洛陽から南陽までの道中、色々あった。
初日、少し目を離した隙に持ってきていた食料の半分が失われていた。
犯人は呂布殿。与えたのは陳宮殿。
本人曰くーー。
「……お腹、空いた」
これは仕方ない……が、限度は知ってほしい。
「うぅぅ……。れ……呂布殿にねねが逆らえると思っているのですかー!」
清々しいほどの逆ギレだった。そこは軍師らしく抑えて欲しかったよ。
まぁ、過ぎたことを考えても仕方がない。次の街まで少し距離はあるが、幸い残っている食料でなんとか足りるはずだ……多分。
二日目、さらに半分が消失していた。
一応、呂布殿に確認を取ってみた。
「…………ちんきゅが、くれたから」
……もはやこれに関しては何も問うまい。あくまでも協力する立場である身だし、あまり強気に出るべきじゃないっていうのもあるけど。
「呂布殿、狩りをしたことは?」
「……? ……ある」
ならばと、自分の食い扶持は自分で確保してもらうことに。
俺が馬と荷物の番をしているうちに、呂布殿と陳宮殿は森に入っていった。セキトも待機だ。
しばらくして聞こえてくる陳宮殿の叫び声。何本かの木々が倒れる音。それらが全て収まった頃に二人は森を出てきた。
半分泣きべそをかいている陳宮殿に、片手で大きなイノシシを担いでいる呂布殿。
逃げる陳宮殿←追いかけるイノシシ←イノシシを追いかける呂布殿。一瞬でその光景が浮かび上がったが、呂布殿が満足そうな顔をしているので何も言えなかった。……陳宮殿には後で少し多めにご飯をあげよう。
あげたご飯は案の定というかなんというか……ほぼ全てが呂布殿へと流れていった。陳宮殿……。
四日目。ようやく近くの街に到着した。
馬を休ませるためにここでは一泊することになるのだが、なんとなく感じていた悪い方の予感が的中した。
梟が確保した宿へと向かう間に二人を見失った。
ひとまず宿に荷物を預け二人の捜索を開始したが、時既に遅し。
大量の食料を抱えた呂布殿と、その隣でとぼとぼと歩く陳宮殿を発見。理由は聞かず宿へと強制連行した。やや強引に腕を引っ張っていったつもりなんだが、食べ物を一つも落とさなかった呂布殿に、ある種の執念を見た。
「……呂布殿。これはもう、あなた方二人の問題ではなくなるので言いますが、もう少し食欲を抑えて頂けますか」
「れっ! ……呂布殿は悪くないのですぞ!」
「あ、いや。もちろん止められなかった陳宮殿も同罪ですよ?」
「あぅあぅ……」
矛先は呂布殿だけだと思ったか。甘い。
当たり前だろう。呂布殿のことだ、言葉ではなく瞳で訴えたんだろうが、際限なく要求した側も、与えてしまった側も、今回の場合はどちらも悪い。
「……悪い事、した?」
う……。上目遣いの破壊力が凄まじい。これは耐性がないと辛いな。幸いにして俺には耐性が付いているから問題ない。だが、いつも一緒にいたはずの陳宮殿にはなぜ耐性がないのか……。
「はっきり言ってしまえば迷惑です。これ以上は今後の作戦に支障をきたしますし、先行している梟達へ渡す食べ物もなくなってしまいます」
支障をきたすのは本当だが、梟への配膳は俺の懐から出されるから、今のところは問題ない。
二人の路銀が尽き、いざ接敵するときに腹が減って力が出ない、なんてことになるのは困るので最低限カバーはするが、それは俺の懐から出る……つまりは梟達の食い扶持から減らされることになる。
嘘は言っていない。
「……お腹、空くのが、ずっと?」
「端的に言えばそうなります」
「……それは、ダメ。我慢…………………………する」
「妙に開いた間が気になりますが、今はその言葉を信じます」
それから南陽に着くまで、呂布殿は空腹を口に出して言わなかった。腹は鳴りっぱなしだったが。
時々陳宮殿がさっきのの街で買っていた食料を、俺の目を盗みながら与えていたのには気づいていたが、見ないふりだ。
道中、件の賊とは一度も遭遇しなかった。
毎夜あげられてくる梟からの報告では、確実に洛陽に向けて進軍しながらも、周辺の賊を吸収しているらしい。数が増えるのは厄介だが、統制がとれていなければただの烏合の衆だ。動きも遅くなるしな。
もちろん、それはこちらにとっても好都合だ。遅れれば遅れる分だけ調査が進む。
南陽に着いてからは、梟との連絡を密にするため、呂布殿と陳宮殿が休んでいる間に
愛李というのはもちろん真名だ。性は徐、名は晃。字は公明。そう、徐晃である。
史実によると、楊奉配下の猛将であったが、曹操の説得により離反し曹操配下の武将となった人物。
当たり前なのか、この世界では女の子になっていた。
性格はずぼらというか……興味が無いことは全て切り捨てている。服は最低限大事なところを隠しているだけだし、仕事以外では人とは滅多に会話をしない。
興味のある……好きなことといえば日向ぼっこで、休みの日は天気が良ければ日の当たりの良い場所でぼーっと座っている、なんてのもいつもの光景だったりする。
何よりも……ん? 後ろに気配?
「……参上」
やけに棒読みな声に振り向けば、愛李がいた。相変わらずな服装であるが、俺があげた黒い布のマフラーは気に入っているらしく、今も首に巻いてくれている。
「お疲れ様、愛李」
報告の前に頭を撫でる。梟に入ってから愛李が初めて言ったわがままだった。以来必ず、任務の前や報告時にするようになっている。
「充電、完了……ふふん♪ ……じゃあ、報告」
撫でられて若干緩んでいた口元を引き締め、再び無表情になった。もう一度撫でて緩ませたい衝動にかられるが、ここは我慢。大人しく先を促す。
「多分、二万ぐらいだったのが、今は三万を超える大群になってる。そして皆……かどうか分かんないけど、黄色い頭巾や巾着を持ってた」
「規模的にも黄巾党で間違いなさそうか」
「あと、深夜に変な叫び声が聞こえた」
「叫び声?」
深夜にムサ苦しい男共の叫び声なんて、聞いただけでも鳥肌が立ってくるんだが。
「なんか、ほわーほわーって言ってた」
「なんじゃそりゃ」
ますます意味がわからん。ここで考えていても無駄だろうしひとまずは保留。
他に目ぼしい報告はないようだし、呂布殿達も交えて情報を整理するか。
「は?」
おそらく、今の俺は相当間抜けな顔をしていたんだろう。呂布殿の隣にいる陳宮殿が下を向いて肩を震わせている。でも仕方がないと思う。だってーー。
『……一人で、充分』
部屋にいるのは俺と呂布殿と陳宮殿。姿を隠しているが愛李もいる。部屋に入ってきた呂布殿が真っ先に隠れている愛李のほうに視線を向けていたから、呂布殿にはバレてる可能性があるが、何も言わなかったのでそのまま隠れている。
俺は梟から得た情報を二人に共有した。その上で作戦を考えようと思えば、さっきの呂布殿の発言だ。
相手が三万を超える大群だとわかったはずだというのに……驚くなと言うほうが無理な話だろ。
「い、いくら飛将軍といえども、三万もの敵を相手にするのは無茶が過ぎます!」
「……羽虫は羽虫。いくら増えようとも問題ない」
この世界で、本来なら男だった将軍達が皆、女に変わっている事。それ以外にもあるが現代の常識など捨てたはずなのに、俺は常識を説いてしまった。よりにもよって、この時代最強の者に。
「……邪魔するつもりならーー」
向けられた瞳に指先が一瞬震え、背後では物音がした。愛李の居た場所だ。
明確な殺気。向けられたのは俺だけじゃない。これの邪魔をしたら俺達がどうなるか、本能が理解していた。
「……いえ、邪魔立てはしません。ただ、退路を断つなどの援護はさせて頂きます」
「……なら、いい」
殺気が収まり二人は部屋を出て行った。途端、椅子に座り込みそうになるのを堪え、愛李のもとへ。腰を抜かせて動けない彼女を寝台に寝かせ、寝台の側にある椅子に座った。
そこまでやって、ようやく気付いた。
「ああ、決行日決めてなかったな」
下手な軍師との腹の探りあいよりも疲れた。また明日にでも話そう……そんなことを考えながら意識を手放した。
【あとがき】
おはようございます
九条です
なんとか今回も10日ほどで更新出来ました
これを継続かつ、より早くできるよう頑張りたいと思います!
第一話の閲覧数が既に1,000回を超えていて少し驚いています
今までで一番早かったんじゃないかな?
感謝感激が止まらないです!
そしてリアル雨も止まないです!(こっちは早く止んでくれ……)
愛李こと徐晃に関して
英雄譚のほうにもすでに存在しているキャラではありますが
既に考えていたというのもあって、ここではオリジナルのキャラとして登場させてみました
ただ、イメージが英雄譚のものとだいぶ被っていたので
アレ+マフラーは黒塗り で、イメージすると良いんじゃないかな!
(イメージ元:ひんぬー、寡黙、隠密、ずぼら、マフラー、顎や頭を撫でられるとデレる、etc)
そんなわけで今回も読了感謝でした!
ご意見ご感想お待ちしております~
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序章 黄巾党編
第三話「甘い甘い軍師殿」