story16 試合開始前
次の日の戦車道練習。
とは言っても、今日は練習ではなく、それぞれの戦車の整備に当たっていた。
五式とⅣ号以外の戦車は元のカラーリングに戻しており、それによる戦車の判別の困難を防ぐ為に、戦車に部隊マークを追加する事になった。
元AチームのⅣ号には大洗の名産物にちなみ、あんこうの絵が描かれて『あんこうチーム』と名称変更。
元Bチームの八九式には翼を広げたアヒルの絵が描かれて『アヒルチーム』と名称変更。
元CチームのⅢ突には後ろ向きで顔を後ろに向けているカバの絵が描かれて『カバチーム』と名称変更。
元DチームのM3には包丁を両手に持ったウサギの絵が描かれて『ウサギチーム』と名称変更。
元Eチームの38tには亀の絵が描かれて『カメチーム』と名称変更。
元Fチームの五式にはデフォルメされて軍服を着て将校制帽を被り、右目に黒い眼帯を着けた熊の絵が描かれて『クマチーム』と名称変更となった。
「分かりやすいとは言っても・・・何て言うかなぁ」
五式の副砲の砲身内を先端にブラシをつけた棒で掃除している坂本が呟く。
「西住らしい表現だ。見た目はあれだが・・・まぁ分かりやすい事に変わりは無いな」
如月はキューポラの覗き窓を綺麗に一つ一つ磨いて行く。
「まぁ、確かにこれなら間違える事はないですね」
鈴野は床に脚立を置いて登り、布切れで主砲の砲身を磨いて行く。
と、坂本は棒を一気に引き抜くと、副砲身より大量の煤が吐き出されて坂本は煤煙に包まれ、更に鈴野も巻き込まれる。
「・・・りーん」
煤で汚れたメガネを外し、坂本をジトッと睨みつける。
「ご、ごめん・・・」
少し殺意にある睨みに坂本は身を竦ませる。
「・・・また磨き直しか」
煤煙で磨き終えたばかりで水分が表面に残っていた所に煤が付着してしまった。
「おー、真面目にやってんなぁ」
すると倉庫内に一人の女性が入って来て、メンバーは声がした方を見る。
一年のメンバーの一部が「誰?」「何か怖そう」と呟く。
確かに外見と格好は不良に見える。
(あの格好・・・あの時の中島の格好と同じ?)
そう思った時に「やぁやぁ、二階堂!」と角谷会長が前に出る。
「誘いを受けてくれて嬉しいよ」
「なぁに。卒業の為でもあるからな!」
と、角谷会長は二階堂と言う女性と会話を交わして握手を交わす。
「あ、あの、その人は?」
恐る恐る西住が角谷会長に聞く。
「紹介するよ。新しく戦車道に参加してくれるメンバーだよ」
「新しく?」
「あぁ二階堂明日香だ。よろしくな!」
と、右手を上に上げて左右に振る。
「二階堂はうちの学校一の問題児だけど、仲良くしてね」
「問題児?」
Ⅳ号の通信手席の上にあるハッチを開けて武部が出てきて聞いてくる。
「戦車道を取らないと卒業できないほど成績が悪いんですか?」
「まぁそれもあるけどねぇ。なにせ二階堂達は二年も留年をしているから」
「に、二年も留年!?」
武部が声を上げて驚く。
しかも達って、まだ他にいるのか・・・
「いやぁ今まで好き放題やって来たせいで、いつの間にか二年も過ぎていたんだよなぁ!」
「カッカッカッ!!」と笑う。
「いや、笑い事じゃ・・・」
「そもそも、二年も留年してよくまだ学校に居る気があるな」
私なら中退するかも。
「なぁに!二年も留年したら学園が家同然に思えるんだよなぁ!まぁさすがに卒業しないとちょっとやばいんだけど」
「その為に、戦車道を?」
「まぁそんな所だ」
「・・・・・・」
西住は目をぱちくりと瞬きする。
「噂は聞いているぜ、隊長殿」
「あ、はい。西住みほです」
「よろしくな」
二階堂は右手を差し出し、西住も戸惑いながらも右手を差し出して握手を交わす。
「メンバーが増えるのは嬉しいんですが・・・・・・でも、もう乗る戦車が・・・」
一番の問題だな。
「心配するな。戦車ならもう調達済みだ」
二階堂は右手を握って前に出し、グッと親指を立てる。
「え?」
一瞬言った意味が分からなかったが、二階堂はすぐにポケットよりケータイを取り出す。
「三枝!あれを持ってこい!」
『了解!』
「あ、あの、どういうことですか?」
「まぁ見てなって」
二階堂はケータイを閉じてポケットに戻すと、一旦倉庫を出る。
それからメンバー全員は倉庫の外に出て待っていると、遠くより履帯とエンジン音がする。
「来た来た!」
二階堂が右を向くと如月達もその方向を向くと、裏山に続く道より一両の戦車が下りてくる。
「あ、あれって・・・!」
「こいつは・・・」
「おぉ!!」
その戦車を見て如月や西住、秋山は息を飲む。
傾斜角度の付いた装甲を車体に持ち、その形状は五式に酷似しているが、砲塔は丸みを帯びて、車体右寄りに配置されている、一、二周り程小さい戦車であった。砲塔側面には『零-弐』と白い文字が描かれている。
「凄いです!!『四式中戦車チト』ですよ!!五式中戦車チリにならぶ旧日本陸軍最強戦車が揃い踏みです!ヒャッホォォォォォッ!!」
秋山は興奮して声を上げ、右手を上に上げて飛び上がる。
「五式中戦車だけじゃなく、四式中戦車まであったなんて」
「形状からして・・・・・・試作型か」
「五式並みにレアな戦車ですね」
早瀬が呟くと、四式の砲塔のキューポラが開いて中より四人の女子が出てくる。
「あいつは・・・」
その中に中島が居た事に如月は言葉を漏らす。
「それより、よく稼動した状態で残っていましたね」
「いやぁ、見つけた当初は山の奥の林の中にあったボロ小屋の中にあってな。長い時間を掛けて修理して、昨日徹夜して自走出来るまでにはこぎつけたんだ」
よく見たら二階堂の目の下にクマが出来てる。
「じ、自分達で修理したんですか!?」
秋山は声を上げて驚く。
「あぁ。俺ん家は自動車工場をしていてな。時々戦車の修理も請け負っていたから、修理知識と技術は豊富だったんだよ」
「・・・・・・」
「まぁ、さすがにまともな設備なしじゃ自走できるぐらいが限界で、ここまで来れたのがやっとなぐらいだな」
見れば、四式のエンジンから何か怪しい音が聞こえてくる。
(ただ者ではないな・・・)
「と言うわけだ。改めてよろしくな!」
他のメンバーは少し戸惑うも、「よろしくお願いします!」と声を揃えて言い放つ。
「あ、あの!戦車道のみなさん!!ギリギリでしたけど、人数分揃いました!」
と、如月達のところにダンボールを抱えた生徒達がやって来る。
見れば、その生徒達はこの間私達のスリーサイズを採寸した被服科の生徒達であった。
「どうぞ!納品の確認をお願いします!」
生徒達は如月達の前にダンボールを置き、一人がダンボールを開けて中身を取り出す。
「おぉ!!私達のパンツァージャケットです!」
それを見た秋山はテンションを上げる。
「これを着ると、気が引き締まりますね」
鈴野は着替えたパンツァージャケットを整えながら見る。
「あぁ。そうだな」
その後如月達はサイズに問題が無いかの最終確認をする為に、パンツァージャケットの試着をした。
大洗のパンツァージャケットはネイビーの上着に白いミニスカートと言うものであった。
正直ミニスカートを穿くのは久しぶりな為か少し慣れんが、まぁニーソックスで左脚の火傷痕は隠れているからいいか。
(いよいよか)
内心で気を引き締めると、周囲を見る。
バレー部は上着をパンツァージャケットに着替えて下はいつもの格好で着ており、二階堂達は既に参加が決まっていたのか、彼女達の人数分のパンツァージャケットも用意されており、バレー部と同じ、下は着替えずに上だけパンツァージャケットに着替えていた。
――――――――――――――――――
その後四式は自動車部と整備部、二階堂の手によって徹夜でレストアされ、翌日には完全な状態へと修復されていた。
その際にカラーも土色だったが、土色が混じったような黄緑に塗り直されて、砲塔側面に部隊マークとして二階堂達が着ている白い長ランと袴の様な裾の広い白いズボンと言う服装をして腕を組み、頭に鉢巻を巻いて逆三角サングラスを掛けたネズミのイラストが描かれて『ネズミチーム』となった。
しかしなぜネズミかは分からんが・・・
――――――――――――――――――
そうして時間は過ぎていって、全国大会初戦の日になる。
「これは賑やかだな」
お祭り騒ぎに近い賑やかさの中、私は早瀬達と共に五式の整備を行う。
周りでもそれぞれの戦車の整備を行っている。
「整備終わったか!」
河島がメガホンを手にして聞くと、『はい!』と返事が返ってくる。
「よし!別命があるまで待機だ!」
「あっ!」と、一年チームの一人が声を上げる。
「いけない!砲弾忘れちゃった!」
「えぇ・・・。それ一番やっちゃいけないやつじゃん」
「ごめーん」
本当にやってはいけない事だな・・・
「呑気なもんね」
と、如月達に向けて声が掛けられて声がした方を見ると、そこには二人の女子生徒が立っていた。
着ている制服からすると、サンダース附属の生徒だろう。
「よくそんな調子で、出場できたわね」
「貴様達!何しに来た!」
「試合前の交流を兼ねてお食事でも、と隊長からのお誘いを伝えに」
「ふーん。なるほどねぇ」
角谷会長はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
――――――――――――――――――――
「これは・・・」
「凄い・・・」
サンダースの生徒に連れられて、如月と鈴野、西住達と生徒会が着いた場所には沢山の移動車が並べられていた。
「救護車にシャワー車。それにヘアーサロン車ですか・・・」
「さすがはリッチな学校だ。金のかけ方が違う」
「世の中全ては金って事なんでしょうね」
如月と鈴野が皮肉げに呟くと、西住は苦笑いを浮かべる。
「ヘイ!アンジー!」
と、声がした方を向くと、先ほどの二人の生徒の前にウェーブが掛かった金髪の女子生徒がいた。
すると秋山と鈴野はこっそりと見つからないように西住と如月の後ろに隠れる。
「角谷杏だから・・・アンジー?」
「馴れ馴れしいな」
河島が不機嫌そうに呟く。
「試合前の交流ってことで、何でも食べていってね!OK?」
「オーケーオーケー!おケイ!なだけに!」
「アッハハハッ!!ナイスジョーク!!」
ケイと呼ばれる女子生徒は腹を抱えて笑うも、ふと西住の後ろに隠れる秋山に気付く。
「ヘイ!オットボール三等軍曹!」
「ふぇっ!?見つかっちゃった!」
秋山は身を竦ませる。
「お、怒られるのかな・・・」
「・・・・・・」
「この間は大丈夫だった?」
「え?は、はい」
予想外の言葉に秋山は戸惑う。
「またいつでも遊びに来てね!うちはいつでもオープンだから!」
と、ウインクをかける。
「あっ、そうそう。あなたもいつでも遊びに来てね!」
「あっ・・・」
と、今度は如月の後ろに隠れる鈴野に声を掛ける。
「試合が終わったら取材の内容・・・・聞かせてもらえるかな?」
「・・・・えぇ。別に構いません。そちらの整備長より特ダネを聞いたので」
「おぉいいね!是非聞かせてね!」
嬉しそうにするケイよそに、一番背が低い生徒が整備長の言葉を聞いた途端ピクッと反応を示す。
そうして三人は如月達から離れていく。
「お、怒られなかった?」
「フレンドリーだな」
「確かに・・・」
意外なぐらいフレンドリーさに如月達は唖然となる。
「と言うより、お前は何を聞いたんだ?」
「まぁ別視点から見た秘密って所でしょうね。一応この試合では関係は無いと思いますが」
「そうか・・・」
その特ダネが気になるが・・・まぁ関係無いのなら聞く必要は無いか。
「この構成だと、やはり厄介なのはイージーエイトにジャンボ、そして一番はファイアフライか」
「そうですね。特にファイアフライの火力は確実に私達の戦車を仕留める事が出来ます」
それからして如月と西住は五式の前で作戦の最終確認を行う。
「『虎殺し』の異名は伊達じゃない、か。だが、それ以外のシャーマンでも、こちらとしては難敵であることに変わりは無い」
「はい。攻守共に性能も、錬度も向こうが上。正攻法じゃこちらに勝ち目はありません」
「そうだな。確実に一両を撃破する為にも、Ⅲ突と五式、四式の前に誘き出そう」
そうして私は五式をよじ登る。
「・・・・・・」
西住もⅣ号に戻ろうとして、Ⅳ号の前に来た時――――
「お久しぶり」
「・・・・?」
と、後ろから声を掛けられて後ろに振り返ると、そこには一人の女子が立っていた。
着ている制服から・・・・黒森峰の生徒であった。
「忘れてないわよね。今年副隊長になった『逸見エリカ』よ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
如月は五式に乗り込む前に話し声が聞こえてそっちを向くと、Ⅳ号の前で西住の前に黒森峰の生徒が立って何かを話していた。
(あいつ・・・どこかで・・・)
どこかで見た事がある顔だったが、思い出せない。
「わ、私は・・・・・・」
「一年前の事、私は忘れてないわよ」
「・・・・・・」
「見ていなさい。副隊長がどんなものかを、教えてあげるわ。あなたを叩き潰してね」
「・・・・・・」
「まぁ、私達と対決する以前に、一回戦を突破できれば、の話だけどね」
「・・・・・・」
「ふん」と鼻で笑うと、黒森峰の生徒は西住から離れていく。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。