時間帯は夜…
「さぁ、仕事の時間ですよアン娘さん」
「…いきなり過ぎないか?」
「諦めて下さい、団長さんの命令ですので」
「そうは言われてもなぁ……第一、これから私に何をさせようというのだ? わざわざこんな夜中に叩き起こしてまで」
「まぁ簡潔に言わせて貰いますと……悪霊退治、といったところですか」
「…!」
悪霊退治。
その言葉を聞いた途端、不満げだったUnknownの表情が即座に真剣な物へと切り替わる。
「団長さん曰く、何人もの死者の魂が冥界に送られておらず非常にマズい状態。原因が分かり次第、事態の解決に向かって欲しいとの事です」
「……」
「引き受けてくれますよね?」
「…仕方ない」
Unknownは小さく溜め息をつく。
「本当なら休みたいところだったんだが……そういう仕事は私の専門だ」
彼は瞬時に女物の寝間着から巫女服へと着替え、凛と構えてみせた。
「ところでアン娘さん。さっき、あなたが着ていた寝間着は一体…」
「姉貴に着せられた、言わせんな恥ずかしい」
そんな会話もあったとか無かったとか。
―――ぇ…
「…ぅ、ん」
―――せぇ…
「ッ…うぅ…」
―――返せ…!!
「く、ぁ……ッ!」
―――返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
「―――はっ!?」
夜、ディアーリーズは即座に目を覚ましベッドから起き上がった。散々うなされていたのか着ていたシャツは汗でビッショリであり、額からも一滴の汗が流れる。
(今、のは…)
眠っていた彼の意識の中に聞こえてきた、女性らしき声。まるでディアーリーズ自身に向けられていたかのような、強い怨念の籠った声だった。あれは一体何だったのか、今の彼には全く考えも付かなかった。
「ふみゅぅぅぅ…」
そんなディアーリーズの横では、咲良が気持ち良さそうにスヤスヤ眠っていた。枕を抱きしめたまま、涎も垂らしていて非常に愛らしい。
「…風に当たろうか」
ディアーリーズは寝ている咲良の頭を優しく撫でてから、ベッドから降りて部屋を出ていく。部屋の扉が閉まった後、ベッドの下から二本の腕が浮遊する。
『ウルったら、一体どうしたのかしら?』
『さぁな。俺だって知らん』
メズールとアンクだ。二人は咲良の掛布団をちゃんと掛け直しつつ、何処か様子のおかしいディアーリーズの事を内心で心配していた。
『何だか心配ね。さっきまで、あんなにうなされてたんだもの…』
『フン、あいつの事なら問題ない。あいつの情緒不安定など今までにも何度かあった』
『そう言って、実はアンクも心配なんでしょ? 本当に素直じゃないわね』
『ほっとけ』
『フフフ…♪』
何だかんだ言っても、結局アンクもディアーリーズの事が心配なのだ。それが分かっているメズールは思わず内心で微笑ましく思っている。
しかし、その時だった…
-1名様、ゴ案内デェス…-
『『!?』』
突如聞こえてきた謎の声。それと同時にベッドで寝ていた咲良の周囲から黒い瘴気が溢れ始め、そのまま咲良を闇の中へ飲み込もうとする。
『おい、何だこれは!?』
『いけない!! 咲良ちゃ―――』
咲良を助けようとしたアンクとメズールが彼女の寝間着を掴む。その瞬間、三人は一瞬で闇の中へと消えてしまった。
一方、某次元世界では…
「グギャオォ…!?」
「はい、終了」
『お疲れ様です、バディ』
いつも通りモンスター退治の任務を完了し、一息ついていたロキ。デュランダルをユーズの中に収納してからバリアジャケットを解除し、自分の右手を見据える。
(今までも強くなってはいるが、これだけじゃ駄目だ……あの黒騎士に勝てるくらいじゃないと…)
「ありゃ、もう終わっちゃってたのか」
そんな彼の前に、ちょうどkaitoがひょっこり姿を現す。手元に焼きそば入りのプラスチックパックがある辺り、完全にサボっていたようだ。
「つまんないの。苦戦してるようだったら、自分の方から武器を売り付けてやってたのに」
「…あのなぁkaito。お前もいい加減、真面目に任務に取り組んだらどうなんだ? お前がまともに戦っている状況を俺は最近全く見ていないんだが」
「え~だって仕方ないじゃん。自分はあくまで武器生成を行うだけの後方支援側なんだし、わざわざ前線に出て戦う理由も無いし」
「つべこべ言うな。次の任務での戦闘は全部お前に押し付けてやっからな」
「えぇ~嫌だ!! 自分は働きたくないでござるぅ~!!」
「駄々を捏ねんじゃねぇ、てか何処の侍だよ!?」
意地でも戦おうとしないkaitoの胸倉をロキが掴み、何度も揺さぶり続けていたその時…
その時…
『バディ、ソラ様から通信です』
「ん、何だ?」
「ぐげふっ!?」
ユーズに通信が入り、ロキはkaitoを思い切り突き放し通信に出る。この時、突き放されたkaitoが近くの岩壁に後頭部をぶつけたのは言うまでもない。
「どうしたの? 兄さん」
『キリヤ、少し来てくれ。非常に面倒な事態になった』
「? どういう事だ?」
『キリヤ、落ち着いて聞くんだ』
『ユウナが行方不明になった。今、手分けして探している』
「「―――ゑ?」」
その瞬間、ロキとkaitoは数秒間だけ身体が硬直したのだった。
一方、そのユウナはと言うと…
「―――ん」
とある場所にて、何故か倒れたまま意識を失っているところだった。たった今意識を取り戻し、少しずつ目が開いていく。
「…あ、れ? ここは…」
何故自分はここに倒れているのか。それすらも分からないまま、ユウナはゆっくりと身体を起こし周囲を確認するが…
「…教室?」
そこは小学校の教室らしき部屋だった。周囲には机や椅子が転がっており、床のあちこちが傷んで穴も開いてしまっている。天井の明かりはチカチカと点滅しており、今にも消えそうなくらい不安定だ。
「私、何で学校なんかに……!」
立ち上がったユウナの視界に、壁に貼られている絵が映る。どれもクレヨンで描かれている絵ばかりで、どれも一生懸命さのある絵だ。
「懐かしいな……昔は私も、小学校で教師やってたっけ…」
可愛らしい猫の描かれている絵に手を添えながら、ユウナはかつて自分が小学校で教師をやっていた事を思い出す。自分が受け持ったクラスの生徒達は、誰もが真面目で優しい子達ばかりだった。
(そういえば、あの子達は今どうしてるだろう…?)
かつて、クラスの中でも特にユウナの事を先生として尊敬していた四人の生徒。
学級委員長として、クラスの皆を引っ張ってきた少女。
内気だけど、とても心優しい性格だった少女。
理知的で、勉強も常にトップの成績を取っていた少年。
ガキ大将で問題児だったけど、曲がった事を嫌う純粋な少年。
「元気にしてるかなぁ……あら?」
過去の思い出に耽っていた彼女だったが、ここである一枚の絵に気付き、壁から剥がして手に取る。
「これは…」
貼られている複数の絵の中に、一枚だけおかしな絵があった。子供達が剣らしき物を持って、一斉に一人の人間を刺し殺しているかのような様子が描かれており、赤く塗られたクレヨンが血を表していてとても不気味に仕上がっている。
「ッ!?」
突如、その絵が青い炎で燃え始めた。驚いたユウナが手放すと絵は床に落ち、あっという間に燃え尽きて床を黒く焦がす。
「な、何で絵が…!?」
『オヤオヤ、マタ一人迷イ込ンデ来タノカイ…ケケケケケケ…♪』
「!!」
ユウナが振り返った先に、紫色の人魂が出現した。
『可哀想ニ……君モマタ、哀レナ子羊トイウ訳ナンダネ…ケケケケ…♪』
「ッ……あなたは?」
『私カイ? 私ハ単ナル案内人サ……コノ空間ヲ、案内シテイク為ノ、ネ…』
「案内人……ここは何処なのですか?」
『ココハ、死者ノ魂ガ呼ビ寄セラレル場所……未練ヲ断チ切レズニ、狭間ヲ彷徨ウ事トナッタ哀レナ者達ノ巣窟デモアル…』
「? 何が言いたいのですか…?」
『死者ハ、生者ヲ恨ミ、憎ミ、全テヲ黒ク染メ上ゲヨウトスル……例エソレガ、カツテノ知人ヤ、愛スル者ダッタトシテモネ…』
「!?」
『君ハココデ死ヌノカナ? ソレトモ生キ残ルノカナ? ソレハ今後ノ、君ノ行動次第ダロウネ……ケッケッケッケ…♪』
「…どうすれば良いのですか?」
『オ前以外ニモ、誘ワレタ者達ハ沢山イル……ドウスルベキカ、共ニ考エテイク事ダネ…ケケケケケケケケ…♪』
それだけ言って、人魂は少しずつ消えていってしまった。そこからは再び静寂に戻り、それが余計にユウナに不安な気持ちを募らせていく。
うわぁぁぁぁぁぁぁ…
「!?」
教室の外から、男の悲鳴が聞こえてきた。ユウナはすかさず教室の扉を開け、悲鳴の聞こえた方向を見据える。
「今の……他の人達もここに…?」
ユウナのいる第1校舎、1階…
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…!!」
眼鏡をかけたサラリーマンらしき男性は、何かから逃げるように暗い廊下を走り続けていた。彼はすぐさま近くにあった男子用の厠へ入り、個室トイレの中に籠って便器の上に座る。
「はぁ、はぁ……い、嫌だ……何で私が、こんな目に遭わなきゃならないんだ…!!」
誰も入って来れないよう個室トイレの鍵も閉め、便器に座ったまま頭を押さえて震え出す男性。彼もまたユウナと同じく、気付けばこんな不気味な小学校に誘われてしまっていたのだ。
「もう嫌だ……私が一体、何をしたっていうんだ―――」
パシャ…
「…ッ!?」
床が水で塗れる音がした。男性はヒッと声を上げてから、すぐに黙り込んで静かに耳を澄ます。
パシャ……パシャ……
「…!!」
男性は汗が止まらなかった。水の音も少しずつ大きくなっていく事から、確実に自分のいる厠へと近付いて来ているのが分かる。
ピチャ…………
「…?」
数秒後、水の音が聞こえなくなった。どれだけ耳を澄ませても、それ以上音は何も聞こえて来ない。
(た、助かった…)
自分は見つからず、助かったんだ。そう思い、男性は小さく一息つく…
見
ィ
ツ
ケ
タ
「――――――ッ!?」
直後、男性の背筋に悪寒が走った。それと同時に、厠の中の気温もどんどん下がっていく。
「ひぃ!?」
『オジサン……ココニイタンダァ…♪』
男性の周囲から、複数の黒い腕が出現。それらが一斉に男性を覆い尽くしていく。
「あ、ぅ…あ……ぁ…が…!?」
『モット遊ボウ……オジサンモ、一緒ニ…♪』
『アハ、アハハハハハハハハハハ♪』
『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ♪』
『ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ…♪』
「あ、ぅあ…か、は……ぁ…ああああああああア嗚呼ああああああああああ嗚あああああああああ阿嗚呼ああああああああああああ亜あああああああアアあああああああ唖ああああああああああああ嗚呼ああああああああああ亞あああああああああああああああ!!!!!!?????」
ただ叫ぶ事しか出来ない。
そんな状況に追い込まれてしまい絶望に陥った男性の視界は、闇の中へと突き落とされていく―――
校舎から離れた位置にある、某体育館…
『アァ、ウ……オ、ァ…ガ…』
-ザシュッ-
「おうおう。どいつもこいつも、悪霊化してグレてやがらぁ」
女性の亡霊が、斧による一閃で斬られ消滅する。斧を振るった張本人―――シグマが欠伸をする中、その後ろではスノーズが別の幽霊を氷漬けにしていた。
「ここが一体何処なのか……一通り、手がかりを探す必要がありそうだね」
「上等じゃねぇか、面白くなってきやがったぜ…!!」
スノーズが両手を払う中で、シグマはこれから起こるであろう事態を想定しながら小さく笑みを浮かべ、右手をゴキンと鳴らす。
「始めようぜぇ……無慈悲なまでの、狂乱の宴って奴をなぁ!!!」
シグマによる狂喜の笑い声が、体育館全体に響き渡るのだった。
場所は変わり、タカナシ家では…
「ソラ兄さん、どうだった!?」
「駄目だ、完全に分からなくなった…!!」
現在、ユウナを除くタカナシ兄妹全員で捜索を開始していた。目撃者の話によると、街中の薄暗い通りでユウナのカバンが見つかり、彼女の消息が完全に不明になっているという。
「ユウナ姉、一体何処に行っちゃったんだよ…!!」
「くそ……せめて何か、一つでも行方の分かる手がかりがあれば…」
「多分〝死者の誘い”を聞いちゃったんだと思うよ?」
「「「「!!」」」」
タカナシ兄妹の前に、kaitoがスマホを操作しながら姿を現す。
「ほら、これ」
kaitoがスマホの画面を彼等に見せつける。画面には某オカルトサイトが載っており、死者の誘いに関する情報も載せられていた。
「宣告を受けた人間は、幽霊によって別世界に引き摺り込まれる。海鳴市だけじゃない、ミッドチルダや他の次元世界でも似たような噂が広まり始めてんだ」
「…兄さん」
「あぁ……kaito君、詳しく教えてくれないか?」
「ん? まぁ構いませんけど…」
某廃病院…
「―――ふみゅ?」
病室のベッドにて、咲良は目を覚ました。電灯が今にも消えそうな薄暗い部屋の中、咲良は寝惚けながらも周囲を見渡す。
「あれ……ここ、何処…?」
『たく、やっと目を覚ましたのかお前は…』
『良かったわ、無事に目覚めて』
「あ! アンク、メズール!」
咲良の周囲をアンクとメズールの腕が飛び回る。どうやら、この二人も一緒にここへ転移してしまっていたようだ。
「ねぇアンク、メズール。ここ何処?」
『知るか! 全く、何で俺までこんな目に…!!』
『あなたが寝ている間に、こんな場所まで転移させられたの。咲良ちゃんは覚えてない?』
「ふみゅ? うぅーん…………うん、寝てたからわかんないや!」
『『うん、予想通りの返事だった』』
咲良が無垢な笑顔で答えるのも想定済みだったのか、アンクとメズールはまるで溜め息をつくかのような動作をする。
その時…
遊ボウヨ…
『『!!』』
「?」
突如、何処からか子供の声が聞こえてきた。
『ネェ……君達モ一緒ニ遊ボウヨ…』
『チィ…何処だ!!』
『咲良ちゃん、気を付けて!!』
「うみゅ?」
咲良を守るようにアンクとメズールが警戒する中、病室の扉の前に薄らと、咲良と同年代と思われし少年の幽霊が出現する。
『『!!』』
『遊ンデヨ……僕ト…』
少年の幽霊がゆっくりと近付いて行き、アンクとメズールがそれぞれの能力で追い払おうとしたその時…
「うわぁ~お化けさんだ~! すっごーい!」
『『『…ゑ?』』』
咲良両目をキラキラさせているのを見てアンクやメズールだけでなく、少年の幽霊ですらも突然の反応に動きがピタリと止まる。
「ねぇねぇ、君もお化けさんなの? お名前は?」
『エ、ア、ェ……エ…?』
相手が幽霊であるにも関わらず、咲良は少年の幽霊の手を掴んでそのまま握手までし始めた。何が何だかよく分からず少年の幽霊が困惑しており…
((こいつ/この子、揺るぎが微塵も無い…!!))
この光景を見て、そう思わずにはいられないアンクとメズールであった。
そして、その病院のとある手術室では…
『―――ゥ、ア……アァァアァ…ウァウゥゥ…』
とある闇が、蠢き始めていた。
〝祭り”はまだ、始まったばかりである…
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幽霊騒動その2