No.681309

居酒屋獣語り

居酒屋で馬鹿話に興じる二人(?)。

2014-04-25 01:09:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:270   閲覧ユーザー数:262

 

 いや、あのね、呑みすぎですよ。

 幾ら馴染みの店とは言え、限度ってものがあります。

 へ?

 いやいや、違いますよ。メールが送られてきたんで、返してただけです。

 

 は?

 恋人?

 違いますよ。

 やっぱりな? どういう意味ですか。またえらく嬉しそうな顔ですね。

 いや、先輩、小指を立てて「これとはご無沙汰だねえ」はないでしょう。オヤジ臭いですよ。

 痛っ、痛い痛い痛い。すみません、ごめんなさい、先輩はお若いです、もう、十代に見違えるぐらい、痛い痛い!

 

 本気で爪を立てないでくださいよ。あー、血が出てきた……。

 はいはい、俺が悪いんですね。

 え? お詫びに面白い話をしろ、ですか。いや、負傷したのは俺なんですけど……って、いてー!

 噛み付きましたね! 今!

 

 いや、もう分かりましたよ。分かりましたから、その笑顔を止めて下さい。

 まあ、急に面白い話と言われてもあんまり思いつかないですけどね。

 あー、先輩、ぎらりと光る犬歯を見せびらかしながら、俺の手首を口元に持って行くのは止めて下さい、本気で泣きそうです。

 うーん、面白いかどうかは分からないですけど、この間田舎に帰ったときのことなんか、どうですかね。

 兎に角、話してみろ、ですか。いや、面白くなかったらお前をとって喰う、ってどこのハスキー犬ですか。

 

 はいはい。まあ、この間の長期休暇に田舎に帰ったんですけどね。

 ええ、東北の山奥ですよ。何にも無いとこです。日が暮れると本当に真っ暗になるところで、空を見たら、びっくりするぐらい星がひしめいてるんですよ。星屑、の意味があれ見ると分かります。

 え、ロマンチックが止まらない夜空の向こうの話はいいから、ですか。いや、意味が分かんないですよ。

 

 はいはい、続きですね。

 まあ、田舎に帰ってですね、休みだーってことで、ごろごろしてたわけですよ。とは言え、二、三日もすると飽きてくるんですよね、やっぱり。

 で、山に入って山菜でも採ってくるか、って話になりまして。

 はい、結構色んなものが採れますよ。

 松茸、ですか。いきなり、大物が来ましたね。いや、これが採れるんですよ。本物のシメジ? それもあります。はあ。今度里帰りしたら持ってきますよ。いや、一万年と二千年前から愛してるって、どんだけ安いんですか。

 

 まあ、そんな訳で山に行くべえ、てなことになったんですが。

 そしたらですね、家で四方山話してたじっちゃんばっちゃん連中がですね、「狐が出るから気をつけな」とか言うんですよ。

 そうです、化かされるな、っていう忠告ですね。

 まあ、俺は大丈夫だよとか言って、山に入ったわけです。

 で、山に入ったら結構採れまして。え? ウドとかミョウガですよ。ええ、天麩羅にすると旨いですよね。

 

 ……料理追加ですか。はいはい、分かりましたよ。

 

 えーと何処まで話しましたっけ。

 ああ、天麩羅がおいしいとこまででしたね。いや、ちょっと違うか。

 兎も角、山に入って、面白いぐらい採れたもんですから奥へ奥へと行ってしまいまして。

 気が付いたら、日が暮れてたんですよ。

 ほんと、山は日が沈むとなるとあっという間に真っ暗になりますね。

 

 え? いや、怖くはなかったですよ。子供の頃から何度も入った山ですしね。何となく帰りの道も覚えてましたし。

 いやいや、泣きませんよ。なんでそこで「ママー」なんですか。ばぶーって、あなたは魚類の卵の名を冠した未就学児ですか。

 

 ……受けすぎですよ。はいはい、水ですね、どうぞ。

 

 で、まあ暗い中をてくてく歩いて帰ってたんですよ。

 それで、途中ですね、こう、道が二股に分かれてるとこがありまして。

 右に行くと山裾に出るんですが、左だと沢の方に行っちゃうんですよ。

 ところが、そこまで行ったら左に曲がる道しかないんですよね。

 

 最初は、道を間違えたかなと思ってですね、一旦、引き返したんですよ。でもですね、何回やっても同じなんですね。左の道しかない。

 で、仕様がないし、まあ、面白いかなと思って左の方へ進んだんですよ。

 

 ええ、ざくざく進んで行きましたよ。夜目は利きますしね。

 そしたらですね、案の定、沢に着きまして。で、そこをちょっと行くと崖になってるんですね。こんな感じで切り立ってる崖です。

 で、何となく崖の縁まで行きまして、下を覗いてみたんですよ。

 もう、真っ暗なんで、良く見えないんですが、微かに水の音はしましたね。ちょろちょろって。

 

 それで、ああ、高いなあ、どうしようかなあって呟いてですね、沢の方を向いたんですよ。そしたら、その沢を挟んで、人が立ってたんですよ、女の子が。

 ええ、女の子です。それも、夏服のセーラーを着た。それが、闇の中、ぼう、と浮かんでるんですよ。

 

 明らかに変ですよね。真っ暗なのに、その子だけ、くっきり見えるんですよ。表情まで分かる。

 は? 美人だったか? 変なこと訊きますね、先輩は。

 まあ、不美人ではなかったですよ。美人というより、可愛いと言ったところでしょうけれども。

 で、そっちの方に歩いて行きました。

 

 え? 何でって。そりゃあ、後ろは崖ですからね、前に進むしかない。

 それが、歩いて行ってもその女の子は全然近付いてこないんですよ。足を動かしているようには見えないのに、こっちが進んだ分だけ遠ざかっていく。

 で、不意にその女の子が見えなくなりまして。

 あれって思って立ち止まったら、水の音が聞こえる。

 足元を見たら、崖の縁でした。沢の所に戻ってたんですよ。

 それで、振り向いたら女の子が立ってました。セーラー服の。

 笑ってましたよ、楽しそうにね。

 

 それから、また、女の子のほうへ進みました。崖だから仕様が無い。

 でも、同じことの繰り返しなんですよ。前に進む、女の子がいる、女の子がいなくなる、立ち止まる、崖、の繰り返し。

 それを五回か六回ぐらいやりまして。いい加減、飽きてきたんですよ。

 で、崖の上から見下ろしてですね、飛び降りました、ぽーんと。

 そしたら、きゃあって女の子の声が上がって。

 

 いや、川には落ちてないですよ。崖の途中で、こう、手足を開いてですね。

 ええ、俺の爪は長いですからね。爪を、崖に突き刺しまして。クモか、ヤモリみたいに張り付いてました。

 直ぐに、女の子の白い顔が、崖の上からこっちを覗いているのが見えましたよ。

 それで、思い切り吼えてですね。

 ええ、そのときにはもう、人の形はしてなかったですよ。頭は、狼のそれだし、全身には獣毛が生えて。長い腕を使って、垂直な崖を駆け上がっていきました。

 女の子は、それはびっくりした顔をしてましたよ。まあ、落っこちた筈の人間が、狼の顔して上がってきたら驚愕しますよね。

 で、女の子の真正面まで一気に上がって、顎を大きく開いて、また吼えました。山全体が震えるぐらい。

 

 いやー、面白かったですね。女の子が、びっくりしたのと、多分、怖かったんでしょうね、ぽんって三角の耳と、尻尾が出てきたんですよ。薄茶色の。今の先輩と同じ感じですね。え、出してない? いや、出てますよ、ほら。

 ……先輩、タイトスカートからはみ出た尻尾を無防備に直さないで下さい、見えますよ。

 見せてるって、勘弁して下さいよ、冗談でも。

 

 え、それからどうしたか、ですか。

 まあ、ショックで固まった女の子を抱えて山を降りましたよ。今度は普通に下山できました。まあ、下山というほど大きな山でもないんですがね。

 それで、後で聞いたら、その子は隣村の子らしくて。その村はそっち系の神さま所縁の土地らしくて、彼女もそうだと言ってました。

 悪戯? いえ、それも訊いたんですが、どうも山菜泥棒と間違えたらしいんですよ。

 ええ、大分悪質な業者がいてですね、根こそぎ採っちゃうそうなんですよ。そんなことされると、もう、生えてきませんからね。第一、山の神様に申し訳ない。

 

 は? いや、俺はそんな大層なものじゃないですよ。先輩の方が由緒あるところのお嬢さんじゃないですか。

 まあ、そんな感じで俺の休暇であったことはそれぐらいですかね。あんまり面白くなかったら、申し訳ないですが。

 

 あ、また携帯が鳴ってる。

 メールだな。

 

 え? ああ、さっきの女の子ですよ。山の件以来、妙に纏わり付かれまして。まあ、村には同い年の子も居ないし、メールする相手もいないから退屈だと言われてですね、アドレスを交換したんですよ。

 はあ、中学生ですよ。分校に通ってるそうです。

 うーん、中学生がこんな時間まで起きてるってのはどうなのかなあ。

 メールの内容ですか。他愛のない内容ですよ。ドラマとか、漫画とか、学校のこととか。

 

 って、先輩、俺の携帯を奪わないで下さいよ。

 へ!?

 これは何だ?

『来年はそっちの高校を受ける。下宿先として宜しく』。

 いや、知らないですよ。俺も初耳で……。

 はい? このハートマークや音符が乱舞してるのはどういうことだ、ですか。

 いや、最近の子は大体そんなメールなんじゃ……。

 

 え? 浮気もの? それは、年齢=彼女いない歴である俺に対する厭味ですか、先輩。

 鈍感? 朴念仁? いやいや、先輩、俺ぐらい人間関係における情味の機微に通じた人狼も珍しいかと……、痛っーーー。

 先輩、牙が、牙が刺さってますよ! 完全に獣化してるし! うっ、容赦なく牙が! 俺の手の平に、今、みりみりとっ!

 あーーーっ。

 

 

 
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