真っ白なクリームに乗ったいちごのように、彼女の存在感は抜群だった。
味気ない俺の生活に彩がやどったんだ。
そろそろ閉めたほうがいいんじゃないか。
親父に話をしていたまさにそのとき、彼女はやってきた。
「目標は、父を投げ飛ばすことです!」
鈴を転がせたような声が発したとは思えないような大胆な言葉。
笑わずにはいられなかった。
「お父さん、そんなに恐い人なの?」
「それほどでもないんですが、私三人分はあるんじゃないかっていう体格なんです」
彼女三人分!
巨体なお父さんより、それを投げ飛ばそうという彼女に驚いた。
やる気十分のようだ。
そんな彼女に、俺は初めから惹かれていた。
さびれたうちの柔道場。
年々人も減り、これ以上続けても仕方がないと思っていた。
俺だって一人息子とはいえ、継ぐ気がなかったし。
彼女一人の入門で、道場での生活は一気に変わることになった。
「きゃっ」
彼女は小さく、悲鳴をあげた。
俺が投げてしまったせいだ。
「おい、手加減しないか」
もう一人の入門者と組みながら親父が口を出す。
もちろん、言われるまでもなく手加減はしている。
だからといって、俺は好きな子と長く組み合って平気な顔をしていられるほどできた男じゃない。
もともと女性のいなかった道場。
彼女と相手することになったのは喜びより苦痛の方が大きかった。
「いいんです。おかげで受身がうまくなりました。女でも同じように接してもらえるって、嬉しいですよ」
にっこりと笑顔を向けてきた彼女に良心がうずく。
稽古が終わって帰り支度をする彼女を呼び止めた。
「ケーキがあるんだけど、食べてかない?」
「いいんですか? 私、ケーキ大好きです!」
そうだと思った。
だから、ここ数年みようとも思わなかったショートケーキを用意しておいたんだから。
「ケーキのいちごってさ、先に食べる、後に食べる?」
「先に食べます!」
何気ない質問に、彼女ははっきり答えると、いちごを口に放り込んだ。
「好きなものには一直線です。とられたくないじゃないですか」
「そっか。控えめそうに見えるんだけど、案外パワフルだよな。うちの道場に初めてきたときといい…それにしても…」
ずっと気になっていたことあがる。
道場は、探せば他にもたくさんある。
うちみたいに今にもつぶれそうなさびれたところじゃなく、もっと有名なところがあったのに。
「なんでうちの道場に来たの?」
「それは…」
いつもはっきりした彼女。
いいよどむのを見るのは初めてだ。
「…かっこよかったから」
「うちが?」
「…いいえ、あなたが」
「俺!?」
意外な言葉に大声をあげずにはいられない。
「練習を見たんです。あなたの2倍はありそうな体格の人を相手に立ち向かっていく姿が素敵だったので。ここの道場の人だって知って、すぐにきてしまいました」
それは…つまり。
「言いましたよね。思い立ったら一直線なんです」
そんな彼女にまんまと惹かれてしまった俺。
柔道では負けなしでも、始めから彼女に負けてたのかもしれない。
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