No.696625

魔王は勇者が来るのを待ち続ける

銀空さん

2014-06-26 00:52:04 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:342   閲覧ユーザー数:339

「魔王は数年過ごした」

 

 

 

 

 

 カンクリアンの宣戦布告から、数年が経過した。

「これで勇者でも来てくれれば最高なんだけどな」

「私も裏切りの演技の練習を活かせる機会がなくて、悲しいです」

 魔王と外務を担当しているアルは陸橋を渡っている。もちろん道中は馬車である。彼らの周りには魔剛騎が6騎と数十人の騎士達が護衛についていた。魔剛騎が6騎歩いても大丈夫なほどの頑丈さと、広さである。魔界で採れる石を煉瓦として作り上げた橋だ。名前は桃源橋。別名、夢源の入口と呼ばれている。橋の先には自由交易を目的とした海上都市に続いていた。彼らは今そこを目指している。魔王は退屈なのか顔をしかめていた。彼の視線の先には海が広がりつつある。もう少しでこの退屈な時間も終わりを告げるだろう。

「夢源の入口ね」

「冒険者たちにとって、魔界は未踏大陸にならぶほど魅力的なのですよ」

「未踏大陸も思った以上に上手くいかないのがな」

「仕方がありません。我々の予想を遥かに超えていたのです」

 魔王は面白くなさそうに外の景色を眺めた。

「経済が上向いているのが、唯一の救いだな」

 魔王の言葉にアルは「ええ」と顔を渋くする。

「これで戦争がいつ起きてもおかしくない国。っていう風潮がなければな」

「それについてですが、エメリアユニティも戦争する用意を始めたようです」

 魔王は溜息を吐いた。馬車の動きが止まる。目的地に着いたのだ。馬車の戸が開かれる。騎士が周囲を確認した。魔王は騎士の招きを待たずに外へ飛び出す。騎士も驚いた様子は見せない。慣れているのだろう。続いてアルも馬車より降り立つ。彼は突然の強い日差しに目を細めた。

「この時期は強いですね」

「ああ、いい日差しだ。潮の香りもいいな。ここにして正解だった」

 潮風が魔王の長い黒髪をたなびかせる。彼の視線の先には海の上に円形の建造物があった。周囲を高い壁で囲われている。港は魔王の国の陸地以外の3方向に伸びており、今もなお増改築されていた。魔王達の陸橋は海を挟んで海上都市に繋がっている。

 彼らの眼下にはたくさんの人が行き交っていた。そこかしこから売買を行う声が飛び交う。自由市場を目的とした都市だ。場所代さえ払えば誰でも市場を開くことが出来る。それは瞬く間に世界へ広がっていったのだ。多くの行商人と冒険者たちが溢れている。外からたくさんの物品を持ち込み、激しい競りが行われていた。それは魔王の目論見通りとなる。街は活気付き、物流が激しくなったのだ。その御蔭でアトランディスを抱えたまま国を豊かにしていくことができている。

「エルニージュが失われたのは痛いですね」

「過ぎたことを悔やんでも仕方がない。アトランディスも自力で難局を切り抜けようとしている」

 エルニージュはアトランディスの海洋資源、海産物を多く輸入していた。アトランディスはそれに頼りきっていたため、エルニージュがカンクリアンに併合されて一番大打撃を受けたのだ。先の色々な事情も相まって、一時期危険な状況であった。そこに魔王の手助けにより、なんとか持ちこたえたのだ。アトランディスも自力で事態の打開を測る。結局それは空振りに終わるのだが、魔王の提案で氷を使う魔族を受け入れることにより、アトランディスは富んでいくこととなった。その副次効果で彼の国の魔族嫌悪はかなり下がったのだ。

「海産物の輸出の最大限の敵は保存ですからね」

「足が早いからな」

「ジャックフロスト族には基地建設もさせているそうですね?」

 魔王は「ああ」という。彼らは隊列を成して、海上都市を視察する。道行く人は魔王を見ては、様々な視線を送った。忠誠、好奇、嫌悪。そのどれかだ。魔王はそれを気にもとめずに自由市場を歩んでいく。中央にある大きな塔。そこへと踏み入る。護衛の騎士達は数人が魔王に付き添い、残りは塔の出入口前で待機した。

「役人はいるか?」

 魔王が入ると、冒険者たちは一斉にカウンターを指さす。

「あ、いやぁ~。今日ちょうど送ろうかと思っていたんですよ……」

「怠慢は嫌いだ」

 騎士の1人が、役人より羊皮紙の束を受け取る。去り際に「死ぬぞ」と忠告をして彼は踵を返す。そして、魔王に献上する。

 役人はかつて首都で冒険ギルドを営んでいた。しかし怠慢が過ぎたため魔王が、海上都市に追放したのだ。それでも飽きたらず怠けることがあるので、魔王は足を運んだ時はこうして、直に取りに来ているという状況だ。ちなみに彼が前居た場所は、女性の役人が営んでおり、職務も実直にこなしている。魔王以外からも信頼も厚い。男の役人が営んでいる時よりも栄えていた。

 

 

 

 

 

 魔王達は来た道を戻る。海上都市を管轄している塔に向かっているのだ。塔は夢源の入口の始点付近にある。魔王は鼻で息を吐く。羊皮紙の束に目を通しながらなので、中身が気に入らないのか満足いかないのか。アルは気になったのか問う。

「どうしたのですか?」

「大分前にアティーナスが分裂しただろう?」

「はい」

「あれの影響が出始めている」

「と、言いますと?」

「私の好物のりんごの物価が上がっている!!!」

「おい魔龍よ! 果物なんか食ってないで肉を食えや!」

 魔王の後頭部を白い影が蹴飛ばす。宰相だ。否、今は――。

「海上都市管轄長殿」

 アルの言葉に騎士達は素早く姿勢を正す。

「まあ、その御役目も今日で終わりですが」

「ところで宰相。勇者見かけた?」

「見るか! 見ても全力で見逃しますがね!」

「酷い!」

 

 

 

 

 

~続く~

~あとがき~

なろうにも本作とコードヒーローズを投稿します。

マルチになりますが、ご了承ください。


 
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