「お前達…休みはちゃんと公平に与えているはずだぞ。お前達がサボってばかりでは兵士達
に示しがつかないばかりかお前達の主君である月の顔に泥を塗る事になるのが分からない
のか!」
ある日の昼過ぎ、樹季菜は珍しく怒鳴っていた。その怒鳴っている相手は…。
「でも~、今日は阿蘇阿蘇の特別号が出る日だったのぉ~」
「ようやく探していた部品が見つかったもんで…今日買いに行かへんと余所のもんに買われ
てしまうかもしれんかったさかい…」
真桜と沙和であった。しかも怒鳴られてもそのような反論をするものだから…。
「お前ら…少しは反省しろ!!」
樹季菜の怒りは頂点に達するのであった。
・・・・・・・
「申し訳ありません、樹季菜様。私からも何度も言っているのですが…」
次の日、樹季菜の執務室に来て謝罪をしていたのは凪であった。
「いや、凪が謝る必要は無い。凪は何時も良くやってくれているしな。お前はむしろもう少
し休んで欲しい位だがな」
ちなみに凪・真桜・沙和の三人は現在では董卓軍からの出向という形で樹季菜の部下とし
て洛陽の警備兵の統括と新兵の訓練を担当しているのだが…凪は普段から真面目過ぎる位
の仕事ぶりなのだが、後の二人は樹季菜の眼を盗んではサボってばかりいるので、樹季菜
の頭痛の種となっていたのであった。ちなみに他の面々からは三人を足して三で割った位
で通常の人間位の仕事ぶりになるのではないかなどと言われていたりするのであった。
「お前ら…何度言わせれば分かるんだ!小隊長たる我々が模範を示せなかったら、樹季菜様
と月様に迷惑がかかる事になる事位お前達だって分かっているだろう!」
樹季菜の所から戻るなり凪は真桜と沙和を呼び出したのだが、
「そないな事を言う為に呼んだんかいなぁ…凪に言われんでも分かってるがな」
「沙和は今日は非番だったのに~」
二人からはまったくと言って良い程に反省の色は見られなかった。
「お前達…今日はとことん言い聞かせなければならないようだな」
「げっ、凪が怒ってるで」
「此処は逃げるが勝ちなの~」
二人は凪が怒り出すと同時にさっさと逃げ出してしまった。
「待て!逃げるなぁ!!」
・・・・・・・
「はぁっ、はぁ…逃げ足の速い奴らだ、まったく…」
「凪、どうしたんだ?そんなに怖い顔をして?」
「えっ…一刀様!?何故此処に?」
「何故って…一応、今日は非番だし街に来ていただけだけど」
「あっ…そ、そうですよね。何言ってるんだろ、私…変ですよね」
「それで、何かあったのか?」
「実は…」
「…なるほどね。そういえば良く街中で休憩している所ばかり見かけるって報告は聞いては
いたけど…予想以上だな、それ」
凪から話を聞いた俺はその予想以上の状況に驚く。
「申し訳ありません…私がもう少ししっかりしていれば」
「いや、凪のせいじゃないよ。凪が誰よりも真面目に仕事に取り組んでいるのは皆知ってる
から。そんなに凪が気に病まなくても良いから」
俺はそう言いながら凪の頭を撫でる。
「えっ…一刀様?」
「あっと、ごめんごめん。何時も璃々にやってたもんでつい…」
「いえ…嫌ではないです。その…もう少ししてもらっても良いですか?」
珍しく凪がそうねだるように言ってくる。まあ、こんな程度で良ければ…俺は再び凪の頭
を撫でると凪は眼を細めて嬉しそうな顔をする。何だか飼い犬を撫でてる時を思い出すの
は気のせいだろうか…これで尻尾とかあったら凄い勢いで振ってそうな。
「ああっ!凪ちゃんばっかりずるいのぉ~」
「沙和、あかんて声出したら!」
突然横合いから声が聞こえたので振り向くと、家の影から真桜と沙和の姿が見える。その
瞬間、凪はさっきまでの雰囲気は何処へやら、まるで獲物を見つけた猟犬の如くに二人に
向かって駆け出す。二人も逃げ出そうとはしたが、凪の方がはるかに素早く二人を捕える。
「凪ちゃん、痛いのぉ~」
「もう逃げんし真面目に仕事するさかい勘弁して~」
「ダメだ。今日という今日は許さない…おとなしく来い」
そのまま凪は二人を引きずって何処かへ行ってしまったのであった。
「という事があってね」
「それでか…何か急に二人がおとなしく仕事をするようになったのは」
数日後、俺は樹季菜さんに凪達の事を話しながら行軍の途についていた。
俺と樹季菜さんは司州と荊州の境の辺りに現れた賊の討伐に赴いていたのである。
「しかし二人とも余程凪にしぼられたんだろうね…凪の前じゃ本当におとなしくなってたし」
「普段からもう少し真面目にやっていれば何も問題無いんだよ…休みの日は公平に与えてい
るのだからな。もし用事があるというのなら事前に休みの日を調整すれば良いだけの事だ
しな。月にあの二人の事を伝えたら苦笑いを浮かべていたよ」
月がねぇ…月がそうなら詠辺りは大激怒とかだな。
「申し上げます!斥候より目的の賊の砦まであと五里との報告です!!」
「よし、それでは手筈通りに一刀はこのまま正面から行ってくれ。私はこの間報告にあった
間道から攻撃を仕掛ける」
・・・・・・・
「おかしいですねー、もう砦がある山が見えているのにまったく攻撃してくる素振りも無い
とは」
「きっと蒲公英達に恐れを成したんだよ!」
「それにしては静か過ぎる…とっくにこの場を去ったとしか思えない位だ。及川、中を探れ
るか?」
「この分やとそんなに難しくはあらへんやろ…行ってくる」
それから小半刻後。
「かずピー、中はもぬけのからや!それも結構前に引き払った感じやで!」
何と…でも此処の山には俺達が来た道以外は…まさか!
「すぐに出立!樹季菜さんが危ない!!」
・・・・・・・
その頃、一刀が危惧した通り、樹季菜は賊の軍勢と鉢合わせとなり劣勢を強いられていた。
「皆、落ち着け!相手は烏合の衆ぞ、陣形を立て直せ!!」
樹季菜は懸命に指揮を執るが、奇襲を受けた形になった為、兵士の混乱が収まりきらずに
なかなか攻勢に出られずにいた。
「朱儁様、左翼が崩れかけています!このままでは…」
「此処は私が持たせるからお前達はそっちに回れ!」
樹季菜の命で周りにいた兵士が七人程左翼に回った為、樹季菜の護衛は八人を残すのみと
なっていた。
まるでそれを見計らっていたかのように賊の新手が現れ、樹季菜達は何とか防戦に努める
ものの、周りを囲まれてしまう。
「くっくっく…随分と手こずらせてくれたが、これまでのようだな」
「ふん、お前ら如きがどれだけ雁首揃えようが敵ではないわ!」
樹季菜はそう強がりを言いながら抵抗を続けるものの、残る護衛の兵も倒され一人になっ
てしまう。
「どうだ、もう一人しか残ってないぞ?おとなしく降伏するってならよろしくしてやっても
いいぞ。良く見りゃ結構良い女みたいだしな…がっはっは!」
「ふん、お前如きによろしくされる位ならこの場で自害するわ!」
賊の頭は一人になった樹季菜を見ながら下卑た笑みを浮かべるが、樹季菜がそう言い放つ
と唇を歪ませる。
「はっ、こっちが下手に出てればいい気になりやがって…まあ、いい」
そう言った頭が右手を挙げた瞬間、四方から分銅付の縄が飛んで来て樹季菜の両手を絡め
取る。
「くそっ、何をする、放せ!」
樹季菜はそれを何とか振り払おうとするが今度は背後から羽交い絞めにされて完全に動け
なくなる。
「ははっ、いい格好だな。それじゃ、とりあえずは…」
頭はそう言うなり樹季菜の鎧を剥ぎ取り服に手を伸ばす。
「なっ、何を…」
「おいおい、察しが悪いなぁ。味見する前に皆の前で御開帳って事じゃねぇか。安心しろ、
最初はこの俺様が散々楽しんでからだからな」
頭はそう言うと力任せに樹季菜の服を引き裂く。
「やっ、やめ…やめて」
「くっくっく、安心しろ。すぐに俺様の一物でいい気持にしてやるからよ!」
(やだ…こんなのやだ。誰か助けて、誰か…一刀!)
その瞬間、矢が立て続けに三本飛んで来て樹季菜を拘束していた者達を射倒す。
「誰だ、楽しみを邪魔しようってのは『グキャッ!』…ゴフッ!」
賊の頭がそう叫んだと同時にその頭に飛び蹴りを喰らわしたのは…。
「樹季菜さん、大丈夫ですか…ご、ごめんなさい!」
一刀であったのだが、その一刀は樹季菜の姿を見るなり顔を赤くして背ける。
それを訝しく思った樹季菜が自分の姿を見ると…その服の前面は、ほとんどはだけていて
辛うじて肝心な部分は隠れているものの、半裸に近い状態になっており、慌てて近くにあ
った外套ような物で身体を覆う。
「ひゃっ!?す、すまない…ありがとう一刀、助かった」
「あ、い、いえ、ご無事なのでしたら何よりです。それに矢を射たのは俺じゃなくて紫苑で
すので」
「そ、そうか?…う、噂通りの腕なのだな」
「と、とりあえずは、残りの賊の鎮圧をしてきます。樹季菜さんはその間に散り散りになっ
た兵の取り纏めを」
一刀はそう言うと自軍の兵に指示を出す為にその場を離れる。
樹季菜はただその後ろ姿を見つめていた。
それから一刻後には鎮圧は完了し、予想以上の犠牲は出しながらも樹季菜本人は何とか洛
陽に戻る事は出来たのであった。
それから数日後。
「樹季菜さんの様子がおかしい?」
「そうなの。何だか気分が悪いとか言ってほとんど自室から出て来ないし…本当に体の具合
が悪いのならちゃんとお医者様に診てもらわなきゃとは思っているのだけど」
瑠菜さんはそう言うと心配そうに眉をひそめる。
「なら華佗を連れて樹季菜さんの部屋に行って有無を言わせずに診察させましょう。本当に
何かの病気だったら問題ですし」
・・・・・・・
「ふむ…」
一刻後、華佗を連れて樹季菜さんの部屋に乗り込んだ俺達は樹季菜さんに抵抗する暇も与
えずに華佗に診察させていた。
「どうだ?やはり何処か悪いのか?」
「いや、何も問題無いぞ」
「でも、ここ数日ずっと気分が悪いって…」
「それは普通に月の物が来ているだけだから何も問題無いだろう?」
華佗のその言葉を聞いた瞬間、瑠菜さんが固まる。
「えっ…華佗、今何て?月の物がって聞こえたけど…」
「ああ、彼女は普通に月の物が来ているだけだと言ったんだが?」
「嘘…だって、樹季菜は今まで月の物が来た事が一度も無いのよ。どうして今になって?」
「…だから私も混乱してるんだよ」
ようやく樹季菜さんがそう口を開く。
「今まで月の物がまったく来なかったし、その理由も色々な医者に診せても一向に分からな
かった。だから私の身体は子供を産めないと…女としての機能なんか生まれついて無かっ
たんだと諦めていたんだ。なのに何故今になって…」
樹季菜さんのその呟きを聞いていた華佗が、
「もしかしたらそれはあなたの心の変化によるものでは無いのか?」
そう問いかけてくる。
「心の変化?」
「ああ、諦めていたはずの事を心の底から強く求める何かがあったのではないかと思うのだ
が…心当たりはあったりしないか?」
「心当たりと言われても…」
樹季菜さんがそう呟きながら俺の方に視線を向けた瞬間、何故かその顔が耳まで真っ赤に
なり慌てた様子で顔を背ける。
「なるほどね…良く分かったわ」
それを見た瑠菜さんが『やっぱりか…』みたいな顔で俺を見ながらそう呟く…俺何かやっ
たんだろうか?
「華佗、とりあえず樹季菜の身体の事については私が相談に乗るからもう良いわ」
「そうか?なら俺はこれで。もしそれ以上の何かしらの異常があったらまた言ってくれ。俺
は往診に行ってくる」
華佗はそう言うなり慌ただしく去って行く。何時もながら忙しそうにしているな。
「さて…樹季菜?あなたももう分かっているんでしょ?」
「あ、ああ…でも、そんなので、此処まで変化するものなのか?」
「それについて考えるのは後、とりあえずは今起きている事への対応が先よ…一刀、とりあ
えずあなたは部屋から出て欲しいのだけど?」
「えっ?…でも何か手伝える事とか『…本気でそれ言ってるなら怒るわよ?』…し、失礼し
ました!」
(まったく、まさか樹季菜まで一刀になんて…ただでさえ敵は多いっていうのに。でも私だ
って負けないわよ…夢様の次に一刀の子を身籠るのは私なんだから!)
慌てた様子で部屋を出て行く一刀を見ながら、瑠菜は心の中で改めてそう宣言していたの
であった。
続く。
あとがき的なもの
mokiti1976-2010です。
今回は投稿が遅れまして申し訳ございませんでした。
そして樹季菜さんまでが一刀争奪戦に参戦する事に
なりました。
しかしそんなので本当に三十数年来なかった月の物
が来始めたりするのかどうか医学的な所は分かりま
せんのでこれはあくまでも此処だけの話という事で
ご容赦の程を。
そして次回もまた拠点です。次で一旦拠点を終わり
にして本編に入ろうと思っております。さて、最後
を飾る登場人物は誰か?乞うご期待。
それでは次回、第四十二話にてお会いいたしましょう。
追伸 今回投稿が遅れた原因は先週末にネットの回線
が何故かおちてしまい、約二日復旧しなかった
為、復旧した頃にはうまく話を考える事が出来
なかったのです…こういうコンピュータ関係の
トラブルは苦手です。
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お待たせしました!
今回の登場人物は樹季菜と
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