黄巾党。
王朝に反乱を起こした大罪者達。
その中に、彼は居た。
張角に仕え、どんな命令でも動く忠実な駒。
彼自身がそれを望んでいた。
死んでも、張角様の為に。
彼は何時もそう言っていた。
「また稽古っすか」
「……唐周か」
彼は後ろを振り向く。
片手には自分の愛刀。
鈍らではあるが、この時代は斬るより叩く。
圧倒的重量で上から押しつぶすのが、この頃の剣術だった。
唐周と呼ばれた青年は飄々としていた。
それもそのはず、なぜなら張角の弟子であり、張角の個性を色濃く受け継いだ男なのだから。
彼はその姿に自分の王を見たように心やすらぐ。
「そんな重いものぶん回して、何が楽しいんすか?」
唐周はヤレヤレと溜息を吐く。
そんな姿を見て、彼は愛刀を天高く掲げ、太陽の日を反射させる。
「別に振り回すのが楽しくてやっている訳ではない」
彼の太い腕には無駄な脂肪は無く、筋肉で引き締まっている。
それでも彼は一騎当千の伝説の将にはなれない。
才能が無い。
壊滅的に剣術、武術、暗殺術、拳術どれの才能も無いのだ。
「んじゃあ、何でやってるんすか?」
彼は愛刀を振り下ろし、唐周を正面に見る。
ニッと口を三日月のように弧を描かせ、言う。
「決まっている。張角様の為だ」
それを聞いた唐周は小さくやっぱりね、と呟いた。
じきじきに張角から妖術を教わっている途中の唐周。
剣を振り回す才能の無い男を見て、理解の外にそれはあった。
「用が無ければ、私はまた稽古に戻らせて頂くぞ」
「ちょっと待ってくださいっすよ」
彼が背を向けたとき、唐周はその方へ向かい胡坐で座り、どっしりと構える。
つまり、これから長い話が始まるといわんばかりの風貌であった。
「その張角様からの命令っすよ」
木簡を彼に向けて投げる。
彼は再度唐周に向け振り返る。
右手で綺麗にキャッチすると、紐を解き、木管を広げる。
「俺もまだ見てないっす」
張角に言われたらしく、木簡の中の命令を見ていない唐周。
ゆっくり彼はそれを読み進めていくと、段々と再び笑い出す。
しかし、気になる事があった。
別にこの内容、多少大掛かりで王朝の民に多大な被害が出るとはいえ、何故唐周に見せなかったのか。
別に木簡で無くとも、口頭でも出来ぬ内容ではないし、別に周りに漏れようとも、誰も王朝に密告はしないであろう重鎮が控える張角の周囲。
下手に木簡を残す方が、危険な気がしなくもない。
「どんな内容なんすか?」
唐周は彼に問う。
彼は黙って木簡を唐周に投げた。
それを取った唐周はさっさと木簡を広げ、眼を通す。
段々と驚き、木簡の内容の大きさに気がつく。
この策さえ成れば、黄巾党の優勢になるのは確実。
しかも、被害は最悪でもこの命令を実行する彼と唐周のみ。
「これは……本当にやるんすか」
「当たり前だ」
彼は歩を私室へと進めていった。
呆然とする唐周を背に。
策は成らなかった。
当たり前である。
黄巾党は所詮その時代の悪役でしかない。
烏合の衆。
まさに滑稽であった。
彼は無謀にも、十常侍のひとりである宦官の封諝と内通し、洛陽を滅ぼす算段に乗った。
そこまでは良かったのだ。
順風満帆。
一切の間違いはなかった。
いや、唐周に木簡を見せたのが間違い。
唐周は恐れたのだ。
洛陽には幾人もの民が暮らしている。
自分は殺す為に張角に弟子入りしたのか?
いや、違う。
心のどこかに正義感があり、このままでは時代は腐ると考えたから動いたのだ。
民を救いヒーローとして祭り上げられたい。
そんな欲望が胸に潜んでいたのだ。
本人だって分からない欲。
それ故に民が大量に死ぬ策を鵜呑みには出来ず、動いたのだ。
裏切り。
師を捨て、友を捨て、正義感に駆られ、動いたのだ。
欲望だったのかもしれない。
それでも唐周は動いた。
何人もの王朝に仕える暗殺者達。
彼の命を狙い、ついに彼は捕縛された。
唐周により策の内部が王朝に知らされ、彼は公開処刑の車裂きの刑が実行される事になった。
所詮は唐周も彼も小物。
歴史には断片に描かれるだけの笑い者。
ただただ、小さく鈍く愚鈍に愚かに大きく笑われる。
圧倒的な弱者。
序盤の雑魚。
所詮はその程度。
彼は車の輪に手足を縛られ、大の字で貼り付けられ、終に遂に竟にその首に斧が振り下ろされた。
そんな時も彼は言っていたのだという。
「死んでも、張角様の為に」
彼の首は大地に落ち、ベットリとした血は地を塗らす。
しかしその首の先、顔には今にも射殺さんかというほどの眼をした彼のなに言わぬ生首が、斧を振り下ろした者の方ではなく、王朝の方、つまり洛陽を向いていた。
張角は嘆き悲しんだ。
唐周はともかく、彼に対し多大の信頼を寄せていたのだ。
その彼が死に、更には公開処刑という処置に至った事を、痛く嘆き苦しみ憎んだ。
後に歴史に残る戦い黄巾の乱が起こるのだが、彼にはもう関係ない。
当たり前だ。
幾ら張角に対し絶対の忠誠を誓えども、死んでいてはただの肉塊。
ただの霊体では、そこらの石のほうがよっぽど使える。
彼はただただ恨みを背負い、死んでいった。
しかし、その方が良かったのかもしれない。
彼はこの世界に来て後悔した。
管理者によって仕切られるだけの世界。
当然、彼は今はそんな事を知らない。
だが、絶対忠誠を誓った張角が妖術どころか王朝を打ち倒し、世界を平和にすることを微塵も思わず、ただただ歌っているだけだった。
何かの例えではない。
本当に歌い、周囲の民を誑かし、烏合の衆の規模を広げているだけだった。
彼は恐ろしいほどの脱力感を感じた。
嗚呼、我が人生は何の為に。
彼が装と呼ばれる男と出会ったのはもう少し先。
彼はそこから狂ったのだ。
次世代を担う歳の若い者。
その世界で育ち有力になるであろう性別。
その者を自分と同じ不幸に味わわせてやると。
彼は斧を振るう。
散々手足胴体を棍棒で殴った挙句、泣き叫ぶ気力さえなくなった少女の悲痛な顔を見て、笑いながら斧を振るう。
嗚呼、素晴らしき我が狂い。
自分に酔い、紳士と自称し、更に狂っていく。
髪を乱し、眼を血走らせ、笑いながら。
堕ちて行く。
「苦しいかぁ?痛いかぁ?しっかり返事をしないといけないと、親に習わなかったかな?」
彼の語尾には段々と喋りかけるように「な」をつけるようになっていった。
もう二度と才能の無い剣は握らない。
振るうは、少女の首に斧。
一撃で確実に首と胴体を分かれさせ、ベットリとしたその血に喜ぶ。
「良い姿ですな」
今日もまた、二人の少女の首に斧が振り下ろされた。
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久しぶりの投稿。もとい投降です。
最近忙しいんですよ?ほらジョジョ見たりとか……。