No.696856

レイン・リバース・デイ

 シロとアメの話。
 きっと、白い雨は降るのだと思います。

 挿絵はしおの茉莉さん(Twitter:@siono_mari_0914)
           (pixiv:http://www.pixiv.net/member.php?id=669577 )

続きを表示

2014-06-27 05:08:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:773   閲覧ユーザー数:772

   レイン・リバース・デイ

 

 雨が降っていた。

 シトシトと。

 あの日も、その次の日も雨が降っていた。

 テレビではニュースキャスターが梅雨を告げていた。

 明日も、明後日もきっと雨が降るんだろう。

 僕の心にも、僕の瞳にも。

 雨は嫌いだ。彼女が嫌いと言っていたから。

 彼女が、アメが好きだった。

 滴る雫が上に登らないように、彼女もまた戻ってこない。

 雨はなんで降るんだろう。

 登ればいい。

 そうしたら、アメも戻ってくるんじゃないだろうか。

 記憶の中のアメを思い返す。

 雨の名に似ずに、彼女は明るかった。

 気づいたら外に出ていた。さっきまで外に居たのに。

 傘は持ち出す気にならなかった。

 夏服があっという間に水を吸い込んだ。

 僕は走りだしていた。アメの元に。

 

  ***

 

「来週には梅雨入りするんだってね」

「そうなんだ。梅雨前に雨が降るのも珍しい気がするね」

「だよね。確か走り梅雨って言うらしいよ」

「名前あったんだ。初めて知ったよ」

「私も今日知ったところだよ。それでね、話は変わるけど、お伽話って何のためにあると思う?」

 僕は答えることが出来なかった。彼女はいつも唐突にこういうことを僕に尋ねる。雨がシトシトと僕らの傘に降っていた。いつもの帰り道を僕らは歩いている。

「そんな固く考えなくてもいいんだよ」

 それでも僕は答えられなかった。

「浮かばないか。私はね、子供に間接的に正しいことを教えるためにあると思うんだ」

「そうなの?」

「うん、きっとそうだよ」

 彼女は無邪気に笑っていた。僕はどこか腑に落ちない表情を彼女に向けていたと思う。

「桃太郎なら、仲間の大切さとかさ。悪者退治が多かったりするけどさ、悪者の存在を子供に教えてるじゃん?」

「……確かに、そうかも」

「それで、子供達はさ。悪者になりたいって思う子のほうが普通は少ないはずだよ。だって皆が皆痛い目にあっちゃってるんだもん」

 確かにと納得する。その後に、自分の意見を述べていく。

「変わった子や目立ちたがりの子は悪者のほうに憧れるかもね」

「あっ。それは盲点だったなあ。さすがだね。シロくん」

 自分が思わないことを指摘されて恥ずかしがることもなく、アメは嬉しそうにしていた。

「白雨(シロアメ)さんの話があってこそだよ」

 同じシロ同士だ。突然僕の高校に転校してきた彼女はそれで僕に興味を持ってくれたらしかった。四郎というつまらない名前で良かったと思えたのは人生でこれだけだ。

「二人で居る時にその呼び方はやめてって言ってるじゃん」

「ごめん。学校の時の癖でね。アメ」

 作り笑顔で許しを請った。

「謝らなくてもいいよー。シロとアメのほうが二文字と二文字で良い感じだよね!」

 彼女のセンスは今でも理解できたとは言えないけれど、僕はこの名前を気に入っていた。シローと伸ばし棒を付けて呼ばれることは多々あったけれど、シロと区切られるのはなかなかに新鮮だったし、僕と彼女の固有の呼び方に嬉しさを抱いていた。

「……そうだね。良いと思う」

「でしょでしょー。それでさ、私達もお伽話を作ってみない?」

「え? 僕達で?」

「うん、面白そうじゃない?」

「それはそうだけど……でも作ってどうするの?」

「絵を書いて本にして、図書室に置いて貰おうよ!」

「でも、お伽話なら高校より小学校とかのほうがいいんじゃないかな。さっきも子供向けって言ってたし。僕達だって子供だけど、やっぱり好むものもここまで成長すると違うしさ」

「それはそうだね。じゃあ、シロくんが通ってた小学校に置いて貰おうよ。卒業生の方達が作った絵本ですって感じで」

「それって大丈夫なのかな。そこまで図書室に通ってたわけでもないよ。僕」

「きっと大丈夫だって。生徒の自主性をなんたらってよく言われるし! シロくんが話を付けるのが苦手なら私がやるしっ」

「いいよ。さすがにそこまでやって貰わなくても。まだ僕の担任だった先生が残ってるはずだからさ。話を通してみるよ。明日までに」

 アメとの分かれ道に来ていた。

「ほんと? それじゃ頼んだよシロくん! また明日ね!」

「……また明日」

 アメは手を振りながら離れていく。彼女の姿を見ながら僕も手を振り返していた。

 家に帰ってから小学校に連絡を取ると、あっさりと了承を得ることが出来た。これでお伽話を作ることが出来るだろう。毎度のように急に決まったことだけれど、僕はいつも通り楽しみだった。

 

 

 放課後、教室にアメと二人で残っていた。アメが話を考えて、僕が絵を描くことになった。元々そんなに絵を書くのは得意ではない。

「下手くそな絵でも大丈夫なのかな」

「シロくんの絵は結構うまいほうだと思うし、高校生らしい拙さも絵本らしくなると思うんだよ」

「そっか、アメがそう言うなら頑張ってみるよ」

「ほんと? ありがとう! 話はもう浮かんでるから文にしてくね」

 アメはサラサラとルーズリーフに文字を紡いでいく。自分以外の人が文字を書く瞬間を見る時はそうそうない。なんだか新鮮な気持ちでアメが書き終えるのを待っていた。

 せっせと手を動かすアメの顔を見つめる。

「ん、どうかした?」

「な、なんでもないよ。ただ見てただけだから、続けて」

 アメは綺麗だと思う。容姿は勿論だけど、性格もだ。こんな僕に話しかけてくれたし、卑屈な僕を楽しませてもくれる。僕はアメにちゃんと何かを与えられているのだろうか。

「よしっ出来たよ」

 センチメンタルな考えを頭の隅のほうへと追いやった。

「お疲れ様、アメ」

「ありがとー。早速だけど、シロくん読んでみてくれる?」

 アメはそう言うと、僕のほうにルーズリーフを差し出した。それを受け取り、アメが書いた文字を読んでいく。

 

 

『   白い雨の降る日

 

 むかしむかし、あるところに少女が住んでいました。

 少女は魔法を使うことができました。

 人や動物の心の声を聞くことができたのです。

 少女は動物と人の間に立って、人と動物を仲良く平和に取り持っていました。

 それも束の間の平穏でした。

 少女は盗賊に殺されてしまったのです。

 人や動物は少女を亡くし、悲しみました。

 仇を取ろうと、盗賊を倒します。

 盗賊は宝をたくさん持っていました。

 人と動物はそれを分ち合おうとします。

 しかし、それがうまく行きませんでした。

 少女がいなくなってしまったからです。

 人と動物とをつなぐ少女の代わりはいませんでした。

 いつしか、人と動物は戦うようになります。

 かなしいかなしい戦いです。

 少女はそれを天国から見ていました。

 見かねた少女はもう一つの魔法を使います。

 世界に雨が降ります。

 真っ白な雨は世界を優しく包みます。

 そうして世界は真っ白になりました。

 白い雨は止みません。

 その中から新たな命が出来上がります。

 人でも動物でもない皆が平等の命です。

 少女は天国からその光景を眺めていました。

 少女の顔は悲しげでもありました。

 人と動物がちゃんとお互いを尊重できていたら。

 声が聞こえなくても、気遣えたなら。

 起きたことは魔法でも戻せません。

 少女はより良い世界になることを祈って、天国で世界を眺め続けるのでした。』

 

「……ビターエンドだね」

 最初に思ったのは、これだった。

「そうだね。幸せではないんだよね。大団円の話は思い浮かばなくって……」

 アメは申し訳無さそうに俯きながら黙っている。表情はどこか、暗かった。

「でも話は面白いと思うよ。こういうのもアリだと思う」

「ほんとっ!? シロくんがそう言ってくれるなら怖いものなしだね!」

「問題は僕が絵におこせるかってところだね……」

「今からささっとラフで描くとかできる?」

「うん。イメージはしやすかったから、さっと描いてみるね」

「楽しみ!」

 自分がこの文章を読んで思ったことをそのまま絵にしていく、簡単に自分の頭のなかに浮かんだ光景の重要部分だけを書き出すようにラフを仕上げる。

 アメにイメージが伝われば良いだろう。口で補いつつ彼女に自分の浮かべた世界を伝えた。

「シロくんは凄いよ。私が考えた物語を私のイメージ通りそのまま絵にしてくれてる」

「それはアメの物語が人に伝わりやすいものだったってことさ。僕にだって浮かんだんだから、他の人もきっと僕と同じようにアメの物語を理解してくれると思うよ」

「そうかな……やっぱりちょっと心配だけど……」

「大丈夫だって。でも、一日でこんな物語が思いつくなんて凄いね、アメ」

「そ、そんなことないよ。私が持ちかけたことだし、構想は前からあったんだっ」

「そうなんだ。僕は好きだよ、こういう話。自分が考える手助けになると思う。小学生の子達にはちょっと難しいかもしれないけど、考えるきっかけになるといいな」

「そうだね! 道徳の授業に採用して欲しいぐらい!」

「さすがにそれは……」

 と苦笑する。アメと過ごす日常は今日も楽しかった。

 

 次の日、アメは学校に来なかった。連絡が来ていなかったので少し心配だ。いつもはメールで一言連絡が来るのだけれど……。

 朝の先生の様子から見るに学校にも連絡が来ていないようだった。

『大丈夫? 何かあった?』

 休み時間のうちにアメにメールを送っておく。

 放課後になっても返信が来ることはなかった。今日は仕上げてきた下書きを見てもらいたかったんだけどな。でも、返信が出来ないぐらい体調が悪いなら仕方ないし、僕も早めに帰ることにしよう。

 教室を出て、下駄箱へと移動する。二人組の女生徒が、足早に駆けていくのとすれ違った。

『聞いた?』

『強盗殺人だって? 怖いよね』

『白雨さんだっけ?』

『うん、そう聞いてる。ニュースでも流れるだろうって』

 冗談だろ?

「ちょっと、その話ってなに?」

 二人組の片方の肩を掴んで、呼び止めた。

「え……? さっきの?」

「そう。強盗って」

「一組の人? 白雨さんって人の家に強盗が入って……ってことらしいよ。部活動とかも今日は中止になるって」

 掴んでいた肩を離して、走りだす。学校の外に出て、アメの自宅に向けて走る。携帯電話のコールはアメに向けてだ。

 出ない。何度もコールしても出ない。もう、いつもの帰路を駆け抜けた。アメの家の目の前は、喧騒で溢れていた。黄色の遮蔽線が引かれ、警察と救急隊員がせわしなく動いている。野次馬も多かった。

 集まった人に話を聞いて返ってきたのは、全て聞きたくない事実だった。

 ……なんだよ。なんだよコレ。

 現実が頭のなかに入ってこない。昨日話していたアメが死んだ。急にそんなことを言われて、認識できるのだろうか。

 死ってなんだ。なんでアメが死ぬんだ。理解できない。したくないからだろうか。それでも、事実なのは間違いなかった。

 いつの間にか自宅に着いていた。話しかけてくる母親の声は無視した。洗面台で見た自分の顔は酷いものだった。

 自室のベッドに横たわる。テレビを点けると、ニュースがさっきまで自分がいた現場の内容を伝えていた。耳に言葉は入っても、そのまま通り過ぎて行く。

 死んだ。アメが死んだ。

 何度も何度もその言葉が頭のなかで反響していた。もう会うことができない。もう話すこともできない。声を聞くことも、何もかも……できない。彼女のあの笑顔が記憶の奥から蘇ってくる。

 言葉で考えても、実感が湧かなかった。アメがいない生活、下書きのまま止まった絵本、一緒に帰ったあの道の情景。

 そうやってアメのいない生活を考えて、ようやく僕はアメが死んだことを認識していた。

 急に涙が止まらなくなっていた。それを抑える気も、声を抑える気も起きなかった。ただただ、悲しみに浸るしか、すでに死んでしまったアメに対してできることが僕には存在していなかった。

 

 次の日の葬儀は厳粛なものとは言えず、野次馬やマスコミのせいで酷いものだった。他人の死の弔いを邪魔する人の気が分からなかった。

 彼女の姿に会えたのは写真までだった。そうだろうと思っていながらも、納得はできていなかった。犯人が憎かった。すでに犯人は捕まっている。

 思い出したくもないゴミみたいな人間だった。金が欲しかったから、金がありそうな家を襲ったのだそうだ。犯罪者の考えなど僕には理解できない。したくもない。

 外は雨が降っていた。シトシトと。

 傘をさす気にはならなかった。

 他人からの奇異の目線を気にせずに、僕は葬儀場を後にした。

 どうするかも、どうしたいかも分からないまま時間だけが過ぎていく。夏服を脱ぐのすら億劫で、そのまま昨日のように意味もなくベッドに突っ伏した。

 このまま僕も死んだらいいのだろうか。きっとアメはそんなこと望んでないのは分かる。だけど、何をしたらいいんだろう。

 アメと出会って、世界が変わったように見えた気がする。モノクロだった世界に色が付いた様に。今はどうなんだろうか。

 分からなかった。白黒なのか、カラーなのか。どっちなのだろう。

 僕はテレビを付けて、窓の外を眺め出していた。

 

 ***

 

 葬儀場に人は少なかった。もうほとんどの人は返されて、親族の人しか残っていないのだろう。流石のマスコミも消え失せていた。受け付けに行き、もう一度故人との面会を……と伝える。断られるかとも思ったが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

「あなたがシロくん……であってるよね」

「え?」

 受付にいた白髪の混じったおばさんに勿論面識などなかった。

「あの娘の遺書……? みたいなものにこの時間にくる男の子に渡せって書いてあってね。あの娘って予知でも出来たのかしら。今となってはもう分からないけどね……」

 おばさんは受付の横に置いてあった、白い包装紙に包まれたモノを僕に手渡してくれた。その宛名は、僕で間違いなかった。

「僕宛で間違いないようです。すみません、ありがとうございます。失礼します」

 足早にその場を後にして、手紙の中を確認する。アメがいない世界に、アメの痕跡は残っていた。

 

『シロくんへ

 ごめんね。絵本作ろうって言ってたのに、先にいなくなっちゃって。こんなことになるなんて思わなかったんだ。私もね。

 分かっちゃったなら仕方ないって感じで割り切るしかないんだ。信じられないことしか言えないけど、あの絵本のモチーフって私自身なんだよ。私、魔法使い……みたいなものだった。でも、世界を真っ白にはできないから安心してね。

 シロくんが知ったらどう思うんだろう。シロくんなら軽蔑なんてしないし、私の欲しい答えをくれると思う。

 でもね、決まった未来はどうしようもないんだ。

 だから、ごめんね。

 私はシロくんが好きだったよ。

 転校する前からこうなることは分かってた。

 分かってても、シロくんと過ごす日は楽しかったよ。

 絵本は私がいなくても完成させてくれると嬉しいな。

 私とシロくんの共同作品。

 文字で見るとなんだか恥ずかしいね。

 ……うん。ありがとうね。

 私に会ってくれて、私の無茶ぶりに付き合ってくれて、私に笑いかけてくれて、嬉しかった。

 ごめんね。未練がましくて。

 シロくんはちゃんと幸せになってね。

 天国かはわからないけど、空から見守らせてね。

 シロくんがお爺ちゃんになったら会おうね。

 また、その日まで。

                    アメより』

 

 

 手紙はこれで終わっていた。

 何も、言えなかった。

 また涙が止まらなかった。

 頬を伝って、手紙に雫が落ちた。よく見ると、手紙には僕以外の涙の痕が残っていた。

 アメ。僕達二人の雨がその手紙に降り注いでいた。

 絵本のように何もかも真っ白な世界にしてくれたら、どれだけ良いのだろう。

 手紙をたたんで濡れないようにポケットに仕舞いこむ。

 雨はシトシトと降っていた。

 僕は視野が狭いのだと思う。

 世界の広さを知らないと思う。

 世界が虹のように鮮やかな色彩を持っているとはとても思えなかった。

 降り注ぐ雨は白なのだ。

 それが何もかも流してくれなくても、雨は白だと思うことにした。

 アメの望む幸せとは違うとは思う。

 白い雨が全てを戻してくれなくても、アメの望むように僕が変われなかったとしても、僕は生きていかなくてはならない。

 それだけは守っていこう。

 アメと出会う前に戻るんじゃない。

 アメがいなくなったから色のない世界に戻るんだ。

 モノクロの、白黒の世界のなかを僕はそうやって生きていく。

 絵本の絵は全て白黒で描いてみよう。

 それが僕の見る世界で、アメの見る世界でもあるように思えたから。

 振り続ける白い雨の中を僕は進みだしていた。

 

                                      了


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択