No.66451

龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:中之一~

龍王放浪記の続き
龍志と思春の悲恋譚

中編は訳あって小出しにします
中之一のお題は『思春は鈴を貰うだけじゃないと思うんだ』

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2009-04-01 19:20:12 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4737   閲覧ユーザー数:4196

 

『龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:中之一~』

 

 

あの江賊達との戦いから数週間。

龍志あの後、思春の家に食客として逗留していた。

こう書くといきなり二人が親しくなったような気がするが、そもそもある程度の地位にあるものなら食客を雇う事は別に特別でも何でもない。

加えて川を流されてきた龍志には腰の剣以外には路銀の類もなく、根なし草の言葉の通り帰る所もないのだ。そんな龍志をあの後放置することは、かつて任侠の徒であった思春には出来なかった。

そんなこんなで龍志は今日も思春の手伝いを兼ねて、彼女と共に街の査察に出ている。

 

 

「しかし、親衛隊長自らが街の査察とは…そんなに人手不足なのか?呉は」

呉都・建業の市場を龍志と共に歩いていると、不意に彼がそのような事を言った。

ちなみに今日の彼の格好は新緑の着流しという、北郷の領土から来た商人が持っていたものだ。

これが龍志の精悍な雰囲気と見事に調和しており、彼が街を歩いているだけで服の珍しさもあるだろうが、年頃の娘達の視線を奪っていっている。

「最近は派閥争いが悪化していてな、下からの報告だけではいま一つ信頼できん。だから信憑性の高い情報を得るためにこうして街に出ている」

その娘達に知らず知らず険しい顔を向けて思春が答える。

ちなみに彼女の姿はいつもと変わらず、腰には二つの鈴が揺れている。

「成程な……あ、ちょっとすまない」

思春の言葉に頷いていた龍志だったが、突然何かを見つけたように雑踏の中に姿を消してしまった。

それを見送り、思春はまたかと言ったような表情で彼の消えた人ごみを見詰めた。

龍志が思春の客将となってからと言うもの、彼は思いのほかによく働いていた。

思春の頼む他愛のない公務から彼女が頭を抱えていた雑務まで龍志はそつなくこなしていく。

その仕事ぶりたるや、親衛隊の案件は向こう半年分が片付いていた。

加えてふらりと街に出たかと思えば少ない給金で買ってきた食材で驚くほど美味い料理を作り、気まぐれに笛を吹き琴を鳴らせば屋敷中の人間がそれに聞き入り、今日は見ないと思えば老人と日向ぼっこをしていたり。

良くも悪くも掴み所のない万能人なのだ、龍志と言う男は。

そして何より、龍志には不思議な魅力があった。

ただそこにいる。それだけで皆を安心させる雰囲気。

もしも思春が北郷一刀を知っていたら、彼との共通点と相違点に気付いたかもしれない。

一刀も龍志もその存在が周りに安心をもたらすという点は似ている。しかし、一刀がその振る舞いを示すことで信頼を勝ち得るならば、龍志はまず不思議な魅力で周囲を惹きつけ振る舞いを示す。

どちらが優れているとも言えないが、二人とも人の上に立つ者として類まれな資質を持っているのは明らかだ。

 

閑話休題。

 

とまあそんな龍志であったが、一つだけ思春を閉口させている悪癖があった。

それが現在発動している放浪癖である。

何か興味があるものを見聞きするや、彼は知的好奇心の赴くままにそこへ向かって姿を消す。

先日など三日ほど姿をくらましようやく戻って来たと思ったら、伝説の茸とやらを探していたらしくずっと山中を彷徨っていたのだと言う(ちなみにその茸で龍志が作ったお吸い物は思春ですら言葉を失う程美味かった)。

その時のことを思い出し、ただでさえ無愛想な顔をさらに剣呑なものにする思春。

一日目は何時ものことだと溜息をつきながらも放置し、二日目の終わりには今回は随分と長いなぁと気になり始め、帰ってくる直前には捜索隊を出すべきか真剣に考えていた。

(まったく…人の気も知らないで……)

ここでふと、思春は今の自分の心の呟きに首を傾げる。

(人の気?私はあいつをどう思っているのだ?)

食客。その通りだが何か違う。

友人。違いはないと思うがやはり何かがしっくりこない。

(考えてみれば奴が現れてからと言うものどうにも落ち着かないというか、むしろ非常に落ち着いていると言うか……ええい、私はどうしたというのだ!!)

「何を考えているかは知らないが、往来で剣呑な顔をして立っているんじゃない。周りが怯えているぞ」

「っ!?」

何時の間に戻って来ていたのか、自分をのぞきこむ二つの深緑の輝きにビクッと震える思春。

「な、何でもない!それよりもいきなり消えてどこに言っていた!」

「いや、良い物を見つけたんでちょっとな」

そう言ってぶら下げた紙袋を見せる龍志。

また食材か何かかと思う思春に、龍志はその袋を差し出した。

「……何の真似だ?」

「似合うと思ってな。何でも天の国にある聖なる衣裳だそうだ」

しばらく無言でその紙袋を見詰める思春。

そして満面の笑みでその思春を見詰める龍志。

何を見ているのかは解らない紙袋。

「………はぁ」

溜息一つついて、思春はその紙袋を受け取った。

「受け取っておいてやる…その換わり、勝手にどこかに消える癖はどうにかしろ」

「む…そうか。しかしこればかりは俺も自重しようとはしているんだが……」

腕を組み端正な顔を歪めて「むむむ」とうなる龍志。

一瞬。「何がむむむだ!!」という台詞がどこから聞こえた気がしたが、思春は全力で見逃した。

「…まあ良い。譲歩してやる」

そう言って思春は腰の鈴を一つ外すと、先程龍志がしたように彼に向かってそれを差し出した。

「えっと…」

「場所を教える為の鈴だ」

「俺は猫か!?」

「似たようなものだ。半分は犬だがな」

「人間の要素無しかい!?」

「良いから受け取れ!この服の礼も兼ねていると思え!!」

自分が今まで身につけていた物を出しながらのこの発言…さすが思春さん。まじでぱねぇっす。

やがて龍志も諦めたのか鈴を受け取り、着流しの腰帯に結びつけた。

 

チリーン

 

鈴の澄んだ音が彼の耳朶を打つ。

「……悪くないな」

「だろう?」

ふっと笑う思春におみそれしたと手を挙げる龍志。

穏やかなとある日の午後、二人の査察まだ半分も終わっていない。

しかし、こういうのも悪くないと思春は思う。

それが忙しい日常の憩い故か、共にいるのが龍志だからなのかは彼女にも解らなかったが。

 

                      ~続く~


 
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