No.647632

真恋姫無双~年老いてNewGame~ 十四章・中編



すこしだけ、前回のお話についたコメントへの返事をさせていただきます。
劉備さんのことですが、いのしし自身はこの作品の中で、彼女はあくまで徳での政治を貫いていると考えています。
共に、すべての民を救おうとする。そのためにはまず仲間を大切にしなければならない、という考えは袁紹から逃げる部分で描いたとおりです。

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2013-12-23 21:38:16 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3516   閲覧ユーザー数:2878

砂塵が舞い、矢尻降る。

刃が打つかり、火花散る。

一方的に攻撃を受け、それでも北郷隊はその数を徐々に減らしながらも隊列を乱さず、その場にとどまり続けた。

「めんどくさいのう!はよ倒れんか!」

 

何合目かはすでにわからない。

並の武将であれば一撃必倒の打ち込みにも、北郷は怯まず戦場に立っていた。

 

「おい、どうした黄蓋。らしくないじゃないか。俺は物の数に入らないんじゃなかったのか?」

 

軽口すら叩きつつ、沙和から借りた二天の片割れを振るう北郷に、黄蓋は苛立ちすら覚え始める。

 

「多方、時間稼ぎが目的なんじゃろうか…とういうかお主にできるのはそのくらいじゃろう?

 さすがに飽きてきたわい。

 さっさと逝ねい!」

 

苛立ちを隠そうともせずに、殺気とともに北郷に剣撃を叩きつける。

 

しかし、それを二天で、右手にはめられた閻王で、躱し、凌ぎ、受け流す。

 

「あっぶね!せっかくの羽織が焦げてんじゃねぇか!

 霞とおそろいなんだぞこれ!」

 

黄蓋の打ち込みは軸を外され、受け流される。

 

「いい加減その軽口も頭にくるわ!」

 

渾身の一撃も二天によって受け止められしまった黄蓋は、腹立ちまぎれに北郷を蹴り、距離を離す。

 

「ぐぅ!痛ぇ!」

「ちぃ…仕留めきれんか…」

 

裂帛の気合とともに打ち下ろされる剣撃も、体を隠すように構えられた曲刀により逸らされ、手甲によって弾かれる。

奇妙な剣を振るうことは部下であった時から知っていたが、実際に相手に回すとこれほどまでに厄介だと黄蓋は予想していなかった。

一旦距離をとるように後退り、剣を握り直す。

黄蓋の表情からは、余裕の笑みは消えていた。

 

「戦場らしくなってきたじゃないか?」

「抜かせ、軽口こそ叩く割に疲れが見えておるじゃろうが。」

 

黄蓋の攻撃によって北郷の体力は確実に削られている。

事実、すでに北郷は肩で息をし、他の部隊への号令もほとんど飛ばせていないような状態だ。

 

「はっ、指揮監督ばっかりが俺の役目じゃないってことだ。

 そんなに距離をとってくれるなんてつれないじゃないか、なぁ!」

 

しかし、それにもかかわらず、北郷はその進路を変えず、ただひたすらに前へ、前へと進もうとする。

突っかけるように愚直な面打ちは、やはりというべきであろうか、事も無げに黄蓋に受けられてしまった。

それでも、北郷は進むのをやめない。

 

「気味が悪いんじゃよお前たちは!」

 

受けることなど造作も無い剣撃であるのに、その一撃は妙に重い。

魂ごと叩きつけられているような錯覚すら覚えるのだ。

上段の突きとも打ち下ろしともわからぬ攻撃をいなし、黄蓋は再び距離をとる。

 

「何故じゃ?お主ら部隊は最初からずっとそうじゃった。

 戦場に出るとは思えぬ表情、命令も伝達方法も何処かふざけておるのに…

 人数だけで言えば今も圧倒的に不利な状況じゃ。

 なのに、どうしてお主らはそんな顔でいられる!?」

 

依然として構えた剣を下げずに、黄蓋は己が心に浮かぶ言葉を口にした。

ここで聞いて置かなければ、きっと後悔する。

黄蓋は、そんな予感すらしていた。

 

「おいおい、今度はそっちが時間稼ぎか?

 悪いが俺には時間がないんだ、戦う気がないのならば、進ませてもらうぞ!」

 

しかし、そんなことはお構いなしといわんばかりに、北郷はさらに前に出る。

黄蓋のとった距離を一足に詰めて、北郷はただただ歩を前に進めようとする。

その北郷の鬼気迫る前進に、ついに黄蓋は恐怖を覚え始めた。

 

「何じゃこれは…どういうことじゃ!」

「いったまんまだ、よっと!」

二天を平に構え、そのまま突く。

その速度自体は相変わらず遅く、ゆるやかな動作としか言えない。

黄蓋はそのまま体を捻り、突進をかわして北郷の伸ばしきられた腕をとった。

 

「ちっ、はずしたか。」

「当たり前じゃ、当るわけなかろうが!」

 

取った腕をそのまま捻り上げ、黄蓋はついに北郷を捉えた。

 

「これで落ち着いて話ができるかのう?」

「ぐっ…離せよ。時間がないっていってんだろ?」

 

北郷は捕まれていない方の腕を振るい何とか黄蓋の拘束から逃れようとするが、それは虚しく空を斬るばかりだった。

 

「つれないこと言うでない、ようやっと掴んだんじゃ。そうやすやすと逃がしはせんよ。」

 

北郷の左腕は、がっちりと関節を極められ、二天を取り落とす。

しかし、北郷は抵抗をやめなかった。

 

「痛っ…この!」

 

右腕の閻王を命中させんと、闇雲に腕を振るう。

極められた関節などどうでもいいのか、強く暴れれば暴れるほど深く技に掛かっていくというのに、目一杯に腕を振るう。

が、勿論それは当たりはしない。

これで落ち着いて兵を整えられる。黄蓋はそう考えた。

落ち着いて、周りを見渡そうと。

だが、それでも北郷は止まらなかった。

「喝ッ!!!」

 

打撃を加えることが困難だと悟るやいなや、北郷は全身の力を抜き、大声を張り上げた。

密着した状態で耳に向かって。

さすがの黄蓋もこれは予想外だった。

北郷の腕を極めていた力が緩む。

その隙に、北郷は腕を抜き、二天を拾い上げ、呉の本陣へ歩を進めようとする。

 

「っ!貴様!」

「どうだ、天和直伝の発声法だ!」

滅茶苦茶だ。

人一倍傷つくことを恐れ、人一倍臆病な癖に、ここぞというときに見せる度胸も人一倍。

捨て身かと見紛うほどに命を刃の前に晒す。

決死かと思うほどの勇敢さを見せる。

身を挺して、命を擲ち、そして、命からがら逃げていく。

とる策は凡庸で、振るう技術は拙いくせに、その効果は絶大で、挙げる戦果は巧みなものだ。

戦地においてなお変わらぬその空気。

死地においてなお笑うその表情。

黄蓋は、その脳裏に孫策を思い出さずにはいられなかった。

 

「ことここにおいて、北郷、お主を英雄と重ね合わせることになるとはのう…

 血に酔い、剣を躍らせ戦場を駆る姫君を指し、お主の様な男をもって、乱世の覇者を見ることになろうとは。」

 

黄蓋の、剣を持つその手に一層の力が籠められる。

 

「しかし策殿ほどの気迫は感じぬ。その顔は、殺し合いを楽しむ貌ではないわ。

 北郷、貴様はまっこと気味が悪い!」

 

修羅でもない。気狂いでもない。

目の前に立つ男の大きさを、黄蓋は測りかねていた。

 

「答えろ北郷!貴様はここで、なぜ笑う!」

呉の宿将、孫堅の時代より武をもってその礎となってきた黄蓋を真正面に捉えて、なおも真直ぐに、ただまっすぐに歩を進めようとする男。

その男に、聞かずにはいられなかった。

黄蓋は剣を下段に構え、正中に構えられた切っ先を払いのけるように剣を振るう。

邪魔なものをただ我武者羅に払いのけるかのような荒々しい一撃に、北郷の剣が初めて揺らいだ。

刃を寝かせ、刀身が折れぬように力を流し、体を守らんと決して正中を譲らなかった二天がその道を譲る。

北郷の頬に傷が付く。

数束の髪とともに鮮血が飛ぶ。

それでも北郷の表情は崩れなかった。

 

「ただ、この生の為に!」

黄蓋の剣は北郷の頬を裂いた。

逆に言えば、力で押し勝った剣ですら、北郷の命には届かなかったということ。

仕留め切れないとわかるやいなや、黄蓋は次の一撃を繰り出していた。

北郷の脳天目掛け、ありったけの力を込めて刃を振り下ろす。

だが北郷の動作も早かった。首を捻り、弾かれた勢いを無理に押しとどめず体を躱してさらに一歩、北郷は踏み込む。

刃を寝かせ、繰り出される閃光をすり抜けるように胴をめがけ思い切り振るう。

 

「胴!」

 

剣道をやっていたころに染み付いた習慣から、北郷はそう叫んでいた。

残心をしている余裕などない。

手応えがない。

北郷に向けられた殺気は、いまだ死んでいない。

北郷は即座に前に飛び込み、黄蓋から距離をとって振り返る。

視線の先には、やはり、黄蓋が立っている。

否、走っている。

髪を振り乱し、体ごと倒れこむように、腕を伸ばしきって剣を振るう。

受けられない。

北郷がそう感じる前に体が先に反応していた。

無様に後転し、再び距離をとる。

北郷が少し前までいた場所には深々と黄蓋の剣が刺さっていた。

 

「髪留めを斬られたことなど、いつぶりかのう…」

 

その長い白髪を纏めもせずに、黄蓋は立ち上がり、地面から剣を抜く。

 

「いまのはあぶなかった…まさか抜き胴をしゃがんでかわされるとは…」

 

対する北郷も、立ち上がり、黄蓋に向き直る。

 

「だけど、間に合った。間に合ったぞ…!

 ここまでくればいいだろう!合図を送れ!

 タッチダウンだ!轟!轟!轟!

 旗を振れ!声を挙げろ!俺たちの役目はここまでだ!

 さぁ、残すお仕事は帰り道に立ちふさがるお前ら倒して、ゆっくりうちに帰るだけだ。」

どこか焦っていたような今までと打って変わって、北郷は真正面に黄蓋を見据えていた。

 

「行くぞ、黄蓋。仕事が終わったから、今から本気で相手してやる。」

「抜かせ、お主はどう控えめに言うても本気じゃったろうが。

 しかし、正直に言おう。いままでお主を侮っておった。

 本気で相手をせねばいかんようじゃのう。」

 

そういうと、黄蓋は地面から抜いたばかりの剣を捨て、弓をとる。

多幻双弓に矢を番えて、黄蓋が吠えた。

 

「貴様を殺し、曹操の頸とともに並べてくれよう!

 堅殿の時代より仕えし孫呉の守護者、黄公覆が弓技、とくと見せてやろうぞ!」

 

相対する北郷の構えは、正眼。

真正面に黄蓋を捉え、呉の本陣を背後に背負い、それでもなお笑みを称える。

 

「時間まで、もうちょっとありそうだ。

 もうちょっとだけ、付き合ってもらおうか。」


 
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