第5話 アースガルズの虹の橋
キリトSide
「ユイちゃん!」
「ママっ!」
ギュッと抱き締めあうアスナとユイ。
森を出てユーダリルに向けて平原を飛行していると街の方角からアスナと仲間たちがこちらに向けて飛んできたのだ。
ユイは器用に空中で子供の姿に変身するとそのままアスナに抱きついたというわけである。
俺の前では泣かなかったユイだが、アスナが優しく抱き締めた途端に泣き出した。
やはり父親よりも母親の方が安心できるのだろうな。
そして健気にも俺に涙を見せなかった娘に寂しさを覚えながらも、
ここはやはり一発くらいオーディンたちにきめておくべきだったかと思う。
「んで、キリト……ユイちゃんを攫ったバカは仕留めたんだよな?」
「焼き鳥か? ミンチか? バラバラか? それとも水中に沈めたのか?」
「まだ生きてるなら、私がハリネズミにしてあげてもいいわよ? なんなら蜂の巣でも…」
「待てお前ら、取り敢えず落ち着け」
シャイン、ハクヤ、シノンの3人がなにやら物騒な事を言っているのでまずは宥める。
ま、コイツらにとってユイは妹みたいなものだ。
俺やアスナほどではないとはいえ、ユイを連れ去られて心配し、攫った相手に対して怒ってくれていたのは嬉しい。
けれどシノンさん、貴女物騒ですね?……って、俺が言えた事じゃないな(笑)
「まずはユーダリルに戻って、適当な宿で話そう。街の外じゃ、モンスターも出現するからな」
というわけで、そう提案して俺たちはユーダリルへと戻り、そこで適当な宿をとった。
大き目の部屋をとった俺たちは各自ベッドや椅子、ソファに座ったり、
壁に凭れ掛かるなどしてから、俺はアスナと別れたあとからのことを説明した。
その際、オーディンと彼の眷属の名前や特徴については話さなかった。
少なくとも、今は話す時ではないと思ったからだ。
「……そういうわけで、俺はそいつに見逃してもらったってところだ」
「見逃してもらった…? 見逃した、じゃなくてっすか?」
「キリトさんが見逃してもらったって…」
俺が見逃されたという言葉に疑問を持ち、驚いた様子のルナリオとヴァル、それに他の面々も同じような反応だ。
「まぁな……なんせ相手はトール以上のステータスのはずだし」
「……なっ、トールとはスリュムヘイムでの…?」
「ほんとなの、お兄ちゃん!?」
ハジメもリーファも相当な衝撃を受けたようだ。俺がオーディンに対して1人では勝てないと思ったのは事実だ。
加えて彼の眷属も居たのだから、冷静さを欠いたあの状態では勝ち目は確実に0であったはずだからな。
「でも、キリトさんよりも強い正体不明のNPCですか…」
「気を付けないといけませんね…」
いままでの話しを纏めた結果、ティアさんとシリカは慎重な様子を示した。
俺とアスナが不覚を取られるくらいだからな……しかし、
重要なNPCであるためにこれからも遭遇する機会があると予測できるので正体は話さない方がいいと判断したのだ…。
「ともかく、いまはユイちゃんを無事に助けられたことを喜びましょう」
「うん、そうだよね」
リズの言葉に応えるアスナ、それにみんなも頷いて微笑を浮かべている。
そしてしばらくしてから、俺たちは再びユーダリル内を探索することにした。
ユーダリルを探索し、街の中央にある広場に来た時に1人の男性NPCに気が付いた。
彼の頭上には常にイベントマークがでており、何人かのプレイヤーが話しかけている。
彼らは全員話し掛けたあとは機嫌が良い様子をみせているので、気になった俺たちも声を掛けてみた……すると…。
「よろしければ地図などはいかがかな? お代を頂かずに差し上げるよ」
「それじゃ、もらおうかな」
そんなことを言ってきたのでMAPデータを無料で入手できた。勿論、俺だけでなくみんなも手に入れた。
気になっていたことなのでメニューを開いてMAPを展開すると、アースガルズの地図が展開される。
「改めてみるとホントに大きいね。アルヴヘイムと比べても1,5倍はあると思うよ」
「そうだな……お、これが現在地であるユーダリルだな。ここでもアースガルズの入り口付近なのか」
アスナの言葉に俺も同意する。MAP上に赤い点が点滅しており、それが自分であることがわかる。
さらに『
MAPを最大図に展開すれば他にも建物らしきものがあるのがわかるが、
名前などが表記されていないことからその場所に訪れなければ記録されないようだ。
MAPデータ入手後、俺たちは街から出て翅を使わずにアースガルズを歩いていた。
時折出現するモンスターを倒しながらである。
「如何にもモンスターだ、っていうのが出てこないな」
「どちらかというとほぼ動物よね」
ハクヤとリズのぼやきは俺もわかる。
アースガルズに出現するモンスター、いままで遭遇してきた全てが動物の姿をしたモンスターである。
ゴブリンやオーク、悪魔などは出現せず、勿論
まぁ、もしかしたらそれがアースガルズの特徴なのかもしれないが…。
「……それで、これからどうする? 遠出でもしてみるのか?」
「だけど明日も学校があるから、遅くなりすぎるのも良くないわよね」
ハジメがこれからの行動を気に掛けていたようで、そう訊ねてきた。
シノンも遅くなりすぎないようにしなければと言っているし、それについては賛成だ。
「あの、それでしたら門の上に行ってみませんか?」
「それって入り口のやつか?」
「そうです。わたし、折角ですからヘイムダルに会ってみたいんです」
ティアさんの提案にシャインが聞き返し、理由を答えていた。
なるほど、確かに俺としてもオーディンやトール以外の神にも興味があるな。
「俺はそれでいいけど、みんなはどうだ?」
「僕は構いませんよ」
「ボクもOKっす」
「「あたしたちもで~す」」
「きゅっきゅ~!」
ヴァル、ルナリオ、シリカとリーファ、ピナも賛成の様子。勿論、アスナとユイも頷き、他のメンバーも賛成らしい。
「よし、それじゃあ門の上に居るヘイムダルに会いに行ってみるか……っと、メール? エギルからか…」
いざ行こうと思った時、俺の元に遅れてくることを伝えていたエギルからのメールが届いた。
内容は『ダイブしてイグシティに居り、これからこっちに向かう』とのこと。
俺は返信のついでに門で合流する旨を伝え、みんなと共に飛行して門へと向かった。
アースガルズ入り口の門にまで着いた俺たちをエギルが待っていた。
「わるい、待たせたか?」
「大丈夫だ、いま着いたところだからな。それにしてもこのアースガルズっていうのは凄いな。
外から見ても圧巻だったが、この谷間の道も十分な広さだ」
「中はもっと凄かったぞ。それと一番近いユーダリルっていう街で、
アースガルズのMAPが無料で貰えるからあとで取りに行くといい」
「分かった」
やはりエギルも驚いたようだが、まぁ驚かないやつは少ないと思う。
そしてエギルにこのあと門の上にNPCのヘイムダルのところに行ってみることを伝え、早速飛んで行こうとした……のだが…。
「なぁ、あそこに階段が見えるのは俺の気のせいだろうか?」
「ううん、わたしにも見えるから見間違いでも気のせいでもないよ」
そう、俺たちの視線の先には崖からその頂点にまで続く長い階段が続いているのだ。
自身の考えから逃避しようと考えたが、アスナの言葉でそれが無駄だと理解する。
「ユイ、1つ確認したいんだが…」
「パパの考えている通りだと思います。門の入り口よりも上を飛ぶことは出来ないように設定されていますので、
飛んでいくのは不可能です。アースガルズを囲んでいる山も門の入り口の高度と同じ高さまでしか飛べないみたいですから…」
俺の言葉を察してくれたユイが即座に検索を掛けてくれたようで、そう回答してきた。
お陰で門の上ギリギリまでいってシステムの壁に阻まれるという事態を引き起こさなくて済んだ。
「それじゃあ、あんな高さまで階段を登らないといけないってわけ…?」
「面倒臭いわね…」
「というか、大変そうです…」
リズとシノンとシリカがげんなりしながら言ったが、その気持ちは分からないでもない。
そんな時、妹であるリーファが提案してきた。
「ねぇ、それなら門の飛行限界高度まで飛んでから階段に移るっていうのはどうかな?」
「あ、それは良い案ですね」
「なるほど。それなら大分楽になるだろうな」
リーファの案を聞いたティアさんは笑顔で頷き、エギルも賛成のようだ。
しかし、それをバッサリ切り捨てるのが俺、キリトこと桐ヶ谷和人である。
「おそらくそれは無理だろう」
「……私もキリトに同意する」
「どうしてですか?」
ハジメが頷き、ヴァルが聞いてきたのでそれに応えることにしよう。
「リーファの考えを採用しているなら、態々谷間の一番したから階段を作る必要が無い。
それなら、限界高度ギリギリに階段を作ればいいからな。
おそらく、階段自体にもシステム障壁と飛行制限が掛かっているはずだ」
「そうなの、ユイちゃん?」
「はい、ママ。パパも予想通りですよ」
やはり、ということはリーファの案は使えず、1番下から登って行かなければならないということだ。
「ま、アインクラッドの層1つを登るよりかはかなり楽だろ」
「そうっすね。敵もいないし、階段を登るだけっすから」
「むしろそれだけで済むなら儲けもんだな」
ハクヤ、ルナリオ、シャインは気楽そうである。
確かに俺たち『神霆流』にとってはこの程度の階段など苦にはならないし、
他のみんなもステータス上では大したものではないはず。面倒臭いかどうかというだけだ。
「さて、と……どうする? 俺は当然ながら階段を登ってヘイムダルに会ってみるけど、みんなはどうだ?」
「勿論わたしは付いていくよ!」
「わたしもです!」
アスナは俺の腕に抱きついて、ユイはピクシーの姿で俺の肩に立ちながら言った。
「私も行きます。それに言いだしたのは私ですから」
「ティアが行くなら俺も行くぜ」
「あたしも北欧神話には興味があるから行く」
「んじゃ、ボクも行くっすよ」
ティアさん、シャイン、リーファ、ルナリオ、以上の4人が俺たちと共に向かう事を決めた。
「俺はやめておこうかな」
「あたしも遠慮しておくわ」
「私もやめておく。直前のGGOで結構疲れたもの」
「……私もやめておこう。シノンが行かないということもあるからな…」
「あたしもちょっと…。明日に響くかもしれませんから」
「シリカがやめておくなら僕もやめておきます」
「俺もやめておこう。街の方が気になるしな」
ハクヤ、リズ、シノン、ハジメ、シリカ、ヴァル、エギルが同行を辞退し、周辺の散策や街で過ごす事を決めた。
そして俺たちは長い階段を登った…。
適当に談笑しながら階段を登ること約10分…。
「と~ちゃくです♪」
ユイは子供の姿で俺とアスナと手を繋ぎながら階段を登り、最後の一段をぴょんとジャンプして登りきった。
その可愛らしい姿に俺たちに笑みが浮かぶ。
「ふ~、以外と段数があったっすね」
「一直線の階段じゃなくて、左右に行き来するやつだったからかもな」
特に疲れることもないためか、ルナリオとシャインは余裕綽々といった様子。
「はぁ~、飛ぶのが好きなあたしにとっては話しながらとはいえ、延々と登り続けるのは退屈だったよ…」
「私も飛ぶことに慣れてしまっていたせいか、少し大変でした」
逆な反応を見せるのはスピードホリックと化したリーファとお嬢様のティアさんである。
あ、そんなことをいうと…。
「なんだよ、それならそうと言ってくれりゃあお姫様抱っこでもしてやったのに」
「シャ、シャイン、みなさんの前なんですから恥ずかしいですよ///」
予想通り、ティアさんをからかうシャイン。確かに俺もアスナと2人きりだったらやったかもな…。
まぁ、バカップルは置いておいて…(作者:お前が言うな!)…ん、なんか声が聞こえた気がするが、いっか…。
「ほら、目的地はすぐそこだからさっさと行くぞ」
声を掛けてみんなと共に門の上に居る男性の元へと足を進めた。
門のすぐ側には小さめの宮殿があることからして、彼の住居だと考えられる。
「小さめなのに綺麗な宮殿ですね…」
「これはヘイムダルの住居である『ヒミンビョルグ』でしょうね。
北欧神話では大きな家と語られていますが、ALOでは敢えて小さめの宮殿にしたのだと思います。
ちなみに名前の意味は“天山”ですね」
アスナが感嘆の言葉を漏らし、ティアさんが丁寧に説明をしている。
なるほど、やはりこういった詳しい事はティアさんに聞くのが一番いいな。
説明を聞き終えた俺たちは門の上を歩く……下を見てみると、次々にプレイヤーたちがアースガルズへと向かっている。
それから視線を前に戻して歩き、門の上の中央で遠くを見据えている男性へと辿り着いた。
「なにか御用ですか? 妖精のみなさん」
「アンタがヘイムダルか?」
「はい、私がヘイムダルです。我が父にして主神であるオーディン様より、
アースガルズの門番と見張り番を務めさせていただいております」
俺が声を掛ける前に問いかけてきたので名を訊ねると返答してきた。やはり彼がヘイムダルだったか…。
白い肌に優しげな碧眼、艶があり癖のまったくない白い髪、白銀の鎧を纏っている。
神の中で最も美しいとされている男神、光の神、【白いアース】と呼ばれる存在。
眠りを必要とせず、昼夜問わず100マイル(160.9344km)先を見ることができる目と、
草の伸びる僅かな音でさえも聞き取る事のできる鋭い耳を持っている。
それゆえに、彼はアースガルズの監視役を任されているのだ。
「そうでした、妖精のみなさん。もしよろしければ、私の頼みを聞いていただけませんか?」
そこで彼の頭上にイベントマークが出現し、クエスト受注のウインドウが現れ、OKボタンを押した。
「実はアースガルズとアルヴヘイムを繋ぐ虹の橋の『ビフレスト』が消えてしまったのです。
妖精のみなさんは翅を使って飛べますが、そうでない方々の行き来が出来なくなってしまいました。
私の持っている『虹の欠片』を世界樹の街の広場にある石碑に嵌めることが出来れば、
再びビフレストが掛かるでしょう。やっていただけますか?」
おそらくだが、このクエストは一度クリアしてしまうと二度と受けることが出来ないはず。
しかし、俺には何か引っかかるところがあるが、俺とは裏腹に女性陣は乗り気な様子で…。
「虹の橋、きっと綺麗なんだろうね♪」
「見てみたいです~♪」
「神話で読んだビフレストの上を歩けるなんて、ロマンチックですね…///」
「虹の橋の上を飛ぶのも素敵かも…」
「…こういうことだから、受けたらどうだ?」
「正直言うと、喜ぶ顔が見たいっすからね」
「ん、そうか…」
アスナ、ユイ、ティアさん、リーファの反応に加え、シャインとルナリオの言葉。
確かに俺たちがやらなくても、いずれは誰かが受けるのだろう。それならばどうしたところで変わらないか。
「分かった。その頼み、受けるよ」
「ありがとうございます。それではこれを…」
ヘイムダルは虹色の光を発する円形の石版のようなものを渡してきたので、それをポーチの中に収める。
「では、よろしくお願いします」
クエスト『虹の架け橋』が始まった…。
「それにしても良かったのか、アスナもユイも? みんなみたいに向こうに残っても良かったんだぞ?」
「わたしはキリトくんと一緒がいいもの。ね、ユイちゃん?」
「はい! わたしもパパとママと一緒がいいですから♪」
現在、俺はアスナとユイの3人でアルヴヘイムへ向けて飛行中である。
全員で行く必要も無いので俺だけで行こうとしたのだが2人も一緒に来たわけだ。
ま、俺もアスナが1人で行くと言えば付いていくからな。
そうこうしている内に俺たちはイグシティに到着し、広場にある前まではなかったはずの見慣れない石碑の前に立った。
「よし、はめ込んでみるか……アスナ、記録結晶を準備だ!」
「了解!」
アスナはポーチから撮影用の記録結晶(主に家族写真に使用)を取り出し、虹の橋が架かる瞬間を撮影しようとする。
そして、俺は『虹の欠片』を取り出し、石碑の中央にある窪みにそれをはめ込んだ……すると…。
石碑が虹色に輝きだし、虹色の光がイグシティを包み込んだ…。
直後、石碑の前からゆっくりと虹が道を作り始めた。その光景に驚愕し、見惚れる周囲のプレイヤーたち。
アスナも呆然としていたが、すぐに気を取り直して撮影している。
ちなみに俺も即座に記録結晶を取り出して撮影しているけどな…。
虹の橋は雲を円形に割るとその間に道を作り、奥に見えるアースガルズへと虹の道を繋げた。
5分ほど経過することで虹の橋は繋がったのだ。
「凄かったですね~!」
「うん、凄く綺麗だったね~///」
「まったくだな…」
はしゃぐユイ、惚けた様子のアスナ、心に染み入った俺と反応は三者三様。
俺たちは虹の上をゆっくり飛びながらアースガルズのヘイムダルの元へと向かっていた。
「ふふ、今度はみんなで歩いてみようね?」
「そうだな。それも気持ちいいかもしれない」
「楽しみです!」
俺たちはさらなる楽しみに胸を躍らせながら先へと進んだ。
ヘイムダルの元へと戻った俺たち。
シャインたちも門の上からビフレストが完成する様を見て感動したようであり、リーファとティアさんは惚けていた。
俺はヘイムダルから少ないながらも報酬を受け取り、クエストを成功させた。
こうして、アップデート初日は素晴らしい思い出と共に終了することにした。
翌日、MMOトゥモローにてこの一件は大きく取り上げられており、ALOプレイヤーを賑わせた。
キリトSide Out
To be continued……
あとがき
改めまして、明けましておめでとうございます。
新年初の投稿ということで、ここで挨拶をさせていただきました。
さて、前回の続きということでキリトたちはアースガルズの探索を続行し、ヘイムダルの元でクエストを行いました。
虹の橋『ビフレスト』、これも一応『ラグナロク』に関わるものなのでフラグの1つになります。
次回は番外編、しかもSAOの『Extra Edition』の投稿になりますので是非お楽しみに♪
それでは~!
Tweet |
|
|
16
|
7
|
追加するフォルダを選択
第5話になります・・・と、少し遅いですが明けましておめでとうございます。
今年もまたこんな駄作者ですが応援していただければ、非常に嬉しいです。
では、前回の続きでキリトがユイちゃんを助けてからの話しになります。
どうぞ・・・。