No.709239

艦これファンジンSS vol.11(3/5) 「海原の死闘」

Ticoさん

わっふるわっふるして書いた。やっぱり反省していない。
おかしいなあ、盆休み中にさわりだけ書ければと思ってたのに、なぜいま仕上がっているんだ?

というわけで、艦これSS vol.11 夏イベントMI作戦のエピソードをお届けします。MI作戦自体は三段階あるのですが、当初はどの段階を舞台にするかなやみました。しかし、やはり赤城さんと加賀さんには運命を乗り越えてほしいと思ったので、三つめのステージをモチーフにさせて頂きました。

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2014-08-16 20:04:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1273   閲覧ユーザー数:1248

 その砂浜には多くの少女たちが集っていた。

 泳いでいるわけではない。彼女たちは海面に「立って」いた。

 それぞれに独特の衣装を身に着け、身体の各所に鋼鉄の艤装を身につけていることからも、彼女たちがただの女の子ではないことを如実に示している。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 連戦に継ぐ連戦ではあったが、彼女たちに疲労の色はない。

 いまのところ、順調に勝ち進められていることが、その理由かもしれない。

 髪をサイドポニーに結び、青い短い袴の弓道着のような衣装を身に着けた艦娘も、それは同じだった。もともとあまり感情を表には出さない方だが、連合艦隊に追い風が吹いているのは感じていた。

 とはいえ、戦いがまだ終わったわけではない。これからが本番とさえいえた。

「いよいよ、行くのでありますな」

 唯一、海面には立たず、砂浜にいた艦娘がそう声をかけた。

 声をかけられたサイドポニーの艦娘はこくりとうなずき、応えた。

「ええ。MI島の攻略は成りましたが、偵察機によると深海棲艦の増派部隊がこちらに向かっているようです。これを叩かなくてはMI島の確保は難しいでしょう」

「自分もご一緒できればよいのですが……」

 申し訳なさそうに砂浜に立つ艦娘がそう言う。黒い詰襟の学生服に似た衣装に幻灯機のようなものをたずさえた彼女は、海に集っている他の艦娘たちとは、少し身にまとっている雰囲気が異なる。

 サイドポニーの艦娘が、すっと目を細める。笑ってみせたのだ。

「あなたは揚陸艦でしょう。MI島攻略で十分に役割は果たしたはずです。あとは海の艦娘に任せておいてください。ここの守りを、まかせました」

「はい――このあきつ丸、陸軍魂にかけて死守してみせましょう」

 彼女、あきつ丸はそう言うと、姿勢を正して敬礼した。脇を開ける陸軍式である。

 サイドポニーの艦娘が敬礼を返す。こちらは脇を締めた海軍式。

 出発の号令がかかる。サイドポニーの艦娘は敬礼を解くと、長弓をたずさえ、皆に続いて海面をすべるように駆けだしていった。

 空母機動部隊と護衛水雷戦隊からなる連合艦隊の出撃である。

 彼女は、水平線の向こうに目を向けた。その先に敵が待っているはずだった。

 航空母艦、「加賀(かが)」。

 それが彼女の艦娘としての名である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 いま、彼女たちは鎮守府をあげての一大反攻作戦に打って出ている。AL作戦の成功を受けて開始されたMI作戦は順調な滑り出しを見せ、敵の前哨部隊を突破しMI島の攻略まで成功していたが、深海棲艦の増派部隊の迎撃という最後の大仕事が待っていた。

 

 連合艦隊は、機動部隊を中心として、護衛水雷戦隊が周囲を囲む大きな輪形陣を組んで進んでいた。第三警戒航行序列である。

 自然と、機動部隊の艦娘たちは声を交わしやすい距離にあった。

「いまのところは順調のようだな」

 機動部隊の先頭を進んでいた、長い黒髪を流した武人風の面立ちの艦娘が振り返ってそう言った。艦隊総旗艦の二つ名で呼ばれる、長門(ながと)である。だが、しかし、この艦隊の指揮官は彼女ではない。

「ええ。良い流れだと思います。この勢いで進みましょう」

 長門の声を受けて、艶やかな黒髪に赤い短い袴の弓道着を身に着けた艦娘が応える。

 航空母艦、赤城(あかぎ)――空母陣のまとめ役といえる彼女が、この艦隊を率いていた。普段は旗艦に回ることの少ない彼女ではあったが、持ち前の丁寧さと気配りのよさが経験は薄くても彼女をごく自然に将器たりえさせているのかもしれない。

「慢心は禁物よ。鎮守府に戻るまでは安心できないわ」

 赤城の言葉を諌めるように、加賀は声をかけた。赤城はうなずいてみせたが、

「ええ。でも敵の戦力投入に対して、こちらは倍の数でかかることができます。個別の撃破なら心配はいらないでしょう」

 そう言ってのける赤城に、加賀はかすかに眉をひそめて、

「油断してはだめ。かつての戦いでも大軍を動員して負けたのを知ってるでしょう?」

「それはわかります。でも戦いには勢いというものがあります。慎重になりすぎて勝機を逃すのはもったいないと思いませんか?」

 赤城の言葉に、加賀は応えず、代わりに軽くため息をついてみせた。

 自分が心配性なだけなのだろうか。そう思わなくもない。だが、一航戦のコンビを組んでいる赤城はもともと楽天的な性格なのだ。

 だとしたら、諌めるのは自分の役目だろう。

「何が起こるかわからないのが戦場よ」

 そう言葉を発した加賀に、赤城がついと身を寄せる。他の艦娘には聞こえないように、そっと耳元でささやいた。

「まだ、怖いのですか?」

 赤城の問いに、加賀はややためらってから、かすかにうなずいた。

「どうしてもあの敗北の記憶が拭えません」

 艦としての記憶。それは艦娘に力を与えることもあれば枷となることもある。

「何か取り返しのつかない失敗をおかしているんじゃないか、と……」

「そのための戦訓を取り入れた戦法じゃありませんか」

 赤城はにっこりと笑い、言った。

「提督のアドバイスを元に加賀さんが考案した戦い方でしょう。自信を持って」

 その言葉に、加賀がわずかにうつむいた。照れてみせたのだ。

「利根(とね)より通信!」

 突然、長門が声をあげる。

「水偵が敵機動部隊を発見。十分後に会敵の見込み」

「敵の本隊?」

「いや、棲姫クラスは確認できない。だが、敵の前衛部隊だろうな」

 長門の言葉を受けて、赤城がうなずき、声を張り上げた。

「全艦隊、第四警戒航行序列! 航空突破戦、準備!」

 

 

 陣形が組みなおされる。

 機動部隊が後方に下がり、一見、それを守るように水雷戦隊が前方に展開する。

 赤城、加賀、そして、同じく航空母艦である飛龍(ひりゅう)と蒼龍(そうりゅう)。その四人が一斉に長弓に矢をつがえ、空に向かって放った。

 矢は蒼穹できらめくと複数の艦載機の姿に変じ、飛び立っていく。

 次々と放たれる矢が無数の艦載機の群れとなる。

 目を凝らせば、その構成が偏っているのが見てとれただろう。半数以上は艦載機同士の戦いを受け持つ艦戦で、深海棲艦に攻撃を行う艦爆や艦攻の姿はむしろ少ない。

 艦載機の群れが飛んでいき、やがて空の一角できらきらと光がきらめく。

 航空戦が始まったのだ。いつもの編成ならば、敵艦載機の一部が抜け出して自分達に襲い掛かってくるのだが、一機たりとも連合艦隊の上空にたどりつける敵機はない。

 放たれた艦戦が完全に制空権を握り、敵艦載機を阻んでいるのだ。

 その間に、戦艦の長門と、同じく居並ぶ戦艦の陸奥(むつ)が主砲を構えた。

 轟音と共に主砲が斉射され、それが何度も立て続けに行われる。

 その後を追うように、水雷戦隊が海面を駆け出していく。

 快速の軽巡や駆逐艦が戦艦の砲撃で算を乱した深海棲艦に、近距離から砲撃と魚雷を浴びせる。瞬く間に、深海棲艦が沈んでいき、残ったものも進路を転じて去っていく。

 一見、機動部隊が主役に見える連合艦隊だが、空母は戦闘においてはあえて守り役に徹する――それが提督の言葉を受けて、加賀が編み出した戦法だった。

 かつてのMI作戦では、島を攻略するか機動部隊を攻撃するかでためらいが生じ、兵装の交換に時間がかかり、その隙を突かれて敵の航空部隊に空母が壊滅させられる事態に陥った。ならば、最初から航空部隊で深海棲艦を攻撃するのは二の次において、制空権確保と露払いにつとめ、戦艦の大火力で敵の戦列に穴を開け、本来は護衛役であるはずの水雷戦隊をむしろ矛として使うことで敵にとどめを刺す――赤城や加賀の苦い記憶を元に編み出した戦法は、いまのところ上手く機能しているといえた。

 

『敵部隊、撤退していくのじゃ!』

 水偵を飛ばしている利根から通信が入る。

「了解しました。追撃はしませんが、追跡機を出して追ってください」

 加賀の応答に、利根が不思議そうに訊ねる。

『なぜじゃ? 負かした相手に用はなかろう』

「敵の中枢戦力と合流を図る可能性があります」

『なるほど! ねらいは敵の本隊じゃな、心得た!』

 利根の声は弾んでいた。勝ったことに気分が高揚しているのだろう。

 彼女自身もMI作戦で敗北を味わった艦の記憶を持つ艦娘だ。それだけに苦い記憶を塗り替えるような勝ち戦にはやはり心躍るものがあるのか。

 だが、その声を聞いて、加賀の顔には、かえって憂いの色が広がった。

「行きましょうか、加賀さん」

 赤城がそう声をかけるのに、加賀はためらいがちに言った。

「急ぎすぎてはいない? もっと慎重に進んでも――」

 加賀の言葉に、赤城はかぶりを振ってみせた。

「深海棲艦の増派部隊はわたしたちよりもはるかに多いはずです。敵が分散している間に中枢戦力を撃破しないといけません。まとめ役の棲姫クラスを叩けば、残りの敵も退いていくはずです」

 赤城の考えはもっともだと言えた。

 連合艦隊を編成していればこそ、個々の戦闘では優位に立てる。だが、絶対的な数から言えば深海棲艦の方が多いはずなのだ。単純な物量戦に持ち込まれたのでは、艦娘たちの方にこそ勝機はない。

 だが、加賀には先ほどからある懸念が頭について離れなかった。

「敵の守りが薄すぎるのが気になります――海域全体を一個の縦深陣とみなして、そこへわたしたちを引きずり込もうとしているのではないかしら」

「この海域自体が罠だと言いたいの?」

 赤城の言葉に、加賀はうなずいてみせた。

 MI島を奪回するために増派されてきた深海棲艦の部隊を叩く。

 一見、MI島を守るために加賀たちが戦っているように見えて、実は敵機動部隊のいる海域へと攻め込みに行っているのだ。守る側はむしろ深海棲艦の側で、何か仕掛けるとしたら敵の方がそれはたやすい。

「……そうですね、加賀さんの言うとおりかもしれませんね」

 赤城はうなずいてみせたが、しかし、その目にひるんだ様子はなかった。

「ですが、罠にあえて飛び込んでみるのもいいかもしれません」

 赤城の言葉は大胆を通り越して、放胆であるように加賀には思えた。

「な――――」

「考えてみて。罠だと判断していったん退いて、次に戦うのはMI島の沖合いになります。そうなれば守る側になるのはわたしたちの方。そして敵の数はずっと多い。正面から押し込まれたらひとたまりもありません」

 赤城の言葉は冷静そのものだった。勝ち戦の熱に浮かされた様子はない。

 その彼女を見て、加賀も心を落ち着かせたが、それでも言わざるを得ない。

「あえて火中の栗を拾おうと言うの?」

 加賀の言葉に、赤城はにっこりと微笑んでみせる。

「虎穴に入らずんば、虎子を得ず、と言っておきましょうか」

 赤城の言葉に、加賀は大きく深呼吸をひとつした。

 彼女が覚悟の上なら自分も、もはやためらう必要はない。

「ならば急ぎましょう。拙速は巧遅にまさります」

 

 「皆、疲れてはいない?」

 柔和な面立ちに鉢金を模したリボンを額に巻いた艦娘――護衛水雷戦隊の指揮を執る神通(じんつう)がそう通信網に呼びかける。その眼差しは凛としていて、どことなくサムライの雰囲気を彼女にただよわせていた。

『僕はだいじょうぶ。まだまだやれるさ』

 たおやかな声に少年のような物言いで、駆逐艦の時雨(しぐれ)がそう応えてきた。

『元気いっぱいっぽい! 夕立も平気よ』

 はずむような声で応答してきたのは、駆逐艦の夕立(ゆうだち)である。

『綾波(あやなみ)も平気です。まだいけます』

 おとなしい声で、しかし、はっきりと、駆逐艦の綾波も応えてきた。

 三人の声を聞いて、神通はほっと胸をなでおろす。大事なのは返事の内容よりも声の調子だった。気分が高揚しているときは蓄積した疲れに自分でも気づかないものだ。なにかのきっかけで疲労のピークを超え、急に動けなくなることはままある。

 普段から駆逐艦たちに猛特訓を強いてるだけに、神通は体力の限界を見抜くことには自信があった。疲れていれば声の調子に微妙に影響を与える。だが、聞いた限りでは、三人ともまだまだだいじょうぶのようだった。

「この戦法、有効なのは分かるけど……」

 神通はそう言いかけて、言葉の先を呑み込んだ。

 加賀の考えた作戦は確かにうまくいっている。だが戦闘のたびに水雷戦隊に負荷がかかるのも事実なのだ。敵に肉薄しての攻撃はむしろ望むところではあったが、しかし、戦隊の指揮として神通には駆逐艦たちを無事に鎮守府に連れ帰る義務がある。

(良くてあと三回かしら)

 それ以上は駆逐艦たちの体力がもつまい。

 それまでに勝負をつけたいところではあった。

『むむむむむ……』

 通信網に、利根のうなり声が入ってきた。

『姉さん、落ち着きましょう』

 すかさず、筑摩(ちくま)が利根をなだめにかかる。

『索敵機を展開しきっているのじゃ! 難しい声にもなろうて!』

 利根の声に若干の焦りがみてとれる。かつての戦役では、軍艦としての利根のカタパルトが不調だったばかりに、敵の発見が遅れたとされている。

 艦娘としての利根には艦の記憶と共に艤装の不調まで受け継がれたらしく、始終カタパルトの調子が悪いとこぼすのが口癖のようになっていた。それだけに今回の作戦では出発前に入念な整備を受け、休憩のたびに手入れをしては、と気を遣っていた。

 利根としては今回こそは索敵に失敗すまいと必死なのだろう。

 何か声をかけようかと思い、しかし、神通は口を出すのは控えた。

『気が急くと見つかるものも見つかりませんよ』

 筑摩がやんわりとたしなめる。利根の姉妹艦で妹に当たるはずの彼女ではあるが、落ち着き度合いから言えば筑摩の方が上だろう。

『わかっておる、わかってお――何!?』

 利根の声が急に緊張の色を帯びた。

『敵発見! 東の方角!』

 その声は、全艦隊に響き渡った。

『空母棲姫とおぼしき個体を確認! 敵の中枢戦力じゃ!』

 飛び上がるような利根の声。だが、それにかぶせて筑摩が声をあげた。

『敵発見! 北西の方角、こちらに向かってきています!』

 そしてさらに。

『こちら蒼龍。彩雲が敵艦隊を捉えました。南西の方角、接近中!」

 神通の心臓が、恐怖と緊張でどくんと高鳴った。

 

「囲まれた――!」

 通信を聞いて、飛龍がうめくように声をもらした。

 加賀は自身の予感が的中したのに、思わず身震いした。

 深海棲艦が罠をしかけてくるのは予想していたが、こうも鮮やかに包囲戦を展開してくるとは思わなかった。これでは、まるで艦娘か人間の戦い方ではないか。

 加賀は脳裏に海域図を広げた。北西と南西の敵はいずれも空母ヲ級からなる機動部隊と判明している。単体ならば撃破するのはたやすい。だが、その隙にもう片方の部隊に頭を押さえ込まれ、背後から空母棲姫の部隊に襲われることになるだろう。

 では、空母棲姫に向かうのは――? 加賀はそう考えて、しかし、それも解決策にならないとすぐに悟った。空母棲姫は単独で一個部隊に匹敵する戦力に相当する。単純に考えて、前方の敵は二個部隊に相当すると考えるべきだ。

 こちらの連合艦隊とほぼ互角。撃破するまでに、後方の敵に襲いかかられるだろう。

 王手詰み。こちらの負けは確定したようなものだ。

 加賀は、赤城を振り返った。

 てっきり顔を白くしていると思った彼女は、しかし、悠然としていた。

 しばし目を閉じていたが、やがて、ゆっくりと見開き、深くうなずく。

 加賀の視線に気づいて、赤城は微笑んでみせ、そして言った。

「何が起こるか分からないのが戦場、そうでしょう?」

 そして、続いて声をあげた。

「飛龍さん、蒼龍さん、手持ちの艦戦はどれだけ余裕がありますか」

「まだ十分あるけど――」

「どうする気なの?」

 ためらいがちに答える飛龍と蒼龍に向かって、赤城は大きくうなずいてみせた。

「長門さん、陸奥さん。三式弾はもってきていますね?」

「もちろんだ。備えあれば憂いなし、だ」

「わたしもあるわよ。でもこれだけじゃ――」

「充分です。ありがとうございます」

 赤城はそう言うと、大きく息を吸い、そして言った。

「飛龍さんと長門さんで組になって北西の敵へ、蒼龍さんと陸奥さんで組になって、南西の敵へ向かってください。まともに戦う必要はありません。敵の艦載機を追い散らして、すこしだけ時間稼ぎができれば構いません」

 赤城の言葉に、加賀は唖然とした。続けて赤城は告げた。

「残る艦娘で前方の敵へ突撃を敢行します。これがMI作戦最後の戦いになるでしょう」

「赤城さん、でもそれでは――」

 加賀が声をかけるのに、赤城は微笑んでみせた。

「わたしたちが相手にするのは東の部隊まるごとじゃないわ。空母棲姫ただ一体です。たとえ一個部隊に匹敵する戦力であっても、こちらはそれ以上」

 赤城は深くうなずいてみせた。

「だいじょうぶ、勝てます」

 そういうと、赤城は、一呼吸置いて、言葉を発した。

「戦いの前に皆さんにお話しておくことがあります」

 

 

 赤城の声はあくまでも穏やかで、それでいて、芯の強さを感じさせた。

「かつての戦いで、わたしたち一航戦はここで敗れました。常勝を誇った機動部隊は壊滅し、そこからわたしたちの負け戦が始まりました。もし、皆さんが受け継いだ艦の記憶に負け戦しかないとしたら、それはわたしたちから始まっているのです。本当に、申し訳なく思っています」

 少し間を置いて、赤城は一段と声を張り上げた。

「ですが、今回の戦いでわたしたちはここまで来れました。これも皆さんのおかげです。苦しみの記憶を背負いつつも、それを糧に今日まで練成を重ねてきた皆さんの力あってこそです。あと一息、がんばれば、わたしたちは笑顔で鎮守府へ帰ることができます」

 赤城の言葉が、通信網に乗って連合艦隊すべての艦娘に染み入っていく。

「わたしたちは寡兵です。けれども幸に恵まれた寡兵です。なぜなら艦の記憶を受け継ぐ絆で結ばれた艦娘だから。いまここにいるのは運命を塗り替えるため。いまここにあるのは悲しみの記憶を乗り越えるため。わたしは勝ちたい。これはわたしのわがままかもしれません。でもここで負けてしまっては、わたしは受け継いだ何かに、自分自身に、負けたことになってしまう――皆さんの力を、いま一度、貸してください」

 そう言って、赤城は深々と頭を下げてみせた。

「――赤城さんだけのわがままじゃないわ」

 最初に応えたのは、加賀だった。

「わたしも思いは同じよ。あきらめたりはしない」

『我輩も同じじゃぞ。あとちょっとで悔しかった思いから自由になれるのじゃ』

 利根の決意に満ちた声が通信網に乗って響く。

『わたしも姉さんと一緒。艦娘としてあるのはいまこのときのためかもしれません』

 筑摩の声がそれに続く。

 長門が、陸奥が、飛龍が、蒼龍がうなずく。

 駆逐艦たちの『わたしもです!』という元気な声が響き渡る。

 最後に、神通が静かな闘志を秘めて、言った。

『おまかせください。“二水戦”の実力、存分にお見せいたします』

 

 飛龍、蒼龍、長門、陸奥が艦隊から離れていく。

 それをちらりと見送ると加賀は赤城に向かってうなずき、言った。

「勝機は一度きり」

「ええ、出し惜しみはなしですよ」

 赤城が笑みを浮かべ、長弓をつがえる。

 すでに赤城たちは全速で空母棲姫に向かっている。二人は次々に矢をつがえると、空に向かって放っていった。何十本もの矢が一斉にきらめき、艦載機に変じる――空母の数は半分に減ったのに、展開された艦載機の数はこれまでよりもずっと多い。

 艦載機が編隊を組んで敵の上空へと飛び立っていく。

 空母棲姫の艦載機は今までの深海棲艦のそれとは違う異形の形をしていた。

 だが、加賀たちの艦載機は撃ち負けたりはしない。

 互角以上の戦いを繰り広げ、懸命に敵を食い止めている。

 だが、それでも厚い防空網をくぐりぬけて、敵機の一隊が飛来する。

 弧の字を描いて、赤城と加賀はそれぞれに回避運動をとった。

 その二人を置いて、神通率いる水雷戦隊は電光の速さで海面を駆けていく。

「たのみますよ、皆さん!」

 小さくなっていく彼女たちの背中に、加賀は我知らず叫んでいた。

 

 雲霞どうしがぶつかりあい巴戦を繰り広げる直下を、神通たちは突き進む。

 彼女たちを目にした空母棲姫が身を起こし、呪詛の言葉を投げかけてくる。

 ――毀レ堕チテ 剥ガレ堕チテ

 ――冷タキ深海ヘ

 ――深ク深ク 深海ノ底

 ――沈メ 沈メ

 その声は水底から響いてくるようで、聞くだけで怖気が走った。だが。

「夕立は負けないっぽい!」

 一番先頭に乗り込んだ夕立が立て続けに砲撃を行い、扇状に魚雷を放つ。

 砲撃が空母棲姫に当たり、魚雷が随伴の空母ヲ級に命中する。立ち上る爆炎と水柱をかいくぐりながらなおも攻撃をやめないその姿は、まさに“ソロモンの悪夢”の二つ名にふさわしい壮烈な戦いぶりだった。

 ――毀レ堕チテ 剥ガレ堕チテ

 ――冷タキ深海ヘ

 ――沈メ底ヘ 戦友ト共二

 ――誇リト共二

 空母棲姫の砲撃で大きく水柱があがり、海水の雨を降らせる。

「やらせないよ!」

 その雨に打たれながら、時雨が空母棲姫に肉薄する。衝突寸前で舵を切り、すれ違いざまに至近距離から砲撃と魚雷を浴びせる。大きな爆炎があがり、空母棲姫の身体が大きく傾く。

 ――沈メ水底 沈メ水底

 ――沈ンデイキナサイ 沈ンデイキナサイ

「綾波、行きますよ!」

「はいっ、神通さん!」

 時雨に気をとられている隙を突いて、今度は神通と綾波が突撃する。二人が放った魚雷が扇状の航跡を描いて空母棲姫に突き進み、あやまたず命中する。大きな水柱がいくつもあがり、空母棲姫の顔が苦痛にゆがむ。

 ――望ミガタキ

 ――唯朽チテ堕チル

 ――冷タキ深海ヘ

「背中がお留守なのじゃ!」

「わたしたちの思い、届け!」

 迂回して空母棲姫の背後を取った利根と筑摩が砲のねらいをつける。二人の主砲が連続して火を吹き、かしいでいた空母棲姫が爆炎に包まれた。

「やったか!?」

 空母棲姫が紅蓮の炎に包まれながら、波間へと沈んでいく。

 見守る艦娘たちに、空母棲姫が声をあげる。

 それは神通たち水雷戦隊だけでなく、不思議と赤城と加賀の耳にも入っていた。

 “シズカナ……キモチ二……ソウか、だから……わたしは……”

 

 深海棲艦たちが東の水平線へと消えていく。

 中枢を失った彼らはもはや戦う意思を示さず、海原の向こうへと去っていった。

 加賀はそれを見送りながら、ぽつりとつぶやいた。

「なんとか……勝ったわね」

 赤城はというと、大きく息をつき、相好を崩してみせた。

「もう一度やれといわれてもたぶんできませんけどね」

 その言葉に加賀はかぶりを振った。赤城の言葉があったから、そしてその思いに皆が応えたからこそ、勝てたのだ。だから。

「やれますよ。わたしたちなら、何度だって」

 そう言ってみせた加賀だったが、ふと表情を曇らせて、

「――空母棲姫の最期の言葉、聞きましたか?」

 加賀の問いに、赤城がうなずいてみせる。

「ええ。あれはなんだったのかしら」

「悲しみと苦しみだけに囚われていて、最期にようやく解放されたような……」

 そう言うと、加賀も、そして赤城も黙りこくった。

 あれはひょっとしたらもう一人のわたしたちなのかもしれない。

 二人とも期せずして同じ思いを抱いていた。

 深海棲艦が何者なのか、どこから来たのか、誰も知らない。

 ただ、加賀と赤城には直感で、どこかしら親しい何かを感じとっていた。

「赤城さん――」

 加賀がそう言いかけたその時。

「なに!? それは本当か!」

 長門が大きく声をあげた。血相を変えて、片方の耳を押さえている。どこかと通信しているらしいが、その表情がみるみるうちに険しいものへと変わっていった。

「どうしたんですか?」

 怪訝そうにたずねる赤城に、長門は怒気をはらんだ声で答えた。

「してやられた――本土近海に深海棲艦の別働隊が接近中だ」

「――どこが、狙われているのですか?」

 口に出してみて、我ながら愚問だと加賀は思った。

 深海棲艦のいまの戦略目標など、容易に見当がつくではないか。

 長門のうめくような答えが、その推量が正しいものだと教えた。

「このまま直進すれば――鎮守府へ到達する」

 

〔続く〕


 
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