No.663884 天の迷い子 第二十四話2014-02-16 17:50:23 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:1173 閲覧ユーザー数:1059 |
Side 干鋼
洛陽を出てから二月。
虎牢関、汜水関の近くで聞き込みをしながら東へと旅を続けた。
残念ながら有力な情報は得られなかったけど、連合軍を抜けたのなら東側にしか退路は無かっただろう。
とにかく東へ東へと歩き、今はここ、揚州にいる。
袁家の一人、袁公路の治める町だけあってかなり大きな町だ。
商人達も多く訪れるみたいだからしばらくここで情報を集めよう。
そうと決まれば仕事と住む場所だね。
一月ほど住み込みで働かせてもらえる、出来れば鍛冶屋が良いんだけどなあ。
「…だめだぁ。やっぱり一月くらいじゃ働かせてくれるところなんて無いや~。」
弟子として長く働けるならまだしもたった一月で辞めるのが分かってる人間を雇ってくれる所なんて普通無いよね。
「<ぎゅるるるる~>はあ、おなか減った。何か食べよ。」
鳴ったお腹をさすりつつ近くにあった飯店に入る。
これからの事も考え、ちょっと安めの品を注文。
お腹が満たされほっと一心地ついた。
でもこの値段でこの美味しさってすごいお店なんじゃないかなあ。
他の料理も食べてみたいけど…ってダメダメ!節約しないと!
名残惜しさを感じながら僕は店を後にする。
もういくつか鍛冶屋を回ってみてダメだったらどこかの飯店で皿洗いか土木工事の力仕事を探すかな。
そうしてさらに何軒かの鍛冶屋に断られ、最後の一軒にしようと訪れたお店。
そこには座車に乗った桃色の髪の女性とそれを押す薄紫の髪の女性が店の親方と何か話している途中だった。
「貴方でもダメかしら?」
「う~ん、出来ねぇ、とは言いたくねえですが重量が問題になるんじゃねえですかねぇ?こいつを全部鉄で作っちまったら重すぎて車輪が回りやせんわ。」
「ふ~む、確かに道理じゃのう。よい設計じゃとは思ったのじゃが。」
「設計や考えは良いとは思うんですがね。なんつうかこりゃあ鉄よりも軽くて丈夫な材質で作るのが前提になってるように思うんですが。」
『う~~~ん。』
あ、なんか取り込み中みたい。
仕方ないや、そろそろ宿も探さなきゃいけないし、もう行こう。
そう思って踵を返した。
ガツッ!!
「痛っ!!?」
こゆ、小指っ!打ったぁ!!
うわあ、全員こっち見てる!は、恥ずかしい!
「こりゃあすまねえ。客かい?」
「あ、い、いえ、すいません、お邪魔したみたいで。」
「いや、気にせんで良い。儂等ももう帰るところじゃ。ほれ、堅殿。」
「そうね。よいしょ。」
そうして堅殿と呼ばれた女性が何かが書かれた木の板を纏めようとする。
「あ、手伝います。」
「あら、ありがとう坊や。」
いえいえ、と言いながら板を纏めてみると、どこかで見たような筆跡があった。
「あれ?これ流騎の字…?………………っ!?流騎の字!!?あ、あの、お姉さん!これどこで!!?」
慌てて桃色の髪の女性に詰め寄った。
「あらあら、くふふっ。聞いた、祭?お姉さんだって。こんな若い子に詰め寄られるとお姉さん困っちゃうなあ~~♪」
「これ堅殿。すまぬな、これは数日前とある町に視察に行った時にある孺子、お主が言った通り流騎と言う者が書いた設計図じゃ。」
「やっぱり!それで流騎は何所に!?」
「えっと確か西側に向かうって言ってたわね。」
「西…!」
バッと扉の方へ走り出そうとした。
けど、
(って、ダメじゃないか!教えてくれた人にお礼もしないで!)
「御免なさい、お礼もなしに!何か僕に出来る事はありませんか?」
「良いわよ、お礼なんて。大した事してないんだから。」
「でも…、そうだ!さっきの設計図見せてもらっても良いですか?もしかしたら何とか出来るかも知れないです!」
「ふ~ん…。良いわ、はいこれ。」
「ありがとうございます!………これは、…うん、…………なるほど…。」
この図面を見るに、一番引っかかってるのはやっぱり強度と重量が上手く両立出来ない事なんだ。
これによると、戦う事もできるように機動性を上げるために車輪を大きくして、小回りを利かせるために前に可動式の小さな車輪を組み込んでいる。
でも負荷を考えると木では作れないから鉄を使わないといけないんだけど、そうなると重量が重くなりすぎてしまう、か。
でも、流騎の刀に使った技法を取り入れて応用すれば、手間と時間はかかるけど強度と重量の両立が出来るんじゃないかな?
「…………うん、何とかなりそうです。」
「おお!本当か!?堅殿!!」
「ええ、それならあなたに頼もうかしら。」
「はい!それで、あの、店主さん。もしよければ手伝ってもらえますか?」
「ん?おお、いいぜ。どうせ俺じゃあ出来ねえと諦めてたしな。って事は俺にもこいつの作り方を教えてくれるのか?」
「はい、もちろん。だって僕はこれを作ったら流騎を追いかけなきゃいけないし、その時にこの座車の整備や修理が出来る人がいないと困るじゃないですか。」
「そりゃそうだな。まあ、よろしく頼むぜ。」
「こちらこそ!それで予算の方はどうなっているんですか?」
「うむ、大体このくらいになるんじゃが出来そうか?」
「えっと、うん、十分です。それならさっき見かけた南蛮大麻竹。確か普通の竹よりも強くてしなやかだって話だからあれも使えるかな。」
僕が作成の手順を考えていると、お姉さんがくふふと笑った。
「これで洛陽まで出向く手間が省けたわね。」
「え?洛陽に?」
「ええ、万が一揚州にこれを作れる職人が居ないようなら洛陽の堂堅って鍛冶師を尋ねれば作って貰えるだろうって流騎が言ってたのよ。」
あ、やっぱり流騎もあの技法を応用して作る方向で考えてたんだ。
流騎と同じ答えに行きつくことが出来たのが嬉しくてつい口元が緩んでしまう。
「とりあえず今日はここまでね。明日以降煮詰めていきましょう。」
「そうですね、僕も宿を取らないといけませんし。」
「それならウチに泊まればいい。鍛冶の事ももっと聞きてえしな。おぉい!かかあ!飯の準備一人分追加だ!!」
店の奥からはいよ、と言う威勢のいい声が聞こえた。
「ありがとうございます!なんてお礼を言ったらいいか。」
「こっちだって色々教えてもらったんだ。これでも全然足りねえぐらいさ。んじゃあちっと部屋の準備してくるから適当にくつろいでてくれ。」
ひらひらと手を振って店主さんは奥へと引っ込んでいった。
「くふふ、良かったわね、滞在できる場所が見つかって。」
「はい。あ、そう言えば自己紹介もまだでしたね。僕は干鋼と言います。以後よろしくお願いします。」
「そう言えばそうね。私は孫文台。こっちは黄公覆よ。」
「え?貴女方があの有名な?そ、そうとは知らずご無礼を…。」
「良いわよ、そんなの。堅苦しいのは嫌いだし、ねえ、祭?」
「あまり良いとは言ってはいかんと思うが、儂も堅苦しいのは好かん。かしこまらんで良いぞ。」
「流騎はもっと砕けていたわよ?なんせいきなり祭に稽古をつけてくれ、なんて言うんだもの。」
「一日二日で音を上げるかと思っていれば儂らが出立するまで通い詰めて来よったしな。あれはただの鍛練馬鹿よ。」
ああ、鍛練馬鹿。間違いなく流騎だ。
「詳しく聞かせてもらって良いですか?」
「良いが、何のことは無い。儂等が視察に赴いていた町で悪漢に出くわしてな。軽くのしてやったのじゃが、それを見ていた流騎にいきなり稽古をつけてくれと頭を下げられたんじゃよ。強くなりたいからとな。じゃが口だけの孺子は好かんからのぉ。ちょっとした試験を出してやったのじゃ。」
「ああ、やってたわねぇ。十里走れとか猪を何頭狩って来いとか。」
「結局稽古をつけてやることになったんじゃが…。あれほど才能に恵まれておらん奴は初めて見たわ!わっはっはっはっ!!」
「でも祭があれほど目をかけたのは雪蓮と冥琳以来じゃない?」
「うむ、あやつは根性だけはあったからのぉ。まあ鍛えがいと言う点でいえば極上とも言える。最近の孺子ときたら強くなりたいとほざくくせに、ちときつい鍛練をさせればすぐに逃げ出しおる。その中であやつだけは叩きのめしても向かってくる気概があった。教える側としてこれ程楽しい事は無いわ。」
「そう言えばいつの間にか蓮華や思春とも知り合って認められてたみたいだしね。」
相変わらず流騎は流騎だった。
ひたむきで努力家でお人好し。
そんな人だから人から好かれるんだよね。
Side 甘寧
『いぃぃぃいいいよぉぉおおおっしゃあぁぁああああああ!!!!』
つぅ、と左の肩を撫でる。
ほんの数日前にあの男に打たれた所を。
打たれたと言っても力も乗り切らない撃をたった一回受けただけ。
もとより痣にすらなっていない。
だというのにその時の奴の喜びようと言ったら、いっそ涙すら流せそうなくらいだった。
…まあ、不覚を取ったのは事実だが。
くそ、私から一本取れたら友達になってやろうなど言わなければよかったか。
「思春、また流騎の事を考えてるの?」
「蓮華様。何を仰っておられるのですか?ありえません。」
「でもそこは流騎に打たれた所でしょう?祭に師事してあなたに挑む男なんて無謀にも程があると思ったけど、成し遂げてしまうなんてね。…ふふ、まあ泥臭くではあったけどね。」
そうだ、無様に転げまわって泥だらけになりながら何度も奴は挑みかかってきた。
実力でいえば取るに足らない、千回やれば千回私が勝つであろう男に不覚を取るなど…。
もやもやする。
なんだこれは。
怒り?悔しさ?情けなさ?どれも違う気がする。
ではなんだ。
このもやもやする感じは。
嬉しい
…馬鹿な、有り得ん。
『なあ、仲謀。孫呉の剣がどうとか言ってたけどさ、お前の剣はどんなだ?』
偉そうに蓮華様に指図するなど…!
「私は姉様や母様にこだわり過ぎてたのかも知れないわ。いきなり“その戦い方あんたに合ってないんじゃないか?”なんて言われた時は腹も立ったものだけど。」
「無礼な奴です。」
『う~ん、宝剣ってあれだろ?キラキラしてて王様が持つような。だったら仲謀は宝剣で、興覇が刀だな。機能美ってやつだ。』
ふん、何が機能美だ。
知った風な口を。
「その後に見せてもらった流騎の獲物は美しい物だったわ。流騎の言った通りあの研ぎ澄まされた美しさは思春に通じるものがあったわね。」
「いえ、そのようなことは…。」
『そんな眉間にしわばっかり寄せてると取れなくなるぞ?』
『二人とも一緒に飯食わないか?良い食材が手に入ったんだ。』
『良かったら俺と友達になってくれよ。』
蓮華様に意見し、私を平気でからかい、あまつさえ友達になってくれと言う。
意味が解らん。
そして解らんのは蓮華様
『よ~し。それじゃあ興覇から一本取ったら友達になってくれるんだな?』
そう言えば引き下がると思って言って言葉に、真っ直ぐな視線で返してきた男。
本当に理解の出来ん、変わった奴だ。
Side 干鋼
「それじゃあ行ってきます!」
「おう!行って来い!」
「気を付けていくんだよ!」
はい、と返事をして僕は店を出た。
「…何つうか、可愛い奴だな、あいつは。」
「そうだねえ。うちの子とも仲良くやってるみたいだし、このままうちの子になってくれても良いんだけどねえ。」
扉を閉める瞬間話し声が聞こえてきたけど、まあいいか。
とりあえず足りなくなった素材と工具、後は夕食の買い物か。
適当にお昼も済ませて来いって言われたし、少し息抜きに市場でも歩いてみようかな。
まずは座車の材料を注文。
明日には工房の方に届けてくれるらしい。
そして工具。
お店には洛陽の工具店にも負けないくらいの良質の工具が並んでいて正直すごく悩む。
予算と相談してそこそこの物を買い市場へ。
実はひそかに楽しみにしていた先日の飯店へ向かう。
「はぁ~~~美味しかった~~♪」
満足満足♪
やっぱりこのお店すごく美味しいお店だったよ。
海に近い揚州だから魚介関係は新鮮だし、料理人さんの腕もいいし。
ポンポンとお腹を叩きながらお店を出ると、正面の少し離れた所に小さな女の子が居た。
人の多い通りをうろうろしながら忙しなく周りを見回しておどおどしてる。
あ、今にも泣きそう。
仕方ないなぁ。
「君、どうしたの?大丈夫?」
「な、なんじゃ、お主は?」
涙目で見上げてくる女の子はとても綺麗な身なりをした子だった。
長く綺麗な金髪で、先がくるんと巻き付くようなくせっ毛。
動くたびにぴょんぴょん跳ねて可愛い。
少し吊り目がかった大きな眼。
瞳の色は深い緑をしていた。
それに一目で上等と分かる橙、いや蜂蜜色の服から見て、かなり良いところのお嬢様なのかな?
「なんじゃ、何を黙っておる!…はっ!?ま、まさか妾をかどわかすつもりなのか!?そ、そそそそんな事は許されんじゃぞ!?わ、妾を袁術と知ってのろ、ろ、ろ~?」
「狼藉?」
「おぉ、それじゃ!ろーぜきか~~!!」
ふふん、と得意満面の笑みでこっちを見る袁術ちゃん。
「うん、まあ、とりあえずそんなつもりは無いからね。」
袁術、か。
確か袁紹の従妹で連合軍にも参加してたな。
普通ならなんで攻めてきたんだ、とかそう言う事で詰め寄るところなんだけど、さっきまで泣きそうになってた女の子にそんな事するのもね。
「えっと、君は迷子って事でいいのかな?」
「な、な、何を言っておるのじゃ!?わ、妾がま、迷子などなるわけがな、無かろ!?」
「じゃあ案内いらない?一人で帰れる?」
「も、もちろんじゃ!もちろんじゃが、お主がどうしても案内したいというならさせてやっても良いぞ?」
「はは、どうしてもお嬢様のお供がしたいのですがよろしいですか?」
「うむ、良きに計らうのじゃ!」
むん、と胸を張って偉そうに言う袁術ちゃんだけど、小さい子がこんな風にしても威厳どころか可愛らしさしか無いよね。
するとくきゅ~~っと可愛らしい音が鳴った。
「えっと、ご飯にする?」
「<こくり>するのじゃ。」
しばらくして再び飯店を出る。
袁術ちゃんはほっこり笑顔で満足げだ。
袁公路。
町の人から色んな話を聞きはしたけど今の所良い話は聞かなかった。
賄賂の横行や、税の引き上げ、まるで洛陽の官吏や宦官達の様な人物だと思っていた。
だけど実際に見た袁公路は…。
「のぅ、干鋼よ、あの天幕は何なのじゃ?」
「あれはお芝居を見せてくれる所だよ。行ってみる?」
「う~みゅ、お?あれは何じゃ~!?」
興味の対象が変わってまたパタパタと駆けていく袁術ちゃん。
良くも悪くも子供。
ちょっと尊大で世間知らずなところもあるけど子供の我儘で済ませられる範囲だ。
「ぬおぉぉおおお!何故じゃ!?何故勝てんのじゃあぁぁあああ!!?」
「あはははっ、じゅつちゃんへた~~!」
今は他の子供達と遊んでいる。
この辺は比較的裕福な商人達が住む区画だからかちらほらと外で遊ぶ子供達が居るみたいだ。
「何をしておるのじゃ、干鋼!お主も加勢するのじゃ!!」
「はいはい。今行くよ~!」
袁術ちゃんに呼ばれ、僕はその輪の中に入って行った。
カンカンカンカン。
今日も鍛冶場で槌を振るう。
炎の前で汗を流し、鉄に魂を吹き込む。
「っぷう!こんなものかな。少し休憩にしましょう。」
「おう、そうだな。お~い、かかあ!茶ぁ淹れてきてくれ~!」
「あいよ!ちょっと待ってな!」
おかみさんが威勢のいい声で返事をする。
「しかし干鋼はその歳で大した技量を持ってんだな。」
「あはは、ありがとうございます。師匠が聞いたらこんな奴まだまだひよっこだって言うでしょうけどね。」
「こないだ話してた洛陽一の鍛冶師って人だろ?そんなすげえのか?」
「ええ、僕なんかじゃあまだまだ全然敵いませんよ。」
「そうか、大した人に師事したんだな…「すまない、誰かいないか~。」っと客みたいだな。」
「ああ、僕が行きますよ。」
立ち上がりパタパタと店の方に走る。
そこには見覚えのある男女二人の姿があった。
「お待たせしまし、た。徐晃さん!高順さん!!」
「あっれ~?干鋼じゃねえか。」
「何故ここに?まさか…。」
「皆を、探しに来たんですよ。よ、よかったぁ、生きててくれて。」
膝の力が抜けてへたり込んでしまう。
「はっはは、この俺が簡単にくたばるわけねえだろがよ。」
「ふふ、右に同じだ。しかし…。」
二人は僕の肩に手を置いた。
触れられた肩から体温が伝わってくる。
そして声を揃えて二人はこう言った。
『心配してくれてありがとう。』
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お久しぶりです、へたれど素人です。
一人でも誰かの暇つぶしになれば幸いです。