先の戦で華琳の命を救った武功者ではあったものの、命令違反に加え部隊の無断指揮に華琳への拳骨で合わせ技一本。
頭と胴体との泣き別れはまぬがれたが、罰の方が功を上回ったので謹慎処分一ヶ月だった。
その間は仕事はおろか外出の自由も与えられないというものであったが、許可さえあればそれも可能という取り計らいをしていただけた。
表向きは謹慎だが要するに「休暇」である。
まとまった休暇をもらったのはこれが初めてだったので最初のうちは羽を伸ばしていたが怪我の調子がよくなるにつれて仕事の方が気になり始めて結局二週間後には室内で出来る仕事を始めるに至った。
しかしそれでは罰を与えているというのに他に示しがつかないと華琳に怒られてしまったので通常営業というわけではないから暇である。
暇を持て余す。
だから華琳達が馬騰の元へむかったときも、俺はお茶っ葉を揉んでいた。
「……………。」
「やっぱテレビで見たくらいじゃなかなか出来ないもんだなぁ。」
「……………。」
「なんだか泥団子こねてるみたいな気分になってきたけども。」
「……………。」
「どうですか、出来ましたか?」
「そういえば文字の読み方ってどうなってんだかな。こっちじゃ普通に泥って書いてドロって読むのかな?」
「どうしたんですか、急に。」
「………。」
「いや、ちょっと気になってね。」
「基本的にこの字ですとデイって読みますね。北郷様のお国ではドロと読むんですか?」
「うん、一応ね。そうなんだ…あ~、あれか音読み。ふむ。いやなんか変なことがきになるんだよ年取るとさ。」
「たいちょう、おじいさん?」
「いや、そこまででは無いと思うんだけど…
しかし、華琳のやつ警邏隊も半分位連れてったってことは一戦交える気なんだろうか。」
「……………?」
「そうだよな~恋にはわからないよな~。」
無言のまま頷く少女を尻目に作業を続ける。
「怪我も良くなってるんだから連れて行ってくれてもいいのにと思ったが、戦闘じゃまだ足手まといだもんな。」
回転揉みが終わり揉切りの準備をしながら相手のいる独り言を続ける。
「これが終わればあと2,3工程だからな~。ってことで、月がここにいるってこともうあっちの準備できた?」
「はい、いわれたものの準備は出来ました。」
「よし、じゃあちょっとそこで恋と座って待ってて。」
ちなみに簡単に茶揉みの工程を列挙すると
茶摘みから次は茶葉を蒸す。その後蒸した茶葉を冷まし茶振いして水分を飛ばす。
そしたら回転揉みをしてまた水分を減らし揉切り、転繰揉み、こくり、乾燥を経て出来上がる。
こうした作業によって作られたお茶は市販の茶葉と違ってお湯をさしたときに一枚のお茶っ葉に戻る。
なかなか美味しいのでぜひ一度手揉み茶を飲んでみてほしい。
しかし知っているのと実践するのはワケが違い、そしてこちらにこの製法を知っているのは俺ひとりとなるため試行錯誤の繰り返しであった。
「体力が必要なのは知っていたけどここまでとはねぇ…ちょっと渋いし。」
慣れは何事にも大切だし、何回かやって初めて見えてくることもある。
そうおもって何度か試しに作ったお茶っ葉がたまったので華琳達が遠征している間に日本茶の味見会を開いているのだ。
お客様は恋と月とおまけのちんきゅーだ。
「そんなことないです、とてもおいしいですよ。」
「…おいしい」
「これはいい香り…悔しいけどおいしいのです…」
「何に対して悔しがっているか一向にわからんが気に入ってもらえてよかった。
俺が向こうにいた時もなかなか手に入らなかったしな。
おっと、もういっぱいどう?」
「すみません、よろしければ…」
「もらう」
「ねねももう一杯ほしいのです!」
「はいはい、ちょっとまっててね、次の取ってくるから。」
ところで熱心な読者の方はもう違和感にお気付きだろう。
なんで恋が遠征について行ってないのか。
理由は簡単だ。
「前回の戦で命令違反をしたあなたに対する、いわば監視役よ。」
というのが建前らしく、本音はというとこれは秋蘭いわく、
「お前が心配なんだろう。おそらく護衛役だ。」
とのことだった。
凪達も最初はだいぶ文句を言ってたけど、それでも「隊長が怪我するくらいなら…」と最後はおれたらしい。
もちろん俺の方からも恋ほど優秀な武将をわざわざ警邏隊の隊長ごときにつけるのはどうかと言ったのだが、華琳曰く
「あなたはそれでも天の遣いよ。勝手に死なれても迷惑だと言ったでしょう?」
とのこと。そういえば前にも同じこと言われたね…
恋には「北郷と北郷の言いつけをよく守るように。」といいつけられているらしいことで音々音には事あるごとに小突かれるようになったのと、呂布部隊の訓練が警邏隊持ちになったので実質仕事が増えたことになるんだけどね。
「それは北郷が無茶するから悪い。」
秋蘭も厳しいところをついてくる。でもだれだってあそこはそうするだろう?
「うむ。私や姉者でもきっと同じことをしただろう。よくやってくれた。」
そんなやりとりを経ていま天下の呂奉先はしがない中間管理職、巡査部長北郷一刀の配下にいるのだ。
OK?
現在華琳は詠を筆頭に霞とかあとうちの部隊連中を連れて馬騰のところへ向かっているのは件のとおりだけど、その間も謹慎の解けないので目下休暇中というわけだ。
身の回りの世話係として月までいまうちの部隊に貸してくれているというのにいまいつもの三羽烏は一人もいないし。
いやまぁ警邏出来る最低限の部隊はいるけどね。
「これが今ある分で全部かな?こんど華琳に淹れてあげるといいよ。」
「はい、ありがとうございます!」
「いいから早くお替りを入れるのです!」
「…そんな言い方はダメ。お願いしますっていわないと」
「あぁいいよ、そんなに堅苦しいのはこっちも疲れる。」
「あの…私が淹れましょうか?」
「ん、いやこっちのお茶と淹れ方が若干違うからいいよ。座ってて。リハビリの代わりでもあるしね。」
「………りはびり?ってなに?」
「恋殿に!手早く!わかるように説明するのです!」
「くっ…ついうっかり…なんていうんだろう…術後の回復促進運動?とかそんな感じか?
怪我してしばらく動かさなかったものってすぐには元通りに動かないからそれを徐々に慣らしていくだろ?
それだよ。」
「…わかった」
「天の国ではそういうふうにおっしゃるんですね…」
「俺の国の言葉っていろんな国の言葉が混じってたからね。自分でもちゃんと意味がわかってない言葉とかもある…。
と、そういえば月、月が探して欲しいって言ってた人の人相書作ったんだけど待ってるついでに見てもらえるかな?」
「へぅ!そうでした、わざわざありがとうございます!」
「似顔絵の方は随分アレだけど…こんなんでどう?」
「はい、これで彼女も生きていればきっと見つかると思います…
…?指名手配…?っていうのはいったい…」
「あ、ごめんそれ冗談のつもりで書いただけで…」
「へぅ…こういう言葉をこちらでは使わないもので…」
「あ、あ~そうか。そういう違いもあるのか。これもまた俺達の世界との違いってことかな…。
文化とかももちろんそうだけど。慣れたと思ってもなかなかね。似たような世界なだけにたまにな…」
小さな違い、ちょっとしたズレが、とても大きな違いのように感じる。
そして、目の前の娘たちとの違いを感じると決まって、ひどく不安になる。
俺は、どうしてここにいるのだろうか。
長く暮らせば暮らすほど、それは小さくなってはいくが、それでも消えることはないのかもしれない。
だが逆に、と、最近思えるようになった。
違う俺ができることは、違う世界を教えるということ。
それが、一つ、俺のすべきことなんじゃないだろうか、と。
「そうだな、今日はこんな話になったのだから、こっちにはない話をしようじゃないか。」
こんな機会もめったに無いだろう。歴史に関わることでなければ華琳もそんなに怒らないはずだ。
普段は凪相手に格闘技の話とか沙和相手にファッションの話ばかりだし、季衣とか流琉相手にご飯の話、真桜相手には絡繰関係で霞筆頭に酒の話ばかりだからおとぎ話とかそういうことを喋る機会がない。
華琳相手するにしても政治とかそんな話ばっかりでさ…
子供とかできたらおとぎ話をきかせながら寝たいとか思うのは男として間違っていないはずだよな?
月達相手なんかだと…ちょうどいいだろう?
お茶飲み話って程でもないけど、鏡の国を冒険する少女の話とか北の国の山の方の少女の話とか、あとは竹から生まれる女の子の話とかそういうのをしゃべってあげよう。
「…結局その女の子はしあわせになれたんですか?」
「うん~…難しいところだけどね。感情をなくすってことは必ずしもしあわせではないように俺は思うな。」
「そんなの当たり前なのです!恋殿を慕うねねの思いがなくなってしまうのはすごく寂しいことなのです!」
「だからしあわせかどうか難しいって言ってるじゃないか。」
「………あったかいきもちもなくなるの?」
「きっとそうなんだろうなぁ…なにも感じなくなるってことは傷つかなくなることだっていうけどね。
俺もきっとそれは寂しいことだと思うよ。」
「へぅ…でも良い話でした…」
「たしかにお前にしては良い話をするのです!」
「だから俺が作ったんじゃないって言ってるだろ。」
「ねね、たいちょうを呼び捨てにしちゃダメ。」
「そうですよ。私たちの恩人でもありますし…」
「あぁ、いいよそんなこと気にしなくて。好きでやったことだし。」
「…それでもねねは謝らなきゃダメ。」
「うぅぅ…申し訳ないのです…」
「だからいいっていってるのに…こっちに来てから堅苦しいんだよなぁ。
やれ天の遣いだ隊長だって。皆俺より力があって、立場が上なんだからそんなに気にしなくてもいいのに…
仕方ないことではあるんだけどね。そんなことよりなんかさみしい感じで終わっちゃったから別の話を聴かせてあげよう。」
「次はどんなお話なんですか?」
「あぁ…つぎはね…」
結局その日最後にした女の子が台風で異世界に飛ばされてしまう話。
女の子とカカシとブリキとライオンとあと犬が冒険する有名なあの話だ。
「おまじないは基本的に三回だ。流れ星にも三回お願いすると願いがかなうっていうだろ?」
「そうなのですか?」
「あれ?俺の世界じゃ当たり前みたいな感じだったからこっちもてっきりそうなのかと思ったけど…
この話では踵を三回だろ?それもあるし、あとは別の国の話でもそうだったからね。」
「そうなんですか…情緒があって素敵だと思います。」
「気に入ってもらえてなによりだ。はぁ…こういう話してるとつくづく思うよ。俺のいた国って平和だったんだな。」
「たしか戦争なんてなかっとかいってたですな?それは本当なのですか?ねねはにわかには信じがたいのです!」
「まぁこっちの世界基準だったらそりゃね。小競り合いとかはあったし、俺の国以外では結構武力衝突ってのはあったけど。
それでも…ここまで人の死が近い世界じゃなかった。」
「へぅ…良い世界だったんですね。」
「……それはどうだろうか。」
「………?」
「恋がそんな不思議そうな顔したってダメだよ。俺にも理由がはっきりわかるわけじゃないからね。
ただそうだね。俺はこっちにいるときの方が”生きてる”って感じたな。」
「さっきから言ってることがわかりづらいのです!」
「だから俺もはっきりわかってないんだよ。それはこっちの世界で生きてみないとわからないだろ?
それこそ俺もドロシー達と一緒なんだよ。自分が何を望んでいるか、何を本当に持っているかなんて旅してみないとわからないんだろうね。」
結局自分がなぜこの世界で“生きている”のか。
それはもう少ししたって、分からないことなんだろう。
そしてそんなこときっと死ぬまでわからないだろうけど。
それでも…
こっちにきてもう何度考えたことか。
俺がこの世界に来た理由はなにか。
今日のこの日、すこしだけわかった気がした。
少なくとも魏の皆がこんなふうにゆっくり出来るような世界にしたい。
「だからさ、月たちには手を貸して欲しいな。改めまして、宜しくお願いします。」
「はい!」
「…(コクッ」
「恋殿!…くっ、恩人だから仕方ないのです。」
「ははっ…みんなありがとうな。」
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そろそろこの説明欄にかくことがなくなってきました。