一度立ち止まり、足音を確認する。耳栓をしているお陰で、着用していない場合に発生する突発的な難聴で聴力を犯される事も無い。入り乱れる足音は三つ、いや二つか。ショットガンを収納し、代わりにUSPを抜いた。サプレッサーを装着し、フラッシュライトとレーザーの電源を入れる。あいつらなら懐中電灯位は持っているだろうが、いざ遭遇した時は十中八九タクティカルアドバンテージはこちらにある。
片手で対応出来る俺に対してあいつらは片手は銃、もう片手は懐中電灯と、両手が塞がってしまう。もう片方の手にショットガンから外した銃剣を構えた。対して、俺は片手にUSP、もう片方の手にナイフ。遠近どちらも対応出来る状態だ。
「どこにいやがる!?」
「探せぇ!出て来いやぶっ殺したるぞ、ワレェ!」
うるさい奴らだ。そもそも出て来いと言われて出て来る様な馬鹿が存在すると思うのか、常識的に考えて?ボロボロになったカーテンの中に割れたガラスの破片を入れて床中に散撒き、相手が近付けばすぐに分かる様に細工した。
ジャリッとガラスを踏みしめる足音。
お、更に二人来た。一人は普通に歩いており、もう一人は足が悪いらしく、足音の感覚が不規則で、僅かに引き摺っている音が聞こえる。位置を知られてはマズいのでライトだけを消し、人影に向かって銃口を向けた。レーザーポインターがハッキリと人型の輪郭に当たるのが見える。リズミカルにタタン、タタンと、一人に二発ずつ弾を食らわせてから銃を奪った。一丁はベレッタ、もう一人はコルト・ガバメントを持っていた。と言っても粗悪な中国製のコピーだが。弾だけ貰っとこ。だが、その前に両方の銃で数発ずつ撃った。サイレンサーはついていないから当然銃声(と言う名の撒き餌)は響くし、これで更に敵が寄って来る。死体は隠れた部屋に移動させた。
「移動、移動っと。」
仮に全員が固まってやって来たら・・・・・考えただけでゾクゾクする。手榴弾で木っ端微塵に吹き飛ばせるが、全員がやって来ると言うのは考え難い。だが、念の為に持って来た手榴弾二つを用意し、更に迫って来る足音が止まって餌に食い付いて来るのを待った。
「おい、血ぃや!この部屋に続いとる!」
「いてこましたらぁ!!」
「全員こっちだ!さっさと動け!もたもたするな!!」
いや、訂正しよう。敵は思ったより馬鹿だったらしい。かなりの足音が近付いて来るのが聞こえる。恐らく引き摺った時の結婚を辿っているのだろう。まず一つ目。ピンを抜き、数秒待ってから手榴弾をアンダーハンドで投げ込んだ。戸口の角にヒット、跳ね返り、室内に転がり込んだ。耳を塞ぎ、口を開く。
3、2、1・・・・・爆破!!!!
さあて、とりあえず室内を調べますかね。むせ返る様な人肉と髪の毛が焼ける悪臭が立込める部屋に足を踏み入れ、邪魔な死体を蹴って転がす。殆どの死体は主に手や腕そのものが欠損していた。恐らく爆発の際に銃弾が暴発したんだろうな。だから銃は本場の物が良いんだよ。だが、僅かにその中の一人がうめき声を上げた。丁度良い。数を知るのには丁度良いカモが手に入った。
「よう。しぶといな。これでお宅らのお仲間は十人以上殺した。後何人いる?」
だが呻くだけで言葉を形作っていない。
「何人いるかと聞いてるんだ。答えろ。」
「ろ、く・・・・ぅ・・・」
六人か。まあ、大した数じゃなくて良かった。銃剣で左から右に寿司職人が魚をさばく様に瀕死になったソイツの喉笛を左から右に一直線に掻き切った。回収出来る銃弾は回収し、簡易キッチンとトイレに向かった。用を足すと言うのもあるが、清掃の際に使われる石鹸や洗剤、油をくすねると言う目的もある。それをワザと大きな音を立てて下の階に下りて行きながら万遍無く階段に撒き散らした。これで運良くあいつらが滑れば捻挫か骨折をする。仮にそうはならなくても当分は痛みの所為で碌に動く事は出来ないだろう。
上にまだ敵がいるのを想定すると、これに掛かる奴はかなり出る。焦って自分達を襲って来た正体不明のハンターを探すのに躍起になり、恐怖と怒りで冷静な判断が出来なくなって引っ掛かる。下から来る奴らもそうだ。まあ、いないとは思うがな。パンツァーファウストの爆発で撹乱した時に建物にいる全勢力の殆どが命中した一角に集結した筈だ。階段を下りる途中、二階で止まった。窓を開き、外に飛び出した。着地の衝撃が足に響かない様に受け身を取って落下のエネルギーを殺し、立ち上がった。全員を相手にする必要は無い。相手は俺の名前どころか顔すら知らないのだから。
「勝ったな。」
俺はほくそ笑んでそう独りごちる。だがその矢先、聞き慣れた不特定多数の呻き声が耳に飛び込んで来た。予想通りやって来た<奴ら>の大群だ。グズグズしてはいられない。バイクの方へと走り出した。 駐車場は元々あまり大きくない上、出入り口は同じ方向にしか無い。走りながらMGLを発射。前方の<奴ら>が複数爆発で吹き飛ぶ。血飛沫の中を俺は駆け抜けた。爆発で恐らく生き残りの六人のチンピラも何事かと覗きに来るだろう。後ろから銃弾を食らったら暫くとは言え今みたいに動く事は出来なくなる。そうなれば俺は終わりだ。足を動かすペースを上げ、歩幅を更に広げる。
ようやくバイクに辿り着き、すぐさまエンジンをスタートさせる。ヘッドライトが点灯し、前方を明るく照らし出した。MGLを荷台に固定し、左手にUSPを構えた。ドライブバイ・シューティングは利き手じゃない方であっても当てるのは存外難しいが、やるしか無い。右手でアクセルを捻り、発車。去り際に駐車場の中にフラッシュグレネードを投げ込んだ。音と光で<奴ら>があの建物に寄って来る確率を更に高める為だ。
「勝ったぞ・・・・俺の勝ちだ。」
そう。俺は勝ったのだ。時間、銃弾、敵の人数、<奴ら>。様々な物が勝利を掴む事を困難として来たが、俺は勝った。全てのオッズに打ち勝ったのだ。そして、俺は笑った。傲岸に、不遜に笑った。前方から迫って来るバイクでは避け切れない<奴ら>を何体か始末しながらもそれは続いた。
運転する事数十分、ようやく俺達が一時的な塒にしている建物に辿り着いた。
「帰ったぞ。ちゃんと無傷だ。相手も恐らくあれで全滅した。歯応えが無さ過ぎたぜ、所詮は素人だったよ。いやー大漁大漁。弾薬も銃もどっさりだぜ。おーい、お前ら。」
だが、家の中は静まり返っていた。おいおい、まさか俺が出てる間にトンズラこいたんじゃねえだろうな?念の為に武装は解かずに中に入った。一階には誰もいない。
「上か。」
だが、代わりに二階が少し騒がしい。まさか・・・・・俺はすぐに階段を駆け上がり、ありすが安静にしている部屋の扉を開いた。
「おい・・・・!」
部屋には全員が集結していた。ありすに次いで重傷の田島や小室でさえ平野と中岡の肩を借りてその場にいた。中岡や学園の女子は互いの胸に顔を埋めて声を殺して泣いていた。中心にあるベッドからも、啜り泣く声が。俺が聞き違える筈も無い。静香の嗚咽だった。泣き腫らして真っ赤になった目は絶望一色に染まっている。
ありすは、まるで眠っているかの様に穏やかな死に顔をしていた。先程まで体内に埋まった銃弾の痛みに苦しんでいた様子はけら程も無い。眠る様に既に息を引き取ったであろうその幼子の屍をまるで我が子の様に胸に抱いた静香の肩に手を置く。
「静香。」
だが、二の句がつげない。俺はこんな時に何を言えば良いか分からない。俺は前世も今世も死神とは今では合計五十二年の長い付き合いだ。人が死ぬなんて当たり前の事にしか思っていない。静香も医者であるからそれを十分に理解して入るが、やはり受け入れられないのだろう。自然の摂理と、その理不尽さを。
「やだ・・・やだよぉ・・・!!圭吾ぉ・・・・私・・・・私ぃ・・・・!!」
俺を見てしゃくり上げる静香の頭に手を置いた。やっぱり駄目だったみたいだな。俺は久し振りに葉巻を一本取りだして着火し、口に銜えた。
「・・・・墓、建てるぞ。」
こう言っちゃ悪いが、至極当然、大人でも銃弾なんて当たる所に当てりゃ死んじまう。設備が整った病院で弾を摘出した後でもその可能性は消えないのだ。それが年端も行かない小学生のガキとなりゃ尚更生存率は低くなる。大の大人の免疫機能や回復力と比べると子供の方が格段に劣るからだ。
学生組の奴らと静香は終始嗚咽を飲み、涙を流していた。全員で広い中庭に穴を堀り、青白く、冷たくなったありすを毛布に包み、枕やクッション、を入れてその穴の中に寝かせた。それぞれがお別れの言葉をしゃくり上げながら言い終わると、穴を埋めてからそこに花を添えた。
「やっぱり、死と言う絶対的なオッズには誰も勝てない、か。」
「圭吾。あの子達や静香には悪いけど、明日の朝、ここ出るよ。」
リカは落ち着き払った声でそう言ったが、握り拳が震えているのが見えた。少なからず怒りと悔しさを感じているのがその拳一つからありありと伝わって来る。俺はその手を握ってやった。
「ああ。いつまでもここにいられる訳じゃないしな。傷を舐められる時間も今夜ぐらいしかない。、死とは枷・・・・錘だ。引き摺っていたらいつかその重みに堪え切れずに死ぬ。」
俺は死と言う事象に馴れ過ぎている。傭兵として世界を渡り歩いて、俺は常にそれを見て来た。硝煙と血、腐食する肉、金の為なら何でもする人間の屑の連中が跋扈する戦場こそが俺の『日常』だから。一般人の日常は俺にとって『非日常』であり、緩慢でしかない。戦いの中でしか生きられないと俺は悟った。世界が<奴ら>で溢れたその瞬間から、俺の『日常』が戻って来た。ルールはただ一つ:生き残れ。
「さてと。リカ、静香の奴慰めに行くぞ。あの不安定なまんまじゃ心配だ。」
後数時間で、朝日が・・・・・血みどろの日常が戻って来る。俺は墓を一瞥してから背を向けた。
無秩序と言う名の新世界秩序の一日が終わり、また始まる。
俺の名は滝沢圭吾。元SAT隊員にして、元傭兵だ。
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いよいよですが、これで最終回となります。