No.652610

黒外史  第五話

雷起さん

あけましておめでとうございます。

今回は今までの倍の文字数になってます。

【今回は新たに登場するキャラ】

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2014-01-07 18:25:03 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2711   閲覧ユーザー数:2196

 

黒外史  第五話

 

 

 貂蝉と卑弥呼のハイジャックライブin鉅鹿城が終了して間も無く、

張角達が使っていた楽屋に居た一刀、左慈、于吉の下に、

呂布、高順、張遼、陳宮、劉備、関羽、張飛が集まって来た。

 一刀達三人は毒音波の影響でグッタリしていたが、

呂布達は興奮冷めやらぬといった感じで顔を紅潮させている。

 特に張遼と張飛のハシャギぶりは戦の興奮と相まって、

今にも着ている物を全部脱ぎだしそうな勢いだ。

 

「お兄ちゃんが強いのは何となく分かってたけど、ここまで強いとは思わなかったのだ!」

「どやっ!?これが天の御遣い北郷一刀はんやでぇ♪

雑兵共には目もくれず、あっと言う間に天公将軍にブッスリ!!

返す刀で恥垢将軍、いや地公将軍と人公将軍の首をひと刎ねやっ!!」

 

 張遼はその時の一刀を真似て剣を振る仕草をして見せていた。

 

「私が惚れ込んだ漢ですもの。それくらいは当然でしょう。」

 

 その声は部屋の入口から聞こえて来た。

 張遼達は聞き覚えのない声に警戒の視線を向ける。

 陳宮はその声を聞いた瞬間に呂布の背に身を隠し震えだし、一刀はそれまでの倦怠感を吹き飛ばし戦闘態勢に入っていた。

 

 入口に立っていたのは、金髪の巻き毛を揺らす曹操孟徳(髭アニキ)である。

 そうとは知らない張遼はまるで街のチンピラの様に肩を怒らせ曹操に近寄って行く。

「なんや自分?まるで一刀はんがオンドレの嫁みたいに言うてくれるやないかぁ?

ここにおる全員が一刀はんに惚れとるねんどっ!!」

 口汚く気を吐く張遼の言葉に、一刀、左慈、于吉は露骨に嫌な顔をして心の中で否定した。

 無遠慮に近付く張遼を曹操は鼻で笑い飛ばす。

 その態度に張遼は更に頭に血が上った………が、その足が止まる。

 

 張遼の眼前に剣の切っ先が突き付けられていた。

 

「おい、下郎。それ以上曹孟徳様に近付けば叩き斬るぞ。」

 

 突き付けられた剣は『七星餓狼』。

 その持ち主は当然夏侯惇。

 扉の陰から瞬時に現れた夏侯惇と夏侯淵が曹操の両脇に立っていた。

 

「曹操やとっ!?」

 張遼の頭に陳宮の事が過ぎったが、振り返らずに夏侯惇を睨んだ。

 曹操の下を逃げ出して来た陳宮が居る事を気付かれない為に、

相手の意識を自分に向けさせた方が得策と判断したのだ。

 しかし曹操は張遼を無視して一刀に熱い視線を送っている。

 

 対する一刀は……………吐き気を堪えていた。

 

 現れた曹操が以前とは違い、華琳のコスプレ状態になっており、

夏侯惇、夏侯淵と並んで絶対領域を披露している様は実に気色が悪かった。

 

「私の贈った二つ名『白兎』の通りの働きだったわね、北郷白兎♪」

 

「北郷一刀だっ!!」

 一刀は以前、丁原から見せてもらった書状を思い出し、怒りが吐き気を追い越した。

「あら、ごめんなさい。つい貴方を見ていたら欲望が先に立ってしまったわ♪」

 ニヤニヤと嗤いながらその視線は一刀の下半身に向けられている。

「お前の思い通りには絶対ならないからな!」

 一刀は腰が引けそうになるが、ここでそんな態度を取っては曹操の気に飲まれると思い踏み止まった。

 その時、曹操の後ろにのっそりと大きな影が現れる。

 

「この兄ちゃんが華琳さまの言ってた天の御遣い?」

 

 その声は季衣の物だった。

 部屋の入口を狭そうにくぐり抜けた巨体は、正に『許褚』である。

 身に着けている物は季衣と同じデザインなのだが、着ていると言うより張り付いていると言った方が合っていた。

 髪もピンク色で、鈴々が言う所の『春巻き』にしてある。

 一刀は陳宮が少年だったので許褚ももしかしたらと少しだけ思っていたので、

自分の愚かさと季衣に対する哀れみで涙を流した。

 張飛が鬼ヒゲの段階で気付きそうな物だが、人間はやはり希望を抱いてしまう物なのである。

 

「お兄ちゃんをお兄ちゃんと呼んで良いのは鈴々だけなのだっ!」

 

 その張飛が許褚に対して食ってかかった。

「なんだとー!この兄ちゃんはお前の物じゃ無いぞ!華琳さまの物になるんだから、

ボクの兄ちゃんになるんだっ!このチビっ!!」

「にゃにをー!チビって言う方がチビなのだ!このチビッ子春巻きっ!!」

 

 言い合う許褚と張飛だが、許褚は勿論、張飛も巨漢と言っていい体格をしている。

 二人の視線がお互いの股間を見て言っている所から………そう言う事らしい。

 

「季衣!華琳さまの御前よ!控えなさいっ!」

 

 またも入口から新たな声が聞こえた。

「でも桂花!こいつが!!」

 初め許褚の巨体が邪魔をして一刀からは見えなかったが、

許褚が振り向いたので一刀の前にその姿が現れる。

 

 十代半くらいの美少年が猫耳フードを被り、腕を組んで立っていた。

 

(声と服装からすると荀彧なんだろうけど………軍師ってみんな少年なのか?

いや!正史でも荀彧は曹操よりも若いから偶々(たまたま)かも知れないな。)

 一刀は荀彧の見た目がこの部屋の中で陳宮に次いでマシだったので冷静に見れていた。

 と言うか、桂花のコスプレなので胸が無くても違和感を覚え無かったからだろう。

 

「季衣、桂花の言う通りよ。今はこの北郷一刀に祝いの言葉を述べているの。

下がっていなさい。」

 

 これまでの発言の何処に祝う要素が有ったのか実に謎である。

 しかし許褚は曹操に従い部屋の隅に大人しく引き下がった。

 張飛も関羽に止められそれ以上は騒がなかったが、目は許褚を睨んでいる。

 

「貴方が黄巾党の首領を討ち取った事は、私からも大将軍に報告しておくわ。

次は洛陽で逢いましょう♪」

 

 言いたい事を言い終わったとばかりに、曹操は踵を返し出て行ってしまう。

 夏侯惇、夏侯淵、荀彧、許褚もその後に続いて退出していった。

 部屋に残った者達は暫くその入口を見つめ続ける。

 

「………あれが噂の曹操さんかぁ………おっかない感じの人だねぇ。思わず縮み上がっちゃったよ。」

 

 最初に言葉を発したのは劉備だった。

 その声の何処かトボけた雰囲気に皆の緊張が解ける。

「あんな奴ら鈴々ひとりでぶっ飛ばしてやれたのだ!」

「馬鹿者!相手は帝が派遣した官軍だぞ!北郷殿にご迷惑を掛けるつもりか!」

 関羽が張飛を諌めているが、張飛が曹操達を倒せた事を否定はしていなかった。

 一刀は左慈と于吉に目配せをして頷く。

 曹操の真意はどうあれ、これで丁原からだけでは無く曹操からも朝廷に自分の名前を売る事が出来た。

 漢王朝に入り込む準備がこれで整った事になる。

 続いて一刀は陳宮を見た。

 顔面蒼白ではあるが呂布に励まされ表情は和らいでいる。

 

「曹操に気付かれ無くて良かったな♪」

 

 一刀は片膝を着いて陳宮に声を掛けると陳宮も頷いた。

 そこに高順が渋い顔で割って入る。

「一刀様、多分曹操は陳宮が居た事に気付いております。」

「そうなのか!?」

「はい。曹操はこの部屋に入ってからずっと、我々を一人一人値踏みしておりました。

あの角度ならば恋殿の陰に居た陳宮を見付けた事でしょう。」

 一刀が気付けなかったのは、曹操の華琳コスプレを見たくないが為に意識を相手の殺気のみに集中した事が原因だ。

 一刀は己の迂闊さを後悔した。

「でもどうして曹操は何も言わずに出て行ったんだ?」

「それは恐らく自分の力を一刀様に伝える為でしょう。

陳宮の口を通して己の力を誇示したかったのだと思います。」

 それだけの為に曹操は陳宮という軍師を手放したと言う事だ。

 確かに陳宮の語った曹操軍の強さは一刀に充分伝わっていた。

「音々音、お前曹操に舐められてるぞ。こうなったら何時かあいつをぶっ倒して、

見返してやれ!」

 一刀が陳宮の手を握ると、蒼白だった顔が見る見る紅潮して行く。

「は、はいなのです!ねねの智謀知略を尽すのです!」

 陳宮は瞳を潤ませて頷いた。

 一刀も頷き返し、立ち上がる。

 

「さあ!丁原さんに合流してこの戦の処理に入るぞ!」

 

『応っ!!』

 

 部屋を後にする一刀の心は、既に洛陽での新たな戦いに向けられていた。

 

 

 

 

 一方、先に部屋を出て行った曹操達。

 廊下を歩きながら荀彧が曹操に語りかける。

 

「あの男が華琳さまの仰っていた『天の御遣い北郷一刀』ですか。」

「どう?ウホッとなる、いい漢でしょう♪」

 楽しそうな曹操に荀彧は頬を膨らませてムッとなる。

「私は華琳さま一筋です。あの男を倒すべき敵と見れても、そう云う目では見れません!」

 曹操は足を止めて荀彧の顎に手を当て、顔を覗き込んだ。

 

「ふふふ♪そうやって嫉妬する顔がとっても可愛いわよ、桂花♪」

「か、華琳さま…………」

 

 先程までの膨れっ面から途端に蕩けた顔になる。

 それを見た夏侯惇が声を上げようとしたが、夏侯淵に止められた。

「何故止める!?」

「いや、あの二人も混ぜてやろうと思ってな♪」

 夏侯淵が示した先から二人の人影が現れた。

 

「あ~ら、華琳お兄さまったら、また桂花ちゃんで遊んでるのぉ~。」

「遊ぶならあたし達と遊びましょう~♪華琳お兄さまぁ~ん♥」

 

 新たに現れた二人は曹操と同じ金髪を靡かせる髭アニキ。

 服のデザインまで曹操に似ていたが、肌の露出が曹操より多く太マッチョだった。

 二人の名前は曹仁と曹洪。

 共に曹家側の曹操の従弟である。

 

「あら?貴方たちの用事は終わったの?」

 

「ええ♪貂蝉さんと卑弥呼さんに花束を差し上げてきたわ~ん♪」

「その時に揮毫もして頂いちゃったわぁ~~ん♪」

 曹仁と曹洪は揃って背中を見せると、服にデカデカと『貂蝉&卑弥呼 漢女参上』と書かれていた。

「良かったわね、腐琳(ふりん)掘琳(ほりん)♪」

 腐琳は曹仁の真名。掘琳は曹洪の真名である。

 実はこの二人、元から漢女道の信者であり、曹操から貂蝉と卑弥呼に出会った事を聞いて、

その時に華琳と一緒に出掛けなかった事を、ハンカチを噛んでずっと悔やんでいたのだった。

 

「でも、貴方たち。戦う時に私情は抜きよ。」

 

 冷たい視線で言い放つ曹操。

 しかし曹仁と曹洪は笑って言い返す。

「やぁね~、華琳お兄さまったら。愛は奪うものでしょう♪」

「漢女たるもの強くなければ駄目なのよ~♪」

 二人の笑顔は例えるなら爬虫類のそれであった……ポージングをしながらではあったが。

 しかし、貂蝉と卑弥呼の称える漢女道は耐える愛、偲ぶ愛が基本の筈。

 どうやらこの外史では漢女道の教義も歪んで広まってしまっている様である。

 

「「それに華琳お兄さまだって私情で天の御遣いを狙ってるじゃな~い。」」

 

「ふっ、それもそうね。北郷一刀みたいに強い漢が、

私の下で可愛い声を上げて鳴く様を想像すると………ふふふ……あはは♪

あーっはっはっはっはっ♪楽しみだわっ!洛陽に早くやって来なさい、私の白兎♪」

 

 高らかな笑い声と共に曹操は鉅鹿城を後にした。

 

 

 

 

 鉅鹿での戦後処理を終えた丁原軍は帝への報告の為、五千の兵だけを連れて洛陽に向かっていた。

 その行軍には一刀達も同行している。

 一刀は黄巾党の首領、張三兄弟を討ち取った英雄なので、

道中丁原は一刀を帝や宮廷の高官にお披露目出来るのが嬉しくてしょうがないといった感じだった。

 

 しかし、丁原が洛陽に到着する寸前で病によって倒れた。

 

 既に虎牢関も過ぎて後半日で洛陽に到着するという場所で丁原軍は天幕を張り野営をしている。

 

「丁原さん……………」

 丁原が横になっている天幕に一刀は見舞いにやって来ていた。

 天幕の中には呂布と張遼も来ていて、丁原を心配そうに見守っている。

「すまんのう…北郷殿………儂ももう歳じゃな………この程度の行軍で……」

 丁原の顔色は見るからに悪かった。

 丁原自身、自分がもう長くはないと三人を呼んだのだ。

「俺達の事より、今は自分の体を大事にして下さい……数日前まであんなに元気だったのに

…………まさか、毒!?」

 一刀は丁原が弁王子派である事を思い出し、協王子派の刺客が紛れ込んだのではと考えた。

「いや……これは持病が悪化したんじゃよ………」

「持病!?」

「馬に長く乗っておったら、痔が悪化してのう……若い頃の無茶がここに来て祟ったようじゃ………」

「…………………………………………………………………」

 一刀は複雑な顔になり、何も言えなくなってしまった。

 何か励ましの言葉になるものを頭の中で巡らせていると、

天幕の外から来訪者を告げる声が聞こえて来た。

 

「皇甫嵩将軍が洛陽よりお見えになりました!」

 

「おお、お通ししてくれ……」

 力の無い返事だが、その声には喜びが含まれている。

 丁原の返事の後、直ぐに天幕に入ってくるひとりの老将の姿があった。

 

「建陽ちゃん!」

「…義真ちゃん……」

 

 建陽は丁原の字で、義真は皇甫嵩の字である。

 簡易の寝台に横たわる丁原に皇甫嵩が抱きついた。

 旧友の再会の抱擁と言うには熱が篭り過ぎている。

 要するに二人はそう云う間柄だった。

 

「しっかりして!建陽ちゃん!貴方がいなくなったら………私……わたしは……」

「これも…天命じゃよ………じゃが、義真ちゃんが来てくれて嬉しいぞ……」

「………建陽ちゃん……」

 

 二人の背景に薔薇の花の幻が見えそうになり、一刀は目を逸した。

 丁原が痔になった原因に皇甫嵩が居たのは間違い無いだろう。

 

「義真ちゃんに…頼みがある………儂には子供が生まれんかった………

儂の跡目は…そこの北郷一刀殿に譲りたいのじゃ………」

 

 丁原の発言に一刀が驚いた。

「て、丁原さん!何を言ってるんですか!!

俺は客将でついこの間お世話になったばかりじゃないですか!!」

 

「北郷殿………この爺の最後の頼みじゃ………どうかお願いしますじゃ……

そなたの武勇なら……任せられる………」

 

 一刀は首を縦にも横にも振れなかった。

 丁原を自分の祖父と重ねる事が多かっただけに、その思いは複雑だ。

 

「建陽ちゃん…貴方はこの若者を自分の息子の様に思っているのね………

分かったわ、この私が見届け役として今の言葉を正式に認めるわ!」

 

 皇甫嵩の言葉に一刀はまたも驚き、丁原は微笑んだ。

 一刀の戸惑いは、余りにも自分に都合の良い展開の進み方にだったが、

周りの者はそれすらも一刀が遠慮していると良い方に判断してしまっている。

 

「…呂布…張遼………これからお主らは北郷殿を主と仰げ………」

 

「丁原の爺さん!!」

「…………………………うん。」

 張遼と呂布は丁原の手を取り、涙を流して頷いた。

 一刀も一緒にその手を握り、丁原に話し掛ける。

「丁原さん、俺は貴方が目指した物とは違う形で、この力を使うと思うぞ。

それでも俺に跡目を譲るのか?」

 

「ふふ……構わん………儂が最後に惚れた漢に全てを託す……

これぞ漢の本懐じゃ………」

 

「判った!丁原さんの跡目はこの俺が継がせて貰う。」

 

 一刀は力強く丁原の手を握った。

 その決意を込めて!

 

「…ありがとう………北郷殿………最後の心残りは………お主にお尻を捧げられなかった事じゃ………」

 

 一刀は握った手を放り投げそうになるのを必死に堪えた。

 

 一刀の手を握り返していた力が弱くなり、丁原は静かに瞼を閉じていく。

 

 静かに永遠の眠りに就く丁原を見送り、一刀は我知らず涙を流した。

 

 天幕から啜り泣く声が漏れると、外に控えていた者達も涙を流し嗚咽を漏らした。

 

 正史では呂布に裏切られ殺される事を考えれば、

多くの者に見送られるこの外史の丁原は幸せだったに違いない。

 

 

 

 翌日、丁原軍は喪に服する為、洛陽から喪服を集め五千の兵全員に与えた。

 この時代の中国の喪服は白装束である。

 図らずも一刀は白装束の兵を引き連れ、洛陽に入る事となった。

 左慈と于吉の操る“白装束兵”ではない、一刀の“白装束兵”と言っても良いだろう。

 白い軍団の中で、一際陽光を反射する白い聖フランチェスカの制服が、

洛陽の民には『黄巾党の首領を倒した“天の御遣い”』をより神聖視させる。

 

 この民の反応を見て、宮殿に向かって走る影があった。

 

 しかもそれは一人二人では無く、更に向かう先が全て違っていた。

 

 

 

 

「并州州牧!北郷一刀殿!」

 

 洛陽の宮殿。

 その謁見の間に一刀は居た。

 謁見を許されたのは丁原軍では一刀ひとりだけであり、他の武将達は与えられた部屋で待機している。

 一刀は末席から進み出て玉座の前に片膝を着き、頭を下げ、包拳礼を行う。

 玉座には皇帝劉宏。その隣には大将軍にして皇后の何進が座り、王子の劉弁と劉協も並び連座していた。

 皇帝の傍らには更に宦官十常侍が控え、この度の謁見を取り仕切っている。

 膝を着く一刀の左右には数多くの文官武官が整列しており、

噂の英雄“天の御遣い、北郷一刀”を気極めんと注目していた。

 その中には一刀の後見役となった皇甫嵩と、

 

(ふふ、遂に来たわね、北郷一刀。)

 

 曹操の姿も有った。

 

「面を上げられよ、北郷一刀殿。」

 十常侍の筆頭の張譲が告げると、一刀はその言葉に従い顔を上げる。

 

『ウホッ!いい男♪』

 

 謁見の間に嫌な合唱が起こった。

 一刀は平静を装い次の指示を待つ。

 その間、視線で尻がムズムズして落ち着かない事この上ない。

 張譲は書簡を広げ読み上げ始める。

 

「この度の黄巾の乱の首謀者張角、張宝、張梁をその武勇により討ち取りし事、

曹騎都尉と昨日他界された丁原将軍の報告に記されている。

 そして皇甫嵩将軍の立ち会いにより、丁原将軍の跡を継ぎし事も認められた。

 これにより北郷一刀殿を并州の州牧職を与え、更に西園八校尉(さいえんはつこうい)の中軍校尉に任ずるものである。」

 

 事前に知らされていた一刀は、この場で驚きはしなかったが、

それでも異例の大出世に改めて戸惑いを感じずにはいられなかった。

 州牧と云う地位もさることながら、西園八校尉は帝直属の西園軍、その八人の将軍の事であり、

中軍校尉は第二位に当たる。

 正史では袁紹に与えられた地位である。

 この発表に驚いたのは、むしろ曹操だった。

 曹操も西園八校尉の第四位、典軍校尉と成る事が決まっていたからだ。

 曹操の推測では自分より下の位に一刀が来るものと考えていたし、

事前の情報では実際そうだったのだ。

 発表の直前で変更が行われたとしか考えられない事態である。

 ここで更に異例な事が起こった。

 皇帝劉宏が一刀に直接話し掛けたのだ。

 

「北郷一刀よ。汝は天の遣いだと聞き及んでおる。汝が朕に仕えるのは天の意志か?」

 

「御意!我、北郷一刀は天帝に遣わされました。我が力、存分にお使い下さい。」

 一刀は再び頭を下げた。

 

「聞いたか、皆の者!この北郷一刀が居る限り、我ら漢王朝は天を味方にするのだ!

更なる繁栄が今ここに約束されたのだ!!」

 

 皇帝劉宏の芝居がかった物言いに、文官武官を問わず雄叫びを上げ、

謁見の間はその大音声に震えた。

 

 

 

 謁見が終わり、一刀が退出すると廊下で待ち構えていた人物が居た。

 

「おーーーーっほっほっほっほっほっ!」

 

 この笑い声で一刀は誰だか理解した。

 

「初めまして、北郷一刀さん。」

 長大な金髪ドリルと赤い服、白いミニスカートの髭アニキ。

「わたくしの名は袁紹本初。貴方と同じ西園八校尉に選ばれた者ですわ。

以後お見知りおきを♪」

 口元は笑っているが、目が笑っていない。

「初めまして、袁紹殿。宜しくお願いします。」

 一刀は挨拶をしながら別の事を考えていた。

 

(もし中身も麗羽と同じだったら、『お見知りおきを』とか言っておきながら直ぐに忘れてしまうんじゃないか?)

 

「袁紹殿も西園八校尉なのですか。では、上軍校尉が……」

 一刀の言葉に袁紹の片眉が跳ねた。

「い、いえ…………わたくしは…………………ですわ。」

 引きつる口から絞り出された声は一刀に聞き取れなかった。

「あの?聞こえなかったのでもう一度お願いします。」

 

「下軍校尉ですわっ!!」

 

 真っ赤になって叫ぶ袁紹。

 その声に、何事かと謁見の間から出てきて覗き込む複数の姿が有ったが、

相手が袁紹と分かると“触らぬ神に祟りなし”と直ぐに引っ込んだ。

 下軍校尉は第三位であり、一刀のひとつ下になる。

 

(成程………これなら忘れてくれそうに無いな………)

 

 性格が麗羽に近いなら、自分に何か言わないと気が済まなかったのだろうと推測した一刀は、

袁紹に頭を下げた。

 

「俺は宮廷の事をよく知らない不調法者です。色々と教えて頂けると有難い。」

 

「あ、あら?」

 この態度に袁紹は初め戸惑ったが、直ぐに気を良くしてふんぞり返った。

 

「おーーーーっほっほっほっほっ♪よろしくてよ♪この袁本初が貴方に色々と教えて差し上げますわ♪」

 

 麗羽の強烈なキャラはこの袁紹にもしっかり引き継がれていた様だ。

 

「こうして改めて拝見しますと、北郷さん。貴方、とても魅力的ですわね♪

華琳さんがご執心なさるのも頷けますわ♪」

 

 背筋に冷たいものが走り抜けた一刀は慌てた。

「そ、それではいずれ時間が取れた時に!し、失礼致しますっ!!」

 早足で袁紹の横を通り過ぎ、そのまま貂蝉達の待つ部屋を目指す。

 

「閨を整えておきますので、楽しみにしていますわよ♪」

 

(絶対行かねええええええええっ!!)

 

 背後から掛けられた袁紹の言葉に、一刀は心の中で叫んだ。

 

 急いで袁紹から遠ざかる一刀の前に、又もその行く手を遮る人影が現れる。

 

「北郷一刀殿。しばしお時間を頂けますかな?」

 

 その声の主は宦官の服を着ていた。

 

 

 

 

 その頃、謁見の間では文武百官が一刀を見た感想や噂話で盛り上がっていた。

 その中でひとりの男が考えに耽っている。

 

 男の名は孫堅文台。

 

 『江東の虎』と呼ばれたその人であった。

 精悍な顔つきは呼び名に恥じない物だが………。

 髪がピンク色で、着ている服も雪蓮、蓮華の物と似た赤くスリットの入ったワンピースだった。

(あれが天の御遣いか……噂ばかりが先行してあの漢を手に入れようと画策している奴らが多い様だが…あやつの氣の強大さに気付いている者がどれだけ居る事やら……あれの見た目は白兎かも知れんが、中身は正に龍だ。)

 孫堅の瞳に剣呑な光が宿る。

 それはまるで戦場の敵を見定めている様だった。

 

(あの漢をむざむざ他人に奪われるのを黙って見ているのは勿体無いな。

雪蓮、蓮華、小蓮と契らせ子を成せば、孫家の天下も夢ではない。

先ずはあの漢に引き会わせてみるか。

息子達が気に入らなければ………儂自ら子種を搾り取るのも悪くは無いな。)

 

 孫堅はその呼び名の通り、獲物を狙う虎の目をして謁見の間を出て行った。

 

 

 

 そして、最初に謁見の間を退出していた皇帝劉宏は、既に奥の間で寛いでいた。

 老酒を満たした杯を揺らし、先程の謁見を思い出してか小さな声で笑う。

 

「遂高、あの『天の遣い』とやらは中々の物ではないか?

曹操が執心するのも頷けるというものだ。」

 

 遂高は何進の字である。

 皇帝は袁紹とほぼ同じ頃に同じ事を言った。

 

「そうでしょうか?私には胡散臭い若造に思えます。」

 

 辛辣な意見を述べる皇后に、皇帝は更に笑った。

「くっくっく、遂高は朕が北郷一刀を囲うと思っておるのか?嫉妬深い奴よ。」

「王美人の時で懲りておりますので。」

 協王子の母親の事だ。

 愛人ひとりでこんな事を言われるとは、どこかの種馬皇帝とはえらい違いである。

 

「あの者を見て、朕の摩羅が猛ったのに気が付いたか?」

「お戯れを…」

 何進が気にしていない風を装うので劉宏は少し矛先を変える。

 

「『天の遣い』は民に大層な人気だそうだ。」

 

「左様で御座いますか。」

「治世にこれを利用しない手はあるまい。本物かどうかは関係無いのだよ。」

「………成程、そういう事ですか。」

 漢王朝に天の御遣いが味方をしている事が重要なのである。

 民が一時でも安心するなら良い拾い物という訳だ。

「使い方は張譲達がやってくれよう。人気が無くなれば捨てても構わん連中だ。」

 劉宏は酷薄な笑みを浮かべ杯に口を着ける。

「陛下……十常侍共を余り信用なさいますな。奴らの勝手な振る舞いに憤っている武官も多いのです。」

 何進の言葉を気にせず劉宏は杯を卓に置いた。

 

「彼らは良くやってくれているよ。

宦官が濁流を入れてくれるから、不満を持った連中が暴れてくれる。

そして武人の働く場が出来るのだ。実にいい循環ではないか。

今回の黄巾党は『天の遣い』という実りまでもたらしてくれた。」

 

 劉宏は冗談ではなく、本気で言っていた。

 これが現皇帝の真の姿である。

 一刀が聞けば、いや一刀だけでは無い。

 この外史に居ない彼女達が聞いたなら即座に首を刎ねていた事だろう。

 

 何進は肯定も否定もせずに黙っている。

「そうそう、『天の遣い』に話を戻そうか。

弁と協も彼に惹かれていた様だ。」

 

 我が子の名前が出た事で何進がピクリと反応する。

 

「『天の遣い』を上手く手懐けた方を次の皇帝にすると言うのも面白いな。」

 思いつきで言った言葉だったが、劉宏はこの考えがいたく気に入った。

「うむ♪早速二人に伝えるとしよう。」

 

「へ、陛下!お待ち下さいっ!!」

 

 何進は息子の弁王子が口下手なので慌てた。

「それでは弁が不利となります。」

 

 劉宏は何進の慌て振りにまたもや笑い、こう提案した。

「手段は問わないよ。薬でも拷問でも好きにやるがいい♪」

 

 新しい遊びのルール説明でもする様な気軽さでサラリと口にする。

 

「ああ、でも殺しては駄目だよ。アレは生きていて初めて価値が在るのだから。」

 

 何進はその言葉を『死なない程度ならば何をしてもいい』と捉えた。

 

 

 

 

 一刀は声を掛けて来た宦官に案内されて、宮殿の一角に有る部屋に来ていた。

 謁見の間から離れているが、かなり奥に有る部屋だ。

 洛陽の宮殿の内部は一刀がこれまで経験してきた外史とさほど構造が変わらないので、

現在位置の把握はしっかり出来ている。

 

「入口の扉に貫木をおかけ下さい。外からは開けなくなりますが、

北郷殿が出たいと思われた時直ぐに開けられる様、構造の確認の意味にも。」

 

 宦官の言葉は一刀の警戒を和らげる意味で言われた物だ。

 一刀は言われた通り扉の構造をチェックして貫木を掛けた。

 確かに一刀がその気になれば、簡単に廊下へ戻る事が出来る。

 一刀が確認し終わるのを見届けると、宦官は袂から鈴を取り出し鳴らした。

 その合図に合わせ奥の続き部屋から出て来たのは、中常侍の服を着た初老の痩せた男。

 

 張譲だった。

 

 先程まで謁見の間に居たのに、この部屋に早くも移動して来ていた。

「初めまして、私の名は張譲。ご覧の通り宦官です。

『初めまして』と言うのは少しおかしいですかな。

先程、謁見の間でお互い顔を会わせているのですから。」

 

 柔らかい物腰で語る張譲に対し、一刀は警戒心を強める。

 十常侍の筆頭であるこの男に対し油断は禁物と心の中で何度も繰り返した。

 

「いえ、十常侍の張譲様にこの様な形で呼ばれるとは驚きました。」

 

「北郷殿は私の事を警戒しておいでですな。

我ら十常侍の噂を知っていれば当然でしょう。

それは正しい心構えです。この洛陽に居る間はその心構えをお忘れなく。」

 

 張譲の真意を測り切れない一刀は一応頷いて見せる。

 

「早速ですが、本題に入らせて貰いましょう。

北郷殿には『十常侍』とは何なのか。その秘密を明かしたいと思い、お招きした。」

 

「は?」

 

 流石にここに来て一刀は口を挟んだ。

 だが、張譲は自分が先程まで一刀を待っていた続き部屋に振り返る。

亜璃西(ありす)、こちらに出て来て北郷殿にご挨拶をなさい。」

 

「はい………お父様……」

 

 鈴を転がす様な声と共に現れた姿を、一刀は童女と思ったが直ぐに否定した。

 

(多分『男の娘』なんだろう?俺が子供に甘いのを何処かで聞き出し連れて来たのか?)

 

「は…はじめまして………」

 

 顔を赤くして俯きモジモジとするその子に、一刀は違和感を覚えた。

 

「北郷殿、貴方は五胡の匈奴と戦った事がお有りでしたな。」

 

 今度こそ一刀の思考が停止する。

 十常侍の秘密を話すと言って目の前にこの子を登場させ、五胡の話をする。

 つまり、目の前にいる子供は………。

 

「北郷殿………この亜璃西は五胡なのです。」

 

「あの………俺が戦った匈奴は…もっと、こう……それに、文献でも……」

 

 亜璃西には匈奴の様な下品さが微塵も感じられない。

 文献にも人食いの妖怪扱いで書かれていた。

 

「お気持ちは判ります。そして文献も全てが記されている訳では無いのです。

百聞は一見に如かず……亜璃西、お見せしなさい。」

 

 張譲に言われ亜璃西は顔を更に赤くして…着ている物を脱ぎ始める。

 目を固く閉じ、オズオズと外套を外し、

 肌着の帯を解いて前を開いた。

 

 氷雪を思わせる様な白い肌を露わにする。

 胸に僅かな膨らみは有る……しかし、その頂点に在るべき乳首は無く、乳暈も無い。

 そこから下に視線を落とすが、臍の窪みも無く。

 その更に下。性器に当たる物が完全に見当たらない。

 外科手術によって切除したのなら、どれ程の天才外科医の処置なのか。

 勿論この外史にその様な外科技術は存在しない筈だ。

 一刀は芸術品を見る思いでその肢体に心を奪われた。

 

「………グスッ………」

 

 亜璃西の漏らした声に、一刀は我に返った。

 気が付けば、亜璃西は耳まで真っ赤にして涙を流している。

 

「ご、ごめん!ふ、服を着てくれっ!!」

 

 慌てて視線を逸らし、手で目を隠した。

「そ、その………あまりに綺麗だったものだからつい見入ってしまって………」

 目隠しをしながら言った一刀の言い訳に、亜璃西の服を着る手が止まった。

 一刀を見て二三度瞬き、口元が綻ぶ。

 

「あの………着終わりました……」

 

 一刀はそっと目を開けると、服を着た亜璃西が自分を見ていた。

 まだ赤い顔をしているが、亜璃西の顔には羞恥以外の感情も含まれている。

 

「五胡は葉牡丹から産まれコウノトリが運ぶと云うのはご存知ですかな?」

 張譲の問いに一刀は頷く。

「時にそのコウノトリが赤子を落とす事が有るのです。

この亜璃西は私が若い頃にたまたまその現場に出会い、拾いました。

普通ならば五胡の子はその場で殺されてしまいます。

しかし………私にはそんな事が出来なかった…………」

 張譲は目を閉じて当時を振り返った。

 

「可愛らしく笑う赤子を見て、私がこの子を育てようと決意しました。」

 

 一刀は他の外史で儲けた我が子の顔を思い出す。

 張譲の気持ちが痛い程よく判った。

「亜璃西が五胡と世間に知れれば迫害され、嬲り殺しに会うのは判っていました。

だから私は亜璃西を隠しながら育てました。

育てて行く中で様々な発見が有りました。

北郷殿の読んだ文献の中に五胡が人の精を食らうという記述が有ったと思います。」

 一刀が先程思い出した文献の内容。

 それが在るからこそ、亜璃西が五胡だと知って驚いたのだ。

「亜璃西は小さい頃から甘い物を好みました。特に蜂蜜を好んで食べます。」

 一刀の脳裏に美羽の顔が浮かんだ。

「本来、五胡は甘い物を好み、甘い物だけで育つと亜璃西の様にこの姿で居続けるのです。」

 

「この姿で居続ける?」

 

「はい。先程、私は“若い頃”に亜璃西を拾ったと言いましたね。

それは今から三十年も前の話です。」

 

 一刀は目を剥いて亜璃西を見た。

 どう見ても十歳、行って十二歳にしか見えない。

 

「辺境に棲む五胡は食べる物によって、あの様に変質してしまっているのです。

五湖を正しく育てたならあの様に野蛮な妖にはならない。

その為には辺境の地で赤子の内に保護しなければいけません。

それに気付いた私は決意しました。

 

権力を手に入れ、軍を以て彼の地を手に入れなければと!

この亜璃西が安心して自由に暮らせる様になる為にも!」

 

 張譲の言葉は熱をおび、その瞳は決意に燃えていた。

 

「あの………これは十常侍の秘密として語られたのですよね?

では、十常侍全員が………」

 

「はい、全員が私と似た境遇に在る者達です。

正確には同じ夢を追い掛ける者が集まり努力した結果、

十常侍と呼ばれる様になったのです。」

 

「努力………世間の評判は余り良くない様ですが?」

 生前の丁原も十常侍は賄賂政治の根源と言っていた。

 他の武将や町民までもが『十常侍』と言えば『賄賂』の様に語っている。

 

「賄賂の横行は私が宦官となった時には既に在りました。

あの曹操の祖父、曹騰は猛威を振るっていましたよ。

その力で大長秋まで上り詰めたのですから。

私達のしている事など曹騰の真似事に過ぎません。

そして、この評判は敢えて我々が矢面に立つ事でこの子達を世間の目から逸らす事が出来ます。

我々はこの子達が五胡と分からない様に、普段から符丁で呼んでいます。

 

露わになる利益という意味で『露利』と。

 

これならば我々がこの子達の話をしても、賄賂の話をしている様に聞こえるでしょう。」

 

 少々得意気に話す張譲に、一刀は気の毒になって愛想笑いを浮かべた。

 その時、一刀をこの部屋に案内してきた宦官が張譲に来訪者を告げた。

 

「おお、やっと来たか。

北郷殿、貴方に会わせたい者が二名到着しました。

ひとりずつ紹介致しましょう。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!ここまで話を聞いておきながら何ですが、

俺が仲間にならない可能性、最悪の場合は密告だって有り得るでしょう。

何故、会ったばかりの俺にこの話をしたんです?」

 

 気が付けば一刀はかなり深い部分の話まで聞かされている。

 ここまで張譲が一刀を信用したのは何故か。

 いや、信用ではなく、一刀を絡め取る自信が有るのか。

 

「我々の情報網には北郷殿が天から降られた時から報告が来ております。

それを整理しまして…………

 

北郷殿は性的な事に興味がない…いえ、潔癖な方とお見受けした。」

 

 張譲の言葉に一刀は耳を疑った。

(そんな事言われたの初めてじゃないか!?

外史に来る前の俺だったら言われてもおかしく無かったかも知れないけど…)

 

 北郷一刀と書いて『たねうま』と読むとまで言われた男である。

 その一刀を張譲がそう評価した理由は次の通りであった。

 

「北郷殿は誰に言い寄られても全て跳ね除け、

お尻を差し出されても全て断られたと聞き及んでおります。

北郷殿がお連れになっている四人が愛人かと思いましたが、

夜の部屋には結界が張られ、聞こえてくる睦言は偽りである可能性が高いと報告が有りました。」

 

 一刀はあの四人が愛人と思われていた事に吐き気を催したが、

それ以上に結界を見破った間者が居る事に驚いた。

 

「そして、亜璃西の体を見た時の北郷殿の反応。

普通ならば、あの場で怒り出すか暴れて斬りかかるくらいする物です。

ですが貴方は亜璃西を綺麗だと言ってくれました。

しかも、亜璃西が恥ずかしがっているのに気が付くと、目を逸らしお詫びまで………

私がどれほど嬉しかったか………亜璃西に肌を晒させるのは胸が張り裂けんばかりでしたのに………

北郷殿の言葉に感動した涙が………ようやく流せます………」

 

 張譲は目頭を押さえて本当に涙を流していた。

 それが芝居の可能性も有るが、張譲の涙を甲斐甲斐しく拭う亜璃西の姿は芝居だとは思えなかった。

 そんな張譲の後ろで先程の宦官がオロオロしている。

「あ、あの………張譲様………」

 

「おお、そうだった。では先ず蹇碩(けんせき)を呼んでおくれ。」

 涙を拭いながら張譲が言った名前に、一刀は記憶を探る。

 

(蹇碩って正史じゃ西園八校尉の上軍校尉だったけど十常侍じゃ無かった筈。

演義の方では十常侍だったから、混じってるのか?

どちらにせよ何進暗殺の責任を押し付けられて殺されるんだよな。)

 

 そんな事を思い出してやって来た人物を見て、一刀は声を上げそうになった。

 

「初めまして、北郷殿。我が名は蹇碩と申します。西園八校尉の上軍を任されております。」

 

「イ…………は、初めまして、北郷一刀です………」

 

 一刀が言いかけたのは『インテリ』と言う渾名だった。

 

(な、なんでインテリが蹇碩なんだ!?こいつは劉封じゃないのか?)

 

「失礼とは思いましたが、隣で聞いておりました。

北郷殿が露利に理解のある方で私も感動していました。

露利は素晴らしい!露利こそがこの世の宝!共に露利を愛で、守り抜きましょう!」

 

(あ~~~~、成程…………そういう事か。要するに使い回しキャラなのか、こいつ。)

 

「我ら十常侍は露利の為なら地獄に落ちる様な所業も厭いません!

その覚悟は男根を落とし、やおい穴を塞ぎ宦官となり、

(まいない)に尻を差し出して今の地位まで登って参りました。

まだまだ政敵は多いですが、我ら十常侍は必ず夢を実現して見せましょう!

 

全ては愛する露利の為にっ!!」

 

 ひとり盛り上がるインテリ………もとい、蹇碩に、一刀はおざなりな拍手を贈った。

 

(なんかこいつが出てきたら、途端に空気がギャグになったな…………)

 

 一刀は気を取り直して張譲に視線を戻した。

「もうひとりいらっしゃるとの話でしたが?」

 

「おお、そうですな。」

 張譲は部下の宦官に案内する様に伝えた。

 

「我らの切り札となる人物です。名前は…」

 

 

「董卓だ。」

 

 

 張譲の背後から本人が名乗った。

 

 その声はこの外史でお馴染みとなった恋姫の声。

 董卓が月と同じ声なのは一刀も覚悟していた。

 しかし、董卓の姿を見た衝撃は今までとベクトルが完全に違う。

 

 

(ゆ、月!?)

 

 

 奥から出てきた人物は、服装と髪型は違ったが、間違いなく一刀の知る『月』だった。

 

 だが纏う空気が月とは明らかに違う。

 凛々しい男装をして髪をオールバックにしている所為かと一刀は初め思ったが、

その目に剣呑な光が宿っている事に気が付いた。

 一刀の知る月がマルチーズだとするなら、目の前の董卓はまるで土佐犬の様な凄みを感じさせる。

 一刀はその事に気付いた時、デジャヴュを覚えた。

 

「涼州太守、董卓仲穎殿です。そしてこの方も五湖なのです。」

 

 一刀は完全に混乱した。

 目の前の董卓の姿形と、張譲が言った言葉の意味。

 思考しようとするが、まるで頭が働かない。

 

「おい、張譲。そこまで話すとはこの男を余程信用した様だな。」

 

 張譲に対して完全に上から目線で話す姿が、更なる違和感を与えた。

 

「北郷殿が密告をしたなら、それは私の人を見る目が無かったと諦めます。」

 強い決意で張譲は董卓を見返した。

 

「ふっ、酔狂だな……まあいい。私は北郷一刀と二人きりで話がしたい。

出て行け。」

 

 どこまでも横柄な態度の董卓に、張譲は何も反論せず立ち上がった。

 

「判りました………北郷殿、今日はこの辺りで失礼します。

明日にでもまた使いを寄越します。」

 

 そう言い残し、張譲は亜璃西と蹇碩を連れて部屋を出て行く。

 亜璃西が董卓に対し、明らかに怯えているのを一刀は見逃さなかった。

 董卓はその背中を目で追い、部屋を出て行った後も暫くそちらを睨んでいる。

 張譲達が部屋から離れるまで気配を探っているのだ。

 一刀にも董卓の行動の意味が解ったので黙っている。

 その間、董卓の後ろ姿を見て、先程のデジャヴュの意味を考えた。

 そして“まさか”という仮定に行き着く。

 

(俺はこの董卓に、他の外史で出会っているのか?

だとすると、俺の外史の記憶は欠落があるのか………まてよ?

貂蝉と卑弥呼は俺の記憶を封印した状態でこの外史に登場させる予定だったと言っていた。

左慈と于吉がその封印を解いたけど、完全じゃ無かったって事なのか?)

 

「久しぶりだな、北郷一刀。」

 

 董卓は振り返り、皮肉を孕んだ嗤いで言った。それに伴い喋り方もガラが悪くなった。

 

「俺は………初対面だと思うがな。」

 一刀は敢えて色々な意味で取れる言葉を返す。

 

「この“外史”ではな。前の外史でお前に殺されて以来だ、待ちくたびれたぞ。」

 

 董卓の言葉を聞いた瞬間に一刀の記憶が蘇った。

 恐らく封印がひとつ解かれたのだろう。

 その記憶では一刀が幾つかの外史で、この董卓と覇を争っていた。

 月が居る時も有れば居ない時も有る。

 目の前の董卓を一言で表せば『暴君』

 演義の董卓と同じかそれ以上の事をやる人間だった。

 

「………董卓…………“お前”なのか?」

 

「ん?貴様が飼っていたひ弱な犬では無く残念か?今はオレが『月』だ。」

 

「月は弱くない!」

 反射的に一刀は叫んだ。

「おいおい、今の月はオレだと言ったろう。」

 董卓は一刀の反応が愉しいらしく、口の端が吊り上がっていく。

 

「大体何でお前がここに居る!?」

 

 指を突き付け一刀は詰問した。

 

「何故ここに居るかだと?」

 董卓の顔が急に不機嫌になる。

「オレはそれを聞く為に洛陽まで来てやったんだ!左慈と于吉は何処に居るっ!!」

 

 その言葉で一刀は左慈と于吉がこの董卓を招き寄せたのかと思った。

 しかし、二人は今までそんな事は一言も言っていない。

 ここは推測するより、後で二人に確認した方が良いと判断した。

 

「後で会わせてやるよ。所で董卓、お前は何時からこの外史に居る?

それにお前が五胡だと言うなら『董卓』なのはおかしいじゃないか。」

 

 一刀は冷静に情報を聞き出す事に努めた。

「何時から?………そうだな、ここの時間で二十年になるか。

意識が目覚めた羌の地で、こんな男でも女でもない体にされていた。

この外史には貂蝉と卑弥呼、左慈と于吉の臭い匂いがプンプンしてたから、

奴らの中の誰かの仕業だと思ったんだ。

オレの楽しみの半分を奪いやがって、糞野郎がっ!

まあ、何れ貴様も現れると踏んで、羌を中心に勢力を纏めていたんだ。

そうしたら漢が討伐隊を寄越しやがってな。

その中にこの外史の『董卓』が居たんで入れ替わってやった。」

 

 月と同じ顔で笑う董卓は、まるでイタズラに成功した子供の様だった。

 しかし、そう簡単に入れ替わる事が出来るのか?

 

「どうやって、入れ替わったんだ!……まさか、その『董卓』が月…」

「慌てんな!この外史の住人らしくオッサンだったよ。

まあ、ぶっ殺しただけじゃ入れ替われないからな。

妖術を使ったんだ。」

 

「よ、妖術を使えるのかっ!?」

 

「何しろ“人”じゃないからな、この外史の五胡は。」

 

 妖怪、妖精と呼ばれ妖術まで使っては、まるでRPGのモンスターの様だと一刀は思った。

 

「その術の為に食っちまったよ。脂身が多いくせに、筋が固くて不味かったけどな。」

 

 月と同じ顔をした怪物がそこに居た。

 舌舐りをする董卓に、一刀の背筋に悪寒が走る

 これはもう一刀ひとりで手に負える相手ではない。

 月とほぼ同じ体格をしているが、過去に戦った董卓は恋と互角の武力を持っていた。

 それは目の前に現れた今も変わらないだろう。

 しかし武力だけなら、今の一刀は負けてはいない。

 この場でまともにやり合えば、洛陽が瓦礫と化すだろう。

 だがそこに妖術が加われば一刀に勝ち目はない。

 更に董卓には残忍さと狡猾さが在る。

 一刀は一刻も早く貂蝉、卑弥呼、左慈、于吉と合流する必要があった。

 

「詳しい話は貂蝉達の所で聞かせて貰おう。こっちの事情も色々と複雑だからな。」

 

 董卓は軽く頷き一刀と共に部屋を出ようとする。

 

「おっと、そうだ。ひとつ貴様に訊いておきたい事が有った。」

 

 一刀が扉の貫木を外す前に董卓が問い掛けた。

 

「貴様、この外史に来て、溜まってんじゃないのか?

女が居ないこの外史じゃ、自己処理しか出来ないだろう。」

 

 正に董卓の言う通りだったので、一刀は奥歯を噛み締めて愚痴を言いそうになるのを必死に堪えた。

 その姿を見た董卓は顔を伏せて一刀に近付く。

 

「ご主人さま、私が慰めて差し上げますか?」

 

 口調も仕草も、完璧に月と同じ。

 顔を上げ自分を見る上目使いに、一刀は月との見分けが出来ない程だった。

 

 戸惑う一刀を見て董卓が笑い出す。

 

「あはははは♪残念ながら今のオレには口しか穴が無いな。

それで良ければ相手をしてやるぞ♪

弾みで食いちぎってしまうかも知れんが、ここに居る間はどうせ使わん代物だ。

そうなったら宦官になれば済む話だろう。」

 

「冗談じゃなねぇ!食われてたまるかっ!!」

 

 ついさっき『人を食った』と語った相手だけに、本当に食いちぎられそうだ。

 しかし、董卓が月の真似をして見せた時から、一刀の股間は疼き出している。

 このまま我慢を続け極限状態になった時、董卓がまた月の真似をしたら一刀は堪え切れる自信が無かった。

 

 一刀は内心の焦りを悟られない様に不機嫌を装いながら部屋を出る。

 そのまま董卓を連れて貂蝉達の待つ部屋に向かい、今後の事に頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

陰謀、陰謀、また陰謀。

正に伏魔殿と化した洛陽。

果たして今後、陰謀同士がどうぶつかって行くのか、お楽しみに。

 

五胡の伏線はこれをやる為でした。

ロリコン一味『十常侍』

少しBF団要素が混じってます。

 

最後に登場した『董卓』は

『三人の御遣い 外伝 朧月夢奇譚』で出てきた『黒月』です。

食いちぎられたら、アレが一刀の本体ですから

BAD ENDで最初からやり直しでしょうねw

 

 

今回の退場者   丁原

 

 

 


 
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