馬騰との交渉は喧嘩別れに終わり、華琳達は戻ってきた。
少し残念そうだったがこれも乱世の定めなのだろう。手を組めない上に刃を向けられれば応じるしかない。
それはわかっていたことだけど改めて事を構えたと聞くと思うところがないわけでもない。
「下手な考えは休んでいるようなものだわ。」
「相変わらず手厳しいな。」
「その顔、どうせまた馬騰と手は組めなかったのかと考えている顔ね。」
「…お見通しだな。」
「流石にもう長い付き合いじゃない。春蘭、秋蘭の次に私のそばにいるのだからそれくらいわかって当然よ。」
「そうか、もうそんなになるか。」
「入れ替わりの激しい警邏隊では一番の古株だし、使っている私としてはもうすこし自覚を持ってもらいたいものだけどね。」
「それに関しては無理だな。これが俺だ。もう少し若けりゃ柔軟だったろうけどな。
一本いいか?」
「タバコね?もう数も少ないのだしやめたらどうなの?」
「手持ち無沙汰になるとどうしてもね…で、なんの話だっけ?」
「あなたの半分休んでるのと同じ考えのことよ。どうせ時間があるわ。聞かせて見なさい。」
「あぁ、いや簡単なことなんだけどさ。馬騰の場合はなんだって言ったっけ、我が仕えるのは帝のみっていったっけ?
それはもっともな理由だし、武人としての意地もあるだろうから一戦交えるのは納得なんだ。
けど劉備の場合はどうだったんだろうなと思ってさ。他にやり方はなかったんだろうか。」
「その答えは前にもいったでしょう。あなた達の常識はこちらでは非常識なのよ。
逆にあなた達が非常識だと思うこともこちらでは当たり前として通ってしまうの。
けれど、そういうあなたの感覚は私たちとっては大切な事よ。」
「そうなのかな…ただ実際に前線に立ってわかったよ。俺がいかに馬鹿だったかってのはね。」
「はぁ…それは私も前に言ったでしょ?あなたは馬鹿者どころじゃないわ。大馬鹿者よ。」
「半端者は?」
「私の部下にはいらないの。そういう意味では貴方は十分及第点ね。」
「ありがたい話だね。」
「だから…あなたは変わる必要はないわよ。そのままの馬鹿者でいなさい。」
「…いいのか?」
「そうね。最初はそうは思っていなかったけれど。
あなたがこちらの世界の流儀に合わせ始めてしまったら、それこそ半端者の出来上がりでしょう。
だからいいのよ。」
「…そうか。」
「さぁ、この話はここで終りにして月に振舞った日本茶というものを私にも振る舞ってちょうだい。」
「あれ?月に渡したけどまだ淹れて貰ってないのか?」
「…あなた、もしかして月には手ずから振舞ったのに私には出来ないとでもいうの?」
「いや、そんなことはないんだけど…」
「なら早く淹れて頂戴。美味しいと聞いて楽しみで仕方なかったの。」
「珍しく俺の部屋を訪ねてきたと思ったら…ちょっと待ってて。」
「あら、あなたの部屋にもあると聞いたのだけど?」
「茶請けの一つもないと寂しいだろ?」
「…(案外気がきくのね…)」
「ん?なんかいったか?」
「いえ、では、茶請けもあわせて楽しませてちょうだい。」
「はいはい。ちょっと待ってて。」
日本茶にあうといえばやはり餡子か。
白玉をこし餡でくるんだ赤福もどきでもふるまってあげよう。
なぜか?そりゃだって赤福にはいろいろとお世話に…
そうだね、比較的簡単に作れるからだね。
「そういえばこんなくつろいでて大丈夫なのか?劉備達は蜀にはいったとか言ってたし、呉も徐々に力をつけ始めてるんだろ?」
「劉備達の元には黄忠、厳顔、魏延、それに馬超が合流したらしいわね。しかし呉の方ではすこし揉め事があるという情報もあるわ。」
「へぇ…そうか…」
「何か思うところがあるのかしら?」
「それは言えない。華琳自身との約束だからな。」
「では、未来に関することなのね?」
「あぁ。そういうことになるな。ただこれだけは言えるな。」
「なに?つまらないことだったら承知しないわよ?」
「皆ついてる。華琳の覇道はこんなところじゃ終わらないよ。」
「…ふふっ、つまらないことだったら承知しないと言ったわよね?罰として今度一日私に付き合いなさい。」
「理不尽だと思います!」
「だめよ。どうやらまだ自分の立場を理解していないようだからもう一度わからせて上げる必要があるわ。
一刀、あなたは最後まで私のそばを離れてはいけないの。最後まで我が覇道に付き従う義務があるのよ。
その男がいまさらそんなことを私にいうようではこの先心配だわ。だから再教育よ。」
「こりゃまいったね。そんなつもりはなかったんだが…まぁでもそんな一日も悪くないな。」
そうだとも。
華琳達が乱世しかしらないというのならば、対する俺は平和な日常しか知らない。
だったら俺が華琳達から戦を教えてもらったように、俺は華琳達に普通の日常を教えてやれないだろうか?
そのために俺に出来ることはなんだってしよう。
たとえ怪我をしてしまっても。
たとえ死ぬような目に会おうとも。
老兵は死せず、ただ消え去るのみ、とはよくいったものだけど。
ただこの前の劉備達との戦を経て感じる。
俺は長生き出来そうにない。
あの程度の戦いで俺は死にかけた。
そんな奴がこれからを無事に乗り切れるのだろうか。
これから一つ、大きな戦を控えているのだから。
その戦いで、華琳は負ける。
どんな歴史の教科書にだって載っているその戦いで曹操は負ける。
映画にもなり、いくつもの書籍になり、舞台になり、語り継がれるその戦いで、曹孟徳は負けるのだ。
そうならないために俺がいるんじゃないだろうか。
「だから、下手な考えは休んでいるようなものだとさっきも言ったでしょう?」
「ん?」
「顔よ、顔。あなたがそんな顔するときは決まってロクでもないことを考えているの。
でもね、一刀この際だからいっておくわ。あなたは何か難しく悩む必要はない。
あなたの役目は私の側にいて我が覇道を見届けることなのよ。だから最後まで私の側にいなさい。」
ふっと。
それは今まで悩んでいたことがまるで何かの冗談だったかのように。
心が軽くなる気がした。
そうか。だから俺はこの世界に呼ばれたのか。
「あぁ。そうさせてもらうよ。最後まで、必ず最後まで華琳の隣にいるよ。」
「けどしっかり働いてはもらうわよ?働かざるもの…」
「食うべからず、だろ?あぁ、わかってる。もちろんわかってるさ。」
「…(一刀の笑顔って、前からこんなだったかしら?)」
俺のすべきことはわかった。
華琳たちの側にいて、華琳たちを守ること。
力も知識でも到底かなわないこの女の子をこれから振りかかるであろう火の粉から守ること。
そのためには全力を尽くそう。
たとえ死ぬような目にあおうとも。
消えてしまおうとも。
彼女たちだけは守ってみせよう。
それが俺の役目だ。
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ほんとに何も書くことがなくなってきた。