幾度かの陣泊を重ねて以前と同じように虎牢関が見え始める。
前回と違うのは兵士たちがあまり疲れていないということか。
虎牢関にある旗は華、呂の2つとの報告が上がってきている。
汜水関と同じように行くと考えたのか袁紹の指示は突撃一点張りで策のさの字も見当たらない。
汜水関があっと言う間に落ちたのに対し、虎牢関はキッチリと城門を締めて亀のように篭ってしまい、全く出てくる気配が無い。
到達した初日に丸一日を費やして攻撃をしかけたものの成果は全く上がらないどころか、
兵をいたずらに疲れさせ、弓矢による負傷者が多数出ただけという有り様。
さすがにこれでは兵士を無駄死にさせているだけだという声が上がり、挑発を仕掛けるという事になった。
あと俺の見立てではおそらく、虎牢関の城門は補強が入りそう簡単には破れないと思う。
だから挑発するしかないわけだが……。
姿は見えないが声からすればおそらく愛紗か、散々に愚弄しているものの、虎牢関からはうんともすんとも返事はない。
それでも挑発を続けていると、その城壁の上に華雄が現れる。
ただ、いつものビキニにパレオのようなあの格好ではなく、見覚えのある浴衣姿で、戦斧の変わりに盃と徳利を持って現れた。
「くだらない事を言ってるな? 私はその程度の言葉では動かんぞ?」
そういうと、軍を見下ろし、城壁に座って眼下の群衆にそう言い放つ。
「将とは頭で戦う物、武で戦うは兵で十分。兵を引き連れるために武が必要とは言えな。
冷静さを失い戦うは兵を失い主を失う事に直結するのを私はよく知っている。
主を守るためならいくらでも愚弄されてやる。
虎牢関から先に進みたくば力づくで来るといい。
ふふ、長丁場になるだろうから差し入れにくれてやろう」
そういって徳利と盃を城壁の下に放る。
本当に、変われば変わるものだ。華雄はその言葉通り、キッチリと城門を閉じたまま、けしてうって出ようとはしなかった。
「本当に厄介ね、こうも関に篭もられると手の打ちようがないわ。
あんまり長期戦はやりたくないのだけど……」
そういって華琳がため息をつく、俺はその様子を見て苦笑。
秋蘭はわからないが、春蘭はまともに戦えないためかずいぶんと苛ついている様子。
「遠征軍では兵糧の問題はどうしてもつきまといますしね、我が軍はまだ兵糧に余裕はありますが、
急ぎ出陣したために準備が万全でない諸侯もいますし、
もうすぐ一回目の輜重隊が到着するはずですから取り敢えず心配は無いはずですけど……」
そういいながら紫青がため息をつく。
「でも、あまりいい傾向とはいえないわね。輸送を繰り返すと経費はかかってくるし……」
「まぁ確かになぁ……」
事態が動いたのは輜重隊が到着した日の夜遅く。午前3時も回った頃か。
敵襲の報告で俺達は叩き起こされた。
天幕から飛び出せば陣では火の手が上がり、既に戦いが始まっている様子、虎牢関の門が開いたような様子はない。
「何があった!?」
そこらの兵に問いかけても答えはまともに帰って来ず、状況を把握するために俺は紫青と桂花を探し、事の次第を問いかけた。
「やられました……」
聞く所によると、輜重隊の者が董卓軍の者にすり替わっていたらしい。
馬車の中身は兵糧などではなく兵士で、周りが寝静まった頃に一気に仕掛けてきたという。
まず最初に兵糧置き場から火の手が上がり、火がついてからの行動は早く、董卓軍は寝静まっている兵士を次々に攻撃していった。
この攻撃のしかたもいやらしい。
狙うのは足ばかりで殺さずに深手を追わせるばかり。
おそらく主になって策を立てているのは華雄か。
兵法の勉強を一緒にした時に俺の話した知識をフル活用しているように感じる。
兵糧に兵士を潜ませる、というのはおそらくトロイの木馬の話しの応用だとおもう。
といっても、木馬に兵士を潜ませて奇襲したような話しがある、っていう大まかな話しをしただけだけど。
足を執拗に狙って兵士を襲ったのはおそらく地雷の話し。
未来には地雷という兵器があり、それは人間を殺すほどの威力を持たさず、戦えない程度の重症を負わせる事を目的とする。
死亡すれば死体は捨ておけるが、負傷者は治療を行わなければならない上、食事を取らせねばならないため、死者を出すより戦力を圧迫する。
確かこんな話をしたとおもう。
騒ぎがようやく収まったのは東の空が白み始めた頃、かなりの負傷者を出し、兵糧を焼かれた上、
奇襲をかけた董卓軍の者をロクに捕らえる事もできず、各軍はさんざんの様子となっていた。
一番ひどい目にあったのは袁紹軍。華雄が打って出てくる事は無いとたかをくくってロクに見張りを立てていなかったためいいようにやられたようだ。
すぐに物見を飛ばし、汜水関を探りに行かせた所、張の旗が上がり、城門は固く閉ざされていたという。
まぁ予想通り……。
上屋抽梯の計だとおもう。汜水関と虎牢関が改修中だといって準備が整わないうちから攻めこませ、
汜水関は素通りさせ、その後に、関の中か近隣に伏していた兵で制圧し、閉鎖して退路を断ってしまう。
兵糧の焼き討ちは釜底抽薪の計だろう。
おそらくこのまま持久戦に持ち込み、自壊に持ち込んでいく策だろう。
幾つもの計略を続け様に仕掛ける、連環計を仕掛けてきたわけだ。
この後董卓軍はやはりうって出てくる事はせず、焦った連合軍……というより袁紹の指示により
連合軍は補給線を絶たれたままイタズラに兵力を消耗させて虎牢関にあたるばかりだった。
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それから数日、足に深手を負い、苦痛を訴える多数の兵を抱え、それを後方に下げることもかなわず、本陣はさながら野戦病院。
そんな状態で兵糧も無いとなれば当然士気が上がるわけもなく、あちらこちらで喧嘩がおきたりしはじめる。
逃げようと思った所で大軍が通れる道は無い。
ハッキリ言ってこの時点で余程の奇策でもなければ連合軍の負けが確定しているようなもの、自壊も時間の問題だった。
「……」
華琳を始めとして一刀も軍師達も口数が少なくなり、これをどう打開するか考えを巡らせていた。
曹操軍は無事だった兵糧を節約して節約してどうにかしのいできていたが、それも限界に近づいていた。
大半は焼き払われてしまったのだ。
袁紹軍はもっと悲惨で、一箇所に兵糧を集めていたために、焼き討ちを受けた時点で9割9分まで炭になってしまっており、既に餓死する者が出始めている。
呉軍にしてもやはり限界が近く、どうしようもない所まできているようだった。
そんなおり、汜水関の側から、董卓軍の隊が打って出てくる。先頭に立つのは霞。
兵の数は連合軍の十分の一程か。
霞は連合軍の近くまでくれば口を開く。
「連合軍に告ぐ、今すぐ立ち去れ。提示する条件を飲むんやったら汜水関の門を開けたる。
こっちから出す条件は1つ。曹操配下の天の御使い、島津北郷をこちらに引き渡す事。
うちらは2里ほど先で待ちよる、返事が決まったら言うてきい」
それだけいうと霞は軍を引き、言葉通り2里ほど後退してそこで董卓軍が待機する。連合軍はどの軍も動かない。
霞の隊に釣られれば背後の虎牢関から襲われるのは目に見えているのだから。
「飲めるわけないじゃない、そんな条件……!」
「……飲むよ、条件。このままじゃ全滅する。華琳だってわかってるだろ?
俺が董卓の所に行くだけでみんな助かるならそれでいい」
「袁紹が撤退を認めるかしらね?」
「認めるとおもうよ、本陣の絶望的な状況を見て、逃してやると言われれば子供だって逃げるっていうさ」
「それでも、あなたを他所に渡すわけにはいかない、腕ずくでも止めるのよ」
華琳の言葉に、春蘭と秋蘭が身構える、武器を構えて一刀と対峙する。
ゆっくりと一刀も鉄扇に手を伸ばす。春蘭が先走った時の備えのつもりだった。
「天泣、天梁。あなた達も一刀が他所へいっては困るでしょう?」
華琳がそういうと、天泣が口を開く。
「一刀さんの気持ちは変わりませんかー?」
「……、俺は皆に生きていて欲しいから、皆が助かる選択をしたいと思ってる。だから打開策が無いなら俺の気持ちは変わらない」
「そうですか……」
そういって一度顔を伏せ、それから大剣を抜くとそれを……。
春蘭に向けた。
「夏侯元譲さん、あなたに一騎打ちを申し込みますー」
「な!?」
「私の主は曹孟徳に非ずー。私がついていくと決めたのは一刀さんですから。行きます……」
そういうと天泣は自身の服の胸元を掴み、マンガの変装を剥ぎ取るシーンのようにそのドレスを一瞬で剥ぎ取る。
下に着ていたのは、ノースリーブにミニスカートの動きやすそうな服、愛紗の衣装に近い感じだ。
うつむき、前髪で目元を隠し、口角を釣り上げて笑ったかと思えば一気に春蘭に詰めよる。一刀にはその姿が一瞬、消えたように見えた。
その動きは普段の天泣よりも数段早く、下段から大剣を振り上げて攻撃を避けさせれば、その軌道は途中で胸を狙った突きへと変わる。
春蘭が本能的に剣を振るわなければ一撃で勝負は決まっていただろう。
「良く躱しましたねー? 手合わせで動きに慣れていてもらったハズなんですけどー……」
致命傷を与えるはずだった一撃は春蘭の利き腕に手傷を負わせるにとどまった。
「なんなんだ、お前は!?」
「私の剣は裏切り者の処罰のためにー。一刀さん、今まで手抜きしていたのを許してくださいねー?
ふふ、利き手を負傷してどこまでたたかえますか?」
天泣の戦い方は速さに特化し、フェイントを多用する。次々に繰り出される攻撃に春蘭も反撃の機会を伺うものの、
利き腕の手傷が響いているのかどうにも春蘭が劣勢に見える。
「姉者!」
秋蘭がとっさに弓で春蘭を援護しようとするが、それを制止するように、足元に続け様に矢が3本突き刺さる。
「一騎打ちの邪魔をするのは無粋。次は当てます」
秋蘭に弓を向けるのは天梁。
「……お前も、華琳様ではなく北郷殿の忠臣ということか」
「ええ、そういうことです」
天梁は秋蘭にピタリと狙いをつけ、弓を引き絞ったまま動かない。少しでも天泣の邪魔をすれば撃つと、態度が言っている。
季衣も助けに入ろうとしたのだが、こちらは星に行く手を阻まれ、数合も打ち合わない間に地面に沈められる。
もっとも星は手加減をしているようで、季衣は少々擦り傷を負った程度だが。
「仕方ないわね。私が直々に勝負しましょう。私に勝てたなら好きにすればいいわ」
そういって華琳は一刀と対峙し、その鎌をかまえる。
「ただじゃいかせてくれないみたいだな」
一刀も鉄扇を右手に構え、華琳に向ける。
間合いを詰めるために華琳が動く、それに合わせて一刀は牽制として小刀を投擲しその顔を狙う。
「ふっ……!」
それをギリギリで躱し、華琳が一気に接近すると上段からその鎌を振り下ろす。
激しい金属音を立てさせながら、右手の鉄扇でその鎌を受け止め、左で小刀を持ち、胸の中心を狙い突きを繰り出す。
華琳はそれを後ろに飛んで躱す。
「本気みたいね」
「戦いたくなんかないけどね」
「甘いわよ。それに、殺す気の無い攻撃で私を黙らせる事ができるかしら?」
「俺には皆が助かる手はそれしか思い浮かばないんだ。ゴメン」
そういって一刀が間合いを詰め、右の鉄扇を閉じてふるう。
その一撃は軽く、その鎌の柄で受け止められ、返す刃で上段から袈裟懸けに華琳が鎌を振り下ろす。
その反撃を小刀で受け流し、さらに何合目かでの事、
「っ……!」
一刀にはその鉄扇の軌道に、華琳が飛び込んだように見えた。
肩に鉄扇での強打を受け、鎌を取り落としふらつく。
「いずれ……、私の所に戻ってきなさい」
「ワザと負けた……?」
一刀だけに聞こえるように放たれた言葉に一刀がそういうと華琳が薄く笑う。
「命惜しさに将を差し出したなんて風聞が流れては困るもの。
あなたは連合軍を救うために、私の制止を振りきって董卓軍に下った、それでいいわ
春蘭、秋蘭、季衣、もういいわ。行かせなさい。
あなた達も共に行くなら好きになさい。そして行くのなら、けして一刀を殺される事がないように守りなさい」
一刀達が董卓軍に下った後に曹操の元に残ったのは、城の警備と政を仕切るために来なかった冬華と、春蘭達の元からの将だけ、
天泣姉妹と星、紫青、桂花は一刀と共に董卓軍へと下った。
その後、董卓軍は宣言通り汜水関の門を開けた。
ただ、当然そのまま帰すわけではなく、一刻後より虎牢関から追撃を行うと宣言して撤退を急がせ、そして予告通り追撃が行われた。
この追撃により、疲弊し、士気がすっかり低下している連合軍にかなりの被害が出た。
結局、反董卓連合は、連合軍側の大敗を持って幕を閉じたのだった。
あとがき
どうも黒天です。
今回、連合軍が敗退し、一刀は月の下にくだりました。
董卓軍が用いた計略は、華雄、詠、霞の3人が合同で考えた物で、
華雄や霞が言ったことを元に、詠がより具体的な形にして、華雄と霞で実行、という工程を経ている感じ……
と考えています。
華雄の虎牢関での行動は、けして打って出る事はないということを印象付けるためのもの。
という感じで書いてます。
更新の期間が開いているので作風が変わってきている気がして心配です……。
それと今回の天泣のドレスを脱いだら強くなる、ドレスが拘束具? というのは登場時点からあった構想です。
本人は裏切り者の処罰のため、といってますが、逆に自分が裏切った場合もかなり効力を発揮するので、
糜芳=裏切り者で関羽の死の原因を作った人物、という特徴を出して見たつもりです。
夏侯姉妹と糜姉妹の双子対決をもっとしっかり書いて見たかったのですが、うまくかけなかったのが残念です……。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
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今回で反董卓連合は終了になります。さて、勝敗は……。
ちょっと華雄さんが変わりすぎたかも……。