いて飛び出していき、孔明はその場にへたりこんでしまった。

 

 

 

 

 

十九日目の日が沈もうとしていた。

さっきまで西日が家の軒先でうずくまる士元の影を長くのばしていたのに、今はもう辺りは薄暗かった。

 

もしも自分が病にかからなかったら、自分が死んでいれば一刀はきっと水鏡先生の薬できっとすぐに治っていただろうと、自分を責めていた。

 

「雛里ちゃん」

 

ふいに横から声が掛けられた。

 

なんの感情もないような、冷たい声であった。

 

「ご主人様が、今……息をひきとったよ……」

 

一瞬、孔明の言葉の意味が分からなかった。

 

 

 

 

(まだ続く…多分)


 
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