No.665216

機動戦士ガンダムSEEDDESTINY 運命を切り開く赤と菫の瞳

PHASE7 交錯するフリーダム
四話を少し書き直しました。

2014-02-22 13:28:10 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2820   閲覧ユーザー数:2734

ビデオの内容は、見るに堪えないものだった。

ユニウスセブン突入の被害で街が焼け、焼け出された家族を人々が、次々に怨嗟の声を上げる。

コーディネイターを抹殺しろ、プラントを討て、と。

このビデオを見せられたらまるで、プラント討伐、 コーディネイター抹殺が地上の人間の総意のように見えるだろう。

だが、

 

『ナチュラルとコーディネイターという括りに囚われ過ぎていませんか?』

 

『ナチュラルがみんながみんな、俺達を憎んだり、そうしなかったりするはずは無いと思います』

 

カガリにはそれは出来の悪い映画にしか見えなかった。

 

「このビデオも、出所は大西洋連邦なんだろう?」

 

その内容のあまりの酷さに、額に血管を浮かせ、腕組みをして今にも掴みかかりそうになるのを堪えながらカガリはタツキに問い質した。

 

「はっ……?そうですが……」

 

タツキはカガリの本心を図りかね、間の抜けた声を出してしまう。

 

「代表。今これを見せられ、怒らぬ者など地上にはいません。幸いにしてオーブの被害は少ないが、だからこそ尚、我等は慎重にならなければならないのです」

 

「慎重にならなければならないのに、性急に大西洋連邦と条約を結ぶのか?」

 

何とかカガリを説得しようとするウナトに、カガリは半ば思いつきで、八つ当たりの混ぜっ返しを入れた。

 

「代表!理念も大事ですが、我等が今、誰と痛みを分かち合わねばならぬものなのか、代表にも充分そのことを考えていただかねば……」

 

ウナトは戸惑いつつも、説得を続ける。閣僚の皆が困惑していた。確かにカガリは、義父ウズミ・ナラ・アスハの残した理念に対して、表面的に強情ではあったが、実際に閣僚達に対してここまで頑なに抵抗することなど無かったからである。カガリは椅子を蹴飛ばしそうな衝動を堪え、すっと立ち上がった。

 

「誰と痛みを分かち合わねばならないか、か……なら私の意見を言わせて貰おう、それはプラントだ!」

 

「なっ!?」

 

カガリの発言に閣僚達は面くらい、どよめいた。

 

「ザフトは正体不明の、しかし連合の関与が濃厚な大型艦に襲撃を受けてダメージを受けているにもかかわらず、ユニウスセブンの破砕に尽力した!テロリスト達との戦闘で僅かとは言え犠牲も出している!にもかかわらずこのような言いがかりに等しい罵声を向けられているんだぞ!その尻馬に乗るのがオーブの在り方としてふさわしいのか!?」

 

「これはオーブの安全に関わる問題なのです、国は貴方の玩具ではない!」

 

カガリが一気にまくし立てると、ユウナが嗜めるように声を上げた。

 

「ならばプラントと組む!デュランダル政権となら安全保障協定も可能だろう、カーペンタリアも近い」

 

「なんですと!?」

 

ウナトが、素っ頓狂な声を上げた。 誰もが信じられないようなモノを見る目でカガリを見た。カガリはプラントと同盟をするといったのだ。それは これまで彼女が固執してきた、ウズミの理念に反するものだった。

 

「本気で言っているのですか!?」

 

ユウナが問い質す。

 

「当たり前だ!大体、前大戦で大西洋連邦はオーブを焼いたんだぞ!」

 

「だが、復興させたのも彼らです」

 

ウナトが即座に言い返す。

 

「焼いたんだから当たり前だ!あの戦争で、オーブは一貫して中立だったのに問答無用で攻め込んできたんだからな!そんなものに恩義を感じる必要が、何処にある!?」

 

正確に言うと、モルゲンレーテが連合のモビルスーツコンペティションに割り込んだ時点で政治的に中立とは言いがたいのだが、それを言ってしまえばむしろ連合寄りであると言える。

 

「大体、オーブが独立国家に戻れたのはプラント側の交渉団のおかげみたいなものじゃないか!彼らが退くといったから、連合もオーブから退いたんだ!そうだろ?これで連合を信用して条約なんかどうやったら結べるって言うんだ!」

 

「それは……」

 

ウナトは言葉に詰まる。

 

「代表、いや、カガリ」

 

ユウナが、真摯な顔でカガリに迫る。

 

「君は本当に、プラントと積極的に組んでも良い、そう考えているのか?」

 

「ああ、そうだ。中立が許されないのならまだしも道義を重んじてプラントにつく。オーブは決して、大西洋連邦の走狗にはならない!」

 

「地上の人の救済は?」

 

「プラントだって地上の支援は推し進めているんだろう?オーブがそれに協力すれば、より救える人は多くなるはずだ」

 

「そうか……」

 

カガリの言葉を聴くとユウナは頷いたようにして前に出て、カガリの傍らに立ち、他の閣僚と向かい合った。 

 

「父上、いえ、ウナト・エマ閣下。私はプラントと積極的に安全保障協定を約定することを前提に代表を支持することにします」

 

ユウナの離反に、他の閣僚からどよめきが起こる。

 

「ユウナ……」

 

カガリは、熱気を帯びて潤んだ瞳で、ユウナの顔を見上げた。

 

「…………」

 

ウナトは軽く目を閉じ僅かに沈黙した後、

 

「全員聞いたな」

 

と、静かにしかしはっきりと言った。

 

「アスハ代表の強い御意志だ。ならば従わぬわけには行くまい」

 

ウナトはアスハの部分を強調して、そう言った。

 

「大西洋連邦との交渉は引き伸ばしを図れ。プラントと極秘裏に交渉をセッティングしろ」

 

「は、はい」

 

「軍に準戦時動員をかけろ。いつ連合がプラントと始めるか、わからないからな」

 

ウナトの号令で、閣僚達が慌しく動き始めた。

 

「ウナト」

 

カガリの声に、ウナトは振り返る。 そこには興奮状態が急速に冷め、いささか気弱になったように見えるカガリがいた。

 

「すまない、ユウナも」

 

「さて。何のことやら。代表はこの国のあり方を決めただけのこと。我々はそれに従っただけに過ぎまぬ」

 

とぼけたように、ウナトは言った。

 

「そうだよ、カガリ」

 

ユウナは言って、カガリに向かってウィンクして見せた。

翌朝。

 

代表官邸でカガリが行政府に出勤する準備を整えていると、そこへアスランがやってきた。

 

「おはよう」

 

「アスラン!」

 

突如訪問したアスランに、カガリは軽く驚いたように声を上げると、思わず視線を逸らした。

 

「?」

 

アスランはカガリの態度を怪訝に思い、近寄って訊ねる。

 

「オーブ政府の状況は、よくないのか?」

 

「いや、そんなことは無い。むしろ吹っ切れた、そんな感じだ」

 

「吹っ切れた?」

 

カガリの表現に、アスランは意図がわからず、鸚鵡返しに聞き返してしまう。

 

「ああ」

 

「?……まぁ、カガリにとって好ましい方向に動いてるのなら、それで構わないけどな」

 

結局、アスランはその言葉を完全に理解できなかったが、カガリの様子に問題は無いのだと感じ、そう言って笑顔を向けた。

 

「しかしすまなかった。昨日は結局、ずっと行政府で……」

 

「いや、こんな情勢だ、仕方ないさ」

 

アスランはそう言って、一区切りつけてから、

 

「それで、だ」

 

と、切り出した。

 

「俺はプラントに行ってくる」

 

「え?」

 

アスランの言葉に、今度はカガリの方が一瞬キョトン、としてしまう。

 

「オーブがこんなときにすまないが、ここで俺が出来ることは限られている」

 

「アスラン、でも、そうしたらお前は……」

 

カガリは困惑気な表情を浮かべた。

 

「デュランダル議長なら、よもや最悪の選択はしないと思うが、未だに父の言葉に踊らされている人達がいるんだ。プラントで……俺が、アスラン・ザラが出来ることがあるなら、やれるだけのことはしたい」

 

「そうか……まぁ、わかった」

 

アスランの真剣な顔つきに、カガリは穏やかに苦笑して、そう言った。

 

「私としては、さびしくなるが仕方ない。お前はお前の、出来ること、やりたいことを果たせ」

 

「ありがとう、すまない」

 

アスランはカガリに礼を言いつつ、早くも宇宙に浮かぶ故郷へ思いを馳せていた。

 

「……ユウナ・ロマとの事は、わかっているけど」

 

突然切り出されてカガリがキョトン、とする。アスランは目を逸らし、ポケットから手を出しながら続ける。

 

「やっぱり、面白くないから」

 

そしてカガリの左手を取り、薬指にポケットから出した指輪を素早くくぐらせた。カガリはぽかんと手を上げて、たっぷり五秒はそれを見つめた後、大声を張り上げる。

 

「っ……ええええっ!?」

 

アスランは目を逸らしたままだ。ややあってそっとカガリの表情を窺い、相手が唖然とした顔で食い入るように自分を見つめているのに気付く。彼は急に恥ずかしくなり、慌ててまた目を背けた。

 

「おっ……おまっ、いやっ、あのっ……」

 

カガリも口をぱくぱくさせるばかりで、なかなか返事にならない。やっとその口からまともに出た言葉はこうだった。

 

「こっ……こういう指輪の渡し方って、無いんじゃないかっ!?」

 

アスランは憮然と返す。

 

「…………悪かったな」

 

あまりにシチュエーションに合わないやりとりだった。二人はやっと顔を見合わせると、つい噴き出す。アスランにはロマンチックな口説き文句など吐けないし、カガリにもそんな返事は期待できない。自分たちにはこういうのが似合いだ。

カガリはそれでも頬を染めて指輪を見つめた後、アスランを見上げて微笑んだ。

 

「……気をつけて。連絡をよこせよ」

 

「カガリもがんばれ」

 

アスランは彼女を強く抱きしめた後、軽くキスして体を離した。

その日、カガリは通常の公務に着るスーツではなく、フォーマルなドレスを着ていた。だからと言うわけでもなかったがねそわそわと落ち着かない。

 

「カガリ。どうしたんだい、そんなそわそわして」

 

ユウナはやってくるなり、落ち着かない様子のカガリを見て、心配気に訊ねた。

 

「あ……いや、さすがに落ち着かなくて、な」

 

カガリは誤魔化すように苦笑した。

 

「そうかい、無理も無いね」

 

ユウナはそれを単純に受け止め、笑顔でそう言った。

 

「それより、良いニュース……オーブにとっては。カガリにとっては、そうでもないかもしれないけど……」

 

ユウナは苦笑気味にそう言った。 カガリの表情が一転、重く暗いものになる。

 

「…………聞かせてくれ」

 

カガリは覚悟を決めたように低い声で言った。ユウナの方も表情が険しくなる。

 

「連合がプラントに宣戦布告したよ」

 

「やっぱり、か」

 

ある程度予測してたとは言え、そのことを聞かされて、カガリは重苦しく、唸るような声をだした。

 

「でも、それはオーブにとってあまり良いニュースじゃないんじゃないか?」

 

カガリは険しい表情のまま、ユウナに問い質すように言う。

 

「続きがあるんだ。連合は開戦劈頭、プラントに奇襲攻撃をかけた。連合側はひた隠しにしているが、プラント側の筋ではNJC付の核ミサイルが使われた」

 

「なっ!?」

 

カガリは目を剥いて驚愕の声を出した。

 

「プラントに核ミサイルを撃ち込んだのか!また性懲りも無く!」

 

憤慨の言葉を上げた後、カガリは憔悴した表情でユウナに訊ねる。

 

「それでプラントの被害は!?また破壊されたコロニーがあるのか?」

 

「いや、発射された核ミサイルはすべて迎撃されて連合側の攻撃部隊は壊滅させられたそうだよ。プラントの新しい対戦略核兵器(アンチ・ニュークリア・ウェポン)でね」

 

「そうか……」

 

おそらく膨大に出ただろう連合側の戦死者のことを思うと気が重いが、プラントと安全保障協定の約定を推し進めているオーブにとってはプラスだ。宇宙での敗北の皺寄せは地上側の戦力にも来る。功を焦ってオーブにちょっかいをかけてくる可能性も否定できないが、カーペンタリアのザフトが黙っていない。カガリは知る由も無かったが、ウナトはプラントと申し合わせ、未だ整備中のミネルバを人質として扱うことで正式締結前に連合がオーブに進行した場合、ザフトがそれに介入する建前にすることになっていた。

もちろん、大西洋連邦にそのカードは確信は与えない程度にちらつかせている。そして今日この日、オーブの国内外に向かって、プラントとの協定の締結、そしてユウナ・ロマ・セイランとカガリ・ユラ・アスハの正式な婚約が合わせて発表されることになっていた。

だが……カガリが落ち着かない最大の理由はむしろその後者の方にあった。

 

「それじゃあ、僕はちょっと父上や他のスタッフと打ち合わせがあるから」

 

そう言って、ユウナは踵を返した。

 

「ゆ、ユウナ」

 

カガリは、思わずユウナを呼び止めていた。

 

「ん、なんだい?」

 

ユウナは足を止め、カガリを振り返る。

 

「い、いや……なんでもない」

 

「カガリ、安心して。上手くいくよ。いや、僕達が絶対にうまくやってみせるさ」

 

政治問題の方で心配しているのだと思ったユウナはカガリを落ち着かせようとわざと軽い口調で言い、手を振りながら去っていった。

 

「はぁぁ……どうしたらいいんだろうなぁ ……」

 

もし、ほんの少し以前のカガリであればユウナとの婚姻など本意じゃないんだ、と言い切ったことだろう。だが行政府でプラントとの同盟を決めた 時の一件で、カガリの中でユウナの株が急上昇してきた。アスランにその気はあるし、ザフトのパイロットの前では勢い否定したものの、その実かなり強い想いだ。だが、その当人はこの火急の時期にカガリを置いてプラントに 行ってしまった。それ以来、カガリの心はユウナを支えにしてしまっていたのである。アスランを裏切りたくは無い。さりとてユウナを無碍にもしたくない。カガリは今、自分でも柄でもないともこの時勢に不謹慎なとも思いつつ、どうしようもなく恋に悩む乙女になっていたのだった。

婚約発表式典会場。

そこに来賓として、なぜかマユ達ミネルバのモビルスーツパイロットも招待されていた。パイロットのみの招待なのは既にミネルバが整備を終わってドックから抜け、出航に向けて準備する為、艦そのものの乗員はその作業に就いていたからだ。また、パイロットの中でも、招待されたのはマユ、ルナマリア、レイ、イチカ、シンつまりザフト・レッドの5名だけだ。もっとも、実際に来ているのはシンとイチカを除いた三名なのだが

 

「でも…………」

 

最前列の席が用意され、居心地悪そうにする3人だったがやがてルナマリアが沈黙に耐えかねたのかのように、小声で2人に話しかけた。

 

「アスハ代表の婚約者になるって人、ユウナ・ロマ・セイランだっけ?本当は大西洋連邦よりの政治家なんでしょ?何だってあたし達をここに招待したのかしら?」

 

「さあな。俺に聞かれても答えられるはずが無いだろう」

 

レイは、素っ気なくそう言った。

 

「なによ、つれないわね」

 

ルナマリアは不機嫌そうな表情でそう言ってから、

 

「ね、マユちゃんはどう思う?」

 

と、マユに振った。そのマユは仏頂面で椅子に腰掛けていた。

 

「私達へのあてつけ」

 

「へ?」

 

マユはあっさりとそう言う。ルナマリアは一瞬キョトン、として聞き返してしまった。

 

「婚約発表式典にかこつけて、同時に大西洋連邦との条約締結の発表でもするんじゃないのかな。それで私達に吠え面かかせようって寸法なのかも」

 

「マユ……お前、ずいぶん曲がったモノの見方をするんだな」

 

レイが、口調では冷静を保ちつつも、マユの今まで知らなかった一面を見たというか、歳の割りにひねくれた考え方をするのだというか、そんな感じを持って言った。

 

「そうかな。お兄ちゃんもイチカお兄ちゃんもきっとそういうと思うよ?他の国だったらまだしもこの国のことを考えるんだったら、ひねくれて考えないと。道理をMSで蹴っ飛ばすような国だからね」

 

マユは険しい表情をしながらも、口調は自然なものでさらりとそう言った。それを聞いたルナマリアは呆気にとられる。

 

「マユちゃん……いったい、何があったの?」

 

唖然としたルナマリアが、そう訊ねる。

 

「別に」

 

マユは不機嫌そうな口調でそう言った。

 

だが、そのマユもこの後起こる事態は予想の範囲外だった。

 

司会のアナウンスに導かれて、お互いフォーマルな装いのユウナとカガリが壇上に上がる。カガリの表情はやや暗く、おろおろと困惑している様子だった。ユウナはそれを見て、肘でカガリを軽くつつくと、

 

「カガリ、ほら、みんなが見てる。とりあえず笑顔作って」

 

と、小声でカガリに言った。

 

「あ、そっ、そうだなっ」

 

ひっくり返りかけた声で答えると、カガリはぎこちない笑顔を作って会場に集まった来賓や民衆に手を振った。そして、2人はそろってマイクスタンドの置かれた壇上の中央に立つ。

ユウナが、2人の正式な婚約を宣言するべく、マイクに向かって口を開きかけたその時。

 

轟音とともに、会場の屋根が引き剥がされた。

 

「ちょっ、一体、どうなってるのよッ!?」

 

来賓席にいたルナマリアは、崩れ落ちてくる天井の残骸から身を庇いつつ、不機嫌そうに声を上げた。

 

『カガリ!』

 

スピーカー越しの声が、聞こえてきた。マユはその音源の方を振り返る。そこにいたのは、1体のモビルスーツ。

青と白のカラーリング、天使の翼のような空力制御板。瞳の中に、脳の奥深くに、胸の熱い場所に、その姿、その記憶が、よみがえる──!!

 

「…………フリー……ダム……!!」

 

そう呟いた瞬間、マユはその場から駆け出していた。

 

「ちょ、ちょっとマユちゃん!?」

 

「ルナマリア……!まずは民間人の保護だ、 急げ!」

 

「あ、う、うん」

 

駆け出したマユに驚いて、追いかけかけたルナマリアだったが、レイの言葉に、それを断念する。眼下で右往左往する民衆には目もくれず、フリーダムは会場の外側を回りこむようにして壇上に接近し、そこへ腕を伸ばそうとした。

 

「なっ!?何でフリーダムがこんなことを!キラ!!」

 

「駄目だ、カガリ、逃げるよ!」 驚愕に立ち尽くしかけたカガリの腕を掴み、ユウナは彼女を引っ張って逃げ出す。入れ替わりに上がってきた憲兵隊が、小銃で応戦するがVPS装甲のフリーダムには蚊が差した程度のダメージすら与えられない。だが、フリーダムはそこからカガリがいなくなったと見るや、それには興味が無いといわんばかりに腕を引き、周囲をうかがっ た。

 

「軍の迎撃……間に合わないか……」

 

会場裏手の駐車場にまで逃げてきたユウナ 、フリーダムを振り返り、忌々しそうにそう言った。準即動体勢になっていたとは言え、それは あくまで外部からの侵攻を想定したものだ。まさか、オーブの領土・領海内から、しかもたった1機のモビルスーツが襲撃してくるとは、考え て もいなかった。加えて──

 

「間に合ったところで、M1じゃフリーダムに太刀打ちできないぞ!」

 

「そ、そうか」

 

カガリが言い、ユウナも戦慄の言葉を口にした。

 

「とにかく逃げよう。彼の意図が何であれ、このまま捕まるわけには行かない」

 

「あ、ああ」

 

憲兵隊が使っている、軍用のオフロードワゴンの運転席にユウナが乗り込み、エンジンをかけた。助手席にカガリが飛び込むと、乱暴に発車した。

 

「しまった、市街地に!」

 

フリーダムのコクピットで、キラはカガリとユウナが乗ったオフロードワゴンが幹線道路に飛び出していくのを見つけた。

 

「カガリ、何で逃げるのさ。僕は君を助けに来たのに!」

 

そう言いつつ、バーニアを静圧モードにして、脚による歩行で市街地に飛び出す。突如現れ、市街地を闊歩するモビルスーツ人々が逃げ惑う。キラはそれも構わず、オフロードワゴンを追った。だが、バーニアが使えないためなかなか距離が縮まらない。

 

「この!」

 

焦れたキラは、トリモチ・ランチャーを使用し、オフロードワゴンの直前に放った。

 

「しまった!」

 

ユウナはフルブレーキをかけるが、遅かった。オフロードワゴンは緩くスピンしながら、路上に広がったトリモチに突っ込んでしまう。追いついてきたフリーダムが、オフロードワゴンを鷲づかみにして持ち上げる。

 

「キラ・ヤマトォ!」

 

変形した運転席の扉を蹴破り、ユウナがフリーダムの手に乗り出して怒鳴る。

 

「いくら君がカガリの弟でも、こんな狼藉は許されないぞ!直ちに機体を停止させるんだ!」

 

フリーダムのツインアイを睨みつけ、ユウナは毅然と声を張り上げる。

 

「自分だって、国を勝手に動かそうとしているくせに。自分勝手だね」

 

キラは、外部スピーカーは入れずに呟いた。フリーダムはユウナは無視といわんばかりに、オフロードワゴンの屋根をいとも簡単に引き剥がすと、助手席にいたカガリを掴み上げようとした。

 

「ユウナ!」

 

「カガリ!」

 

カガリが反射的に助けを求めて、手を伸ばす。ユウナは必死にそれを掴む。しかし、フリーダムがカガリをさらに持ち上げた為ユウナは宙吊りにされかける。

 

『いい加減、カガリを離してくれませんか?』

 

ようやく外部スピーカーを入れ、キラはユウナにそう言った。

 

「ユウナ、お前が危ない、一旦離すんだ」

 

カガリはユウナを気遣って、悲痛な表情で言う。

 

「そんなこと、出来るわけ無いだろ!カガリはこの国の元首で、僕はその婚約者なんだぞ!」

 

ユウナは歯を食いしばり、カガリの腕を握り続ける。

 

「もう、いい加減にしてよ」

 

コクピットでキラがそう呟くと、フリーダムはオフロードワゴンの方をゆすって、ユウナを振り払おうとした。

 

「ぐっ!?」

 

ユウナの脚が、オフロードワゴンの残骸に引っかかった。その弾みでカガリから手が離れてしまう。だが、同時にオフロードワゴンからも脚が外れ、ユウナはアスファルトの路面めがけて、頭から転落した。

 

「ユウナっ!?」

 

カガリが覗き込む。路面に打ち付けられたユウナは、ぴくぴくとしながら、頭部の辺りから路面に血液が飛 び散っていた。

 

「ユウナ、ユウナぁぁっ!!」

 

カガリは悲痛な叫びを上げる。そのカガリの様子を気にすることも無いかのように、フリーダムは彼女を抱えて、市街地を後にした。

「ですが、まだ協定は正式に締結されておりません。そちらの主権を侵害することになりますが……」

 

ミネルバ艦橋。

タリアがモニター越しに会話している相手は、ウナトだった。出発に向けてブリッジクルーも慌しく準備していたところへ、その緊急連絡が飛び込 んできた。

 

『これは軍事的要請ではないのです!わが国の元首が誘拐されようとしている、この非常時に手段は選んでいられません!我が方もモビルスーツは所有していますが、おはずかしながら相手があのフリーダムでは……』

 

ウナトは憔悴しきった表情と声で、タリアに言う。

 

「しかしこちらも、フリーダムに勝てるような機体は……」

 

『ブリッジー!!』

 

タリアが困惑して言いよどみかけたとき、今度は艦内の通信が艦橋を呼び出した。

 

『ガイア出られます、許可をください!』

 

サブディスプレイに姿を見せたマユは、鬼気迫る様子でタリアに迫った。

 

『こっちもゲルググで出ます!』

 

今度は別のサブディスプレイからイチカが姿を映した。マユから事情を聞き、格納庫に来ていたのだ。

 

「でも、まだ動力が入ってないよ三人とも!カタパルトが使えない!」

 

そう言ったのは、CIC席に座るメイリンだった。リニアカタパルトは電気食いだ。主機関が起動していない状況では、使用できない。

 

『ガイアなら、カタパルト無しでも間に合います!扉だけ開けてください!』

 

『こっちもブースターを使って行く!許可を下さい!』

 

マユとシンの気迫にタリアはごくりと息を飲み込んでから、

 

「出撃を許可します。ただし、状況指示はオーブ軍に従うこと。よろしいですね?」

 

と、はっきりとした口調で、そう伝えた。

 

『了解です! マユ・アスカ、ガイア、行きます!!』

 

『イチカ・オリムラ、ゲルググジェネラル、出撃する!』

 

左舷と右舷の発艦デッキの気密扉が開放される。マユはデッキの上でガイアを4脚形態に切り替え、ミネルバから飛び出していった。その後ろを、二機のゲルググが飛び出すと後を追い掛ける。

 

 

 

市街地の入り口を確認したところで、そこにフリーダムの姿を見つけた。

 

「逃がさないよぉぉっ!!」

 

市街地を抜け、飛び上がろうとしていたフリーダムの正面に4脚形態のまま回りこむと、その背中をフリーダムの前面にぶつけた。

 

「ぐぅっ……!!」

 

フリーダムのコクピットのデッドスペースに押し込まれていたカガリが、くぐもった悲鳴を漏らす。

 

「な、何っ、これ……」

 

突如現れた4脚モビルアーマーに体当たりされ、キラ は目を白黒させる。

かと思いきや、その4脚モビルアーマーは、フリーダムが体勢を整える間に、2脚人型のモビルスーツに変形した。ツインアイを持つGタイプのモビルスーツだ。

 

『マユ・アスカ、イチカ・オリムラ。フリーダムの中にはアスハ代表が囚われている、慎重に!』

 

「「了解!」」

 

言いつつも、マユはガイアの右手にヴァジュラ・ビームサーベルを、イチカはテンペストビームソードを握らせる。

 

「あれはオーブのモビルスーツじゃない?」

 

「そうだ、ザフトの、ミネルバのモビルスーツだ。キラ、悪いことは言わない。あちらに私を渡すんだ」

 

キラの言葉にカガリは答え、そう言った。

 

「えっ、どうしてザフトにカガリを渡さなきゃいけないの?」

 

「オーブとプラントは同盟を組む予定だったからだ。だからあのモビルスーツは私を助けに来たんだ。さあ、あちらに私を渡せ」

 

軽く驚いたように聞き返すキラにカガリは強い調子で言った。マユは、フリーダムの腰部を狙って斬りこむ。だが、キラはカガリとやり取りをしながらも、ガイアの斬撃をいとも簡単にかわした。

 

「っ」

 

その先を読んだイチカが今度はテンペストビームソードで羽根を斬りに掛かるが、これも避けられてしまう。

 

「仕方ないよね……」

 

ガイアとゲルググが振り返るより早く、フリーダムはバラエーナ・ビーム砲とクスフィアス・レール砲を射撃位置に起した。

 

「はっ!」

 

間一髪、マユはガイアをスナップさせて、その射撃から逃れる。イチカは避けきれないと判断してアブゾーブシールドで防ぎ、エネルギーを吸収する。

 

「このっ!」

 

並行してゲルググの高エネルギービームライフルを構え、フリーダムに向かって撃った。だがコクピットを外すという制約から、それは簡単にフ リーダムに避けられてしまう。

 

「何をしているんだ、キラ!」

 

カガリが、不機嫌そうな声でキラを咎める。

 

「ザフトは信用できないよ。カガリを渡すなんて出来ない」

 

「何をバカな事を言ってる!」

 

「だって、ラクスは彼らに殺されそうになったんだよ!?」

 

「何っ!?」

 

キラの言葉に、カガリの顔色が終わった。そのまま、カガリは絶句してしまう。

 

「これなら、どうだーっ!!」

 

マユはガイアに、字を描かせるように急機動させ、フリーダムの射点を外しながら急接近する。そのまま、機動防盾を構えてシールド・タックルをかけようとするが

 

「やめてよね、その程度で、僕にかなうわけ無いだろ」

 

それが極まると、マユ自身も、カガリも、イチカも、傍から見ていた者達もそう思った瞬間、キラは瞬時にしてフリーダムを捻ってかわした。

 

「え、ええっ!?」

 

ガイアはバランスを崩し、つんのめる様に前倒しになりかける。マユは瞬時に姿勢を入れ替えて、そのまま踏ん張って構えなおさせる────が。

 

「悪いけど、君達に構っている暇は無いんだ」

 

その僅かな間に、フリーダムはスラスターを吹かしてガイアから一気に離れ、そのまま気流制御ウィングを広げて、飛び上がった。

 

「逃がすかっ!!」

 

イチカはエネルギーをディスチャージしたゲルググに地上を駆けさせ、追いかける。だが、いくらもしないうちに海岸線に行き当たってしまった。ゲルググは空を飛べない。イチカの見ている前で、フリーダムはやがてスラスターの輝点となり、消えていった。

 

「うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

イチカはゲルググのコクピットで絶叫した。

 

「イチカお兄ちゃん!!!」

 

マユがガイアの手を差し伸べようとするが、その手は間に合わず結果ゲルググは頭から海につっこんだ。

 

 

 

 

「ユウナ・ロマがあのようになったのは計算外だが、後は全て予定通りだな」

 

同じ頃、オーブ行政府の近くから、同様に飛び去っていくフリーダムを見ていた人物がいた。その表情が、醜くほくそ笑む。すべて自分の思惑通り、と言った様子だ。もちろんユウナを心配するような様子はひとかけらも無い。

 

「ウナト・エマを拘束しろ」

 

タツキ・マシマは、憲兵隊の制服を着た数人の男にそう命令した。


 
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