No.651650

司馬日記43 仲達と同期

hujisaiさん

とある文官が、同期の武官とただ飲んでくっちゃべるだけの話です。

2014-01-04 14:43:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:13685   閲覧ユーザー数:8370

「久しいな仲達」

「管理職研修振りか。初の都勤務はどうだ」

「明日からだからまだ詳しいことは分からんが、こちらは書類仕事が多いようだな。あちらでは土木工事が多く軍の扱いよりもそちらが上達してしまっていたが」

「今では土木工事も軍の重要な仕事の一つであるからな。加えて伯道の武芸は優れていた。いずれ高位の将軍職にも就くことだろう」

「さあ、それを望んで中央に来たのではないのだがな。仲達はもう事務一筋なのか」

「ああ。初めの頃は事務の種類の多さに驚いたものだが今では慣れた」

「短戟と身のこなしはかなりのものであったのに惜しいな。操軍理論だってお前以上は中々居ないだろう」

「所詮素人のお遊び程度だ、本業の方々には及ぶべくも無い。しかし多少知っていれば仕事にも役立つ」

「そうか、まあ飲め。ところで本題だが、一体何があった?」

「何がだ」

「その丸さだ」

「何を言っているのかが分からん。相変わらずこのような目つきだし、部下からは厳しいと評判らしいが」

「入庁の頃はそんなものではなかっただろう?」

「そうか?」

そこでようやく思い当たった。

 

「それは一刀様の所為だろう」

「皇帝陛下のことか」

「そうだ。素晴らしい方だ」

その名を口に出す度に、知らぬ者に語る度に誇らしい気持ちになる。

「色んな方々がその陛下に入れあげていると聞いているが、お前もその口か」

「他の方は他の方だが、私は確かにその通りだ」

「あの司馬懿仲達が、男に惚れたのか」

「男にではない、一刀様にだ。それにあの司馬懿仲達がとは何だ」

「ちょっとまて、一刀様とは男なのだろう」

「勿論男性だが」

伯道が首をひねる。

「何が言いたいんだ、仲達は元々女性が好みであったのか?」

「そんなことは無い、ただ一刀様を愛してしまった。そしてたまたま一刀様が男性であっただけだ」

「その言い草が考えられん」

伯道が手持ちの杯を呷るところに注いでやる。

 

「私は、仲達は胸と尻が大きく美人の仮面を貼り付けた、夏候惇将軍の人形か李典工場長のカラクリか何かだろうと思っていた。表情も殆ど変わらんしな」

「以前は似たようなことをよく聞いたが最近は言われなくなったな。美人と言えば伯道こそ同期随一と評判だっただろう」

「私のことはいい、その仲達が男を愛しているという。まるで陳琳や王粲の小説に出てくる方々のようではないか」

「そうだ。お慕いしている事を誇りに思っている」

「聞いたところではその一刀様は年下らしいが構わないのか」

「私としてはなんら問題無い、一刀様は御年齢以上にしっかりしていらっしゃる。むしろ一刀様が年上の女にお飽きで無いかの方が気になるところだ」

「ますますもって分からん。まあ飲め」

再び杯を空にし、手酌に引き続いて自分にも注ごうとするので杯を空けて注ぐに任せた。

「顔が紅いぞ。酒は飲めた方だろう」

「以前はいくら飲んでも酔わなかった、だが一刀様の事を考えながら飲むと一、二杯でも酔えてしまう。最近は酒の失敗をやってしまっているので自制している」

「信じられんことばかりだ」

伯道が両手を広げて首を振る。

それに合わせて揺れる髪の美しさにふと違和感を抱いた。この女はこのように綺麗に髪を梳く女だっただろうか。

 

「ところで伯道はなぜ(都に)来た。都は息が詰まると言って地方を希望したと聞いていたが」

「…お前がまるで変わってしまったように、私も多少は変わったのさ」

「男か」

そう聞くとこの美しい女は目を丸くした。

「…色気づくと他人の事までわかるようになるものなのか」

「いや、何となしに思ったので言ってみただけだ」

「まあお前には隠すつもりもなかったが。それより仲達の方はどうなんだ、陛下の事はものにしたのか」

「言葉を慎め。私が一刀様のものにして頂いたのだ」

「は…」

意外が極まるとこういう表情になるのか。伯道のような美人には似合わないものだ。

「陛下と懇ろでであるということか」

「その通りだ」

「そうか。という事は、つまり…その」

言いよどみながら視線を逸らし、手酌をする伯道の目元がうっすらと赤いような気がする。

「夜のお供もさせて頂いている」

「端的だな!」

「お望みどおりの回答だと思うが?」

「む…まあ、否定はしないが…」

視線を逸らしつまみの揚げ物をつつく伯道を、何故か可愛らしいものだと思う。

「以前の仲達であれば、そういったことは『子孫を残すための繁殖行為』などと言っていただろうよ」

「私は虫や獣の学者か、一刀様の崇高な御愛情の賜物をそんなものと一緒にするものではない。…まあ私がけだものには違いなかったがな」

「なにか今凄い事をさらりと聞いた気がするぞ!?」

「む…けだものというのは言いすぎか。女であったと言う位か」

「どういう意味だ」

「どういう意味もそのままだが。男である一刀様を愛し、肉欲のある身だという事だ。…酒が切れてしまったな。もう一燗、いや二燗頼もう」

「…」

伯道の美貌が紅く染まる。私を酔っていると言うが自分の方が酔っているのではないか。

 

「それは、その…仲達であれば、陛下とそういった事をしたい、という事か」

「無論。お慕いする方であるとともに、性的な欲望の対象でもある」

伯道は何を言っているのか。そんな事は当然だろう。

「伯道は思わないのか?その懸想している殿方に」

「…名さえ知らぬのに、そんな事まで思い及ばん。私の事はいい、陛下とのその…それは、仲達でさえしたいと思うくらい凄い快楽なのか」

「筆舌に尽くし難い」

杯に口をつけていた伯道のなめらかな喉がぐびりと動いた。

「価値観というか、世界の見え方が変わる。もう少し正しく言えばその日から世界が輝いて見えるようになった」

「そこまで言うか!」

「これは私の主観だ、余人から見れば言い過ぎなのかもしれない。一刀様は私が女である事を教えて下さり、その幸せを授けて下さった。しかし最近では女としての、なんというかこう…むらむらするものを多少持て余してしまう事もある」

隣の女の箸が中空で静止したままであるのを見て、伯道が言うように私も多少変わったのかもしれないと思う。

 

「お前は本当に変わったな…それに、お前でさえそんなことをしれっと言うようになるくらい都の女というのはあけすけなのか」

「誰の前でもこういった話をするわけではない、伯道のように気の置けない友人の前でだけだ。ただ、ある時自身の抑え難い劣情について一刀様に告白し懺悔したのだが、私がそのような思いを抱いているという事が一刀様にとって誇らしく嬉しい事であると仰って下さった。そのお陰で今ではこの思いとも多少折り合いがつけられるようになってきたから伯道が言うようにややあけすけに言うようになったのだろう。もちろん一刀様に御迷惑を掛けないようにとも思ってはいるが」

銚子から杯に注いで口をつけ、彼女の杯にも注いでやる。

「折角なので後学の為にもう少し教えてもらってもいいか」

「授業料は高いぞ?」

「都の物価は高いと聞くが、旧友の誼で割引で頼む」

御嬢様が見たらなにを仲達が偉そうに、ときっと笑われるやりとりだろう。

「劣情とはその…抱き着きたい、とか思うのか」

「そんなものではない。私は一刀様を見ているだけで濡れてしまう」

「ぶふっー!?」

「む、汚いぞ伯道」

むせて咳き込む彼女に手拭いを渡し、卓に飛び散った酒を拭く。

「げほっげほっ…いきなりなんて事を言うんだ!?仕事中の事だってあるだろう、色情狂か!」

「真実であるから仕方が無い。御伽を務める日や務めた翌日などはそのときの事を容易に想起してしまって禄にお顔を見ることが出来ん。夏場は軽装になられることも多くそういった時も胸にもやもやとしたものが湧き上がってしまう。書類の御説明等の為にお近くに侍って感じる息遣いや御髪の香りは麻薬のようであるし、ふと手が触れたりすると全身が痺れる程の愛撫にさえ感じられてしまう。とは言え極力表情には出さないようには務めてはいるし、常に下着の換えは更衣室に用意して都度穿き替えるようにはしている」

「も、もういい仲達お前目が据わってるぞ、酔ってるだろう!?」

私は酔ってなどいない。その証拠にこの燗は薄いのがわかる。

「酔っ払いは皆そう言うんだ!なにしろもういい、私の頭の処理が追いつかなくて湯気が出そうだ」

「折角問われたので答えたのだがな。では授業料を払ってもらおうか、伯道が都に追いかけて来るほど惚れ込んだ殿方とは、どのような方なのだ」

「随分高くつける気だな」

「これくらいで私の話した内容と釣りあうのではないか?」

「む…笑うなよ」

「誠実な伯道の恋路を嗤うほど私も無礼でないつもりだ」

「…本当に名さえ知らぬのだ。私が陳倉に居た時にある貴人の警護命令を受けたのだが、かなり高位の方々で身分を秘しておきたいらしく命令書には対象の人数と身体的特徴しか記載されていなかった。ただ貴人のうち一人は相当の手垂れだった、見たことは無かったが噂に聞いていた髪型からおそらく蜀の馬超、またもう一人はそれをお姉様と呼んでいたからその族妹の馬岱だったのだろう。それと別に姉妹らしいなんだか賑やかな若い娘達が来たが、貴人方を陳倉まで送る役だったらしく帰っていったがまあそれはいい」

「…ほう」

「命令書では私自身が主となって警戒に当たれとあったのでその通りに夜間の歩哨に立っていたのだが、その方が寝室から縁側に出てきた時に少しお話しただけと言えばそれだけなのだが」

「…それはひょっとして昨年の11月19日の事ではないか?」

「…そうだ!確かに11月19日だ!何故知っている!?」

「その方の御旅程表を作成したのが私だからな。伯道自身で警護してもらえば間違いないだろうと思ったのだ、御協力感謝する。まあそれはおいておこう、そこでどのようなお話をしたのだ」

「大した話ではない、のだが…その方は若い方だ、多分私より年下だったのだろうが二つ不思議な事があったのだ。私が名を名乗って暫く話していたのだが、郝昭、郝昭と呟かれて少し考え込まれたあと、『前に、ここ(陳倉)を蜀からどう守ろうか考えてた事があるか』と聞かれたのだ。確かにその通りで、私は中央での就職はお前と同期だが統一以前には陳倉で少し働いていた。その頃には地形を研究してそういった事を考えていた、しかしそんな事は誰にも話した事が無いし当時私は下っ端も下っ端、貴人が私の事を知っているはずも無いのだ」

「かず…その御方は慧眼な方であるからな。多少の会話からそのくらいの事を見抜くのは造作も無い事なのだろう」

「さっきも思ったが、仲達はその方の事を知っているのか?どちらの所属の方なのだ」

「…存じているといえば存じているが、知っているというのはおこがましいな。所属はというと…何とも言い難いがまあ直ぐに分かる事だ、自分の惚れた方の事は自分で調べた方が楽しかろう。それよりもう一つの話とは何なのだ」

これは伯道には悪いが、旨い酒になってしまった。

「もう一つは…これは非常に感謝しなくてはならない事なのだが、どこか具合の悪いところは無いかと聞かれたのだ。酒を飲むと多少胃の腑のあたりがと言うと顔色を変えて、直ぐに医者に診てもらえと言われた。ご自身に医学の心得がお有りなのかと聞くと、無いが私が心配なのだと言う。初対面の女に対して抱かせろと言うなら兎も角、医者でもないのに体が心配だ等と普通の貴人は言わないだろう。そこでは御忠告感謝致します、医者にかかってみますと答えて翌朝お送りしたのだが、その後私はすっかり忘れてしまっていた」

「それはいかんな。その方の御意見には従うべきだ」

「…いつになく厳しいな仲達。まあいい、結果的にはその通りだったのだ。そして驚いたことに数日経つと名医と名高い華陀殿が『郝昭っていう病人がいるから診てくれと頼まれてきた』とやって来られたのだ」

「ふむ」

「初期の悪性の腫瘍だった、華陀殿の…その方のお陰で今では快癒したがな。なにしろ不思議な方だった。貴人なのだろうが年下の風のせいか威風堂々という雰囲気ではなく、才気煥発という風でもなくむしろ温和で、どちらかといえば端整な顔立ちでやや大人びたところがあったと思う。華陀殿に御依頼元の方を訊ねたのだが、『言わんでいいと言われてるし、確かにあんまり名が売れると困る奴だからなぁ』と断られてしまった。そういう奥ゆかしい方が見知らぬ女の過去を言い当て、病を見抜くだけでなく名医まで手配してくれた。その…多少なりとも運命的な、ただの善意以上に好意的な何かを感じてしまうだろう、私の言っていることはおかしいだろうか!?」

「その気持ちはとてもよく分かるぞ。まあ飲め」

ああ、私のお慕いする方の御慈愛は陳倉のような辺境の堅物女にまで遍くゆきわたっている。とても喜ばしいことだ。

「お前によればいずれその方の身元を知れるのだろうが、その際には御面会の仲介をしてくれないか。せめて華陀殿の件の礼は申し上げたい」

「よいとも」

それと…と言いよどむ伯道の頬が赤い。それ見よ、私よりも伯道の方が余程酔っているではないか。

「その方にはその…恋人はいらっしゃるのだろうか」

「女がそのような瑣末な事を気にしてはいけない」

「年上の女は嫌いだろうか」

「そのようなことはない」

「端的にどんな女が好みだろうか」

「無茶しない女だと心が落ち着くと言われていたぞ」

「料理とか出来る女の方がきっと好まれるのだろう?」

「典韋殿の肉じゃががお好みとの事だ」

「詳しいな!?」

「気のせいだ」

まったく、伯道はつまらぬ事を気にする。

 

「まあいいが…何しろ、私は都ではお前と子丹御嬢様の他は碌に知己もない。これからよろしく頼む」

「私に出来ることがならばなんなりと助力しよう。まあいずれ竿…義理の姉妹が山のように出来るだろうが」

「?」

「いや、こっちの話だ。以前伯達姉様にこっぴどく叱られたのを思い出しただけだ」

「司馬朗様は温和な方と見受けたが」

「皆そう言うし普段はそうだと私も思う。さて、長居してしまったがそろそろ出て」

「ああ」

 

さて、世間も男も知らんこの堅物女の為に私が一肌脱いでやらねば。一刀様の為にも。

「下着屋へ行こう」

「なぜ下着!?」

「さっきから胸元がちらちら見えて気になっていたんだが、なんだその婆くさい下着は。そんな格好では一刀様に無礼だぞ」

「皇帝陛下は関係ないだろう!?それに今何時だと思っているんだ!」

「大丈夫だ、庁内の店なら深夜まで営業している」

「ま、待て引っ張るな、この馬鹿力め!そうだ会計、会計は!?そこの店員ちょっと助けっ、おい無視するな、仲達様につけときますからじゃない!」

「郷に入らば郷の先輩に従うものだ。まったく、こちらもこんななんの捻りも無いものを着けて、明日から庁内勤務だと言うのに自覚が足りんのではないか?」

「ぎゃーっ!?め、めくるな仲達!!ちょっと誰か!誰かこの酔っ払いなんとかしてくれーっ!?」


 
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