No.659380

黒外史  第六話

雷起さん

今回は董卓&劉弁・劉協回です。

【新登場キャラ】
李儒  賈詡

2014-02-01 04:27:01 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2664   閲覧ユーザー数:2230

 

黒外史  第六話

 

 

 一刀は董卓を連れて貂蝉、卑弥呼、左慈、于吉の待つ部屋へと戻って来た。

 

「すまん、遅くなった。何が有ったか話す前に、ひとり連れて来てるから会ってくれ。」

 

「おかえりなさい、ご主人さまぁん♪あ~ら、早速お客様なの…………」

 

 貂蝉は一刀の陰から現れた董卓の顔を見て動きが止まった。

 他の三人も驚いた表情を見せる。

 それは彼らがこの外史で見る、初めての恋姫の顔だからだ。

 貂蝉と卑弥呼が造り、左慈と于吉が手を加えたこの外史。

 恋姫達が一人も居ないと云うのは彼らが一番良く判っていた。

 にも関わらず、一刀の後ろから現れたのは月。

 だが、この『月』の顔を持つ者を、彼らは二人知っていた。

 ひとりは本来の恋姫、素直で心優しく、芯の強い少女。

 そしてもうひとりは…。

 

「よう、久しぶりだなぁ。また会えて嬉しいぜ♪ホント、今すぐ全員ぶっ殺してやりたいぐらいな♪」

 

 月と同じ顔、同じ声でありながら、ヤクザの様な口調と態度。

 この『暴君董卓』だ。

 四人は目の前の董卓が何者か理解した。

 貂蝉と卑弥呼は一刀と共に様々な外史で戦って来た。

 左慈と于吉は一刀を倒す為に何度も利用し、嗾け、操って来た。

 

 一刀が董卓の肩を掴む。

 

「お、おい!董卓!お前まさか!?」

 

「慌てんな!殺してやりたいが話の方が先だ。」

 

 董卓は一刀の手を振り払い、無造作に左慈と于吉へと近付いた。

「おい、この外史は手前らの仕込みか!?巫山戯たモン造りやがってっ!!」

 

 下から睨み上げる董卓を左慈は冷めた目で見下す。

「はっ、相変わらず下品な人形だ。」

 

 于吉は溜息を吐き、呆れ、肩を竦めた。

「外史の記憶が有る様ですが、どうやらこれもバグのようですね。」

 

 二人はこの董卓が何故この外史に居るのか疑問は有るが、簡単に対処出来るイレギュラーだと判断した。

 一刀は董卓が左慈と于吉二人の態度にキレるのではと危惧したが、董卓は暴れ出さない。

 それ処か口の両端を吊り上げた。

 

「人形か………いつまでも手前等の思い通りになると思うなよ。」

 

 この董卓の態度に于吉が溜息を吐く。

「はぁ………記憶が有ると云うのに物分りが悪い人形ですね…………縛っ!」

 

 于吉が素早く手で印を結び、呪(コマンド)を唱えた。

 それは一刀が初めて現れた外史で、于吉が華琳を捕えた物だ。

 管理者である于吉は外史の住人に対し強制介入出来る権限を持っている。

 その発動条件が印と呪だ。

 

 しかし、董卓は更に一歩踏み出した!

 

「なにっ!?于吉の術を…………受け付けない……だとっ!?」

 左慈が驚きの声を漏らす。

 

 董卓は于吉の顔に近付き、凶気を孕んだ嗤いを浮かべた。

「あぁ~?効かねえなぁあ~。」

 

 于吉は咄嗟に後ろへ跳んだ!

 跳びながら両手で素早く複雑な印を結んでいく!

 

「結っ!!」

 

 着地と同時に唱えられた呪によって部屋の内部に張られていた結界が強化された。

 理由は解らないが董卓に術が効かないと理解し、次の一手を即座に打つ。

 苦労して書き直したシナリオを、この董卓ひとりに駄目にされる訳にはいかないと判断し、

 この場で戦いになっても周囲に気取られない様にしたのだ。

 

「は、どうやら話しを聞く気になったみてえだな。そんじゃ説明して貰おうか?」

 

 董卓は手近に有った机に飛び乗り胡座をかいた。

 一刀が董卓の背後から声を掛ける。

 

「董卓!この外史の基礎を造ったのは貂蝉と卑弥呼だ。

それを左慈と于吉が俺を消す為の罠に改造した。

だけどその時の手違いで、俺の記憶がこの外史を歪めてしまったらしい。」

 

「ああ!?テメェ、さっきはそんな事言わなかったじゃねえか!」

 董卓が首だけで振り返って一刀を睨んだ。

「あの場で言ってお前は信じたのか!?」

 一刀の言葉に董卓は少し考え込んだ。

 

「………それもそうだな。ここでこいつらの顔見て聞いた方が納得するわ。」

 

 董卓がぐるりと全員の顔を見渡し、再度一刀睨む。

 

「つまり………このトンデモ外史にオレが引っ張り込まれたのはテメェが元凶じゃねえかっ!!」

 

 怒鳴る董卓に、一刀は戸惑った。

「お、俺が!?」

 

 董卓は一刀の胸倉を掴んで引き寄せた。

 

「テメェの記憶がオレをここに呼んだんだよ!」

 

 貂蝉と卑弥呼が董卓の腕を掴んだ。

「ご主人さまに乱暴する気ならわたし達が相手になるわよ。」

「その手を離せ、暴君董卓。今の貴様の話でひとつ思い至った事が有る。」

 

 董卓は貂蝉と卑弥呼の顔を睨んでからその手を緩めた。

「何だ?言ってみろ。」

 

「貴様………『管理者』に成ったのではないか?」

 

 卑弥呼の言葉に一刀が目を見開いて驚愕した。

「董卓が『管理者』だって!?」

 

「ふん、別に隠すつもりは無かったけどな。」

 董卓は面白く無さそうに答えた。

 

「そうだ。オレは『管理者』になった。担当は『破壊』だとさ。」

 

「やはりな………于吉の術が効かず、外史の記憶を持ち、御主人様の記憶が外史に与えた影響を理解する。

『管理者』であれば納得がいくわ。」

 

「まあ、まだ見習いだがな。お陰でこうして話を聞く為にここまで来る羽目になっちまった。よろしく頼むぜ、先輩。」

 

 董卓はニヤリと哂って貂蝉と卑弥呼、左慈と于吉を見た。

「さてと、それじゃあこっからは仕事の話だ。

北郷!謁見の間からここまで何が有ったかこいつらに教えてやれ。

オレの話はその後だ。」

 

 一刀は董卓が『管理者』となった事にまだ驚いていたが、今はそれどころでは無い。

 状況を四人に理解してもらう為に、城内で有った事を語った。

 

 一刀が語り終えた所で、董卓が口を開く。

「さぁて、今の話に補足しといてやろうか。聞いての通り、オレは五胡の体になっちまってる。

まあ、そのお陰で五胡の内、羌、氐、匈奴の一部はオレの手駒だ。

それに目を付けたのが十常侍の奴らだな。

十常侍の目的は北郷が聞いたのが真実だ。

この外史の十常侍はアホばかりだな。

オレの目的は今まではこうやって宮中に入り込んでお前らに会う事だったから協力してやっていたが、

これからはどうしたもんかな?

十常侍の権力は使い道が有るから、もう暫く飼ってやってもいいか。」

 

 董卓の物言いが、一刀は気に障った。

「おい、お前と十常侍は五分の関係じゃないのか?

いや、むしろお前の方が地位も権力も下だろう。」

 

「ぶわぁか、人間関係ってのはそんなもんだけで決まるんじゃねぇんだよ。

あのロリコン共はオレの容姿に惹かれてるからなぁ♪

ちょっと甘い顔してサービスしてやりゃあ、ホイホイ言う事聞くぜ♪」

 

 董卓のしている事は、正に悪女のそれだ。

 それを月の容姿でやる事に一刀は怒りを覚えた。

「お前!月の体でなんて事しやがるっ!!」

 

「ああっ!?これはオレの体だ!あの雌犬のモンじゃねえぞっ!」

 

 これは董卓の方に分のある話だ。

 一刀は双子の姉妹に、姉と妹が違う行動をすると言っているのと変わらない。

 

「それにな、オレがしてるのはお前があの雌犬にやらせてるのとそう変わらねえぞ。」

 

「だ、だからそれは!」

 

「たまに可愛い服着て、肩を揉んでやるんだ。それだけで言う事聞くんだから安い奴らだぜ。」

 

「………………肩もみ?」

 

 一刀の中では『紂王と妲己』のイメージだったのが『縁側のおじいちゃんと孫娘』に変わってしまった。

 

「何お前?もしかしてエロい方で考えてた?そりゃそうか♪お前とあの雌犬がしてた事だもんなぁ。」

 

 ニヤニヤと嗤う董卓に一刀は唸って言葉を詰まらせた。

 

「それとも何か?お前、オレの事心配してんの?だとしたら可愛気が有んだけどなぁ♪」

 

 董卓が一刀に顔を寄せ流し目を贈ってくる。

 中身が怪物と解っていても、月の顔でそんな表情を見せられて、一刀は反応してしまった。

 

 その隙を突いて董卓は一刀の唇を奪う。

 

「んんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 突然の出来事にも関わらず、一刀の舌は侵入して来た董卓の舌に反応し、絡ませ応戦していた。

 この条件反射に一番驚いているのは一刀自身だった。

 しかし、この状況を貂蝉と卑弥呼が黙って見ている訳が無い。

 

「にょああああぁぁああんて事してくれcgはっあ@ぽいうytれうぇおっ!!」

「お、おのれ董たぐぁああああくぇrちゅいおpんふみj。pl;・@:¥」

 

 と言うか、言語中枢までおかしくなっていた。

 

「はぁーーっはっはっはっは♪今日はこの辺りで退散させてもらおう♪」

 

 一刀から口を離した董卓は笑いながら貂蝉と卑弥呼の拳を踊るように躱し扉へと移動した。

 

「この城内で一番喰えねぇのは皇帝劉宏だ。気を付けろよ。」

 

 そう言い残して董卓は部屋から逃げ出して行った。

 一刀はその扉を呆然と見続け、口づけの余韻に浸りながら董卓の言葉の意味を考えていた。

 

(皇帝劉宏に気を付けろ?……………あの董卓がそう言うくらいヤバイ奴なのか?)

 

 一刀が持つこの外史の皇帝の知識は、今は亡き丁原の語った物と、謁見の間で見聞きした姿と声だけだ。

(やはり先入観を捨ててしっかり見定める必要が有るな…………)

 

「ご主人さまぁ~ん!お口は大丈夫?噛み付かれてな~い?」

「見せてみるがよい!あ~んと、ほれ!あ~~~~ん!」

 

「べ、別に何とも無いあがっ!」

 

 一刀は貂蝉と卑弥呼に腕と顎を押さえられ身動きを封じられた。

 

「わたしが消毒して、あ・げ・る♪むちゅぅううぅぅぅう~~~~♥」

「私が口直しをしてやろう♪むちゅぅううぅぅぅう~~~~♥」

 

 

「ぎょぅおああああああぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁあああっ!!」

 

 

 左慈はその様子を見て頭を抱えていた。

「どうしました、左慈。何なら私が貴方を癒してあげますよ♪」

 

「死ね!」

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 一刀は城の庭を散歩していた。

 目的は城の造りの把握の為だ。

 他の外史の記憶が有るので、差異を確認しておく必要があった。

 これをしておかないと、何かあった時に目的地に向かう道が行き止まりでしたなんて間抜けな事に成りかねない。

 けれど出来るだけ暢気に散歩をしている風を装う。

 何処に監視の目が有るか判らない。明白な行動は余計な警戒心を煽る事になる。

 現に一刀は背後に尾行の気配を感じ取っていた。

 だが、その尾行は余りにも拙かった。

 

(隠密やお庭番って感じじゃ無いな………少し探りを入れてみるか。)

 

 一刀は庭の小路の横に大きな石を見付けた。

 椅子代わりにするのに丁度良い大きさで表面も滑らかだ。元々椅子にするのに置かれた物なのだろう。

 その石に座り空を見上げる。

 朝日の中を流れて行く雲はどこの外史も同じだと、少し感慨に耽った。

 

ガサッ

 

 近くに生えている木の影で草を踏む音がした。

 一刀は初めからそこに尾行者が隠れた事に気が付いていたが、その音で注意を引かれた様にして振り向く。

 敵意が有るなら石に座った所で襲い掛かって来た筈だ。

 それでも警戒はして尾行者の隠れている木を見ると、袖と足が木からはみ出していた。

 小さい。子供の手足と解る。

 

(はは♪どうやら噂の『天の御遣い』を見かけたからついて来ちゃったって処かな?)

 

 一刀は怖がらせない様に顔の筋肉を緩めた。

「おはよう♪そんな所に隠れてないで、話でもしないかい?」

 

 出来るだけ優しい声で話し掛けると、木の影から二人の少年が姿を現した。

 

「お、おはよう!北郷一刀!」

「お、おはようございます!北郷殿!」

 

 現れた二人の少年を見て一刀は驚いた。

 それは昨日謁見の間で見た王子。劉弁と劉協だったのだ。

 劉弁は十二歳で、腕と足をむき出しにした服が見るからに活発そうだ。

 劉協は八歳で、線が細く弱々しい印象だが、その顔は利発さが見て取れる。

 

「これは弁王子、協王子。ご無礼を致しました。」

 

 一刀は立ち上がって礼をし直す。

(これまでの外史で華琳から教えられた礼儀作法がこんな形で役に立つとはな………)

 一刀自身が皇帝となった宮廷では滅多に使われない作法。

 偉ぶる自分がまるでピエロに思え、気恥ずかしさから押し通した我儘だ。

 華琳や蓮華には文句を言われたが付き合ってくれた。

 まあ、初めから一刀に対して敬語を使わないのが何人も居たが。

 内心で苦笑しながら一刀は二人の王子の声を待った。

 相手は子供でも現皇帝の子息である。

 この場合は相手の許しが有るまで顔を上げてはいけない。

 

「か、顔を上げてくれ、北郷一刀。」

 

 弁王子の言葉に従い顔を上げて二人の王子を見た。

 弁王子は何か言いたそうだが上手く言葉に出来ないらしくオロオロしている。

 それを見た協王子が兄に頷いてから、一刀の目を見て口を開いた。

 

「北郷殿、兄上の話を聞いて下さい。」

 

 八歳の子供とは思えない堂々とした口振りの中に、兄を手助けしたいという想いも伝わってくる。

 

「畏まりました。それでは弁王子、どうぞ思うがままをお話下さい。」

 

 一刀は先程と同じく威圧感を与えぬ様に、弁王子へ微笑み掛けた。

 弁王子はその微笑みを見て、少しリラックスが出来た様だった。

 

 

「北郷一刀!ボクと絹香(けんか)を守ってくれ!」

 

 

 一刀の頭には先ず疑問が浮かんだ。

 絹香とは誰か?

 守ってくれとは?

 それに目聡く気付いた協王子が補足する。

 

「絹香とは僕の真名です。」

 

 一刀はこの時初めて二人が手を繋いでいる事に気が付いた。

 次期皇帝の座を争う二人と云う先入観が有った為に、一刀は二人の仲にまで気が回っていなかった。

 改めて見れば、この兄弟の仲は良いのだと判る。

 世継ぎ問題は周りの大人達が勝手に盛り上がっていると言う事なのだ。

 それを確かめる為に、一刀は敢えて極当たり前の応えをする。

 

「俺は既に陛下へ仕えています。お二人をお守りするのは役目のひとつと心得ていますよ。」

 

「それじゃあダメなんだ!母上は絹香を殺してしまう!」

 

 弁王子の母親、何皇后が協王子を殺す。

 正史でもそこまでの謀略は行われていない。

 しかし外史とはifの世界。

 王美人を謀殺した何皇后が協王子をも殺すと考えるのが自然な流れだ。

 だが一刀はここで丁原の話を思い出した。

 

 王美人は亡くなったと言っていたが、殺されたとは言っていない。

 

 あの丁原が、王美人を暗殺したのが何皇后だと知ってまで味方をするだろうか?

 武人としての誇りを持ち、多くの強者を抱えた丁原がその事を知っていれば何進派から離反していたに違いない。

 つまり、公式には王美人の死に何皇后が関わっていないとされていると言う事だ。

 

「何進大将軍がですか?まさかその様な事は……」

 

「母上は王栄様を………殺している…………だから次は………」

 

 王栄。王美人の名だ。

 二人の王子はその事実を知っている。

 弁王子は言葉を詰まらせ、涙を浮かべていた。

 

「北郷殿、あなたはこの宮殿に来たばかりで知らないでしょうけど、

大将軍が僕の母上を殺めたという噂は影でよく囁かれています。

そしてこれが真実である事を僕と兄上は知っています。

父上と十常侍もです。」

 

 一刀はまた驚きの目で協王子を見た。

 自分の母を殺した犯人を知り、父とその側近が事実を隠蔽していると、冷静に語る八歳の少年を。

 

「北郷殿、あなたは既にこの禍に巻き込まれてしまっています。」

 

「今の話を…………聞いたからですか?」

 

「いえ、昨日父上が…………僕と兄上であなたを奪い合えと仰言いました。

あなたを手に入れた者に次期皇帝の座を与えると。

父上にとって僕達は遊戯の駒に過ぎません……いえ、何皇后様も十常侍も僕達と同じです。

父上は宮廷という盤上で勢力を二つに割って争わせ、それを見て楽しんでいるのです。」

 

 狂っている。

 それが一刀の最初の感想だった。

 この外史そのものが狂っているのは理解している。

 男同士でしか子供が作れないのだから、見た目がホモでもしょうがないだろう。

 自分は目を瞑り、言い寄って来る相手を跳ね除けるから、誰と誰が愛を語ろうと構わない。

 そう思い始めていた。

 だが、これは違う。

 例えば弁王子と協王子が女の子だったとしても、十二歳と八歳の子供にひとりの男を奪い合えなどと、実の父親が言えるのか。

 一刀は他の外史で娘達がいる。

 只でさえ嫁に出す事が出来ないのに、そんな事を考えられる筈が無かった。

 一刀にとって皇帝劉宏は理解出来ない………いや、したくない相手だった。

 

「北郷殿、僕は兄上が次期皇帝となるべきだと思っています。

僕は兄上を一生支えて行きたい………それが僕の夢なんです………僕は…兄上を……

昭香(しょうか)お兄さまを愛しているんです。」

 

 協王子が弁王子に縋り付き、弁王子も協王子の肩を抱いた。

 そこには兄弟愛以上の物が感じられる。

 朱里と雛里がこの場に居れば奇声を上げて喜んだろうと、一刀は思った。

 誰と誰が愛し合おうと構わない。

 確かにそう思った。

 それはこの幼い異母兄弟であってもだ。

 しかし、彼らをここまで追い詰めたのは何だ。

 考えるまでも無い。

 大人達のエゴであり、その元凶は実の父親であり現皇帝劉宏だ。

 きっと劉宏は二人の王子の関係を知っているに違いない。

 そうと知りながら嗾ける。

 倫理観からではなく、己の遊興のひとつとして。

 昨日董卓が皇帝に気を付けろと言った意味がよく解った。

 

「俺はお二人を守れば良いのですね。」

 

 一刀は淀み無く応えた。

 その言葉に二人の王子は顔を上げる。

 

「北郷一刀!」「北郷殿!」

 

 二人の期待には応えたい。

 だが、今の一刀を取り巻く状況を二人には知っておいて貰わなければならない。

「お待ち下さい。俺は昨日、既に袁紹殿、張譲殿と会って話をしています。

これが何を意味するかお二人にはお判りですね。」

 

「袁紹はこの前まで母上の副将をしていた。その功績で今は西園八校尉の下軍校尉になった男だ。」

「張譲が………十常侍も既に動いているのですね………」

 

 一刀は十常侍の秘密まではこの小さな王子達に話さない。

 亜璃西の事は守ってあげたいと思っている。

 同時に王子達の味方にもなりたいと思い始めていた。

 董卓という爆弾も抱えてしまっている。

 アレを野放しにするくらいなら、目の届く範囲に置いた方がマシだ。

 

「俺はお二人をお守りする為に両方の勢力と接触します。

蝙蝠となって、お二人の意に添う形になるよう意見をまとめる様努力します。」

 

「蝙蝠………ですか?」

 

「失礼、これは天の国の寓話から来た例えです。」

 一刀は二人にイソップ寓話の『卑怯な蝙蝠』の話を聞かせた。

 

「危険な事をさせてしまい申し訳ありません………」

 項垂れる二人の王子を見て、一刀は両手で二人の頭を撫でる。

「構いません。どうせ巻き込まれているのですから、後手に回るより主導権を握れる位置に立つ方が有利ですよ。

そこでお二人にはお願いが有ります。」

 

「なんだ?言ってくれ。」

「はい、どのような事でしょう?」

 

「お二人は帝のお言葉通り、俺を奪い合う振りをしてください。

帝に疑念を抱かれてはこの策は成功しません。」

 

 王子達は素直に頷く。

 一刀の心は現皇帝劉宏と敵対すると、既に固められていた。

 正史の様に劉宏が病死する可能性も否定は出来ないが、昨日見た帝に病の兆しは見て取れない。

 元より、そんな消極的な考えでこの伏魔殿を生き残れるなどと考えていなかった。

 ここは打てる布石を全て打たねばならない。

 

「北郷一刀。ボクの真名を預かってくれ。そこまでしてくれるお前に、ボクも誠意を見せたい。

ボクの真名は昭香だ。」

「ならば僕も北郷殿に、真名の絹香をお預けします。」

 

 二人の真摯な目を見て一刀は頷いた。

「謹んでお預かり致します。本来なら俺も真名をお預けする所ですが、天の国には真名が有りません。

代わりに、俺の事は一刀と呼んで下さい。」

 

「わかった、一刀♪」

「宜しくお願いします、一刀殿♪」

 

 二人の王子がやっと見せてくれた子供らしい笑顔に、一刀も微笑んだ。

 

「お二人は今しばらく臥薪嘗胆の心でお待ち下さい。」

 

 協王子が一刀の言葉に頷いた。

「春秋の頃の故事ですね。では僕も倣って春秋の故事で言葉を贈ります。

一刀殿の行動は(かなえ)の軽重を問う物と疑われるかも知れません。お気を付けて。」

 

 弁王子には二人のやり取りが難しく、言葉の意味が解らなかった。

 けれど、一刀を見る目は憧れを抱いていた。

 

「昨日初めて一刀を見た時から、格好いいと思ってた♪

黄巾党討伐の武勇伝も聞いてるよ!それに頭も良くて!………それに優しくて………

もしよかったら……その………」

「そ、それは僕もです!昭香お兄さまが許してくれるなら僕も………一刀殿に……」

 

 頬を染めて含羞む弁王子と協王子。

 

 一刀は謹んでお断り申し上げ、脂汗を流しながらその場から退散した。

 

 

 この時、一刀と二人の王子は知らなかった。

 何皇后である何進大将軍が一刀に謀を進めている事に。

 

 

 

 

 一刀が二人の王子と話をしていた頃。

 城の一室で董卓は朝のひと時を愉しんでいた。

 

「北郷が今後どう動くか、実に楽しみだ。なあ、李儒♪」

「は、はい…と、董卓様………」

 

 董卓は勢力拡大の折に李儒を見つけ出し配下に加えていた。

 二十代半の李儒は見るからに文官の痩せた男だ。

 李儒は床に座らされ、額に汗を流し、息を荒くしている。

 その正面で董卓は薄絹一枚で椅子に座っていた。

 そして、むき出しの素足で李儒の股間を踏付けている。

 

「オレと奴との関係は教えてやったよなぁ、李儒。」

 

「…は、はい………」

 

「昨日会って思ったが、まあ、奴との決着は次に持ち越してもいいかと思ってんだ。オレは。」

 

「………共闘……なされますか………」

 

「こんな機会はそう無いだろうからな…と言っても、お前にゃ関係無いか♪」

 リズミカルに足を動かし、董卓は哂っていた。

 

「………いえ…董卓様は………なさりたい……様に……なさってください………」

 

「そうだ!オレは董卓だ!殺したい時に殺し!奪いたい時に奪い!犯りたい時に犯る!

それがこのオレ、董卓だ!」

 

 強く何度も踏み付けると、李儒は背筋を震わせた。

 それに合わせ董卓の足の裏に有った布越しの硬い感触がビクビクと跳ねる。

 李儒の顔は苦痛と恍惚の入り混じった表情が浮かんでいた。

 

「どうした、李儒?イっちまったのか♪こんな子供みてぇな姿した化物にチ○ポ踏まれて。

どうしようもねぇ豚だな♪おら、何とか言えよ♪」

 

「と、董卓様は………化物などでは………ありません…………董卓様こそが………

この李儒の主…神でございます!」

 

 李儒が答える間も足を動かし、ニチャニチャと湿った音をたてる。

「お前みてぇな豚の神じゃ、やっぱり化物って事じゃねえのか?

このまま踏み潰して、オレと同じ体にしてやろうか?

どうだ?オレと同じになれるんだぜ?嬉しいよなぁ♪」

 

 董卓の興が乗ってきた所で部屋の入口に人影が現れた。

 董卓は動きを止め、気怠そうに首を巡らせその人物を見る。

 

「何だ、賈詡?人が愉しんでる所を邪魔すんなよ。李儒が可哀想じゃねぇか。」

 

 李儒よりも若い眼鏡の青年がそこに立っていた。

「ご、ごめん、月……その…張譲から連絡が有って………」

 

 詠と同じ声をした青年は、詠と同じメイド服を着て震えていた。

「張譲からぁ?何だよ、朝っぱらから。」

「その…帝が西園八校尉を集めて狩りを催すから出席して欲しいって……」

 

 最初は興味の無さそうな顔をしていた董卓だが、次第に顔が嗤いに歪んだ。

「なんか面白い事が起こりそうじゃねえか♪よし、出席してやる。」

 

 董卓の返事に賈詡は胸をなで下ろした。

「李儒、聞いた通りだ。華雄も連れて行くから伝えておけ。」

 

「は、はい!董卓様!」

 

 李儒は急いで立ち上がり部屋を出ていこうとする。

「ちゃんと着替えろよ♪」

 董卓は李儒の背中に声を掛けてから賈詡をもう一度振り返った。

 

「腹が減った。朝飯は?」

 

「用意してあるよ♪」

 

 そう言って賈詡は壺を掲げて見せる。

 董卓が壺を受け取り、蓋を開けると蜂蜜の甘い香りが溢れてきた。

 その香りを董卓が深く吸い込むと、董卓の顔から凶悪な影が消えていく。

 一刀が今の董卓を見たら、月との区別が出来なかっただろう。

 董卓は壺に直接指を入れて蜂蜜を掬って舐め始めた。

 

 その顔を眺める賈詡に先程の怯えは見えない。

 むしろその目には慈愛の色が浮かんでいた。

 

 蜂蜜の香りと栗の花の匂いの混じった部屋で、

 薄絹一枚を羽織った董卓は壺から蜂蜜を指で掬って舐め続けた。

 

 

 

 一方、部屋に戻った一刀の所にも、張譲から狩りの事を伝える連絡が届いていた。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

厨二、兄ショタ、ドMホイホイをお送りしました。

 

董卓の性格=ベジータ(初期)+華琳(ドS要素のみ)+雪蓮(フリーダム要素のみ)×3

こんな感じを目指してたんですが………早くもブレて来てます。

賈詡と董卓の関係は今後明らかにできると思います。

ちなみにメイド服は董卓が面白がって着せています。

李儒は………今の所、ドMの使いっぱしりです。

桂花とキャラが被ってますね。

劉協の歳は正史の即位した年齢に合わせました。

劉弁の年齢が下がっているのは………すいません、作者の趣味です。

 

 

後、一刀と劉協の会話に出てきた故事成語の補足です。

 

『臥薪嘗胆』:仕返しの為、または目的を達成する為に、長い年月の間苦労にじっと耐えることの例え。

アナベル・ガトーが使った事で有名ですね。

 

『鼎の軽重を問う』:権力者・権威者の実力や能力を疑う事。また、代わりに権力や地位を奪おうとする事の例え。

こんな難しい言い回しをする八歳児はまず居ないでしょうね。

 

 

次回こそはギャグ回にしたいと目論んでいますので、お楽しみに。

 

 

 

 


 
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