No.709425

艦これファンジンSS vol.12(4/5) 「大和、出撃」

Ticoさん

しょわしょわして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで、艦これ夏イベントSS、本編みっつめをお送りします。E-6は実は攻略途中なのですが、文中の出撃部隊および支援艦隊は、ゲームに準じて書いています。意外な艦娘も登場しますが、実際に残ってる軽空母じゃ彼女が一番練度高いんだもの。

AL作戦では姉妹艦の絆を、MI作戦では大規模な作戦を描きましたが、今回めざしたのは濃密な戦闘シーンです。ここまで書き込むのは初めてなので、うまくいったかどうか。

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2014-08-17 16:16:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1905   閲覧ユーザー数:1878

 艦載機の群れが雲霞となって飛来し、爆撃を加えていく。

 建物が爆破され、火の手があがり、悲鳴が飛び交う。

 一見して年端の行かない少女たちが武器を手に散発的に応戦している。

 独特の衣装と鋼鉄の艤装からして、彼女たちは見た目どおりの女の子ではない。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 だが、いま応戦している彼女たちは、まだここに来たばかりの新人で、いまだ訓練途上の身の上である。十分な対応ができようはずがない。

 そもそも、ここは艦娘たちの本拠地、鎮守府である。

 深海棲艦が跳梁する海に面してなお、ここは安全なはずではなかったのか。

 その鎮守府が、攻撃を受けている。ありえべからざることだった。

「艤装さえあれば、あんなやつら――!」

 物陰に身を潜めて、空を我が物顔で飛び交う深海棲艦の艦載機をにらんで、彼女はいまいましそうにうめいた。彼女の艤装は運悪く点検整備中で、いわば丸腰の状態だった。

 すらりとした長身、後ろに束ねた長い黒髪、身体にぴったりと合った赤と白の衣装。優美な面立ちにどこか華を感じさせる彼女のことを、この鎮守府で知らない者はいない。

「とにかく、提督に知らせないと――」

 彼女はそうつぶやくと、物陰から飛び出し、建物の中に駆け込もうとして――倒れている艦娘に気がついた。すぐに駆け寄り、脈と呼吸を確認し、傷の具合を確かめる。

 命に異状はなく、大きな怪我もしていない様子をみてとった、彼女は安堵のため息をついた。が、すぐに表情を引き締めると、倒れていた艦娘を抱きかかえた。

「安心して、すぐに診てもらうからね」

 艦娘にそう呼びかけると、その表情がほんの少しやわらいだかのように見えた。

 彼女は走り出した。何もかもが緊急事態だった。

 戦艦、「大和(やまと)」。

 それが、彼女の艦娘としての名である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 その本拠地たる鎮守府は、しかし、いま深海棲艦の攻撃を受けていた。大規模な反攻作戦に主要な艦娘が出払っている現状では、鎮守府はいわば丸裸の状態であるといえる。

 未曾有の危機が、艦娘たちに迫っていた。

 

 助けた怪我人を臨時の医療班にゆだねると、大和は提督の執務室へと急いでいた。

 深海棲艦の攻撃はすぐにやみ、束の間、平安を取り戻した鎮守府では、残っていた艦娘たちが消火活動や怪我人の手当てに当たっている。誰か先輩格の艦娘がそれらの指揮にあたっているようだった。

 マホガニーの扉の前へ来ると、大和はノックと同時にすぐ扉を開けた。

「提督!」

 部屋に入るなり、大和は声をあげた。

 果たして鎮守府の司令官はいつもどおり、白い海軍制服に身を包み、執務机に座っていた。部屋には詰めているはずの臨時の秘書艦である、重巡の妙高(みょうこう)の姿は見当たらない。

 提督は大和を一瞥すると、机の背後に掲げられた地図を振り返り、言った。

「大和、答えあわせの時間だ――俺はなぜ君を残したと思う?」

 問われた大和は、一瞬、提督が何を言ってるのか分からなかった。

 だが、すぐに限定作戦の出撃前夜に提督から投げかけられた質問のことだと気づき、顔から血の気が引く思いがした。

「――提督はこのことを予期されていたのですか!?」

「大和。敵の立場になって考えてみるんだ」

 提督は立ち上がり、地図上のAL海域とMI海域をこつこつと指でたたいた。

「深海棲艦の総指揮官――そんなものがいたとして、俺が仮にその指揮官だとしたら、今回の限定作戦はまたとない機会だ。両方の海域に攻略艦隊と支援艦隊を繰り出した鎮守府は普段よりも手薄だ。練度の高い艦娘も少ないだろう。落とすことはたやすい」

 提督が赤いピンを取り出し、本土近海に刺した。

「深海棲艦に十分な戦力があれば、むしろAL海域とMI海域をこそ陽動として、本命の戦力を本土近海に送り込む――鎮守府さえつぶせば、艦娘たちは帰るべき拠点を失う。あとは海上で少しずつ始末していけば、深海棲艦の天敵はいなくなる」

 提督の声も表情も、淡々としているのに、大和は思わず怖気が走るのを感じた。

「分かっていらしたなら――どうして、迎撃の態勢を整えておかなかったんですか!」

 大和は憤然として叫んだ。炎上する建物、悲鳴を上げ逃げ惑い、傷を負った艦娘。

 予測できていたのなら、すべて防げたはずのものではないのか。

「救助活動は妙高が指揮を執っている。彼女には事前にマニュアルを渡して、いざという時に備えさせていた。いまのところ、怪我を負ったものはいるが、命を落としたものはいないようだな」

 机の上に置かれたメモ書きを見ながら、提督は相変わらず淡々と告げた。

「深海棲艦の攻撃が来ることは予測できていた。最悪の予測を極められたがね。だが、さすがにいつ来るかまでは予見しようがなかった――傷を負った艦娘には、本当に申しわけないと思うよ」

「わたしが聞きたいのはそんなことではありません!」

 大和は怒りで顔面を朱に染めて、声を荒げた。

「戦える艦娘はまだ残っているはずです。そうです、わたしだって艤装があれば、あんな艦載機なんかすぐに落として――」

「落ち着くんだ、大和」

「落ち着いていられるわけないでしょう!」

「平常心を失うな。長門なら同じく怒っても泰然と構えて怒るぞ」

 提督は大和をじっと見つめた。さとすような眼差しだった。

「もう一度言う。敵の立場になって考えるんだ。さっきの攻撃は何が目的だと思う?」

 そう問われて、大和は必死に怒りを押さえ込み、思考を巡らせた。

 結論が出るのに、さほど時間はかからなかった。大和は目を見開いた。

「鎮守府の残存戦力を測るための様子見……?」

「威力偵察というやつだな。実際に軽く攻撃してみて、対応の仕方を分析して、保有している戦力を予測する――俺が迎撃の艦娘を置かなかった理由がこれでわかるだろう」

 大和はうなずいてみせた。納得はできないが、理解はできた。

「……鎮守府の現有戦力を見誤らせるため……」

「そうだ。平常時のシフトだったから、対応できた艦娘は新人ばかりだ。さあ、深海棲艦の攻撃部隊はどう考える?」

 提督の問いに、大和はすぐに答えた。

「鎮守府にまともな戦力は残っていない、その気になればいつでも叩き潰せる――」

 そこまで答えを述べて、大和は、はっとした表情になった。

「――それなら、MI海域に向かっている艦娘たちの動向が気になる!」

 大和のその言葉に、提督は深くうなずいた。

「そのとおりだ。いま連中の目は東に向いている。まさかまともな反撃が鎮守府方面からあるとは夢にも思っていない――大和!」

 ひときわ大きく提督に名前を呼ばれて、大和は思わずぴんと背筋を伸ばした。

「すでにメンバーは選抜している。彼女たちを率いて、侵攻部隊を迎撃せよ」

 提督の考えは、理解はできたものの、納得したわけではない。

 だが、自分がいま動かねばならないことは、なによりもよく分かっている。

 大和は提督をにらみながらも、きりっと敬礼をしてみせた。

 

「あ、きたきた。やっほー」

 待機場所に指定された岸壁沿いの倉庫に来た大和を、緊急時だというのに緊張感に欠ける声が出迎えた。

 声の主は、丈の短い白い服を着て、黒髪を束ねた、一見平凡な面立ちの艦娘である。だがなにより特徴的なのはその艤装だろう。通常、両脚に一つずつつけるはずの魚雷発射管を、脚に二つずつ、腕にも一つずつ装着している――重雷装巡洋艦の北上(きたがみ)であった。

「もう、北上さんったら、暢気なんだから」

 そう言ったのは、隣に立つ、茶色い髪を長く伸ばした艦娘である。同じく身体中に魚雷発射管を身につけている彼女も、重雷装巡洋艦の大井(おおい)であった。

「お二人が来てくださるなんて心強いです」

 大和はそう声をかけて、軽く一礼した。元が軽巡洋艦である彼女たちは耐久性には不安があったが、その雷撃能力はオーバーキル気味といってよく、純粋な攻撃力でいうならば大和に迫るかもしれない。

「いやー、もうちょっと気軽な任務に出たかったけどね」

 北上は苦笑いを浮かべて言うと、

「あら、鎮守府の一大事だからって、志願したのは北上さんじゃないの」

 そう大井が言って、ひじでつついてみせる。北上は口をとがらせて、

「あたし一人でいいっていったのについてきたのは大井っちじゃん」

「当然よ。北上さんが行くところならどこへだってついていくわ」

「まー。あたしと大井っちがいれば無敵だけどね」

 そう言って二人でさざめき笑う。仲の良さは鎮守府でも知らぬものはいない。

「頼りにしています。ところで、あと三人来るはずですが――」

 大和がそう言いかけたところへ、

「いたいた。わたしたちも、もちろん参加よ!」

 銀色の髪をツインテールに結わえた艦娘が入ってきて声を上げ、

「皆さんのお供ができて光栄です」

 同じく銀色の髪を長く伸ばした艦娘がそのあとに続く。

「瑞鶴(ずいかく)さん! 翔鶴(しょうかく)さん!」

 大和の顔がぱっと輝く。鎮守府に残った航空母艦のコンビ、五航戦の二人であった。

「出撃の機会があるなんて思わなかったけど、こんなに重要な任務だなんて。残り物には福があるっていうことなのかしら」

 ツインテールの艦娘――瑞鶴が首をかしげながら言うと、

「あら、最初は留守番役だからってくさっていたのに」

 長い銀髪の艦娘――翔鶴が微笑みながら応じる。

「ちょっと翔鶴姉! それ言わない約束!」

「だめよ、寮の部屋でへちゃばって床にのの字書いちゃ」

 二人とも姉妹艦である。鎮守府が要する六人の航空母艦の艦娘の中ではもっとも練度が低いとみなされがちではあるのだが、並みの艦娘に比べると一線級の実力といえる。

「お二人にも来てもらえるなんて心強いです」

 大和が本心からそう言うと、瑞鶴はちょっと照れながら、

「艦載機の空襲があったってことは敵にも機動部隊がいるってことじゃない。わたしたちが出ずにどうするのよ」

「そうです。空の守りはおまかせください」

 翔鶴が、静かに、だが力強く言うのに、大和はうなずいてみせた。

「あと一人か――」

 そう大和がつぶやくと、北上が難しい顔をしてみせる。

「ある程度の練度はいるよねえ、誰か残っていたかなあ」

「重巡のどなたかが来るんじゃないかしら?」

 そう大井が応じたものの、翔鶴の次の言葉がそれを否定する。

「あら、妙高さんたちは支援艦隊に回るそうですよ」

「じゃあ、いったい誰が――」

 瑞鶴が軽く腕組みをしてみせた、そのとき、

「――ごめんなさい、お待たせしてしまって」

 たおやかな声が一同にかけられる。その声の主を見て、大和たちは目を丸くした。

 隙なく着こなした着物。落ち着いた穏やかな物腰。大和とは違う意味でこの鎮守府でその艦娘を知らないものはいない。

「ほ、鳳翔(ほうしょう)さん!?」

 大和が驚きの声をあげるのに、鳳翔は静かにうなずいてみせた。

「はい、軽空母、鳳翔。皆さんのおともをさせて頂きます」

 鳳翔は艤装を身につけていた。長い飛行甲板に、艦載機を放つ弓。この非常時に冗談のはずがないし、またこんな冗談をいう人でもない。だが。

「鳳翔さん、引退してたはずじゃあ……」

 瑞鶴があっけにとられて言うのに、翔鶴もうなずく。最近は出撃することもほぼなく、小料理屋の女将としての方がよく知られているほどだ。

「――鳳翔は引退してたわけじゃないぞ」

 不意に、提督の声が響き、一同がはっと顔をあげる。

「残っている軽空母の中ではもっとも練度が高いし、客観的に見ても一線級の腕前だ。なにより、本人の強い要望でもある――皆、集まっているようだな。よろしい」

 居並ぶ一同を見渡し、提督はうなずく。

「君たちが主攻略部隊だ――妙高が、羽黒(はぐろ)、那智(なち)、衣笠(きぬがさ)からなる重巡部隊を率いて支援艦隊としてサポートする。また、MI方面へ出向いていた金剛(こんごう)たちがいち早く転進してこちらへ向かっている最中だ――間に合うかどうかは微妙なところだがな」

 提督はそう言うと、ひた、と大和を見据えて言った。

「本当はもっと万全の状態で送り出してやりたい。だが、これがいま鎮守府が切れる最高のカードだ――できるか、大和」

 そう言われて、大和は束の間、考え込んだ。本当はもっと戦艦がほしい。もっとベテランの艦娘がほしい。AL海域やMI海域に出向いている先輩たちの顔を脳裏に浮かべて、彼女たちがこの場にいればどれだけ心強いか、と思う。だが――

 大和は振り返り、皆の顔を見た。

 北上がにやりと笑い、大井が微笑み、瑞鶴が眉をきりとつりあげ、翔鶴がうなずき、鳳翔が静かな決意を秘めた目で見つめ返す――艦娘一人ひとりの顔を確かめてから、大和は提督に向き直り、凛とした声で言った。

「いけます。必ずや迎撃してみせます」

 その言葉に、提督がうなずく。

 真摯な表情に、沈痛な眼差しは、艦娘を送り出すときに見せる、いつもの顔だ。

「頼むぞ――勝って、必ず生きて帰って来い」

 提督が敬礼をするのに、居並ぶ一同は揃って目の冴えるような敬礼で返した。

 

 

「みんな! もっとスピード上げるネ!」

 隊伍の先頭を進む艦娘が独特のイントネーションで声をあげる。

「これ以上は無理です、お姉さま!」

「主機、いっぱいです!」

「これで精一杯です!」

 続く妹たちが海面を素晴らしい勢いで駆けながら、しかし口々に悲鳴をあげるのを聞いて、先頭の艦娘――姉妹の長女である金剛は歯噛みした。

「高速戦艦の意地を見せるのデース!」

 先を急ぐ金剛の脳裏には、大和の姿が浮かんでいた。練度も戦力も鎮守府では最高クラスの彼女ながら、どこか精神的に幼いところがあることを、金剛も知っている。迎撃艦隊が出るとしたら間違いなく彼女が旗艦だろう――ありあわせの戦力を率いさせられて、有力な敵を前にして、大和はきっと強がりを言いながら心の中では泣いている。

 なんとしても間に合わせる。金剛はきりと奥歯を噛み締めた。

 

 深海棲艦に気づかれないように、ひっそりと出撃していく大和たちを、鎮守府の湾内で彼女たちは見送っていた。敬礼で送ると、先頭の大和が敬礼を返すのが遠めに見えた。

「行っちまったなあ――」

 水平線へ消えていく姿を見ながら、摩耶(まや)はそうつぶやいた。

「わたしたちがついていってあげられればいいんだけど……」

 大仰な艤装を背負った肌の白い艦娘――扶桑(ふそう)が憂い顔で言う。

「仕方がありませんよ。わたしたちでは肩をならべられませんから」

 悔しそうに山城(やましろ)が応える。彼女もまた大きな艤装を背負っている。

 仮にも扶桑と山城は戦艦である。本来ならば迎撃部隊に選ばれてもおかしくはない。だが演習の機会に恵まれない彼女たちは練度では二線級でしかなく、とても大和たちと共に戦うことなどおぼつかないだろう。

「まあ、二人ともそんな顔すんなよ――いざってときはあたしたちが最後の壁だ」

 摩耶の言葉に、扶桑と山城もうなずく。二度目の空襲に備え、鎮守府の湾内で浮き砲台として迎え撃つのが彼女たちの任務だ。そして……万が一のときは身を挺して敵の足止めを行い、他の艦娘たちが避難する時間稼ぎをする。

 提督に命じられたわけではない。自分たちから志願したのだ。

「ここはまかせろ。たのんだよ、大和」

 摩耶はそう言うと、艤装に針山のように装備した無数の対空火器を構えると、空をにらんで不動の姿勢をとった。

 

 大和の主砲が火を吹き、北上と大井の魚雷が幾重にも扇状に航跡を描く。

 遠方から放たれる妙高たちの支援砲撃も、砲弾の雨となって敵に降り注いだ。

 立ちはだかる深海棲艦たちが爆炎に包まれ、大きくかしいで波間に沈んでいく。

「進路啓開!」

 偵察機を飛ばしていた鳳翔が声をあげると、大和は命じた。

「主機全開! 両舷全速前進!」

 海面を駆けながら、一同は深海棲艦の警戒線を突破していった。

 必ずしも敵を撃滅する必要はない。狙いは指揮をとっているはずの中枢戦力だ。

 大きく波を立てながら、見る見るうちに警戒線が背後に遠ざかっていく。

「ここまでは順調ね」

 瑞鶴はそう言うのに、翔鶴がうなずいてみせる。

「ええ、でも油断は禁物。敵もわたしたちに気づいたはずです」

「ありゃー、ここから先はラクできないか」

 北上がそう言って、頭をかいてみせるのに、大井が微笑んでみせる。

「やるしかないでしょう、北上さん!」

「そりゃそうだ、行こう、大井っち!」

 お互いに声をかけあう一同を見て、大和は、ほっと安堵する。

 いずれの艦娘も大和よりも古参のベテラン揃いだ。この重要で困難な戦いに臨んで、重責に呑まれた様子もなく、余裕さえ感じさせるのは心強い。

 むしろ、この中で一番緊張しているのは大和自身だろう。さっきから心臓が早鐘のように打って、胸が苦しい。迎撃艦隊の一番の弱点は、耐久性にあった。大和を除けばいずれも防御は薄い艦娘たちだ。自分が前に出て、彼女たちをかばい、無事に敵中枢へ届けなければ――そう考えると、警戒線と交戦するたびに祈る思いだった。

 そんな大和に、鳳翔がそっと寄せてくる。

「大和さん、もっとリラックスして。表情が硬いですよ」

 そうささやく鳳翔の言葉に、大和は思わず顔が赤くなるのを感じた。

「……わかりますか」

「考えていることも。皆を守らなきゃと思っているでしょう」

 鳳翔の指摘に、大和はこくりとうなずいてみせる。

「それは違いますよ。わたしたちがあなたを中枢戦力へ送り届けるんです」

 かぶりを振ってみせて、鳳翔がそう言う。

「無理に皆を守ろうとしないで。むしろ、わたしたちを捨石にしなさい」

 鳳翔の言葉は、静かに醒めていて、それでいて有無を言わせない迫力があった。

「でも、それでは……」

「皆、そのつもりですよ。中枢にはきっと棲姫クラスがいるでしょう。わたしたちでは太刀打ちできません。まともに戦えるとしたら、きっとあなただけです」

 そう言うと、鳳翔はにっこりと微笑んだ。

「心配しないで。死ぬ気はありませんから。ただ、命を張る覚悟があるだけです」

「――ありがとうございます」

 大和はうなずいた。だが、心の重荷が消えたわけではない。皆、自分に期待しているのだ。その期待に自分は応えられるのだろうか? 本番に弱い自分を思い出し、大和はたまらずぎゅっと目を閉じた――そのとき。

「敵艦載機、接近!」

 北上が空を見ながら声をあげる。すかさず、大和は命じた。

「迎撃してください!」

「了解、航空戦、用意!」

 翔鶴が声を張り上げ、弓に矢をつがえる。

 瑞鶴と鳳翔もそれに続き、空へと矢を撃ち放つ。放たれた矢が艦載機の編隊に変じ、敵の雲霞の群れへと向かっていく。

「前方に敵部隊発見――ちょっと、これ棲姫級じゃないの!」

 瑞鶴が興奮気味の声で報告する。

「敵の中枢ですか?」

 大和の問いに、瑞鶴はかぶりを振る。

「接触が早すぎるわ。敵の随伴機動部隊だろうけど――なに、この艦載機の数!」

「空母棲姫かしら。赤城さんたちがMI方面で交戦した……」

 翔鶴の言葉に、北上が顔をしかめる。

「それやばくない? 一体で一個部隊相当って話でしょ?」

「会敵まであと何分ですか?」

 大和の問いに、瑞鶴が答える。

「おそらく八分!」

 それを受けて大和は考える。交戦すべきか、かわすべきか――だが、進路を変えたところで後方から襲い掛かられるだけだろう。

 逡巡する大和に向かって、

「意見具申!」

 翔鶴が凛とした声を張り上げる。

「ここはわたしと瑞鶴で引き受けます。大和さんたちは先へ!」

 その言葉に、大和は目をみはった。

「でも、それじゃあ――」

「艦載機の数だけなら互角のはずです、足止めぐらいならできるはずです」

 大和は一瞬ためらい――鳳翔の言葉を思い出し、うなずいた。

「たのみます、翔鶴さん、瑞鶴さん」

 その言葉に、声をかけられた二人がうなずく。

 大和たちは主機をあげて、更に先へ。瑞鶴と翔鶴は進路を転じて空母棲姫へ向かう。

「無事にたどりついてくれるといいわね……」

 波を蹴りながら、瑞鶴がそう呼びかける。翔鶴は、微笑んでみせた。

「鳳翔さんの目があれば中枢戦力を発見できるわ。それよりいまは」

「うん、あいつをどうにかしないと」

 遠めに空母棲姫の姿がみえる。抜けるような白い個体はまがまがしささえ感じる。その頭上には雲霞のごとき艦載機の大群が集まっていた。

「ここから先は――」

「――通しません!」

 五航戦の二人はそろって声をあげると、弓に矢をつがえて、放った。

 

「――前方に敵部隊を発見。会敵まで十分」

 鳳翔が緊張に満ちた声で告げる。

「編成は分かりますか?」

 大和の言葉に、鳳翔はつとめて平静な声を保とうとして――しかし、声が震えた。

「空母ヲ級、戦艦ル級――それに棲姫クラス、おそらく戦艦棲姫が二体……」

「棲姫級が二体ですって!?」

 大井が思わず声をあげる。北上が眉をひそめながら、

「単純計算で、ええと――三個部隊相当ってことか」

 大和はぎりと奥歯を噛み締めた。こちらは翔鶴と瑞鶴を欠いている。一個部隊にも満たない数だ。多勢に無勢とは、まさにこのことだ。

「主機このまま、敵の体勢が整わないうちに急襲をかけます」

 そう言ったものの、大和は暗鬱な気持ちになる。

(せめて随伴の深海棲艦だけでも先にどうにかできれば……)

 瑞鶴と翔鶴がいれば、先行した空襲である程度の数を減らせるかもしれなかったが、いまは彼女たちはいないのだ。ないものをねだっても仕方がない。

 思わず大和が天を仰いだ、そのとき。

『ヘイ! なんとか間に合ったネ!』

 底抜けに明るい、独特のイントネーションの声が通信に入ってきた。

「金剛さん!?」

 大和が思わず声をあげ、北上と大井の表情がぱっと輝く。

『戦場には合流できないケド、主砲の射程には捉えたヨ! 支援砲撃は任せてネ!」

 金剛のその言葉と同時に、遠方から雷鳴にも見た砲撃音が鳴り響く。

 ややあって、大和たちのはるか前方にいくつもの水柱があがるのが見えた。

 爆炎と煙がその中に混じって見える。

「主機増速! この機を逃さないで! 突撃します!」

 内なる怯懦を振り払うように、大和は声を張り上げた。

 

 

 金剛たちが繰り返し砲撃を行う中、いくつもの水柱があがる。

 その中で、空母ヲ級と戦艦ル級がかしいで波間に没していくのが見える。

 だが――少女と怪物を掛け合わせたような、異様な巨体をした戦艦棲姫は、金剛たちの砲撃を受けても小揺るぎもせず、健在のままだった。

『……ソーリー、大和』

 不意に金剛から通信が入った。

『敵の別働隊が現れたネ。これ以上の支援はできないネ』

 しおれたような金剛の声に、大和はつとめて明るく答えた。

「充分です――ありがとうございます」

「……そう簡単にラクはできないみたいね」

 そう言いながら、北上が魚雷発射管をがしゃりと鳴らした。

「ええ、やるしかないわね」

 大井が緊張と戦意に満ちた表情で同じく身構える。

「わたしが正面に出ます。二人は側面から雷撃を! 鳳翔さんは航空支援!」

 大和がそう命じるのに、三人がうなずく。

 主機を上げ、大和が前に出て、北上、大井、鳳翔が離れる。雷撃を確実に行うために北上と大井が速度をあげ、鳳翔がわずかに出遅れた、そのときだった。

 二体の戦艦棲姫の主砲が、そろって轟音を上げた。

 それは大和を狙わず、北上でも大井でもなく――鳳翔を狙っていた。

「――――!」

 大和は声にならない声をあげた。だが間に合うわけもない。

 次の瞬間、鳳翔の姿はいくつもの水柱に囲まれ、ついで爆炎があがった。

「――このぉぉぉぉ!」

 大和は雄たけびを上げ、主砲を撃ちはなった。

 戦艦棲姫の周囲に水柱があがり、その巨体がぞろりとこちらを向いた。

『……だいじょうぶ……です……』

 通信に、かすかな声で鳳翔が伝えてきた。

『わたしには構わず、敵を……』

 それきり、鳳翔の声は聞こえない。大和は一瞬振り返ったが、砲撃で波が荒れて鳳翔の姿は確認できなかった。

「こっちを見なさい! おまえの相手はわたしよ!」

 大和はそう叫び、立て続けに主砲を放った。戦艦棲姫の片方はうるさげにこちらを向いたが、もう片方は回り込もうとする北上と大井を指向し続けていた。

「こいつら――!」

 敵はわかっているのだ。自分達とまともに撃ち合えるのが大和しかいないのを。

 だから、こちらの脆い部分を狙ってきたのだ。

『なめてもらっちゃ困るねえ』

 通信に北上の声が入る。笑みさえ感じさせるような余裕と戦意。

『そうよ、わたしと北上さんの力、侮ってもらってはこまります』

 北上と大井が持ち前の快速を活かし、二手に分かれて戦艦棲姫を挟み撃ちにしようとする。直角に相手を挟み込む、必殺のキルゾーン。

『くらえ! あたしと大井っちの必殺!』

『二重の二十射線酸素魚雷! 避けられるものなら避けてみなさい!』

 北上と大井から、おびただしい数の魚雷が放たれる。

 扇状の航跡を描いて、魚雷が戦艦棲姫へと突き進む。

 だが、戦艦棲姫は避けようとはしなかった。主砲を海面に向け、撃ちはなつ。

 海面に大きな水柱が上がると、それに続いて海中でいくつも爆発が起きた。

 

「な――!」

 大和は前方の戦艦棲姫と撃ちあいをしながら、その様子にあっけにとられた。

 北上と大井の魚雷を、戦艦棲姫は主砲で迎撃したのだ。信管をたたかれた魚雷は誘爆してしまい、戦艦棲姫には届いていない。

『仕方ないね! 大井っち、プランB!』

『プランBってなによ!』

『臨機応変出たとこ勝負! 大和さん、こっちは任せて!』

 北上の通信に大和はうなずき、波間を駆けながら主砲を放った。大和が通り過ぎた航跡に、戦艦棲姫の砲弾がいくつも突き刺さり、水柱をあげる。

 このままじゃ撃ち負ける――大和が歯噛みしたそのときだった。

 大和に向いていたはずの戦艦棲姫が突如向きを変えた。

 もう一体の戦艦棲姫と共に、北上と大井を狙う。

「――――!」

 大和は息を呑み、次いで、主砲を撃ちはなった。

 戦艦棲姫にいくつもの砲弾が命中し、爆炎があがる。

 だが、狙ったはずの戦艦棲姫は身動きしない。正確に北上たちを狙い続けている。

 大和が目を見開いた瞬間、戦艦棲姫の砲が轟音をあげた。

 北上を、大井を、いくつもの水柱が取り囲み、次いで爆炎があがった。

「北上さん!? 大井さん!?」

 大和は必死に呼びかけるが、二人の返事はない。

 戦艦棲姫が二体ともゆっくりとこちらに向き直る。

 咆哮にも唸りにも似た音を立てて、それはまるで舌なめずりするかのようだった。

 大和は悲鳴を噛み殺しながら、必死に前を見すえた。

 二対一でも、やるしかない。もはや自分しか残っていないのだ。

 大和が主砲を構えた。戦艦棲姫も、二体とも主砲をうごめかす。

 まともに撃ち合えば、おそらく負ける――敗北と死の予感が大和の頭によぎる。

 だが、次の瞬間、片方の戦艦棲姫に水柱が大きくあがり、その巨体がかしいだ。

 一瞬、狙いが大和からそれる。その隙を大和は逃さなかった。

 主砲の一斉射をかしいだ戦艦棲姫に叩き込む。

 大きな爆炎が上がり、戦艦棲姫がうめきをあげながら、波間へと沈んでいく。

『へ、へへ……切り札は最後にとっておくもんよ……』

 苦痛にゆがんだ声で、北上の通信が入る。

 大和は呼びかけようとして、しかし。

 残った戦艦棲姫が怒りの咆哮を上げ、その主砲を撃ちはなった。

 とっさに大和は身をよじった。

 次の瞬間、衝撃と熱と痛みが大和を襲った。

「ぐっ――!」

 大和は身をよろけさせ、しかし、立て直し、そして。

「だあああぁぁぁあぁ!」

 雄たけびを搾り出すと、戦艦棲姫へと突っ込んだ。

 攻撃を受け止めた左の艤装は完全にくず鉄と化している。

 残った砲でしとめようとすれば、ゼロ距離からの砲撃しかない。

 突っ込んでくる大和に向けて、戦艦棲姫の巨大な腕がなぎ払われる。

 大和は全身の力をこめて、それを受け止めた。

 衝撃が襲い、苦痛が全身に駆け巡る。

 だが、大和は戦艦棲姫の腕をうけとめたまま、むしろそれを抱え込んで離さない。

「つか、まえ、た……!」

 大和はうめくようにつぶやくと、残った砲を戦艦棲姫に向け、撃った。

 至近距離からの砲撃を受けて、戦艦棲姫が爆炎に包まれる。

 戦艦棲姫が怒りのうなりを上げ、もう片方の腕で大和を突き飛ばした。

 全身に響く衝撃に耐えながら、大和はかろうじて海面に立っていた。

 いま一度、ゼロ距離から撃てばしとめられるかもしれない。

 そう思ったときだった。

 大和は背中に衝撃と痛みを感じ、崩れ落ちそうになった。

「がはっ――!」

 何事かと振り返ると、空にいくつも雲霞の群れが見えた。

 北の方角。瑞鶴と翔鶴を残してきた方角から、それはやってきていた。

 味方ではない。深海棲艦の艦載機だ。

「あ、あ……!」

 大和は呆然となった。あれがここに来たということは、瑞鶴と翔鶴は――

 前方には戦艦棲姫。後方には艦載機群。

 もはや、一人では勝ち目はない。

 大和の脳裏にかつての記憶が巡った。

 艦としての記憶。

 特攻を命じられ、敵の艦載機になぶり殺しにされた記憶。

 この大和も……艦娘としての自分も、同じ運命をたどるのだろうか。

 だが――迫り来る雲霞の群れが襲い掛かってくることはなかった。

 空の彼方から飛んできた艦載機の一群が、雲霞の群れに突っ込み、巴戦を始める。

『――大和、だいじょうぶ!?』

 通信に入ってきたのは、伊勢(いせ)の声だった。

『AL作戦部隊、ただいま帰還! 航空部隊は大和援護に当たります!』

「伊勢さん――!」

 大和の目に涙があふれそうになる。続いて。

『聞こえるか、大和!』

 凛とした、長門(ながと)の声が通信に入ってくる。

『水雷戦隊をそっちに先行させた! 五分、いや、三分でいい、もたせろ!』

 大和の頬に、涙が一筋こぼれた。

 涙をぬぐい、戦意をふるいたたせて、戦艦棲姫へ向き直る。

「ここは坊ノ岬沖じゃない……そして、わたしは、戦艦大和じゃない」

 つぶやきながら、大和は全身に力がみなぎるのを感じた。

「わたしは大和。艦娘の大和。記憶は受け継いでも――運命までは受け継がない!」

 そう言いはなつと、大和はふたたび戦艦棲姫に挑みかかっていった。

 

 西の空に日が沈みかけ、暗くなっていく空の下、艦娘たちが戻ってくる。

 出発したときとは違い、皆、艤装はひしゃげ、服は煤だらけである。

 だが、一人として欠けている者はいない。

 陸奥が鳳翔を抱え、伊勢と日向が北上と大井に肩を貸し、赤城と加賀が瑞鶴と翔鶴をおぶっていたが、それでも欠けている艦娘はいなかった。

 先頭を行くのは、大和である。

 自慢の艤装はひしゃげ、大きく破損し、服も破れている。

「――肩を貸さなくていいのか?」

 長門がそうささやくのに、大和はかぶりを振ってみせた。

「提督には、自分の足で立って、報告したいんです」

 やがて、鎮守府の桟橋が見えてきた。

 白い海軍制服に身を包んだ人物が立っている。

 彼はいつからそこにいたのだろうか。

 ひょっとしたら、大和たちが出発して、ずっといたのかもしれない。

 提督の前に立ち、よろけそうになりながらも、大和は敬礼した。

「迎撃部隊、ただいま帰投しました――負傷者多数なれど、損失ありません」

「ご苦労……よくやってくれた」

 提督が敬礼を返し、そして、そっと大和の頬に手を差し伸べる。

「無事でなによりだ。おかえり、大和」

 提督の声はそれまで大和が聞いた中で一番優しかった。

 大和は微笑み、そして、意識を失った。すかさず、長門が抱き起こす。

「無茶な戦いをしたものだ……」

「重傷者は入渠ドックへ。それ以外の者は明石(あかし)のところへ」

 提督は穏やかな声で言った。

「――慌てなくていい。作戦は終わったんだ」

 その言葉に長門がうなずく。

 艦娘たちが桟橋から陸へあがる。

 かくして、空前の大作戦は終わりを告げた。

 戻ってきた艦娘たちを、かすかにまたたきはじめた星が見守っていた。

 

〔続く〕


 
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