「さあ、来るがよい。わたしたちの間で事を正そう」と、エホバは言われる。「たとえあなた方の罪が緋のようであっても、それはまさに雪のように白くされ、たとえ紅の布のように赤くても、まさに羊毛のようになる。
-イザヤ 一章十八節-
香港、1840年に勃発したアヘン戦争の末、1842年南京講和条約の賠償として清から割譲、以後1997年に返還されるまでイギリスの植民地となった。現在、香港はマカオと同様中華人民共和国の特別行政区となったが、マカオと違い共産党の軍である人民解放軍が駐留、駐香港イギリス海軍基地から移管された中国人民解放軍駐香港部隊ビルに司令部が置かれ、香港の防衛任務を共産党から任されている。2005年、ここ香港にWITOから9番目のオプティマイザーに指定された少女が現れた。だが、WITO司令部の無い中国国内での事、軍事的優位性を考慮した共産党と人民解放軍は存在を否定、実態の無いオプティマイザーは後に除外された。
話はそこで終わらない。「オペレーション・ブロークン・オーキッド」2006年、WITOではなく米軍特殊作戦群(US SOCOM)の計画した秘密作戦。その作戦内容はCIAとNSAの一部とSOCOM内でも参加した指揮官、投入された実動部隊の28名にしか分からないが、この中国人オプティマイザーが関与していた作戦である事は暗黙かつ周知の事実だった。結果から見ればブロークン・オーキッドは失敗に終わった作戦だ。作戦の戦果は5名のデルタ隊員とオプティマイザーの命が代償として支払われ、すべてが徒労に終わった。
しかし、この作戦で失われたと思われていたオプティマイザーは生きていた。体のすべてを機械に換えて。
名前は「星 蘭華(シュン ランファ)」そういった経緯もあって、各国軍はコードネーム「ヒドゥン・ナイン」「ロスト・ナイン」と呼び、世界から抹殺されたオプティマイザーとなった。彼女は駐香港部隊ビルに設置されている生命維持装置が無ければ生きていけない。ゆえにこのビルからは一歩も外に出る事もできなかった。
「日本で12人目が確認されたそうだ。」駐香港部隊副指令員「王 漣軍」は無菌状態を維持している生命維持装置のガラス窓を2回ノックし、中にいる頭部と胸部の一部のみになった状態の蘭華に語りかけた。目を閉じていた彼女は薄く目を開けると無言で王をチラっと見て再び目を閉じ口を開く「オプティマイザーはすべて抹殺します・・・」自分にもたらされた不条理への復讐、それのみが今の彼女の生きる目的となっていた。それを聞いた王は無言でその場を立ち去り、自らの副官の「李 維山 」連長を呼び出し質問する「蘭華はまだやる気だ。あれは後どれぐらい持つんだ?」。李連長は一瞬躊躇い告げる「安静にしていても今年いっぱいと言われました。戦闘はもう不可能と思われます」王は腕を組み直し唸るように考え込むと「後一回出撃できるか・・・」と呟く。李はそれを聞いて「咋年の宙神作戦の負担が大きかった。これ以上の無理強いはあまりにも・・・・すみません、口が過ぎました」共産党員である李は不適切な自らの発言を正す。王は組んだ腕を解き背後に廻して組み直し、李に向き直ると「今の発言は聞かなかった事にする。私も同じ気持ちだからな。」と言って李を不問にすると「そうしなければあの日散っていった「彼らに」顔向けできないだろう・・・・・」と付け加えた。
午前6:30「サム・イーノス」と「レオナ・リュクスボー」は「森永未来」を迎えに国道411を西へと移動していた。「未来ちゃん拾ったら最初に学園に向かって編入手続きして、午後には本部で入局の・・・・・聞いてる?」レオナは隣に乗車し車窓をずっと眺めていたサムに肘打ちしながら言った。サムは微動だにせず、流れ行く外の風景を見たまま「ああ、聞いてる」と気の無い返事を返す。それを横目で見るレオナは何か思うところがあるのか、極力触れないように言葉を続ける「本部に行ったら発令所と格納庫を案内して、スーツのフィッティングテストも今日のうちにするから。そしたらテスト・オプティマイズが出来るようになるしね。」そう言うとレオナの表情が急に険しくなる。「予定通りって言うか、やっぱり、クレメンタインが次に動くよ。NORTHCOMがすっかりビビっちゃってペンタゴンの地下に置いておくのヤダってさ。」そこまで言って言葉を詰らせると、サムは車内に向き直り沈黙したままレオナに視線を送る。レオナは腕を組み前を見たまま淡々と言葉を続ける「UCLSの数が揃うか、星の侵攻が早いか、これからは時間の勝負になる。オプティマイザーが増えたのが裏目に出れば、厳しい防戦になるはず。とにかく、今は未来ちゃんを戦闘に耐えられる状態に持っていくのが最優先かな。サムもちゃんとあの娘に射撃訓練してよね。8月までに実戦に出られるようにして、対エスメラルダ戦には参加してもらうんだからね。」サムはレオナを一瞥すると窓の外に視線を移す「そこまでプラン組んでるのかよ・・・厳しいな。つか、俺が訓練するのか?」それを聞いたレオナは視線を窓の外に移し現在位置を確認し「適任でしょ?サムより射撃のできる兵士なんてこの世に何人いんのよ?」と言いながら携帯を取り出し時刻も確認する。サムは窓の外に視線を向けたまま独り言を呟くように「昨日の輸送機のパイロット、無傷で救出されたんだってな」と言った後、レオナに向き直り「また俺の時と同じ事するのか?」と糾弾するように疑問を投げかける。レオナはサムを直視し「そうかもね」と傲岸に言った。
その頃未来は身支度を済ませ外に出て迎えを待っていた。表にはWITOのMATVが停車して夜通し警備についていた。数分してレオナ達の乗るMATVが到着した。「おはよー眠れた?んなわけないか。昨日は遅かったもんね。」レオナが車窓から声を掛けてきた。未来は「おはようございます」と迎えに来た全員に対して挨拶をする。車のドアが開き、サムが降りて未来に乗るように促す。「どうぞ、お嬢様」と茶化すサム。レオナは未来に手を差し伸べると、そのままMATVの中に引き入れた。未来は遅れてレオナにも「おはよ」と挨拶をする。それに答えるようにレオナはもう一度「ハロー」と挨拶を返した。レオナは運転手に「OK~出して」と、そして未来に向かって「まずは学園に行くからね」と告げた。
車列が出発し奥多摩駅周辺に差し掛かった辺りでレオナが未来に「そういえば、未来ちゃんはなんでバス通学なの?電車も使ったほうが早く学校行けると思うんだけど。」と尋ねる。未来はレオナの方を見て「うち、お金無いから。」と答え「バスの方が本読む時間取れるし、あまり家に早く着いても家の手伝いとかやらされるの分ってるから。」と付け加える。そう答えた後、ふと未来は気づく「なんでバス通なの知ってるの?」素朴な疑問をレオナにぶつける。するとレオナは未来の瞳をジッと見つめたまま「昨日、気絶してる時に全部持ち物検査したもん」と告白してニッと微笑む。二人の間に流れる沈黙、約5秒。未来はおもいっきりレオナの左肩を両手でドアに向かって押しつけ「プライバシーの侵害だー!」と怒鳴った。レオナは高笑いしながら「そういえばお財布の中もそんなにお金入って無かったねw」と茶化した。
私立海星学園女子高等部、未来がこれから先通学する学校。経営基盤に西園寺財閥が名を連ねるこの学校は、2005年に栃木県にある私立海星女子学園の分校として東京都第2臨海副都心に開校された比較的新しい中高大一貫教育が可能な学校である。本校である栃木県宇都宮市にある私立海星女子学園は、大東亜戦争時に帝国陸軍第14師団に所属する陸軍宇都宮飛行場に資材を搬入する為の駅敷地の跡地に立地している。連合軍に降伏後、軍の施設はすべからく解体される事になり、この駅施設もその中に含まれていた為、鉄道施設と土地の権利を取得していた西園寺は、明治維新から学び人材育成が国力復興への道と考え、ここに学校を建設する計画を立てる。そして新設された東京分校は、オプティマーザーを保護する目的も兼ねて創設された特別な学校で、軍事施設に併設されている。学校に通う学生の殆どは基地関係者の子息と言っていい。
学校に到着した未来達一行は正門を入り校舎前、玄関口で車列を止める。未来は物々しい雰囲気での登校にちょっと恥ずかしい思いをしたが、車から降りる自分たち一行を見ても他の生徒は気に留める様子が無かった事にちょっと拍子抜けした。「ここの生徒はみんなこういうの慣れてるからね」レオナが声を掛けてきた。未来は周りをキョロキョロしながら「なんで?」とレオナに尋ねた。「もう一人いるから」そう言われて初めて昨日言われた最初の最重要保護対象者の事を思い出す。「ちょっと待ってね、書類を・・・・・」と言ってレオナは車の中で鞄を漁っている。車の外で立っている違う制服を着た自分に気づいた生徒たちが、未来に視線を送り始める。「ちょっと!早くしてよ!」と小声で催促する未来。レオナは車から降り「うん、行こうか」と言って校内に歩を進める。ここからは護衛のPMFと兵はサムのみが着いてくるだけだった。靴を履き替え、廊下を進み職員室へと向かう。そこでレオナは関係書類をすべて教頭先生らしき人に渡し、そのまま隣接する学園長室へと入った。
「ようこそおいでくださいました、リュクスボー財団長」満面の笑みを浮かべて迎えてくれたのは学園長「エレナ・ベルクソン」という初老の女性だった。学園長室には学園長と給仕のメイド服を着た女性が一人いる。学園長は膝を患っていて給仕の女性が身の回りの世話をしていた。メイド服の女性と言ってもコレを読んでいるアナタのご期待に応えられるような若い娘ではなく、そこそこ年齢のいっている恰幅の良い中年女性である。「お久しぶりです、学園長。お元気そうでなにより。」とベレーを取り胸に当ててレオナは返答。学園長は視線を未来に移して「その子が例の?」と尋ねる。「そうです。今日からよろしくお願いしますね。」レオナは後ろにいた未来の背中を押すとそう応えた。未来も一歩前に出て「よろしくお願いします」と挨拶を交わす。学園長はソファーに案内して「立ち話もなんですからこちらにどうぞ」と腰掛を勧める。
レオナはソファーに腰掛けると「この娘の教室は「南月はづみ」と常に同じクラスでお願いします。護衛に割く手間が省けるので。」と希望すると、「承知しました。では、編入は2年1組でよろしいですね」と学園長は返答した。給仕のメイドが2つの箱を目の前のテーブルの上に置き、「学園の制服と鞄です。指定されたサイズのものですのでどうぞお納めください」学園長が勧めるとレオナは「ありがとう、頂いていきます」と言って会釈した。続いて未来も礼を言って会釈する。数分ほど学園の話をした後「学園長、今日は少々急いでいます。お話は次の機会にして彼女を教室に案内していただけますか?」と言ってレオナは席を立つ。学園長はソファーに腰掛けたまま教頭を呼び案内の指示をした。
廊下を案内されて教室に向かう未来は、学園長室でのレオナの立ち振る舞いを横で見ていて、やはりレオナが違う世界に生きている人間であると感じていた。これから毎日通う事になる教室に着くと、窓の外から中をそっと覗いてみる。ちょうど未来の嫌いな数学の授業をしているところだった。それも未来が習ってきた所より進んだ所を教えていて、黒板に書かれている内容がさっぱり解らなかった。それを見てちょっと鬱になる未来。教頭先生は教室のドアから中に居た教師を手招きして呼び、未来の事を話す。その数学の教師は未来の担任となる「松浦愁」という女性で、同じ女性の未来が見ても綺麗と言える、まさに美人女教師そのものだった。レオナは丁度ドアの所に立っていた未来の背中を押し「挨拶だけでもしていきなよ」と教室に突き出した。押された未来はそのまま教壇の手前まで前のめりになりながら進み、教室には何とも言えない空気が漂う。直後に松浦先生が遅れて教室に入ってきて「今日からこのクラスに編入になる、森永さんです。みんな仲良くしてあげてね」とフォローしてくれた。「黒板に名前書いて」と先生がチョークを未来に渡す。未来は名前を書き終えると「よろしくお願いします・・・」と、かぼそい声を振り絞って自己紹介した。松浦先生は思い出したかのように「席!席は柳さんの後ろの空いている所ね。机と椅子をそこに置いてくれる?・・・並木さん!」と指示すると、一番後ろの窓際に腰掛けていた少女が、教室の隅に用意されていた机と椅子を先生の指示した場所に移した。その時、教室の前側のドア付近にいた教頭やサム達を押しのける様に一人の少女が息を切らせて入ってきた「ごめんなさい、遅れました」そう謝り教壇に近寄る。先生は「いいよー話は聞いてるから、席に着いて、あとねこの子今日からこのクラスに編入する森永さん。仲良くしてね」未来の両肩に手を掛けて紹介する。これが森永未来と南月はづみの初めての出会いだった。
転入の紹介が終わり教室を後にする時、未来は無言でレオナを両手で突き飛ばす。よろけながら高笑いを堪えるレオナは腹を抱えている。そして「ゲシゲシ!」と擬音が聞こえてきそうな勢いでローキックを何度もおみまいする未来。先ほど尊敬の念を抱いた自分が腹立たしい。とても損をした気分に陥る。「それぐらいにしといてくれよ」サムがレオナに助け舟をだし「大将もあんまり茶化すなよ」と叱責してくれた。涙目のレオナが「ゴメンゴメンあんまり可笑しくて。未来ちゃんって結構引っ込み思案だよね」と未来の蹴りを逃げながら言う。膨れっ面の未来は再び無言でレオナを突き飛ばした。「もうゆるしてよw」笑いを堪えながら懇願するレオナ。気が済んだわけでは無いが、キリが無いので相手にするのを止める未来だった。未来の暴行をしのいだレオナは「そういえば、さっき教室で1番目の娘と会ったんだけど、気がついた?」と未来に尋ねる。未来は首を傾げて「さあ?」と答えた。「オプティマイザー同士で繋がるものがあるかと思ったんだけど、そんなもの無かったかw」とレオナが言った瞬間「オプティマイザー?」と未来が瞬時に突っ込む。「ああ、そういえばまだ言ってなかったんだった。すっかり忘れてたわw」舌を出してウインクするレオナは説明を始める「オプティマイザーってのはね、正式にはエレメント・コア・オプティマイザーと言って、タイニースターの生体コアとも言うべきエレメント・コアを完全制御できるナーブとシナプスを持った人間の事を指す言葉で、未来ちゃんの事なんだよ。」と。それを聞いた未来は「ふーん。そうなんだ。」とすんなり納得する。未来の反応を見たレオナはつまらなそうに「意外と普通に受け入れるんだね。世界に12人しかいない貴重な人類なんだけど。」と付け足すと「えっ、そうなの?」とちょっと反応。「そうそう、その反応が見たかったんだよ。だから世界中から最重要保護に指定されてるんだよ」携帯で時刻を確認しながら話すレオナは楽しそうだ。そして、思い出したかのように「ああ、一人は亡くなった事になってるんだっけ」と付け足す。その時、サムの眼光がサングラス越しに一瞬鋭くレオナをにらんだが、それに気づく者はいなかった。
「そういえば昨日、・・・・・話、全然関係無いんだけどさ、考えたんだけど、タイ・・・ニースター、宇宙から来たとかなんとかっていう話。なんで宇宙人じゃないって断言できるのかなって。」廊下を歩きながら未来が突然切り出す「もしかしたら宇宙から来た可能性もあるんじゃないの?」レオナに昨日の夜考えていた事を思い出したかのように聞いてみると「1000kmもの厚さがあるアトモスフィア(大気圏)を生身で通り抜けてくる生命体なんて存在しないよ。」と、断言された。「ただ、NDエフェクトを使うタイニースターだけに、可能性は0とも言えないんだけど。」初めて聞く単語に再び反応する未来「NDエフェクトって?」レオナは説明する「NDエフェクト、直訳すると九次元効果かな、正確な日本語にすると九次元付随効果が正しいと思う。私たちのいるこの空間が四次元時空ってのは学校で習ってるかな?座標XYZに時間tを足して四次元。九次元って言うのは四次元時空に境界面を一次元足して、更にその裏面の空間を足す。4+1+4=9、だから九次元な訳。一番身近な九次元はブラックホールかな。まあ、それはさて置き、簡単に説明するとその九次元時空並列空間の境界面が非常に厄介な性質を持ってるって事なのよ。」未来にはさっぱり理解できなかった。「ナイン・ディメンション・エフェクトが作り出す黒いスフィア。アレがどれ程の能力なのかが解明されない以上は不可能と思われる事も可能なのかも知れない・・・・・とは研究所の受け売りだけど。」俯く未来は「・・・そうなんだ」と本当はまったく理解していなかったが納得したように振舞うと、疑問の矛先が変化する「じゃあ、なんで『進化した人間』なの?」と質問を変えると、レオナは未来に向き直り真剣な眼差しで「人だよ。人の形してるし。」と答える。一瞬の沈黙の後未来は「・・・・・・・それ・・・だけ?」と聞き返す「うん。それだけ。別に根拠は無いけど。」はぐらかされているような気がしたので、つい態度に出てしまう。未来の反応にレオナは「あ~信じてないでしょ?」と疑いの目を向けると「・・・・・それは・・・信じろと言う方に無理があるような・・・」未来の言う事も、もっともな反応だ。「じゃあ聞くけど、未来ちゃんは自分がどんな定義で『人間』だと思ってるの?」レオナが食ってかかってきた。未来は若干、考えてから「それは・・・・学術的・・・とか?」と曖昧に答えを返す。するとレオナは想像通りの答えを得た事で揚々と「そう!そういうことなんだよ!人が勝手に定義しているだけで実は人間自身にも人間ってモノが良く解っていない。生物学で言うなら、その構造や遺伝情報などで定義はできるけど、それがすべてと定義してるのは人そのもの。まったく構造が違うからって人と分けて定義するのはおかしいと思わない?例えば、人が死んだらそれは人では無くなる?死んだ人間が歩き回ってたらゾンビと呼ぶけど、それは人では無い?元々人でしょ?」良く解らない哲学的な事を交えて言われたので「・・・・・まとめると、どういう事?」と聞き返した。「簡単な事だよ。『ココロ』があるか、無いかの問題だよ」と言われ、なるほどと思った未来は「そういうことか・・・それでアレには心があるの?」と、素朴な疑問を投げかけると「あるかもね。」また曖昧で微妙な答えが返ってきた「・・・そこは解らないんだ・・・」はぐらかしてるのか?と勘ぐってしまう未来。「もっとロマンを持とうよ!きっとあるよ!話し合いには応じないけどね。」自分で言っている事を、自分で否定しているその言動に確信を得た未来は「それって、無いって事なんじゃ・・・」と的確な答えを返してみた。するとレオナは真剣な面持ちで「特定の人間のみを狙って襲ってくるんだから、何かしらの意思の元に動いてるのは確かだよ。」未来の瞳を見つめて「そして、未来ちゃんを狙っているのも確か。」と言われた。どうも、レオナの発言の温度差の様なものに少々ついていけない未来だった。
SAMT武蔵野工場、ここに「海堂 要」がいた。「一佐がこの工場に来るなんて珍しいですね。」敬礼で要を出迎えたのは「西園寺 なな」の実の姉で陸上自衛隊市谷駐屯地所属「西園寺 皐月」一尉だ。東大出身の彼女はななとは十、歳が離れている現在27歳、名前が示す通り5番目の姉妹で、要同様将来の幕僚長候補として自衛隊に籍を置く。SAMTにはWITOに納入予定のUCLSの製造進捗を視察する為に数日前から武蔵野工場に常駐していた。「正式にWITO出向の辞令が下りるらしい・・・」要は挨拶代わりに愚痴る。皐月はちょっと驚いた様子で「では、陸幕は?」と質問、「それが話がちょっと複雑で・・・・WITOから戻ったら即昇進だとは言われている」と要は答える。皐月は工場内を案内しながらWITOとSAMT、そして妹のななに関するの非公式な情報を要に伝える。「奥多摩で使用されたUCLS、あれは米軍の発注でUS・SAMTが開発していた物らしいんですけど、元の開発はノースロップだった様です。財団が強引に仲介して開発を引き継いだらしくて、その見返りにここで開発していたブルーアンジェのプロトタイプを提供し、米軍に量産供給する機体はノースロップで生産する契約も譲ったらしいです。」UCLSの生産工場建屋前の自動販売機がある休憩場で中に入らずに話しの続きを聞く要は「それじゃSAMTは大分損な取引をしたって事?」と聞き返し、皐月は「そうなりますね。なならしくないと思いますが、こう考えるとどうでしょう、あれは特別な機体だと。」要に同意を求めるように答える。要は少し考えて「あのタイプは旧式だと昨日説明を受けたけど、何かあるのか・・・・・」独り言を呟くように言った。「もう一つ大きい情報があるんですよ、ノースロップからトレードで引き出したものはUCLSだけじゃなかったんです」皐月がもったいぶると「なに?」と要が興味深々に聞き返す「ATF(先進技術戦闘機もしくは先進戦術戦闘機とも。資料によって異差があり、筆者もどちらが正しいのか不明)の実機も提供されたみたいなんですよ」と皐月が言うと要の目の色が変わった「ATF?ラプターの実機が?」と聞き返すと「それが残念と言うべきか、そっちではなくてトライアルに落ちた方らしいです。私も実際には目にしていないから情報だけで確証が無いんですが、設計図や指示書も提供があったみたいです」皐月が肩を落とすように答えた。皐月の指している機体は、90年代に空軍でのテストの為4機提供されたATFのうちの2機、YF-23を指している。YF-23はそれぞれプラット&ホイットニーとジェネラル・エレクトリックのエンジンを搭載してテストするために2機製作された。要は缶コーヒーを飲み干して「ドライデンから持ち出して提供されたって事?」と尋ねる。「それが幻の3機目があったらしいんです」自分でも半信半疑な情報なので、信憑性を欠いた事を前提に答えた。「都市伝説並に信用できない情報だな。FB-23計画の試作機か?」少し呆れるように要が呟く。「後はブルーアンジェの次の新型の計画も進んでるようです。先に提供されたブルーアンジェを解析してノースロップ独自に新型を開発したようで、既に米軍には何機か納入されているとか。特殊な機体らしいです」皐月が缶をゴミ箱に捨てながら報告を続ける。「日本にはまだ配備すらされていないのに、もう新型か・・・・」携帯で時間を確認しながら要が工場の内に行こうと皐月を誘う。
工場内に入ると、生産途中のMQI-08A「ブルーアンジェ」が100機以上並んでいた。「一佐はこの機体の名前、由来はご存知ですか?」と、皐月が尋ねてきた。要は「いいえ、聞いてないわ」と答えると、皐月は歩みを進めながら「ななから聞いたんですけど、天使に成り損なったということでANGELから「L」を取ってアンジェにしたんだそうですよ。」そう言ってクスッと笑い「ちょっと乙女チックなネーミングですよね、なならしくない」と、言った。それを聞いた要は「ブルーエンジェル・・・どこかで聞いた事があるような・・・・」と呟いた。立ち並ぶブルーアンジェの内の一つに近づき、凝視する要は「最初の納入予定は何時なの?」と皐月に質問する。皐月はポケットの中から手帳を出すと、それを指でめくりながら確認し「6月23日にEMD機を含むLRIPの14機が納入予定になってますね。もう既に工場内で稼動していて、WITOから来てる人員でテストしてます。その後は2週間後の7月に入ってからですね。オプション込みのセットで納入になってます。操縦システム、遠隔中継システム、武装、輸送用マウントシステム、格納懸架台座・・・こんな感じですか。」と答える。要は再び奥に進み始め「6月後半か・・・・・それまで第二臨海の旧式30機が最終防衛線になるわけか」と現状を確認するように呟く。皐月は要の横に並び「一佐の見識から見て昨日の「一番星」はどうでした?どれ程の脅威だと考えますか?」と質問した。要は脇目も振らずに歩きながら「あれは相当な脅威よ。世界が覆るような。人類存続の危機に成りえる」普段の要を知る皐月が、要のその発言と反応に少々驚く。皐月は現在も機密が解除されていないタイニースターが、それ程の脅威なのかと初めて認識する。「陸自もUCLSの導入計画を進めるべきかもしれませんね」率直な感想を述べるが、要は「もう遅いわ。配備が間に合わない段階にある。WITOを利用して乗り切るしか無いわ」と切り捨てるように言う。要は工場の奥へ歩みを進めた後、不意に立ち止まり皐月に振り返ると「ところで、昨日の白いのは見られないの?」と尋ねてきた。皐月はその問いを待っていたかのように「社内機密との事です。米軍の機密が混じっているのが要因みたいですよ」と答える。要は少し呆れるように「これから直轄で管理するかも知れないってのに、見る事も適わないとはね」と不満を漏らす。
別の工場へ場所を移ると、そこはUCLS用の武装を製作している建屋だった。二人の目の前の台には、組み立て済みのブルーアンジェの腕が何本も並べられ、その奥にはUCLSの肝とも言うべき特殊武装「放電励起酸化ヨウ素化学レーザー」通称COILが3丁、専用の台座に置かれていた。それを見つけた要は指差して「あれはまだ使えないの?」と尋ねる。皐月はCOILに近寄り手を置くと「これ自体は調整は必要ですが射撃可能な状態だと聞いてます。ただ、扱える機体が無いとも言われました。」それを聞いた要は口をへの字に曲げ「それで昨日は丸腰だったのか」と納得するように唸る。組み立てられたアンジェの腕を手に取り眺めていると、別の作業台に違う腕が置いてあるのを見つける。要はそれに触れながら「この腕もブルーアンジェの武装?」と皐月に尋ねる。皐月は要に近寄り台に置かれた腕を確認すると「アンジェ用に作られたものではないんですが、装備できるように改造中の物と聞いてます。さっき言ったノースロップの機体の物らしいです。」そう説明する。要は腕の一部分を指差して「これは何?」と質問すると、皐月は「小型化したフッ化重水素レーザーのフラッシュサプレッサーって聞いてます」と答えた。要は感心するように「腕と一体化できるまで小型化してあるとは・・・・出力はどうなの?」と再び質問を振ると、皐月は要に向き直り「そこまで詳しくは聞いてません。すみません」と謝った。
丁度そこへ、洋上から帰還した西園寺ななが姿を現す。ななは自動開閉扉をくぐり、工場内に入ると皐月と要の二人にばったり出くわす。「姉様、おはようございます、ここにいたのですか。」と言葉を区切り要に目をやると「そちらの方は?」と丁寧に尋ねた。皐月は「陸自の海堂一佐、私の上官よ。」と紹介すると、要は「海堂です、よろしく」と短く挨拶を交わした。皐月は先ほど要に質問されて解らなかった事を、これ幸いと考えななに聞く「これの出力ってどれぐらいなの?」とノースロップ製UCLSの腕を指差し尋ねる。ななはそれを見て「いくつだったかな・・・正確に覚えてないけど、200mwぐらいだったかな」と呟くと、要は「200メガワット!?そんなに?」と素っ頓狂な声を上げた。現在、実際に米軍などでテストを繰り返しているレーザー兵器は戦術高エネルギーレーザーで32kwや100kw、弾道弾迎撃レーザーでも数mwクラスほどしか出力は出ない。そういう事情を熟知している要だからこそ、その信じ難い数字に自分の耳を疑うように聞き返したのだった。「小型化を最優先したから出力が5分の1まで落ちてしまって、その代わりに連射できるように設計し直したんだけど、ブルーアンジェには本体の改造もしないと付かなくて・・・いろいろ問題が山積みな武装なんです」落ち着いた様子で話すななは、COILを指して「アレの方が出力は高いです。8twで照射できます。」と言った。それを聞いた要は「エネルギーモジュールはどうなっているの?外部から供給するんでしょ?どうやって供給するの?」とななを質問攻めにする。ななはどれから答えようか戸惑う素振を見せた後、思いついたように「企業秘密です」と答えて微笑んだ。
その頃、未来達は第二臨海副都心WITO本部に到着する所だった。
宙神へ続く
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やはり、一月程かかってしまいました続きです。半分ぐらいはすぐ出来ていたんですけど、その先が結構手間取りました。あまり話が進んでいないのは、凄く悩みながら書いている所為ですwストーリーの内容的な悩みは無いんですが、文章表現に凄く悩みながら書いています。
それでは続きどうぞー