ここは益州北部の地、武都近くのとある山道。
そこには、馬に乗った二人の人の姿があった。
二人ともダークブラウンのややくたびれた外套で全身を包んでおり、その表情は見てとれない。
「しかし趙韙よ、よく妾を見つけられたのう。これでも本気で雲隠れすつもりじゃったのじゃが」
一人はまだ声変わりに至っていない幼さを残した少年の声であったが、その口調は気怠さが十全に滲み出ている。
「自分が何年おやか―――劉璋様にお仕えしていると思っているのでありますか?元々好奇心旺盛な劉璋様のことであります。きっと、
様々な国々からの文明の利器が集まる、敦煌に向かわれるであろうことは、容易に予測がつくのであります」
趙韙と呼ばれた女性は、はっきりとした口調でもう一人、劉璋に向かって答えた。
「なるほどの。ところで趙韙、お主、死罪になっておらぬということは、無期限の国外追放になったのであろう?成都の法では、お主の
行動を縛るのはそこまでじゃぞ?別に桔梗の言うことを律儀に守って妾についてくる必要などないのじゃぞ?」
「もちろん成都の法は存じているであります。自分が劉璋様のお傍にいるのは、自分の心が、そうしろと感じたからであります」
最後の一言には、趙韙の強い意志が込められているようであった。
「『仕えるべき主は己自身で見定めよ。ただし、目先の建前で判断せず、心で感じよ』母様がよく言っておった持論じゃな。じゃが、あれ
だけ長年妾から苦しみを受けておきながら、お主も相当変わっておるの」
「それを言うなら、自身が退位するために、長年にわたって配下に嫌がらせをして謀反を起こさせようとする方が、よっぽど変わって
いるのであります。そんな大がかりなことなどせず、早々と禅譲するなり、逃げ出すなりすればよかったのであります」
「ふむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その発想はなかったの・・・」
しばし考え込むようなそぶりを見せて答えた劉璋の答えに、趙韙は外套のフードを外して、
女性にしては凛々しく整った顔立ちに、艶やかなサイドテイルの黒髪をあらわにし、劉璋の方を驚きの顔で見た。
「な・・・!?それは本当なのでありますか!?」
「な、何を驚いておるのじゃ。禅譲して位を放り出したり、まして逃げるなど、男がそのような選択を持ち合わせておるはずなかろう」
しばらくの間ポカンとしていた趙韙であったが、やがてこらえきれずに吹き出してしまった。
「な、何なのじゃ!!何がおかしいのじゃ!!」
その予想外の趙韙の反応に、劉璋もまた趙韙と同様に外套のフードをひっぺ替えし、
その少年らしからぬ気怠い表情をやや崩して趙韙に対して憤慨して見せた。
ここ数年間の劉璋を見たことがある人物がこの劉璋の反応を目にしたら、かなりの違和感を覚えただろう。
「ふふふ、いや、そもそもご自身がご退位するためにあれこれ策をめぐらすこと自体逃げの選択でしかないのであります。それに結局、
劉璋様は天の御遣い様に位を禅譲なされたのでありましょう?」
「な、何を言っておるのじゃ!妾は逃げてなどおらぬ!それに御遣いに位を譲って今こうして成都を出て行っておるのじゃって、お主が
謀反を起こしたから仕方がなく―――!!」
「まぁ、そういうことにしておくのであります」
趙韙は未だ半笑いの状態で答えた。
「趙韙!!お主信じておらんじゃろー!!」
「ふふふ、あれだけ自分に嫌がらせをしてきた劉璋様の言い分など、信じられないのであります」
劉璋に対するこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく、趙韙は笑いを堪え、澄ました顔で劉璋をからかった。
「ふん!なんじゃなんじゃ、趙韙のアホ~!堅物~!もうお主のことなど知らんのじゃ!もう勝手にするがよいのじゃ!!」
「・・・・・・はい、それでは勝手にお傍に付かせていただくであります」
劉璋の劉璋らしからぬ年相応の反応に、趙韙は眼頭に熱いものを感じていた。
「はぁ、まったく、何故そこまで妾に拘るのか、妾には分からんのじゃ」
ため息交じりに尋ねた劉璋の質問に、趙韙は下あご辺りに人差し指を当ててどう言ったものかと考えていたようだが、
やがて瞳を閉じ、静かに答えた。
「そうでありますな・・・・・・劉璋様のお言葉をお借りするならば、お傍にいたいからいる、でありましょうか」
「まったく、自分勝手な奴じゃ。じゃが、その言い分は、嫌いじゃないがの」
おおよそ想像通りの返答に、劉璋はやれやれといった様子で首を左右に振っていたが、その口元は僅かながら綻んでいるようであった。
「さて、では、お主の予測通り、ひとまずここから北上して敦煌に入るが、妾はそこでとどまるつもりはないぞ?」
「・・・??それはどういうことでありますか?」
趙韙は劉璋の意図することがつかめず頭に?を浮かべている。
そんな様子を見た劉璋はしてやったりとわざとらしく見下したような表情で説明し始めた。
「ふむ、お主もまだまだじゃの。やはり集まってくる文明の利器を見るのも良いが、更にそれらが生まれた地に行ってみなければな」
「なっ!?ま、まさか―――ッ!?」
そこまで聞いて、趙韙もようやく劉璋の言いたいことが理解できたようである。
「うむ、そこから
民たちへのせめてもの償いとする。長旅になるが、覚悟するのじゃぞ?」
つまり劉璋は、この中国の地を離れ、遥か西方の地へ自ら赴き、
そこで西方の文明に直に触れることでその技術や知識を学び、成都に持ち帰ろうというのだ。
十歳前後の少年の思い描くことは、ここでも趙韙の想像をはるかに超えていた。
「(まったく・・・お館様には敵わないのであります・・・)了解であります。いつまでも、どこまでも、お傍にいるであります・・・」
もはや君主という肩書も、君主の側近という肩書もない、劉璋と趙韙の、再び成都に戻ってくるための、新たな第一歩であった。
【第二十八回 第二章:益州騒乱⑩・エピローグ 終】
あとがき
第二十八回終了しましたがいかがだったでしょうか?
今回はまさかのオンリーオリキャラという初の試みでしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
本当は前回の後ろにでもくっつけようと思っていたのですが、あまりにも長文になってしまうため、
止むを得ずエピローグとオリキャラ紹介だけ今回に引っ張って来ました。
そのせいで本文とあとがきがほぼ同じ文量という意味不明なことに、、、汗
恋姫が一切出て来ず、しかも本文短くて申し訳ありませんでした。
ですが、劉璋君を捨てキャラにしないためには、今回のお話は必須だったのです。どうかご理解ください。
あと、せっかく登場人物が少なかったので、この機に会話文前の名前排除の実験を再び行っております。
今回みたいな短文の場合、また名前排除の実験を行うかもしれませんが、どうかご容赦願います。
それでは最後に恒例のオリキャラ紹介をば、、、
●劉璋:リュウショウ。字は季玉(リギョク)。若き成都領主にして益州牧。十代前半の少年。
一人称は「妾」。口調は「…じゃ」「…の」など、なんとなく美羽ちゃんっぽい。
高価そうな着物に身を包み、ジャラジャラした装飾品をたくさん身に着けている。
表情は常に気怠そうで子供らしさのかけらもない。母劉焉さんの急逝を機に若くして嫌々益州牧・成都領主になった。
元々人の未来を縛る世襲制に反対し、禅譲を主張して領主就任を拒否していたが、受け入れられず、
その反動で我儘になり、放任主義で何事も適当にあしらっていると思われていたが、
(しかし、法の整備をさせるなど、一応最低限の仕事はこなしていた模様)
その実は、幼い自身が君主になれば成都が乱れる、と思い、退位するためにわざと暗愚を演じることで、
追い落とされるべき人物像を作り上げたにすぎなかった。
(しかし一方で、『このような不自由、妾は認めぬ』というように、本当に子供らしく反抗している部分もあった)
そのせいか、子供の頃とのギャップに苦悩する配下も多かった。
母劉焉さんのことが大好きであり、女性一人称である「妾」を使用しているのは、
劉焉さんの一人称を幼いころに真似したのが定着してしまった為。
そのため、劉焉さんの急逝をなかなか受け入れられず、一方、死を悼む間もなく、
すぐに劉焉さんの後継として自身を立てた配下たちに不満を持っていたことから、領主就任に反発していたという面もあった。
また、長年趙韙さんを厳しく扱うことで、趙韙さんに謀反を起こさせる動機づけをしたり、
自身に不満があるのを口実に、有力武将である紫苑さんを追い出し、桔梗さんを成都外へ飛ばすことで、
成都の守りを弱め、謀反を起こさせやすくしたりするなど、かなり頭の切れる子供だった模様。
結果、天の御遣いという、禅譲に値する人物との接触を機に、漢中の内乱鎮圧を名目に、
成都のほとんどの戦力を漢中に出陣させ、趙韙さんに謀反を起こさせる絶好の機会を与えた。
趙韙さんの反乱を機に、位を一刀君に禅譲し、成都を脱した後は、
趙韙さんと共に西洋文化を学ぶため、敦煌からシルクロードに向かった。
位を禅譲してからは、徐々に昔のような子供らしさも取り戻しつつある模様。
●法正:ホウセイ、字は孝直(コウチョク)。劉璋配下。二十歳前後。一人称は「俺」。
やや明るめの緑を基調とした軍師装束に身を包み、少し長めの金髪をオールバックで流し、
眼頭から頬にかけて伸びる真一文字の傷跡、そして極めつけはガラの悪そうな口調と、誰もが認める不良青年軍師。
その見た目から屈強の武将に見えるが、戦闘力はゼロに近く、根っからの頭脳労働班。
巷ではもやしっ子ともいうが、それを言うと本人はキレて、もやしの素晴らしさを語りだすらしい。
一方、殺されそうになった劉璋君の盾になるなど、忠義心の厚い行動派でもある。
●趙韙:チョウイ。劉璋配下。二十代半ばの女性。一人称は「自分」。口調は「…であります」。
凛々しい顔立ちにサイドテイルの黒髪を靡かせ、黒のビスチェに迷彩色のホットパンツを身に着け、腰に上着を巻いている。
一挙一動はさながら軍人の如し。劉璋君にこき使われる可哀想な人。
それは劉璋君が趙韙さんに謀反を起こさせるための策だったのだが、そのことに気づくのは全てが終わった後であった。
法の整備を任せられたり、暴徒の鎮圧を命じられたりと、文武両道の能力を有している模様。
反乱後即降伏し、無期限の国外追放に処された。またその時、桔梗さんから劉璋君を探し出し傍に付けと命じられた。
その後、見事劉璋君を見つけだし、共に西洋文化を学ぶため、敦煌からシルクロードに向かった。
劉璋君のことが大好き。
●劉焉:リュウエン。字は君郎(クンロウ)。劉璋君の母親。先代益州牧にして成都領主。
喜怒哀楽を前面に出す人で、豪快で明るい人。過保護だが容赦はない。
臣・民からの信頼は絶大で、成都の基礎を築き上げた功労者。桔梗さんの拳は泣くほど苦手。劉璋君が9歳の時に病に倒れ死亡。
何だか劉璋君がややこしい感じですが、これは第二章結末候補の1つ、
生き残った劉璋君に呂布軍が仕官するパターンでの劉璋君の設定を色濃く受け継いでいるためです。
ちなみに、初期構想では我儘なくそガキ劉璋が、趙韙(男)に討たれ、
桔梗さんらに包囲された趙韙は自害、というものでした。
(こっちの方がシンプルで分かりやすかったと思うのですが、恋の在野で紫苑さんに変な回想をさせてしまったせいでボツに 汗)
劉璋君の本心を知ったうえで、改めて本編を見直してみると、
南蛮族を抑えに行って怪我した趙韙さんを30日謹慎にしたり、趙韙さんが看病に来たら追い返したりといった行動も、
また違う見方ができるかもしれませんね。
また、張任については、名前だけだったので、登場機会があれば紹介します。
それでは、オリキャラ紹介が長々となってしまい申し訳ありませんでしたが、
次回からは再びと申しますか、初と申しますか、拠点フェイズが始まります!
しばらくは本編から離れて息抜きモードに突入しますので、拠点を楽しみにしていた方はこうご期待をば!
それではまた次回お会いしましょう!
次回は取り敢えず焔耶か桔梗さんのターンです、、、!
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どうもみなさん、お久しぶりです!または初めまして!
いきなりですが、本日無双7猛将伝が発売しますね。皆さまこちらの方はご興味がおありでしょうか?
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