紅と桜~貴女の居る場所~
雨泉 洋悠
貴女の、その音に、その色彩に、抗えない。
音が聞こえる、貴女の音が、私の心に降りてくる。
貴女を表す、一つの数、また一つ、私から貴女は、遠くなる。
貴女の音がどれだけ近付いても、貴女の数は、私の元へは降りて来ない。
いつもの教室、時を刻む音は、大きくて、徐々に自分の音に、遅れて響く。
授業、早く終わらないかな。
勉強の大切さ、良く解っているから、いつもなら、そんな事は思わないけれども、今日だけは違うの。
私は、早く、あの場所に行きたい。
あの音のある場所、あの色がある場所、あの香りのある場所に。
私の居場所は、あそこなの。
私を繋ぎ止める、貴女の心、私を繋ぎ留めて欲しい、貴女の想い。
授業の終わりを告げる、鐘の音と共に、席を立つ。
「凛、花陽、先に行くから!」
二人に一応そう告げてから、教室のドアを出る。
「真姫ちゃん、大急ぎだにゃー」
後ろから響く、凛の声。
「真姫ちゃん、私達は掃除が終わってから行くから」
続けて耳に届く、花陽の声。
花陽には、今日の目的も、その理由も、もしかしたら、まるわかりなのかも知れない。
でも、良いの、二人になら、全部気付かれても、構わない。
今日は全て、あの人の為にあるのだから、あの人の為に、私はどうしたって、急がないといけない。
部室に着くと、中はまだ電気が点いていないみたい、良かった、まだ来ていない。
今日だけは、私の方が先に着いて、待っていたかった。
電気を点けて、席に座る。
にこちゃんが、普段座っているところの、隣。
いつの日か、私がそう素直に呼べる時が、来ると良いな。
少しだけ早まった自分の音を、抑えつつ、ここ最近読んでいる本を出す。
音の、学問としての、音楽の本。
ちゃんと、自分のスタイルを保っていないと、いつ想いが破裂して、全部飛び出してしまうか、自分でも解らない。
毎日毎日が、結構一杯一杯。
今日だって、ただにこちゃんだけを待っている、この瞬間だけでも嬉しくて、心の何かが飛び出してしまいそうだなんて、恥ずかしくて、とても表に出せない。
何で恥ずかしいなんて感情、あるのかな。
私も、にこちゃんにもっと、素直な気持ちを、伝えられたら良いのに。
にこちゃんは素敵なの、花陽みたいに、ちゃんと言えたら、良いのに。
本の内容もちゃんと、頭に入って来ているけれども、そんな感じで、私の思考は一つの原点に集約されてしまう。
長年の勉強で身に付いた、平行な思考回路が、最近はありがたい。
今は常に私を捉えて、離さない思考の到達点があるから、これが出来ないと、私はきっともう、それだけしか考えられなくなってしまう。
そんな感じで考えている内に、部室のドアの向こうから、微かに聞こえる、聞き慣れた足音。
ドアを開けて、姿を表す、何時ものその色彩。
自分の中に込み上げて来る、その色彩への欲求と、早さを増す私の音。
「あ、真姫ちゃん、もう来てたんだ」
そこに、一番強く響いてくる、にこちゃんの音。
「あ、にこ先輩」
ああ、本当にもう、自分の事ながら、何で自然に、出てこないのかな。
いつもの通りに、隣の席に座ってくれる、にこちゃん。
その瞬間に、ふわふわと揺れる、私色のリボンと、艶やかな黒髪、伝わって来る、桜色の、にこちゃんの香り。
ああ、やっぱり、素敵だなあ。
胸の奥に、甘さと酸っぱさを伴った、何かがいつでも込み上げてくるの、にこちゃんを見ていると、にこちゃんのその全てから、私の中に、何かが降りて来て、それが私の心から、何かを引き出すの。
て、何かにこちゃん、座ってからずっと、こっち見てる。
何だろう、何か変だったかな、今日は朝念入りにちゃんと髪も手も、手入れしてきたつもりなんだけど。
早まる思考に、引き摺られるように、本のページを、私の速読力の最高速度で捲り続ける、内容は理解出来ているけれど、頭に浮かぶ映像が早回しになって、続けて静止した写真のスライドショーへと変わっていく。
本から感じ取る、音と色彩は、となりに座るにこちゃんの、音と色彩、香りと一緒になって、私の中に溶け込んでいく。
にこちゃん、そんな見ないでよ、何か、恥ずかしすぎる、から。
あれ、そんな中に、感じる、いつもの色と、少し違う色、一つ。
ああ、にこ先輩の、いつもの、小さな手からだ。
「にこ先輩、爪、今日はどうしたんですか?エメラルドグリーン」
にこ先輩の、いつもの綺麗な指に、灯る緑の色。
いつものにこちゃんには無い色彩だから、ちょっと印象を変える良い感じのアクセントになっている。
いつもよりも、ちょっと年相応な、大人の雰囲気を、にこちゃんの色彩に添えている。
「あ、気付いて貰えた、今日は帰りに何もないから久々にやってみたの、にこの夏色。でも、今日は一日先生から隠すの大変だった」
にこちゃん、悪い子だ。
そう思いつつも、私は持っていた本を閉じて、今日は素直に口に出せる、褒め言葉。
「いいんじゃない、まあにこ先輩にはもっと似合う色がありそうとは思うけど」
にこちゃんの色は、ピンクだから、赤が一番、似合うのよ。
それでも、こういうたまに雰囲気変える色味の追加は、やっぱり素敵。
「ありがと。真姫ちゃん、今度、爪塗らせてよ。真姫ちゃん指も爪も綺麗だから、色んな色塗ってみたい」
な、な、な、何言い出すのっ突然!
「えええええ、何言ってるのよ!」
そ、そう言ってもらえて、今日は念入りに手入れしておいて良かったけど、良かったけど!
「ダメなの?」
何なのよ!その可愛らしい仕草は!
にこちゃんはもう、そういう時の自分の可愛さ解ってないの?!
にこちゃんは、こういう自然な時の仕草の方が、ずっと可愛いのにな。
「だ、ダメじゃないけど……」
ああ、駄目、恥ずかしくて、にこちゃんの顔見れないじゃない。
本当に、もう。
ああ、でももう時間があんまりないや、みんな来ちゃう、恥ずかしいけれども、言わないと。
「と、ところで、にこ先輩。今日はにこ先輩誕生日よね?」
やっと切り出せる本題、ああ我ながら本当に、前置きが長いわよね。
「うん、今日は皆でお祝いしてくれるって穂乃果に聞いてるよ。ありがと」
ああ、そう、そうなのよ今日は穂乃果の提案があったお陰なの。
本当にね、何時も穂乃果は、私を引っ張ってくれる。
「うん、穂乃果の提案で、皆でプレゼント、買ってあるんだけど、えっと、何て言うのかその」
は、恥ずかしい、でも、こっから先はちゃんと自分で言わないと。
「あれー?真姫ちゃんからいつもお世話になっているにこ先輩に個人でも、とかそういう展開かなあ?」
な!何なのよにこちゃんたら!そのニヤニヤ顔は何なのよ!可愛いのよ!にこちゃんたら!
「ち、違うわよ。た、単に家で要らなくなってたものから持って来ただけなんだから!」
私は鞄から、そのピンクの包装紙に、赤色のリボンを掛けた包みを取り出して、差し出す。
「はい!」
あーもう、何て言うか、にこちゃんが可愛いやら、恥ずかしいやら、もうわけわかんない。
「ありがと!開けてみてもいい?」
ああ、にこちゃん、私の眼の前で開けてくれるんだ、嬉しいな、にこちゃんの反応、直に見れる。
「良いわよ」
そう言うと、にこちゃんはリボンと包装紙を丁寧に取り外して、折り畳む。
どうしてにこちゃんは、こういう素敵なことを、自然と出来てしまうんだろう。
尊敬とか、好意とか、色んなものが、にこちゃんの香りの中で、私の想いを動かす。
にこちゃんが、桐の箱を開けて、中身を見詰める。
「こ、これは」
びっくりしてるのかな?
「香水、にこ先輩、桜の香りいつも着けてるし、似合ってると思うから。私の選んだのも着けてみてよ」
私の選んだ香りを、にこちゃんに身に着けて貰いたい。
私はにこちゃんを、喜ばせたいの。
「あ、ありがとう。真姫ちゃん、でもこれ結構お高いやつでしょ?真姫ちゃんだって今言ってくれた通り、私が解らないわけ無いよ。駄目だよー無駄遣いしちゃ」
にこちゃんたら、嬉しそうにしてくれてるけど、なんでそんな事、言うの。
そんな訳、無いじゃない!
「無駄なんかじゃないっ!私にとっては、大切な買い物!」
ああ、やだせっかくにこちゃんと二人で居るのに、にこちゃんの大切な誕生日なのに、そんな事言われたら、寂しい。
私の持っているお金なんて、私が人生の中で、必然的に持っているものの一部に過ぎなくて、そんな事を、にこちゃんに気にしてほしくないのに。
「ごめん、真姫ちゃん。無駄なんて私酷いこと言った。真姫ちゃんが私の事考えて選んでくれたのにごめんね」
にこちゃんがそう言ってくれた。
そうなの、私はにこちゃんに似合うと思って選んだだけで、値段なんて、関係なかったの。
それだけなの。
「真姫ちゃんさ、誕生日4月19日だったよね?その日は皆でお祝いしたの?」
あれ?私そんな話にこちゃんにしたっけ?してないような気がする。
「何で知ってるの?んー?その日はまだ私、ミューズじゃ無かったような……ああそうだ穂乃果に初めて会った日だ。音楽室でピアノ弾いてたらいきなり現れてミューズに誘われたの、今思い出しても笑っちゃう」
あの日の思い出、忘れられない、鮮烈な出来事。
あの日の穂乃果に、私はここまで、導いて貰ったんだ。
穂乃果との事を考えると、自然と頬が緩んでしまう。
「あーそっか、じゃあプレゼントとか無かったんだねえ。にこだけ皆から貰えてお得ー皆まだかなあ?」
にこちゃん、その反応は変。
自分から、私の誕生日の話題を振っておいて、そんなおどけた話で終わっちゃうの?
そんなのやだ、私が寂しい。
だから、私はにこちゃんの普段からよくやっている目つきを、真似させてもらう。
「にこ先輩、今の流れ、明らかにそうじゃないわよね?受け取りますから、出して下さい」
口調も真似てみようと思ったけど、まだちょっと上手くいかない。
「うええ?な、なんのことー」
にこちゃん、白々しい。
大体何よそれ、誰の真似なのよ。
「にこ先輩、プレゼントは相手にちゃんと渡さないと意味ないんです。それこそ無駄になっちゃいます。日にちが経ってるとかどうでもいいんです。にこ先輩がくれることに意味があるんです。下さい!」
こっちはもう、とっくに察しているんだから。
恥ずかしいけど、どうあってもにこちゃんに出させないと、跳ね上がった私の音、収まりがつかないんだからね!
私がそう言うと、にこちゃんやっと自分の鞄から、それを取り出してくれる。
「……真姫ちゃん、いまさらながらの誕生日プレゼント受け取って下さい」
赤色に、ピンク色のリボン。
ああ、本当にもう、込み上げてくる音、抑えきれない。
「にこ先輩も私に香水選んでくれたなんて何か嬉しい、ありがとう!」
こんな偶然、にこちゃんとだからこそ、何よりも嬉しい、にこちゃんが、私の事を考えて、これを選んで、今日まで持っていてくれたことが、嬉しい。
「これは、何の花?」
花は好きだけど、色だけだとさすがに良く解らない、にこちゃんに聞いちゃう。
「赤のデルフィニウム、真姫ちゃんの誕生花よ、青の花が本来だけど真姫ちゃんのイメージはやっぱり赤よね」
私の髪の色、にこちゃんが赤色で私を思い出してくれるなら、凄く嬉しい。
それにしても、誕生花なんて、私の勉強してきた範囲の知識には余り無くて、凄く新鮮な感じ。
「にこ先輩誕生花とか詳しいんだ」
この機会に、にこちゃんの知っていることを、私ももっと知りたい。
「私からすればアイドルには必須知識よ?真姫ちゃんの場合は、加えるなら4月の誕生石はダイヤモンド、4月19日の誕生石はバイオレット・ジルコン」
持っている知識を、私に披露してくれるにこちゃんが、とても格好良くて、素敵。
そっか、アイドルには必須なら、ちゃんと勉強しないと、今日か明日にでも、本屋さん寄ろう。
ダイヤモンドと、バイオレット・ジルコン、赤のデルフィニウム、嬉しいな私を表す素敵な記号が、にこちゃんのお陰で、一気に増えた。
そんな感じで話している所に、聞こえてくるみんなの声と足音。
にこちゃんと私の、大切な、素晴らしい仲間たち。
みんなで、にこちゃんのお祝いだ。
「にこ先輩、パーティーの始まりですよ」
そう言うとにこちゃんは、今日一番の素敵で格好良くて、可愛い最高の笑顔を私だけに見せてくれたの。
貴女の音がどれだけ近付いても、貴女の数は、私の元へは降りて来ない。
それでもやっぱり私は、貴女の色に、音に出会えなかったら、貴女の音が降りて来なかったら、やっぱり私は、こんなにも強く、音を紡ぐことは、きっと出来なかったの。
きっかけをくれたのは、あの子の音でも、その事に、音に意味を与えてくれたのは、貴女なの。
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何とか今日の放送に間に合ったかなと。
ついに12話…今日も二人のことを、
見守りたいと思います。
花陽ちゃんの想いを最近ずっと考えていたのですが、
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