『帝記・北郷:十四~決戦合肥・前之二~』
「で、だ。仮に二張来々を複写したとしてだ」
運ばれてきたチャーシュー麺にラー油を注ぎながら風炎は龍志の器を見る。
現在替え玉二杯目。相変わらず具材は小鉢に入ったメンマとネギのみ。
「………」
片や、肉厚のチャーシューが大量に乗った自分の器。
「……次はどう動くと思う?」
箸でつまんだチャーシューを三きれ程龍志の器に移しながら風炎は問うた。
「む。ありがとう」
早速チャーシューをありがたそうに齧る龍志。
「………(キュン)」
何故かその光景に胸がときめく風炎。
「…麺が伸びるぞ」
「あ、ああ、そうだな……」
じっと見ていた気恥ずかしさを隠すように風炎は麺を啜った。
「…美味いな」
「だろう?以前ここに来た時にも食べたんだが、ここの店は汁に海産物を使っているらしい。それが豚骨の深みを残しながらもくどすぎないあっさりとした風味を醸し出している。そして麺も相性抜群の細麺だ。正直、呉を離れてからもう一度来ようとずっと思っていたんだ」
妙にニコニコしながら語る龍志。
ふと、風炎は思い出した。龍志がかなりの料理好きであったということを。
「料理とは面白いもので、具材ごとに適した調理をすれば素晴らしい味が出来、失敗すれば酷い味が出来上がる。それ等を試行錯誤しながら積み重ねていくことで、一つの料理が出来上がる……戦も同じだ。兵の配置、将の使い方…その他諸々の積み重ねの果てに巧い戦ができることもあれば、拙い戦に終わることもある」
「料理と戦を重ねるとは…お前らしいな」
「そうだな。まあ、料理にせよ戦にせよ、その目的を達成できなければどれほど巧く出来ようとも成功とは言えん。今回の戦とてそうだ。新魏にとっては蓮華を討ち取るか生け捕るかしなければ、呉兵を皆殺しにしようと勝利とは言えない。逆に呉にとっては要は新魏の軍を打ち破ればいい。そういう意味で孫呉はある意味有利だ」
そも、呉の侵攻には雪蓮の仇討以外にも理由がある。
呉という国は他の三国とは違った制度が幾つかある。そのうちの一つが世兵制だ。
これは国が独自の兵を組織するのでなく、将が各々個別の軍隊を組織して、それを一族が代々受け継いでいくというものである。
この制度は国家の状況に関わらず質の高い兵を得られるが、反面君臣と将兵の間に隔たりができた際には国家としての形自体が脅かされてしまう。
加えて孫呉の将は土地との繋がりの大きい土着の豪族などが多く、呉という国家に対する忠誠心よりも、呉の君主である孫家への帰属心の方を重く見る傾向がある。
つまり今回の侵攻の裏には、雪蓮を失って統制の乱れた豪族達に『強い呉』を見せつけることで再び統括せねばならないという事情があるのだ。
その為、生半可な戦果では撤退することが出来ないのである。
「俺に言わせれば、今蓮華のしようとしていることは雪蓮式のやり方だ。蓮華には蓮華のやり方があるというに、どうしてああも姉の姿を追うのか……」
「仕方あるまい。それほど孫策様の影響は大きいのだよ」
深々と溜息を吐く風炎。
彼女は冥琳の推挙によって呉に仕えた人間だが、元々の生まれは徐州。孫呉の気風にあふれた雪蓮よりも、幾らか落ち着いた蓮華の方に好感を持っていた。
「……話を戻そう。先程、新魏と孫呉では勝利条件が違うと言ったが。現状を鑑みれば目指すところは一緒と言っていい」
「つまり、兵力に劣る孫呉が新魏を打破するのに最も有効な方法は、北郷一刀を討つ事だと言う事だな」
「その通り。つまりの所この戦は、どちらが自軍の君主の安全を確保しながら相手の君主を討つかという点にミソがある」
「孫権様!!左翼が張遼隊と張郃隊の攻撃を受けて押されております!!」
「右翼が張遼隊張郃隊の猛攻を受け、崩壊は時間の問題!!」
「張遼隊と張郃隊が我らの背後に回り込もうとしています!!」
「否!!その二部隊は後方の渡し場へ向けて進撃中!!」
「御主君!!張遼と張郃が本陣めがけて突っ込んできています!!」
度重なる報告に、蓮華は忌々しげに唇を噛む。
五組の二張がもたらした効果は絶大であり、呉軍の一部はすでに潰走を始めていた。
「く…たった二人の武名にここまで良いようにされるなんて……」
「流石は司馬懿さん…と言ったところですね~」
亜紗、穏といった軍師達も悔しげに顔を歪めた。
敵が二人の武名を使う事は予測できなかったわけではない。しかし、怯える兵士達を前にしては効果的な対策など出せようか。むしろ下手に二人が来るかもしれないなどと言えば、戦う前から気持ちが萎えてしまうものもいるだろう。
兵を立て直すためには、二張への恐怖を払拭しなければならない。
とはいえ、五組の二張の内一人を討とうとも、残りの将に暴れられてはさして効果も無くなる。
「こうなると後は…思春ちゃんに賭けるしかありませんね~」
「はい。ですがこの状況、流石に思春様だけでは……」
「申し上げます!!敵中に孤立していた徐盛将軍の部隊が敵本陣目掛けて吶喊!!その勢いに敵本陣から曹操隊が出撃、徐盛隊と交戦を開始しました!!」
「でかした徐盛!!」
その報告に、つい声をあげて喜ぶ蓮華。
自軍が猛攻を受けている…ということはその後ろ、つまり敵の本陣や後陣は前線よりも手薄になっていると言う事だ。
「頼んだぞ…思春」
その頃、新魏軍本陣。
「大丈夫…そうだな華琳は」
本陣の目と鼻の先で繰り広げられる激闘を眺めながら一人ごちる一刀。
徐盛隊が突撃してきた時は流石に焦ったが、すぐさま華琳が出撃して迎撃している。
敵も命を捨てて向かって来ているが、多勢に無勢とあって徐々に押し戻されていた。
「戦は優勢……だってのに、何かなこの嫌な予感は」
優勢な戦場を見れば見るほど、何か自分が見落としているんじゃないかという思いに駆られる。
軍事はまだまだ未熟な一刀だが、こういう勘だけは龍志のお墨付きであった。
「………ん?」
ふと殺気を感じて後ろを見る一刀。
気のせいかと思ったが、僅かだが静かな殺気が本陣の真後ろから伝わって来ていた。
「………ねえ、あの部隊は?」
「え?あ、はい。先程前線から一時帰還した部隊の一つと思われますが……」
「……急いで近衛兵を反転させて」
「え?え?」
「奇襲だ!速く!!」
一刀が叫ぶのと、背後から悲鳴が上がるのはほぼ同時であった。
突然の事態に混乱する本陣の背後の兵士と、主の命を受けすばやく展開する近衛兵。
そこに激流のような勢いで斬り込んで来たのは新魏の鎧を着けた百人ほどの歩兵隊。
ただ一つ違うのは、同士討ちを避けるためか兜に一枚のアヒルの羽をつけていたことだった。
「伝令!!敵はアヒルの羽を兜につけている!!羽を付けている兵だけを狙うように!!」
「「はっ!!」」
幾人かの伝令がその命を受けて駆けて行くの見届けると、一刀は腰の白狼の柄を握った。
敵は百人とはいえ、完全に不意を突かれた兵士達は統率を乱し、所によっては同士討ちを始めている。
「この混乱が鎮まるまで…その僅かの間に勝負をつけるつもりか……」
「全隊構えーー!!」
檄を飛ばすのは近衛隊の副長に当たる人物だ。
隊長である凪は今は別の任務でここにはいない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「かかれえええええええええええええええ!!!」
激突する奇襲部隊と近衛隊。
その合間を蛇のように擦り抜け、一刀に肉薄する影が一つ。
「!?陛下!!」
「大丈夫!それよりも君は弩兵の準備を!!」
「はっ!!」
副長にそう命じて、一刀は影と対峙した。
影は大きく跳躍するや逆手に握った曲刀を一刀の頸めがけて振るう。
ガギィ
それを一刀は鞘に入れたままの白狼で何とか受け止める。
抜いて止めていたら、刃ごと斬られていただろう。そんな豪撃だった。
「はっ!!」
痺れる腕をこらえて、そのまま白狼を抜き放つ一刀。
その一撃を影は悠々とかわす。
「その鈴…君が甘寧か!!」
「………そうだ」
短く答えて、思春は再び大きく跳躍するや頸断の一撃を見舞う。
それを予期していたかのように一刀は白狼で曲刀を受け流した。
「やるな…だが!!」
クン
「!!」
不意に軌道を変えた曲刀を辛うじてかわす一刀。
「どうした…新魏の王の武とはそんなものか!!」
「く…」
挑発に応じることなく、護りに徹する一刀。
下手に攻めに回ればその瞬間斬られる。だが護りならばそうそうやられない。自分と相手の実力差を見切る程度の眼は一刀も持ち合わせていた。
「ち…腰抜けが」
一刀が挑発に乗らないと解るや、激しい連撃で一刀の護りを崩さんとする思春。
それを一刀は時にかわし、時に流し、時に受け止めながら防ぎ続ける。
「く…ちょこまかと!!」
連撃の速度を上げる思春。
その顔には焦りが見て取れた。
それはそうだろう。奇を突いたとはいえ味方は百人。しかも一刀がギリギリで気づいた為に肝心の近衛隊の動揺は少ない。
時間をかけることは出来ない。
とはいえ思春も伊達に隠密ではない。焦りを抑え、荒れ狂う大河のような連撃で少しずつ一刀を追い詰める。
それに対して一刀は徐々に白狼で受けることを余儀なくされていた。
時に、日本刀と言うものをご存じの方には言うまでもないが、日本刀とは切れ味や美しさは世界最高峰だが強度はそこまで無い。
なまくらにいたっては、人を二人斬った程度でもう使い物にならなくなると言う。
白狼は名刀だ、だが日本刀を模したものである以上強度はそれほど高くない。
加えて一刀の剣術のベースとなっているのは剣道である。
剣道というものが実戦的でないとされる所以の一つに、竹刀同士を打ち付けるという点がある。
そもそも、実戦において刀同士を打ち付けるという行為は望ましいものではない。必然的に折れやすくなるからだ。
日本刀の特製。そして剣道の特徴。これがついに白狼に限界をもたらした。
バキャァッ!!
不快な音をたてて白狼はその刃の中程でへし折れた。
「くっ!!」
残った刀身で思春の一撃を受け止める一刀。
「観念しろ…もはやお前に勝ち目はない」
雪花の鞍に器用に脚を載せながら、鍔迫り合いの体制になった思春がそう告げる。
対して一刀は微かに笑うと。
「先程、王の武…と言ったね」
「…それがどうした」
「王の武にも色々ある。華琳や雪蓮みたいに前線で万人を相手にするのに相応しいものもその一つだ」
「貴様!!雪蓮様の真名を!!」
激昂し鍔迫り合いの力を強くする思春。
冷や汗をかきながらも一刀は笑みを崩さずに。
「でも俺は違う。俺の武は味方を鼓舞し自分の身を守る最低限のものであればいい。後は……」
不意に一刀の力が抜け、彼の体は雪花の上に寝そべるかのようになる。
それに合わせて、雪花も首を下げて四肢を折った。
不意の事態にバランスを崩した思春の目に映ったもの、それは……。
「放て!!」
何時の間にか一刀の背後に集まっていた弩兵の姿だった。
「後は、仲間と共に勝利を得る」
「くう!!」
咄嗟に急所を守る思春だが、矢はその腕や脚に容赦なく突き刺さる。
そのまま思春は大地にその身を叩きつけられた。衝撃に一瞬息が止まった思春の手から、曲刀が音をたてて転がる。
その体に近衛副長を始めとする近衛兵が槍を突きつけた。
「敵将甘寧、生け捕ったり」
薄れゆく意識の中、一刀がそう言ったのを思春は聞いた気がした。
~続く~
後書き
どうも、お久しぶりのタタリ大佐です。
いよいよ始まった合肥決戦。なのに何故か同時進行の麺屋談義。
いえ、実はですね。戦場のみにスポットを当てた書き方ってすでに書いてますし、これからも書くであろうということを思うと、今回は毛色の変わったものにしないとマンネリ化すると思いまして。ただでさえ恋姫の戦闘描写ってマンネリ化しがちな気がしますし。
というわけで、困った時の龍志殿に解説役をさせると共に『日常と非日常の交錯』というものに挑戦してみようかと思った次第です。
結果?聞かないでください……。
何はともあれ、風炎や煉霧も登場し一刀も龍志もそれぞれの思いを抱きながら見詰める合肥決戦。楽しんでいただけたら幸いです。
では、後篇でお会いしましょう。
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