轟音が鳴り響く。
裂帛の気合とともに放たれた気弾は、目標に直撃するだけにとどまらず、その周囲すら陥没させた。
「いや~…なんつーか、多分出来るんだろうなーとは思ったけど実際にやってもらって、それを目の当たりにすると感慨深いものがあるな。」
凪がどデカいクレーターを訓練所に作る光景を見ていた俺こと北郷は、自分のしでかしたことに若干の引け目を感じた。
「全身から気弾を繰り出すなんてことは考えもしませんでした。隊長の流派にはすごい奥義があるのですね。」
さすがに技の消耗が大きいのか、凪はかいた汗を拭きながらこちらを向く。
「いや、さすがに俺の流派ってわけじゃないけども…
俺のいた世界で実際にできるやつなんていなかったしな…」
「では、失伝していた奥義なのですか?」
凪の真っ直ぐな瞳に耐え切れない。
ネタばらししないと…
「いや、さっきの技な、空想上のものなんだよ…だからできると思ってなくて…」
「ですが、私はこの通り出来ましたよ?」
「だから驚いてるんだけどね…
せっかくだから他の技もやってみるか?」
そこへ沙和、真桜、それに轟音を聞きつけて居ても立ってもいられず駆けつけた春蘭が入ってきた。
「なんやなんや?隊長、凪にばっかりいろいろやらしーこと教えてるん?
いややわー、やらしいわー。」
「凪ちゃんばっかりずるいのー!沙和もなんか教えてほしいのー!」
「なんだ、今の爆音は凪だったのか…して北郷、いま聞き捨てならないことが聞こえたのだが。
お前、まだいろいろ私に技を隠していたのか?」
三人に詰め寄られて、困ったっけな…
「まて、落ち着け、わかった。わかったから!
みんなに一個ずつ超必殺技教えてやるから!
真桜にはとっておきのがあるぞ、沙和もいいのがある
春蘭には次…」
…
………
………………
肩口に感じた鋭い痛みで目を覚ます。
ここが戦場だと思い出したのは、慌てて体を起こし、寸前まで体があった場所に矢が刺さったのを見てからだった。
気を失っていたか。
顎にいいのをもらったのだろうか、それとも首筋か。
ともあれ、命はつながっている。だったら気絶してたのは一瞬だろう。
それだけわかれば充分だとばかりに、北郷は跳ね起きる。
戦場において座っていて有利なことなどない。
駆け巡った走馬灯を見る限り、春蘭はいつでも俺が疲れてへたり込んだ時に殺そうとしてきたじゃないかと、北郷は自らの足を鼓舞する。
力が入らないのは脳が揺れたせいならば。
決して足が折れたからじゃない。
足がまだついてるのならば。
俺はまだ走れる、と。
這いずるように助走をとって北郷は剣を振る。
「籠手ェァ!」
番えた矢を狙った一撃。
あくまで己が置かれた危機を回避するためだけの剣だ。
今まさに放たれんとした矢を叩き落とす。
そのまま距離を詰めようともう一歩踏み込もうとするが、足を置こうとした地に矢が刺さっていた。
とっさに身を翻す。
銀色の閃光が羽織を掠め飛んでいく。
「手投げでその威力かよ…!」
悪態をつきつつ距離を取り、北郷は剣を構え直す。
「殺し損ねたのう…
しかしお主、肩に刺さった首飾りは抜かないでいいのかのう?」
そういわれて、北郷は初めて先ほど肩口に感じた痛みの正体を理解した。
真桜から預かったちいさなドリル。
それがおそらく倒れた拍子に刺さったのだろう。
意識した途端、ズキズキと痛みを感じ始めた。
「そういって、抜いてる隙を狙うんだろう?」
「これほどまでに血の湧く戦いをそんなつまらん方法で終わらせたりはせんよ。
その肩の傷で、まさかケチはつかんじゃろう?」
その言葉に甘え、北郷は肩から真桜のドリルに手をかけた。
「その形…李典の得物と同じ型じゃのう?」
「あぁ、そうだ。あいつから預かったもんだからな。」
「それで怪我をしていれば世話がないというもんじゃ。」
「なに馬鹿なこと言ってんだ、これがなかったらさっき夢を見たまま死んでた。」
「あぁ、それで…。確実に獲ったと思ったんじゃがのう…」
互いに軽口こそ叩いているが、その場の空気は焦げ付くような緊迫感に包まれていた。
喉が焼けるように乾く。
手は凍えるように震える。
しかし、心は怯えるように滾る。
いつの間にか周りのものは手を止めている。
それほどまでに、この場はひり付いていた。
「かっかっかっ!小娘に守られんと戦の一つも出来んか優男よ!」
女は、やもすれば人が死ぬのではないかと思うほどの眼力で目の前の敵を見据える。
「一人では何も出来ぬくせに、よくぞこの地に立ったものじゃ!
なぜじゃ!何がお主をそこまでさせる!
答えて見せよ、北郷一刀!!!」
女の、矢を番える手に力がこもる。
それに応じるかのように男は、ギチリと、骨まで軋ませるほどの力をこめて剣を握り直す。
「右手の閻王も、このニ天も、なかったらとっくに死んでるよ。」
その声には、力があった。
「俺は弱いからな。魏の中で、一番弱いんだよ。」
そしてそれは、まるで自分自身に言い聞かせるようで。
「政治もできねぇ、戦もできねぇ。仕事もろくろく出来ゃしねぇ。」
いまにも溢れんばかりの杯のようで。
「華琳に拾われて、春蘭たちに守られて、季衣たちに励まされて、桂花たちにからかわれて!
凪たちに助けられて、霞たちに笑われて!
そうじゃなかったら、俺なんてとっくに死んでるっつんだよ!」
男は、雄叫びとともに、深々と刺さったドリルを引き抜いた。
「この世界に来てからずっとずっと助けられてきた!
それでもあいつらは俺を必要といってくれた!
何もできない俺のために命まで懸けようとしてくれた!
お前ならわかるだろ黄蓋!
背中で語らないといけない、奴らより年食ってる俺たちにとって何が一番怖いのか!
年下の、あいつらに、先に死なれることだ!
誇りの為だ、意地があるだ、そんなことで俺より先に死ぬ必要なんかないっていうのにだ!
俺は教えなきゃいけないんだ!行動で、言葉で、語って聞かせなきゃならねぇ!
男は背中で語るもんだがな!
無様にでも、かっこ悪くても、生きてさえいりゃなんとかなるって!
死んで花実が咲くものかってな!」
男の感情が爆発した。
少し小ぶりの曲刀を正面に。
右手には鈍く光る手甲。
首からは螺旋の飾りがさがる。
「あいつらを死なせたくねぇんだよ!
泣かせたくねぇんだよ!
笑ってて欲しいんだよ!
そのためだったらちょっとの無理くらい楽勝だ!
あいつらは俺に隣にいろって言った!
こんなおっさん捕まえて、それでもいいと言ってくれたんだ!
おれもそこにいたいと思ったが、そのためにはあいつらに釣り合うくらいのいい男にならなきゃいけねぇんだよ!
救国の英雄くらいにはならねぇと、あいつらの隣にゃいられねぇんだよ!
だったら、あんたを倒すことくらいお茶の子さいさいだ、黄蓋!
けどもう時間がねぇんだ!
もう一緒にはいられねぇから、最後にあいつに、華琳たちに同じ立場の友達の一人も作ってやらねぇと申し訳が立たねぇ!
そろそろ時間だ、ちょっと最期まで、付き合ってもらうぞ!」
先に動いたのは北郷だった。
正中に置かれた男の刀。
速くはないのに速い剣。
力はないのに強い剣。
その正体に、黄蓋は気が付いていた。
「そろそろ、それでは誤魔化しきれぬぞ、隊長!」
彼が自分で言うとおり、北郷という男は弱い。
それはそもそもの身体能力においての話でもある。
力がない。筋力がない。
なのにその剣は力強く、速い。
だがこれは正確には強い様に、速い様に感じるというだけのこと。
考えてみればそれは当然のこと。
遅いはずの彼が速い理由、それは、彼の剣が最短距離を走っているから。
弱いはずの彼が強い理由、それは、力が乗る前に動きを封じられるから。
一対一を前提にした最小限度の動きこそ、彼の剣であった。
『目の前のものを倒すこと』を目的として振るわれる剣。
殺すのではなく、倒すこと。
殺人剣ではなく精神的鍛錬に主眼を置き、純粋な一体一を前提に磨かれる武道の技は相手を倒すことがその主たる目的だ。
急所を狙うことでも、一撃で首を落とすことでもない。
ましては殺すわけでもない。
目の前の相手をほんの僅かでも上回れば良い。
これでは確かに多対一で生き残るため、敵を殺すことを前提とする将の剣では『遅い』。
微妙な差だ。だが、致命的な差になる。
それでも、わかっていれば対策できないものでもない。
ならば彼より先に、彼より力強く、その最短距離を走らせればよいだけなのだから。
「面ッ!!!」
「甘いわ!!!」
目の前で起きた光景に、その場にいたものすべてが息をのんだ。
誰もがその目を疑った。
時が止まった。
ありえない。
何が起こったのか。
誰一人として理解できたものはいなかった。
そんなこと起こっていいはずがない。
確かに、確実に、現にいま、目の前にいる。
では何が起こったのか。
誰一人として、理解できたものはいなかった。
だが、けたたましい嘶きに、誰しもが即座に現実に引き戻された。
ゆっくりと膝をつく男の横を、一陣の風が吹き抜けた。
軽快な蹄の音とともに。
鬣を揺らし、響く嘶きは4つ。
そして、届いた声も4つ。
「おっちゃん、先行くでぇ!」
「隊長、ご武運を!」
「まだ生きとったん?ウチら先行くで隊長!」
「今からちょっといって来るから、隊長はそこで待ってるといいのー!」
袴にサラシ、手には飛竜をあしらった偃月刀を携えて、4つの風が戦場を駆け抜ける。
「!!!」
北郷の狙いに黄蓋が気がついた時には、もう遅かった。
ここまでくれば大丈夫だろう。
男はたしかにそういった。
その言葉、男の発した命令、そして今の状況。
男の役目とは、時間稼ぎなどではない。
『鶴翼の要をおさえ、押し込み、戦線を押し伸ばす』
愚直な進軍はそのためか!
立ち位置の入れ替わりは致命的であった。
此奴をここに配置した軍師は大馬鹿者か。
相対するが儂じゃなかったら一気に叩かれて沈められていたじゃろうに。
むしろ、だからこその配置であろうか。
そこまで読んでのことだろうか。
北郷が弱いことを知っていれば、ハズレであるとわかってさえいれば、他の張遼を獲ることに力を注ぐと。
そこまで読んでの事だったのか!
「抜かれたか…!」
黄蓋は、駆け抜けていく一団を目で追った。
すぐに視線を戻した。
もう一つの戦風は、止んでいた。
しかし、地に伏した男の手は固く握られ、前に向かって突き出されていた。
「あぁ、行ってこい。あとは頼んだぞ。」
とても小さな声だった。
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