『帝記・北郷:十六~五百年の敵:後~』
徐福の顔が一刀と同じである。
目の前の現実に歪めた龍志の顔は、戸惑いや困惑を通り過ぎて驚愕に彩られ、普段の彼を知るものであればその眼を疑わんばかりのものであったが、それもほんの一時。
すぐに龍志は目を細めて、目の前の事象を冷静に見据えた。
一刀が二人。そこから導き出される様々な可能性。そして外史というこの世界の有様から彼が行き着いた結論は一つ。
「察するに…お前は違う外史の一刀ということか?」
その言葉に徐福はニヤリと口元を歪ませ。
「流石だな龍瑚翔。話が速くて助かるよ。最も、六十点といったところだがね」
嘲るようにそう言った。
「…すると、お前は一体?」
訝しげな顔の龍志に、徐福は笑みを浮かべたまま。
「なあ龍志…外史っていうのはどういう存在だ?」
「どういう……?」
外史。
それは正史の人間のifが具現化されし世界。
この世界で言うのならば、『三国志の武将が女だったら』『○○という武将が☓☓だったら』などという思いが造った真実とは異なった、されど確かに存在する世界。
「正史の人間の思いが、外史を創る力となる…だがな龍志。思いとは漂っているだけで形になるものなのか?有象無象、千差万別の思いが一つの物語を紡ぐことができるのか?」
「それは…」
無理だろう。
正史の世界に何人の人間が生きているのかは知らない。しかし、その命の数だけであるであろう思いが、一つの物語に収縮されるのだろうか?一つで無かろうとも、幾千幾万の思いが数百の物語へと落ち着くのであろうか。
「だが…それならばなぜ外史がある。お前の言う通りならば、外史が存在するはずがない」
「簡単な事さ…思いを纏める存在がいるんだよ。一人か複数かは知らないが、正史の連中の思いを纏めて物語を紡ぐ存在がな」
「物語を…紡ぐ?確かにそう言う存在はいるやもしれないが、それがお前とどういう関係が……」
言葉の途中ではっと龍志は息を呑む。
その姿に徐福は唇をさらにキュっと釣り上げ。
「そう、物語を紡ぐ、言わば作家だ。そして作家が物語を紡ぐ以上必ず出てくるものがある、試作品や失敗作というものがな」
一呼吸置き。重いものを吐き出すかのように徐福は言葉を続ける。
「俺は北郷一刀の外史が生まれるより前に作り出された、言わば北郷一刀の試作型だ。そして、正史の奴等にとってつまらないという理由だけで、世界も愛する者も全てを無かった事にされた失敗作の生き残りだよ」
言葉も出なかった。
沈黙の円錐空間の中、琥炎の小さな欠伸の音が響いた。
「解るか?俺が生きた時間、過ごした日々、仲間との触れ合い、血と涙の果てに勝ち取った平和……それら全てが、『つまらない』だけで、正史の人間のお気に召さないってだけで否定されたんだぜ?たったそれだけで、皆消し去られたんだぜ」
「だが…どうしてお前だけがこうして残っているんだ?」
「ふ、お前がそれを言うのか?外史の崩壊から逃れ生き延びているお前が」
確かに徐福の言う通り、龍志もまた外史の崩壊から脱出した存在だ。
しかし、彼と徐福では状況が違う。龍志のいた外史は徐福の手により徐々に破壊されたものであり、少なくとも徐福の外史のように正史の否定によりいきなり抹消されたものではないのだ。
その点を龍志が指摘すると、徐福は初めて顔から笑みを消し。
「そうだな…理由は俺も解らない。それこそ作家の気まぐれかもしれないし、偶然処理の手から逃れたのかもしれない。パソコンの隅に残る消し忘れのフォルダみたいにな」
いずれにせよ、彼は生き延びたのだ。
全てを否定され、それでもなお存在し続けているのだ。
「世界が真っ白になった後、俺を包んでいたのは黒と白だった…陰と陽。あれが混沌というのかもしれないな。その中を彷徨い続けた、そんな中で時折聞こえる声から、俺は正史と外史の存在を知った……気が狂うかと思ったぜ。俺の存在も人生も、仲間も、全ては正史の人間の娯楽の為だけに作られ……否定された!!」
絶叫。
憤怒。憎悪。そんな言葉では言い表すことすらできない絶叫。
「そして流れ着いた先は一つの外史……そこは物語もほとんど紡がれ、後は終末を迎えるか細々と続いていくか……そんな世界。そう、俺が求め続けた平穏を勝ち得た世界!!」
「………」
「僻み?嫉妬?八つ当たり?好きに言えば良い…許せなかった!!俺の大切な世界は壊され、愛した人々は消し去られ!!なのに…なのにどうして目の前の世界は安穏としていられる!!どうして正史の人間から認められた!!」
「……だから…消したのか?」
絞り出すような龍志の声。
その胸に去来するは、かつて華龍と共に駆けた外史。
「そうさ…消した!滅ぼした!混沌を潜った俺にはその力が備わっていた!絆を壊し街を焼き争いの種をばらまいた!!そうしてその外史を壊した俺は誓ったのさ、これが正史の奴等の望みならば、そんなものは全部壊してやるって!!正史の奴等の望んだものなんて、俺が認めないってな!!」
「………」
後は聞かなくても解る。
そうしてその北郷は龍志にとっての徐福になったのだろう。
そして外史を壊し続けた。
正史の人間に望まれ認められた外史を。
その中の一つが、龍志のいた外史。
「…幾つか聞きたい。お前は外史を破壊される痛みを誰よりも知っているはずだ。それなのにどうして外史を壊して平然としていられる?」
俺の知る一刀ならそんなことはしない。とは言わないでおく。
「楽しいからに決まっているだろう?痛みが解るからこそ、壊された絶望も解るのさ」
恍惚とした表情で答える徐福に、すっと龍志は目を細める。
「次に、どうして俺にその事を話した?」
「お前なら仲間になってくれると思ったからさ。俺への憎悪を捨てさせる気はない。むしろ俺を憎んだまま俺と正史の奴等に憎悪をぶつけてくれれば良い。お前も感じているはずだぞ、『自分の意思』ではなく『超越的な何か』に操られているような感覚。『生きている』のではなく『生かされている』感覚」
「………最後の質問だ」
徐福の言葉には応えることなく、ただ龍志の眼だけがさらに細くなる。
「作家のような存在によって、正史の人間の思いは纏められ紡がれる……それで良いのか?」
「……?妙な事を聞くな。その認識で差しつかえない」
「そうか……クク…ククク………」
形の良い唇から洩れる小さな笑み。
やがてそれは沈黙を押し流す濁流となって龍志の口から流れ出る。
「アーーーーーハハハハハハハハハ!!!」
「……狂ったか?」
「そんなわけないでしょう」
徐福の言葉を鼻で笑ったのは枝毛を探している琥炎。
「ハハ…ハハハ…なるほどなるほど……実に興味深い…そして捨てたものではないなこの世界も」
「なっ!?」
思いがけない言葉に今度は徐福の顔が驚愕に歪んだ。
「認めると言うのか…この世界を!!」
「認めるも何も、そもそも俺が恐れているものをお前は根本的に誤解している。俺が恐れているのは『自分が誰かの脚本通りに動いている』ことではなく、『自分の行動が運命とやらによって一本に定められている』ということだ」
思いを纏め物語を紡ぐ。それはつまり、纏め手紡ぎ手の手法、意思によって千差万別の可能性があると言う事だ。
すでに紡がれているとしても、その前には必ずその過程がある。
「幾千幾万可能性からその物語が紡がれるのならば、幾千幾万の選択をしながら生きて行く一生と何の違いがある」
「だが、その可能性は全て正史の連中の娯楽に過ぎないのだぞ!!」
「結構じゃないか。そもそも、その正史の連中ですら何者かの娯楽の為に作られた存在でないとどうして言える」
本を読む人間が書かれた本。
その本を読む人間もまた本の中にいるのではないと誰が断言できるだろう。
そしてその本を読む人間が書かれた本を読む人間を見る存在をさらに見る存在がいないなどと誰が言えるだろうか。
「破滅も崩壊も可能性の一つさ。そりゃ始めから破滅が確定していてそれに向かって真っ直ぐ行くしかないと言われたら意地でも抗って見せるが、実際はそうじゃない。纏め方紡ぎ方で未来は変わる……それも人生と同じじゃないか。ただそれを行っている存在に気付いているかいないか、それだけさ」
それに。と龍志は言葉を続け。
「それが嫌なら、作家の手に余るような存在になればいい。キャラの独り立ちっていうのはよくあることだろう?作家や正史の人間すら揺さぶり、それでいて魅力的な存在になってしまえば、半ば自由じゃないか」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。
呆然と龍志を見つめる徐福に、何となく事の成り行きを見ていた琥炎はクスクスと笑い。
「でもそれじゃあ、消えてしまった人はどうするのですか?徐福さんの仲間のように」
「それこそそれぞれの可能性だろう。徐福は優しすぎたからそうなった。俺はそこまで優しくないから復讐の道を選ばない」
そしてきっとあの北郷一刀はさらに優しすぎるが故に復讐を選ばないだろう。
世界を消される痛みを人に与えることが出来ない故に。
そこが試作型の北郷一刀こと徐福との違いであり、龍志が一刀と徐福が別個の存在であると確信するにいたった理由。
まあ、同じであったとしても徐福にはつかなかっただろうが。
「むしろ俺ぐらいの優しさなら…華龍達の事の方が許せないってところだな」
そう言って大身槍の鉾先を徐福に向ける。
静か。先程の裂帛の一撃とは打って変わった静寂の構え。
「さあ、今度こそ五百年前の落とし前をつけさせてもらうぞ。そしてこの世界から退場してもらう」
相手を射殺さんばかりに鋭く輝く龍志の瞳に、何も映してはいないかのような徐福の暗い瞳。
二つの視線が交錯する。
「……琥炎。後は任せた」
「はいはい」
すっと薄くなる徐福の影。
龍志は動くことなく彼の消えゆく姿を見詰めていた。
「……追わないのですか?」
「下手に動いたらお前に斬られるだろうが」
やれやれと溜息をつき、龍志は構えを解く。
それに琥炎もクスクスと笑いながら。
「しかしあなたも難儀な方だ。北郷一刀に壊され、北郷一刀に救われる人生……まるで出来過ぎた三文芝居。一応及第点はあげるべきですかね、考えた人には」
「ふ…確かに皮肉なものだ」
五百年の放浪の発端も、その終焉のきっかけも共に北郷一刀と呼ばれる存在。
「北郷一刀で始まり北郷一刀で終わる物語……か、何なんだろうな北郷一刀とは」
崩壊した外史で生き残り、決まっていたはずの脚本を塗り替え、一度消えた外史に再び戻って来る。
よほど正史の人間に愛されているのか、それとも正史の人間よりさらに上の存在の影響でもあるのか。
「…まあ、考えてもしょうがないか」
「おやおや。思考放棄は理性ある生物の傲慢ですよ」
「それは失礼」
そう言って肩をすくめる龍志。
「で、どうするんだ?ここでやり合うか?」
「それも捨てがたいですけど…やはりあなたとの勝負は血飛沫飛び交う戦場が一番でしょう。ここは引きますよ」
バサリと外套を打ち鳴らす琥炎。
次の瞬間。円を描くように舞った外套に吸い込まれるようにその姿は消えうせた。
その外套ごと。
「……一つ聞く。お前は正史と外史のことは?」
「知っていましたよ。といっても興味無いからどうでもよかったですけどね」
何もいない虚空から響く、ハスキーボイス。
「正史の掌の上だろうと運命のレールの上だろうと、私は楽しく自分の生を感じるだけですよ。あがいたところでどうにもならない。徐福さんの行いだって正史の人間の掌の上かもしれないんですから」
「正史の人間の思惑通りであろうと、楽しければそれで良い……か」
その言葉への返事は無かった。
ただ、ここに来た時と同じようにゆっくりと世界が塗り変わり始める。
その光景をやはり来た時と同じように見詰めながら、龍志はポツリと呟く。
「北郷一刀…正史の人間…まったく。俺の五百年の敵は一体誰なんだか……ま、さしあたりこれだけは言っとくか……この物語を紡いでいる作家とやら、一刀にせよ俺にせよ…書くからには覚悟と誇りを忘れるなよ」
ニッと誰にともなく笑みを向ける龍志。
その笑みは、果たして正史の人間に届いたのか。
答えは正史と外史の狭間の中。
~続く~
後書き
どうもタタリ大佐です。
まず、前作では混乱を避けるためにあえてコメ返しを自粛させていただきました。応援、御意見をくださった皆様ありがとうございます。
今回はまあ…ずっと書きたかった話。というか、厳密には別作品で書くつもりだった話です。
恋姫を初めてして心惹かれたのが外史の設定だったんですよね。これは中々画期的だと思ったわけです。
でも、同時にそれは正史の人間に左右されるっていう非情な一面をもっていると言う事にも気づきました。考えすぎと言ったらそうかもしれませんが、常々この世界というものがはたして自分が認識しているものそのものなのかという疑問を持っていた私にとっては捨て置けなかったわけで……。
私達の生きている世界だって、実は箱庭の中だったり本の中だったりする可能性は零ではないと思うんです。他にも、マトリックスみたいなことが真実かもしれないし、MIBⅡのラストみたいにもっと大きな世界があるのかもしれない。
肯定材料はないけれど、否定材料も無い。
思えば、あやふやな世界に生きています。世界なんて、結局そういうものであると自分が思っているに過ぎないのかもしれません。
とはいえ、それでも私達は生きる為に前に進まなければならない。
本編では龍志君が比較的格好よく言っていましたが、なんだかんだで当たり前のことなのかもしれませんね、彼の意見は。
まあそんなことを何時か書こうと思っていたんですが、ちょっと今回持ってきました。
何故かと言うと…前回の吹っ切れた発言に戻ることになるのですが……。
まあ、何を吹っ切れたのかを簡単に説明しますと……。
青州黄巾党の話辺りで、格好良い一刀君を書きました。
思いました。格好良くし過ぎたと。
始めから原作の一刀君とは違うというわけでもなく、帝記・北郷の一刀はあくまで魏編の一刀君です。私は一刀の人間臭さと優しさが好きなのですが、それは時に王の道と相反します。
このままでは格好良いだけの一刀君になってしまう!!
故に、その辺りから予定していた一刀君のエピソードの立て直しにかかったわけなのですが、これがなかなか巧くいかない。
しかも、合肥決戦では完全にやり過ぎたと思いました。戦術眼とかは良いんです。ただ、貫禄がありすぎる……。
でも、あの一刀君は結構好評だったわけで、となるとこちらとしてもさらにさじ加減が難しくなる。
で、ひとまず龍志編に入ってその間に一刀君について見直そうとしたのですが、となると今度はオリキャラ万歳になってしまう。
避けるためにもオリキャラの好感度を上げようとしても空回り。
焦りました。かなり焦りました。調整中の一刀君は出しにくい、でも他の原作キャラは使える段階じゃない。龍志を使うと批判される。
まあ、完全に詰まったわけですここで。
で、二週間ほど筆を置きちょっと考えなおしてみた。
初期のコンセプトは『格好良い一刀』『他に無い恋姫無双』『オリキャラの活躍』
そして他の方々の作品を読んだして思ったわけです。
格好良い一刀はそれこそ作者さんの数だけある。ならばあえて私はあの王・北郷一刀を推し進めるかと。
他にない恋姫無双は…正直、原作ヒロインとの絡みがあまり無い時点で異色です。まあ、これ以上そこは推し進められない。ならばと思い思いついたのが、あまり触れられない外史や正史そのものについて。
それで、今回の話を出してみることにした。
ここでさらに悩みました。それに龍志をつかえばオリキャラの活躍にも繋がるが、結局またオリキャラ万歳と怒られる。
かといって、いきなり一刀が正史や外史の関係に深く関わっていくというのもおかしな話。
遂に銃をこめかみに押し当てたその時、ふと頭をよぎった言葉が……。
「でも、龍志編始まっちゃったじゃん」
あ。と思いました。
引き絞った矢は撃たないわけにはいきません。
こうなったら批判の嵐も辞せずに、さしあたり龍志編を書こうと。
そして当初予定通りその間に一刀の話を推敲しようと。
というわけで私は戻って来たわけです。
とりあえず、あと四話程で第二部を閉めたいと思います。それに伴い龍志編も終わり改めて一刀編に入りたいと思います。
賛否は分かれると思いますが…まあ、万人に認められる物語なんてこの世には無い訳で、そこを無理に八方美人にしようとすると弊害が出てしまいますし(以前それで炎上したサイトも知っていますので)
読みたい人が読む。そうでない人は黙って引き返す。偉そうですが正直、読んだ後の責任までは負いかねますので、それでお願いします。
何はともあれ、執筆ペースは遅くなるかと思いますが今後ともよろしくお願いします。
では、次の作品で。
追伸
コメント等で御意見がおありの場合、どうしてもコメントしたいけれど長文になるという場合は、お手数ですがメール機能をお使いください。そこまでしてするほどではないと言う方は御自由に。御協力をよろしくお願いします。
次回予告
南で始まった呉蜀の戦い。
その頃一刀は洛陽を攻略すべく汜水関に軍を進めていた。
片や神将の元、国を護り。
片や新王の元、国を攻める。
そんな中、一刀の前に姿を現したのは……。
帝記・北郷:十七~忠烈汜水関~
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書くしかない。結局行きつく先はそこなんですよね。二十年以上生きてきて
オリキャラ注意