No.66141

龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:前~

帝記・北郷よりも過去のお話。
原作キャラとオリキャラの悲恋モノ。

それでも良い方のみお進みください

2009-03-31 03:44:10 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:7488   閲覧ユーザー数:6247

『龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:前~』

 

 

正史、外史を問わず、往々にして世の中とは不確定要素に満ちているものである。

そしてそれらの不確定要素が発生するかどうかすら、偶然と言うあくせくと世界に生きる我々にとってはまっこと傍迷惑なものに左右されており、かといって全てが必然によってなされる世界であるならばそれはそれでつまらない。

要するに、偶然に放浪されながらも偶然をいかに楽しむかということがこの世界を楽しく生きる上では重要なことであると言う事だ。

そう考えれば北郷一刀という人間は非情に賢い。突然如何なる所に飛ばされようと、その果てにある物語を迷うことなく進んでいく。仮にそれは彼が鈍いというだけのことだとしても、結果論を言えば(その物語の結末を度外視すれば)幸せな事に変わりはない。

とはいえ世界を生きる人間が皆、北郷一刀のようかといえばそのようなわけはなく。ある者は正史や外史といった世界の仕組みを知ることなく流れに流され、ある者は流された果てに諦め時には絶望する。

ほんの些細な偶然が運命を変え、不確定要素が未来を握る。

これはそんな世界で起こった、取るに足らない物語。

 

 

長江は大きい。

身も蓋もない言い方だが、そう言わざるを得ない。

そも、初めて長江を見た人間は(無論、生まれた時から見ている者は除くが)その大きさに海と見間違う事も少なくない。

といってもそれは西暦2010年現在の話であり、今話を進めている後世において三国時代と呼ばれる世界ではそもそも海を知る者が少ないのだから、はたして初めて長江を見た人間がいったいどのような思いを抱くのかは推してしきれぬものがある。

とはいえ、長江に限らず大陸の河川を行く者達が常に気をつけねばならないものの一つは、現代の我々でも容易に想像がつく。

そう、江賊である。

船舶を使い、河川にて略奪行為等を働く不逞の輩。

というと本当にただの賊にしか聞こえないが(間違ってはいないが)、彼等の操船技術や勇壮さは時の権力者に買われて兵士として召し抱えられるというケースも少なくない。

こと、三国において孫呉はその実例も多く、江賊あがりの将という者も少なくない。

その中でも特に有名な者を上げろと言われれば…多くの者が答えるであろう、甘寧の名を。

 

長江の支流。その一つを行く一艘の船。

大きすぎず小さすぎず、そんな船の上に乗るのは荒くれの言葉の似合う壮健なる男達。

彼等はある者は過ぎゆく長江の風景を楽しみ、ある者は仲間と碁に興じ、ある者は他愛のない話をしては口を開けて笑っている。

そんな男達から少し離れた船縁に腰かけ、釣り糸を垂れる少女が一人。

褐色の肌。眼光鋭き双眸。紅き衣に黒の首巻き。紫がかった黒髪を白い布で纏めている。

そしてその腰に揺れる二つの鈴。

姓を甘、名を寧、字を興覇。

呉の誇る静かなる闘将・鈴の甘寧である。

と書くと、何故そのような人物がこのようなところで釣り糸を垂らしているのかと言いたくなるが、それには当然訳がある。

黄巾の乱から始まった大陸の動乱も収束へと向かい、天下は魏、呉、そして北郷の三勢力により分かたれた。

現在、北郷と魏は中原で鎬を削る戦いを繰り広げており、呉は北郷と同盟を組みながらその戦況を見守っている。

いずれが勝つにせよ、戦いの嵐は江東へもやってくるだろう。分かたれた天に永劫の平和など無いのだから……。

こんな状況下で、いずれ来る時への英気を養えと言うかのように甘寧とその直属の部下十数名へ孫権直々に休暇が出されたのだ。

始めは反対した甘寧であったが、主君の心遣いを無碍にするのも気が咎めるということでありがたく休暇を貰い、現在こうして部隊長達と穏やかな川下りを楽しんでいる。

部隊長達は皆、彼女が錦帆賊と呼ばれていたころからの仲間ばかり。つまりは気心の知れた旧友ばかり。

こうして一人で釣り糸を垂らしていても不快に思わず、時折交わされる会話も笑いながらできる心地の良いもの……。

 

鈴の甘寧。敬愛する主へのさらなる忠義を誓いながらこの穏やかな一時を楽しむ。

 

と、ここで甘寧の竿に手ごたえがあった。

成れた手つきで竿を上げる甘寧だが、それをあざ笑うかのように魚は上がってこない。

「……っ!!」

さらに力を入れるが、竿が頭(こうべ)を垂れるばかりで糸は未だに水面に突き刺さったまま。

ここにおいて甘寧の様子がおかしい事に気付いた部隊長達がぞろぞろと集まって来る。

「頑張ってくださいお頭」

「お頭に釣り上げられねえものなんてありやしませんぜ」

周りからの歓声や応援に、甘寧はふっと微笑んでみせる。

流石は鈴の甘寧。そこに痺れる憧れる。

そして彼女が渾身の力で竿を引いた時、遂にその先が姿を現した。

釣り針にかかったものの正体に、部隊長達は言葉を失う。

釣り上げた本人さえ、呆然とそれを見ていた。

長い黒髪、旅の武芸者の服に重厚な造りの長剣を佩び、腰紐で釣り糸に結ばれた……。

そう、それは若い男だった。

「は、はは…凄えぜ、頭が男を釣り上げちまった」

誰かがそう言う。

その言葉に誰も反応は出来ない。

とその時、甘寧の手の釣竿が悲鳴を上げた。

そもそも、そこまでがたいが良くはないとはいえ成人男性一人を抱えてここまで竿や釣り糸が持っていたのがおかしい。

 

ひゅーバシャーン!!

 

再び男は水の中に消える。

「…………」

「…………」

「……大変だーー!!」

数瞬の間をおいて、部隊長達が幾人か水の中に飛び込み、幾人かが縄を持ってきた。

その光景を甘寧はしばらくぼんやりと見ながら。

「………はっ!?」

ようやく現実に戻ってきた。

これが『人をやめた人間』と『江賊あがりの親衛隊長』のファーストコンタクトだったのだが……。

 

正直、ロマンもへったくれもあったものではなかった。

 

 

「いやぁ、危ない所を助けてもらい何とお礼を言ったら良いか……」

あの後、部隊長達によって助けられた男は別に人工呼吸などというお決まりの展開もなく自然と意識を取り戻し、水の滴る衣服から体格の似た部隊長から借りた服に着替え鴉色に濡れた髪を日光で乾かしながら甘寧と相対し座っている。

「別に…助けたのは私の部下だ」

その言葉にへへっと照れたりふんっとそっぽを向いたり胸を張ったりする部隊長達に、深々と男は頭を下げる。

「で、どうして溺れていた?」

「どうしてと言われても。河に落ちたからだとしか…」

「その理由を聞いている」

言葉の端に怒気を漂わせる甘寧に、男は動じた風もなく肩をすくめ。

「話せば長くなるが…」

「短くすませろ、三十字以内で」

「旅の途中で河を渡ろうとしていたら脚を滑らせて落ちて流された」

きっちり三十字。

「…よく生きていたな」

「まあ、頑丈なのが取り柄なのでな鈴の甘寧殿」

刹那、男の喉につきつけられる大振りの曲刀。

「貴様…どうして私の名を」

「腰の鈴を見てカマをかけてみただけだ。当たって何よりだよ」

命を握られているにも関わらず軽口を叩く男。

まるで目の前の刃など眼中に無いかのように。

剣呑な表情をする甘寧に、男は少しだけ肩をすくめた後表情を引き締めて。

「改めて礼を言おう甘寧殿。俺は龍志、龍の志で龍志。字は瑚翔。武者修行と言う名の気ままな旅を続けている根なし草だ」

「……私は甘寧。字は興覇。今は主君より休みを貰い川下りをしている」

曲刀を収めながら甘寧も改めて名を名乗る。

「川下り…というと、あの船もそうか?」

「うん?」

龍志が指さしたほうを見る甘寧。

その先には、こちらと同じ大きさくらいの船が一隻と小舟が数隻こちらへと向かって来ていた。

「乗っている者の人相が似ているものでな」

「うむ。確かに私の部下の人相は良くないな…」

つかつかと見張り役の部隊長の元へ歩み寄る甘寧。

そして……。

 

バコッ

 

「馬鹿者!!江賊の接近を許すとは何事だ!!」

「す、すいやせんお頭!!お頭と龍志さんって人のやり取りに気を奪われてて……」

そうこうしているうちに、江賊の船団は船に近付いて来る。

風向きや河の流れ、漕ぎ手の数から言って追いつかれるのは火を見るよりも明らかだ。

「お前達!!私が鈴の甘寧と知っての狼藉か!!」

船団に向かい大音声で叫ぶ甘寧。

その気迫と『鈴の甘寧』の名に船団から脅えが伝わった。

引退して久しいとはいえ『鈴の甘寧』の通り名の威力は絶大だ。

とはいえ、世の中には怖いもの知らずというか無謀といういうか愚鈍というか、そういう輩は結構多くいるわけで……。

「へっ、それがどうしたってんだ!!それなら鈴の甘寧の首をとって俺の江賊っぷりを上げてやるぜ!!」

火に油を注ぐこともないではない。

眉を顰めて苦虫を噛み潰したような顔をする甘寧に、そんな上官を恐る恐る見詰める部隊長達。そして大分乾いた髪を後ろで結んでいる龍志。

この船に乗るは皆そこらの江賊など束でかかっても相手にならない猛者ばかり。だがそれにも限度があるわけで、特に水上戦での兵力差が顕著に現れる所と言えば……。

「撃てぇ!!」

船団から飛来する矢の群れ。

物陰に隠れたり楯で防いだりして甘寧達はそれを防ぐが、予想を超える矢の量に顔を蒼褪めさせた者もいた。

不運な事に、この江賊はそこらの江賊よりも矢を多く持っているらしい。

陸戦のように距離を詰めることが難しい水上の戦では、飛び道具の意義は大きいのだ。

甘寧達も隙を見て弓で応射するが、如何せん数が違う。

「いや。これは思いのほかに不味い展開になったな」

「のほほんとしていないでお前も手伝え!!武者修行をしている以上、少しは使えるんだろう!!」

「そうしたいのは山々なんだがな。ただでさえ本編でも大暴れしている上に、こっちでも暴れまわった日にはまたチートだとかオリキャラ補正だとか色々と叩かれそうで……」

「そんなものは作者に任せておけ!!」

やめてくれ!!

その時、不意に船が大きく揺れた。

「何事だ!?」

「こ、小舟の中に蒙衝船みたいなのがあって、船に穴あけようとしてやがる!!」

再び大きな揺れ。

運悪く、それで倒れた積荷にあたって甘寧は物陰からその身を曝け出す。

「っくあ!!」

そこに降り注ぐ矢の雨。

辛うじて身を捻らせ物陰に隠れた甘寧だったが、その左脚には一本の矢が突き刺さっていた。

そして揺れの第三波。

手負いの甘寧はそれに耐えることができず、遮蔽物の無い甲板にその身を投げ出された。

(殺られる!!)

自分に向かって飛来する矢に、未だかつてないほど死を知覚する甘寧。

(私が死ぬ…馬鹿な!!死ねん!蓮華様をお守りする責務を残したまま……)

「死ねるかぁ!!」

一閃。

曲刀の一閃によって発生した剣圧が矢を纏めて打ち払う。

しかし、すぐに眼前まで迫る第二射には返しが間に合わない。

「く……ここまでだと…言うのか……」

血が滲まんばかりに唇を噛む甘寧。

そして矢が彼女の体を蹂躙せんと襲いかかったその刹那。

 

ふわっ

 

風が吹いた。

 

 

「やれやれ…目の前で女に死なれるのは目覚めが悪い」

気付けば甘寧の体は龍志の左腕の中にあった……小脇に抱えると言う体勢で。

「なっ…!?放せ!!」

「そうはいくか。ここでお前を死なせてみろ、俺と作者はお前のファンから八つ裂きにされてしまう」

うん。気持ちは嬉しいけどメタ発言はそれくらいにしようか。

「そうか?では、機が来たようだしそろそろこの状況を打破しようか」

言うが否や龍志は甘寧を物陰に降ろすと剣を抜きながら飛び出し、矢を払いながら船の帆へと近付くとマストに当たる部分を渾身の力で払った。

ゆっくりと倒れてゆく決して細くはないマスト。

その先には、矢を浴びせながら接近して来た敵の母艦があった。

そして音を立ててその身を横たえたマストは、そのままこの船と相手の船を繋ぐ橋となる。

それを見るや、部隊長達は盾に身を隠しながら一斉に飛び出すやマストを渡って敵戦に斬り込んだ。

マストが倒れてくるという思いがけない事態に動揺していた敵は、いともたやすく彼等の侵入を許してしまう。

もしもこれが名のある将に指揮される統率のとれた兵士達だったならばこうもたやすくはいかなかったかもしれないが、所詮は烏合の衆にすぎない程度の江賊である。

小舟の賊達も、母艦を攻撃してよいものかと戸惑っており、船の上は今までの鬱憤を晴らすかのように部隊長達が暴れまわっていた。

それを見届け、龍志は甘寧の所に舞い戻る。

「これで良し…作者、苦情の類は任せた」

ええい!解ったよ解った!!

「さて、それでは」

「んなっ!?」

ひょいっというような気軽さで、龍志は甘寧を抱えあげる。

俗に言う、お姫様だっこの状態で。

「は、放せ!自分で歩く!!」

「こっちが速い」

軽い跳躍を混ぜながら、龍志は飛ぶようにマストを渡っていく。

「うわっ!………あ」

急な揺れに思わず腕を龍志の首に巻きつけてしまい、甘寧は頬を赤く染めた。

尤も、幸か不幸か龍志は気付いていないようだったが。

 

そして十数分後、江賊の頭の首が掲げられるや手下達は蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げていった。

「なんだ『頭を討たれて黙ってられるか!!』みないな気概もないのか」

心底つまらなさそうに言いながら、龍志は裂いた布を甘寧の脚に巻きつける。

「とりあえずこんなもので良いだろう。酒で消毒しておいたから大丈夫だとは思うが、一応帰ったらしっかりとした治療をした方が良い」

「そうか…」

「じゃあ、俺はちょっと風に当たってくる」

「……おい」

甘寧に背を向けてその場を去ろうとした龍志を、甘寧が呼びとめた。

不思議そうな顔をして振り向く龍志に、甘寧はぶっきらぼうに。

「………礼を言う」

「え?」

「ありがとうと言っている!私と…部下の命を助けてくれたことに対して……」

「まあ、あのままじゃあ俺も危なかったからな。それに、助けてもらった恩もある」

お互い様だよ。と笑う龍志を、甘寧はじっと見つめていた。

「……思春」

「うん?」

「私の真名だ。思う春と書いて思春。助けてくれた礼だ。お前に私の真名を預ける」

この申し出にはさしもの龍志も目を丸くしていた。

「良いのか?」

「私が良いと言っているんだ。気にする必要はない」

「そうか…思春……か…くくく」

「どうした?」

「いや、春を思うとは、随分と情緒的だと思ってな」

「んなっ!?」

今度こそ思春は顔を真っ赤にした。

それはからかいへの怒りが半分であり、純粋な照れが半分。

「それを言うならば貴様こそ、龍の志などと随分と大きく出たものでないか!!親もよく付けたものだ!!」

「な…親は関係ないだろ親は!!」

しばらく睨みあう二人の男女。

哀れにも一人の部隊長がそこに顔を出して、二秒で退散した。

二人の間に満ちる沈黙……。

「…ふふふ、ははははは」

「…くく、ははは」

そして同時に二人はその相好を崩す。

龍志は勿論、甘寧、いや思春も。

「ははは…ようやくまともに笑ったな」

「お前こそ、やっと普通の笑いをしたな」

そして再び笑い合う二人。

その笑みは不思議と、互いの心を温かくしていった。

 

幾つかの偶然と不確定事項により始まった、帝記に添える短い物語。

それにどのような意味があるのか、そもそも意味などあるのかは解らないが。

交わるはずの無かった二人の話に、皆様しばらくお付き合いいただきたい。

 

                      ~続く~

 

後書き

 

ああ、書いちまったぜ。

どうもタタリ大佐です。

まず始めに、龍志(とその生みの親)に関する過度の批判はおやめください。本文中にはああ書きましたが、正直今回の話は納得していただかないと書けなくなるもので(あくまで過度のですが)。

 

前々から、龍志と恋姫ヒロインの話は書こうと思っていました。今回書いたのは、息抜きを兼ねて単に書きたかったから。作者の我儘と性のようなものです。御意見はあるかと思いますが、『書きたい作品を書く』が信条ですのでご理解ください。

 

時に、書くなら書くで何故思春?と言う方もいらっしゃるかと思います。

帝記・北郷における龍志と言うキャラを考えた時、彼の行動の根底には常に一刀への思いがあります(今本編では別行動をとっていますが)一途に主や友人の為に力を尽くす(くどいようですが現在本編では一刀の所にいませんが)。そういうキャラを振り返った時、思春や冥琳とならば解り合えるのでないかと思い、そこから妄想を膨らませていって今回の作品が出来上がりました。

正直、素晴らしい出来の一刀×思春の作品が先日アップされていましたので、それに比べれば天と地の差なのですが考えた以上出したいと思いまして……。

 

前三話程度を予測していますので、本篇のノリに疲れた方はここで小休止を入れるもよし、オリキャラと原作キャラの恋愛なんて邪道だぜ!と言う方は華麗にスルーされるも良し。

 

ただ、この泡沫の夢を気に入って下さる方が一人でも多くいらっしゃれば作者としては幸いです。

 

では、龍王と虎将の悲恋譚の続きでお会いしましょう。

 

 

 


 
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