サンダース大附属との試合が終わって二日が経った。
「・・・・・・」
如月は大洗の病院に来て、検査結果を見る主治医の答えを待つ。
元々西住達と冷泉の祖母の見舞いにやって来たが、如月はついでに病院に用事があったので、エントランスで別れている。
「特に問題はありませんね。傷もだいぶよくなっています」
「そうですか」
少なからずホッと一安心する。
「ですが、やはり左腕の後遺症の回復は・・・・・・やはり今の段階では」
「・・・・・・」
如月は白い手袋をしている左手を見る。
「それに、出来るだけ気をつけてくださいね。強い衝撃だけで皮膚が裂けてしまいますから」
「分かりました」
手袋をしているので分からないが、大火傷の痕をした箇所を中心に包帯がグルグル巻きにされている。
「左目の傷も治りかけては居ますが、まだ完全ではないと言う事をお忘れなく」
「はい」
「いつも通りに薬を出しておきましょう」
「分かりました」
そうして如月はイスから立ち上がって診察室から出る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ!翔さん!」
と、診察室を出た所で、武部と花束を持つ五十鈴と出会う。
武部はあの時冷泉と一緒について行ったので服装は制服で、五十鈴は私服姿だ。
如月も私服姿で、紺のジーンズに白のポロシャツと言うシンプルな格好だ。しかしポロシャツは半袖なので、露出している左腕を隠す為に手袋はいつものより長いやつを着けている。
「武部か。冷泉の祖母はどうだった?」
「元気だったよ。今朝まで意識が無かったんですが、起きたらすぐに元気なんですから」
「そうか」
少なからず安心する。
「それより、翔さんは何か問題でもあったんですか?」
「少しな。ところで、何をしているのだ?」
「お見舞いの花を立てる花瓶を借りようと思って」
「なるほどな。私も挨拶に行っておくか」
「そうですね。まだ紹介してないんですよ」
如月は二人の後についていく。
――――――――――――――――――――
その後、冷泉の祖母に会って話し、学園艦が停泊している港に戻る為に電車に乗る。
「麻子さんのおばあさん。思ったより元気そうだったね」
「そうだな」
夕日が差し込む電車の車内で西住が口を開く。
「なんか、冷泉殿が絶対に落第できない、単位が欲しいって理由が分かりました」
「おばあさまを安心させてあげたいんですね」
「うん。卒業して、早く傍に居てあげたいみたい」
武部は自分の膝の上で眠っている冷泉の頭を優しく撫でる。
――――――――――――――――――――
それから港がある大洗駅に着き、バスに乗り換えて港へと向かっていた。
「麻子、あんまり寝てないんだ。麻子のおばあちゃん何度も倒れているから」
「・・・・・・」
「おばあさまが無事と分かって安心したんでしょうね」
「でも、この間の冷泉殿はかなり動揺していましたね。あんな冷泉殿は見た事がありません」
「そうだな。少なくとも、私が見る限りじゃ見た事が無いな」
「・・・・・・たった一人の家族だからね」
「え?ご両親は?」
「麻子が小学生の時に、事故で」
「・・・・そうだったんですか」
「・・・・・」
その話を聞いて、如月は胸がちくりと痛む。
――――――――――――――――――――
そうして港で連絡船に乗り、学園艦に向かっていた。
「・・・・・・」
如月は柵の上に両肘を置いて、海から吹く風を受けていた。
(世の中、近くに居るものなんだな・・・・)
冷泉の事を聞いてから、少しモヤモヤした気持ちが晴れない。
心なしかその風が左目の傷に染みる。
「翔さん」
と、如月の元に武部がやって来る。
「武部か。他の者は?」
「寝ちゃっています」
後ろを見ると、イスの上で西住達が寝ていた。
「そうか」
「どうしたんですか?」
いつもより雰囲気が違う事に気づいたのか、武部が聞いて来た。
「いや、ちょっと考え事をな」
「麻子の事ですか?」
「あぁ。世の中には色々とあるんだな、と」
「そうですね。そういえば、前から気になったんですけど」
「・・・・ん?」
「翔さんってみぽりんの様に一人で大洗に来たんですか?」
「・・・・・・一人と言うより、とある事で一年前ぐらいに越してきた」
「そうなんですか?」
「それより、どうして今聞いてきたんだ」
「何て言うか、今まで聞きづらかったって言うのもありましたし」
「・・・・・・」
「・・・・・・?」
如月の雰囲気が暗くなった事に、武部は首を傾げる。
「そういえば、翔さんってどんな形で戦車道をやろうと思ったんですか?」
「私が?」
雰囲気変えに武部は話題を変える。
「はい。みぽりんに聞いても、何か話しづらそうにしていて」
「そうか・・・・」
如月は空を見上げて星を見る。
「あ、えぇと、もし話しづらかったら、無理して言わなくていいですよ?」
「いや、別にそうではないが・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・色々と戦車道以外の事を話すことになるが、それでも聞くか?」
「是非!」
「そうだな。少し内容とはズレるが・・・・・・私の家はあまり裕福とは言えない所だった」
如月は静かに語り出す。
「それでも、私にとっては幸せな時間であることに変わりは無かった。だが、学校では違う」
「学校では?」
「あぁ。頭はそこそこよく、身体能力は誰よりも良かった。だが、戦車道に会うまでは、私は孤独だった」
「どうしてなんですか?」
「私にもよく分からない。気付けば私の周りには誰も居なかったんだ」
思い出しても、なぜあの時自分の周りに友達が居なかったのか・・・それが分からない。
「そういえば、一年の時の翔さんの周りには、あまり人が居なかったような」
武部は「うーん」と唸りながら思い出す。
「武部から見てどういう感じに見える?」
「えぇと・・・・・・何て言うか、翔さんってなんか近寄り難い雰囲気があるような、そうでないような気がするんですよ」
少し言いづらそうに武部は言う。
「・・・・そうなのか?」
「たぶん」
「・・・・・・」
「うーん」と如月は唸る。
そうなのか?私はそういう雰囲気なのか?
「・・・・話を戻すが、そんな寂しい日々を送っていたある日、私はある武道と出会った」
「戦車道、ですか?」
「あぁ。ちょうどその時が、西住姉妹との出会いでもあったんだ」
「みぽりんとお姉さんと?」
私は軽く頷く。
「その次の日から私は戦車道をするようになった。そりゃ最初は不慣れな事があって迷う事はあった」
今思い出せば、恥ずかしい失敗もあったな。ギアを入れ間違えて突然バックをさせたりとか、間違えてペイント弾を装填してしまったりとか。
「やっぱり、翔さんにもそういう時期があったんですね」
「あぁ。まぁ時間が経つにつれて、戦車道としての知識や技術を身に付けて、気が付けば中学では戦車道の副隊長になっていたんだ」
「中学の時にもですか?」
「その時はまほが隊長をやっていたのでな」
「そういえば、みぽりんのお姉さんだけ名前で呼んでいますよね?」
「親友だからな。まほとは」
「えぇ!?みぽりんのお姉さんとですか!?」
意外そうに驚く。
「あぁ。中学の頃は鬼の双角と言われるほどだったな」
「す、凄い・・・・・・のかな?」
「それからして、まほが卒業した後に私が隊長になって、西住が副隊長になったんだ。まぁ、戦績に変わりは無いがな」
「そうなんですか」
「それから中学の全国大会へと進んだんだ。快進撃とも言えるものだった」
「・・・・・・」
「だが、そこである事故が起きた」
「事故?」
「あぁ。あれは全国大会の決勝で起きた」
あまり思い出したくない出来事だったが、静かに語る。
「決勝ともあって相手はかなりの強敵でな、結構苦戦を強いられた」
「・・・・・・」
「当時私が車長として乗っていた『Ⅳ号戦車』は次々と敵戦車を撃破していった。そんな時に、西住の『Ⅲ号戦車』が敵戦車に狙われた」
「・・・・・・」
「西住の乗っていたⅢ号はフラッグ車だったから、私はとっさに西住を守ろうとⅣ号を向かわせた」
「それで?」
「私は榴弾を装填させるように指示を出した。地面に撃って榴弾の爆発で砂煙を上げて目を晦まそうと考えた。
・・・・だが、それが間違いだった事はその時は知る由もなかった」
「・・・・・・」
「Ⅲ号の前に来て砲塔ごと車体を前に向けて砲撃の合図を叫んだ。だが、その瞬間に偶然にも敵が放った砲弾が砲口から砲身内部へと入ったんだ」
「・・・・・・!」
その後の自体が予想できたのか、武部の表情が青ざめる。
「しかも発射直後だった為に、入り込んだ砲弾が砲身内部の根元付近で榴弾とぶつかってそのまま砲身内部で爆発。そしてその爆発は砲身を吹き飛ばしただけに留まらず、砲塔内部へと被害を齎し、砲塔は事実上の大破となった。
私は砲尾の真後ろに居たから、爆発をまともに受けてしまった」
「・・・・・・」
「その直後に敵のフラッグ車が味方戦車によって撃破され、優勝は手にすることはできた。まぁ、正直喜べれる状況ではなかったがな」
「それで、翔さんは、どうなったんですか?」
「爆発を受けた私は気を失って、目が覚めた後その時の事は覚えてない。話によれば、左半身を中心に皮膚が焼かれ、破片がいくつも突き刺さっていて、左目に爆発時に飛んだ少し大きな破片が突き刺さり、出血はかなり酷かったようだ。
とても直視できるような状態じゃなかったそうだ」
「・・・・・・」
想像してしまったのか、少し震えて表情が青ざめる。
「で、当時私が運ばれたのが、あの病院だった」
「じゃぁ、用事があったっていうのは、その時の?」
如月は軽く頷く。
「医者ももう助からないって言うぐらいの瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に助かったんだ。
まぁそうじゃないと今こうして立ってはいないだろうがな」
本当に、生きているのが不思議なぐらいだと思う。
「だが、西住には重い荷を背負わせてしまった」
あの時の西住の後悔を含む悲しい表情を思い出す。
「みぽりん。悔やんでいるんですね。だから、あの時」
必修選択科目で戦車道を選ぶ時に、如月が西住の代わりに受けると言って、動揺していた西住の姿を思い出す。
そして初めての戦車道での練習試合の後の浴場で如月の身体に残る傷痕を見て表情に少し影が差していた事も思い出す。
「私が自らやっての結果だ。気にするなとは言ったが、だからと言って簡単に認めるわけにはいかんのだろうな」
「そりゃ、そうですよ」
武部は軽く頷く。
「無論爪痕は大きかった。左半身の殆どが大火傷を負い、酷く痕が残ってしまった。あの時武部達が浴場で見たのはほんの一部だ」
「あれは衝撃的でした」
「特に左腕の皮膚が何層にも焼けていたようだ。破片が突き刺さった左目は手術で摘出され、傷は深く残った」
「・・・・・・」
「特に酷かった左腕だが、あれだけの大火傷で神経に後遺症が殆どないどころか、切断に至らなかったのだから、医師も驚いていたよ」
「そりゃ、まぁ・・・・」
「だが、左腕は皮膚が何層にも焼かれたせいで、紫外線が当たるだけで痛みが生じるようになった」
「それで、いつも手袋を」
「あぁ」
如月は武部に二の腕まで覆っている手袋をしている左腕を見せる。
「さすがに最初は痛みに耐える日々が多かったが、リハビリの末に短期間で退院する事ができた」
「す、凄い」
「だが、一番の問題はその後に起きた」
「まだ、あるんですか?」
「あぁ。退院後は普通に授業を受け、進路先を決める事になった。
当初はここじゃなく、黒森峰に行こうとしていた」
「黒森峰って、みぽりんが前居た学校ですよね?」
「そうだ。私の戦車道の技術を最大限生かせれる所だからな。
まぁ、上には上が居るだろうが、それは関係は無い」
「で、でも、戦車道でそんな重傷を負ったのに、どうしてまだ戦車道を続けようと」
普通なら、続けようとは思わないだろうな。
「私にとっては戦車道は人生みたいなものだ。戦車道がなければ私は私で無くなる」
「・・・・・・」
「それでしか自分と言うものを表現できない・・・・不器用な女だよ」
ぎこちなく、如月は苦笑いを浮かべる。
「・・・・・・」
「まぁ、それで両親と言い争いになってしまったがな」
「そりゃ、そうですよ」
「両親の気持ちは分かるさ。大事な一人娘が死ぬ一歩手前までの瀕死の重傷を負わせた武道を続けさせるわけには行かないって言うのは」
「そうですよね。私も翔さんの両親視点からだと、同じ事を言っています」
「そうか。まぁ、互いに一歩も引かずに五日ほど過ぎた時だった」
(そんなに言い争うんだ)
内心で武部は驚く。
「両親は私には話さず、勝手に進路先を戦車道が無かった大洗女子学園に決めたんだ。
さすがに私も堪忍袋の緒が切れて、大喧嘩さ」
「・・・・・・」
「それから一週間以上も全く口を聞かなくなってしまった」
「うわぁ」
武部は思わず言葉を漏らす。
「気持ちは分かるが、だからと言って勝手に決めた事は許せない。でも、あの時少し言い過ぎたって言うのは自覚しているが、そういう気持ちがあって中々謝れないまま時間が過ぎた」
「・・・・・・」
「だが、そんなある日・・・・・・少しだけ謝る覚悟が出来た時に・・・・・・父さんと母さんは死んだ」
「・・・・・・!」
武部は目を見開く。
「交通事故だった。父さんと母さんが乗っていたバスにトラックが突っ込んで、二人の他にも犠牲者が出た大事故だった」
「・・・・・・」
「その日ほど、後悔した事はない。謝るだけだったのに、たったそれだけの簡単な事をやるだけなのに、そんな勇気が無い自分を恨んだ」
思い出すだけでも、その日の悔しさが込み上げてくる。
「翔さんも、そんな事があったんですね」
「・・・・・・?」
「麻子も、お母さんと亡くなる前に喧嘩をしたんです。麻子のお母さんおばあちゃんみたいに厳しい人でしたので」
「・・・・・・」
「謝れなかって、ずっと後悔しているんです」
「冷泉も、か」
本当に世の中、色々とあるんだな。
「だが、問題は更に続いた」
「え?」
「両親が亡くなった後、私はどこにも行く当てが無いんだ」
「い、行く当てがないって。親戚とか、両親の実家とかには」
本来ならそうなるはず。だが、そうはいかない・・・・・・深い事情がある。
「どこも、私を引き取ろうとはしない。むしろ忌み嫌って、邪魔者扱いするだけだ」
「っ!酷いじゃないですか!!なんでそんな事が!」
武部は怒りの篭った声を上げる。
「私の両親の実家は、特殊な家系なんだ。母さんの家は早乙女と言う家で、『早乙女流』と言う戦車道の家元なんだ」
「戦車道の家元?」
「あぁ。父さんの家は斑鳩の家で、古くから続く軍人家系であると同時に『斑鳩流』の家元でもあるんだ」
「つ、つまり、翔さんの両親の実家って、戦車道の家元なんですか?」
如月は軽く頷く。
「二つの家系はかつては友好的な関係を築いていた。だが、ある時期を境にその間には深い隔たりが出来て、今では互いを嫌う関係となっている」
「・・・・・・」
「父さんと母さんはそれぞれの家系の生まれで、母さんは次期早乙女流の師範として、父さんは御曹司だった」
「・・・・・・」
「だが、それでも二人は敵対関係でありながらも互いを愛し合った。もちろんそれぞれの家はそれを許すはずが無い」
「そ、それで?」
「二人は家や財産、権利を捨てて、愛の為に駆け落ちしたんだ」
「か、駆け落ちって・・・・。まるでドラマみたい」
まぁ、確かにほとんど無い事だな。
「私は早乙女と斑鳩の者の血が流れている。だから、二つの家からは忌み嫌われて、親族からも相手にされず、引き取られなかった」
「・・・・・・」
「だが、それでも二つの家には、僅かながら私の事を心配してくれる者はいる。早乙女家の家政婦と斑鳩家の執事の二人のお陰で父さんと母さんの葬儀を行えて、墓を立てる事が出来た。
まぁ、葬儀の時はほとんど来なかったがな」
「信じられない。いくらなんでも、親族が死んでも葬儀に来ないっておかしいですよ!」
「無駄にプライドが高い家系だ。まぁ、さすがに全く来ないと言う訳ではないがな」
「・・・・・・」
「その後、家政婦と執事から、両親が私の為に遺して預かっていた物を受け取った」
「それって?」
「お金だよ。それも、かなりの量の」
「・・・・・・」
「まるで死ぬ事が分かっていたようなタイミングだったが、両親はもしもの事があった事を考えて、少しずつ集めていたらしい」
「・・・・・・」
「それで学費を払いながら一人で生活する事ができた」
「そうなんですか」
「まぁ、少し別の話しが混じったが、これが私が戦車道をやるきっかけだ」
大半は自分の事になってしまったな。
「何だか、私の想像以上でした」
話を聞いて、武部は少し戸惑いを見せる。
「それに、戦車道って、やっぱり過酷な面があるって言うのを、改めて知りました」
「怖くなったか?」
「・・・いいえ」
武部は首を横に振るう。
「そうか」
如月は再度夜空を見上げる。
「でも、この全国大会で、その早乙女と斑鳩の人と戦う事になるんですよね?」
「そうなるな。戦車道をやれば、避けては通れない道だ」
「・・・・・・」
「私はどちらでもない、私自身として、挑むつもりさ」
「・・・・・・」
「それと、あぁ見えても西住はかなりの重荷を背負っている。だから――――」
「分かっています。みぽりんが辛い時は、私達がちゃんと支えます」
如月が言い終える前に、武部が言う。
「すまないな」
そうして、如月と武部は西住達の元へ戻る。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。