日光は地平線の向こう側に沈んで行き、夜の闇が訪れた。ようやくありすの容態も落ち着きを取り戻し、静香は緊張の糸が切れて彼女の隣で眠りこけてしまった。リカにああ言われて頭の中ではそれが正しい判断だと分かってはいる。だが、彼女の言葉を何度も反芻してもやはり排除すべきは排除した方が良いと思うと考えてしまう。逡巡した末、俺は夜襲を掛ける事にした。日が暮れる前に警察署や周辺にある薬局やコンビニに行って、物資を集める以外にも俺をハヤブサの残党へと導く手掛かりを探し当てた。余分な地図があったのでそれにアジトと思しき場所を記す。
「もう少しか・・・・・」
全員が寝静まるのを待ってから出た、と都合良くは行かない。見張りがいる。一人は高城、もう一人は運の悪い事にリカだった。一応必要な分だけ武器を持った。残りは俺が死ぬのを想定して残った皆に役立ててもらおう。準備はこれで出来た。スケボーは夜では危ないから、代わりにバイクを使う事にした。幸いガレージに一台のバルカン400クラシックが停めてあったのだ。燃料も度々EMPで廃車となった車のタンクから回収していた為、満タンである。
「やっぱり行くつもりなのね?」
「ああ。無理を承知で頼んでる。行かせてくれ。奴らがいる大まかな位置情報は掴んだ。移動手段もあるしな。」
だがリカは両腕を胸の前で組んで俺の前に立ち塞がる。
「でも、手持ちの銃弾だけで全員殺せるって保証は無いわ。それに、戻って来る時はどうするの?<奴ら>が銃声を聞きつけて一斉に圭吾達がいる所に群がってくるわ。全員倒し終わって体力も装備も消耗している所で襲われたら、終わりよ?」
「大丈夫だ。何もハヤブサの連中と真っ向からやり合うなんて少しも思ってない。そんな事して生き残れる確率は俺が神を信じる確率と同じか、それよりも低い。まあ、仮に死にはしなくとも、只では済まないだろうな。」
「じゃあどうするの?」
リカの声に苛立ちと必死さが見て取れる。
「トラックに残して置いた虎の子があるだろ?パンツァーファウストIIIが。後、グレネードランチャーもある。最悪俺自身の手で一人ずつ丁寧に皆殺しって事は出来なくても、あれを使って建物自体をぶっ壊せば片はつく。で、止めにパンツァーファウストをぶち込む。爆発で死にはしなくても、音で<奴ら>が寄って来るし、助かっていても噛まれて終わりだ。バイクで移動すりゃ<奴ら>よりは速い。脱出のルートも幾つか見つけたし。」
頭を高速で回転させながらプランを立てて行き、それを披露して行く。傭兵時代、当然だが作戦が必ずしもその通りに行く訳では無いと言う事を思い知った。状況に応じて戦法を一々切り替えなければならない事の方が多かった。手間だったが、生き残る為に嫌でも覚えた。
「・・・・・本当に大丈夫なのね?」
「リカよぉ、俺が嘘をお前に言った覚えあるか?まあ、確かに真実を全て包み隠さず話さなかった事は多少あるだろうが、それでも嘘を言った事は無いだろうが。」
そう。俺は前世でも今世でも、老若男女問わず、本当に信頼に足ると判断した奴に対して嘘をついたり騙したりした事は無い。このチームの皆にも、俺は何一つ偽っていない。
「確かに。悔しいけど、認めざるを得ないわ。このチームの中で一番頭の回転が速いのは滝沢さんだって。」
高城が双眼鏡片手にフォローしてくれる。嬉しい事を言ってくれるね。だが、やはり俺が単騎決戦をするのはリカ同様気に食わないのか、顰めっ面は崩さない。
「けど、そんなVIPが今この場で離れるのは最良の選択とは思えないわ。特に今は。あのガキンチョも死にかけてるし、田島さんは満足に動ける状態じゃないし、小室も撃たれた。今まともに戦える『一軍』メンバーは片手で数えられる程度なのよ?」
それもまた正しい。万全の状態で戦力になるメンバーは、リカ、毒島、平野、そして俺だ。少し無茶をすれば宮本や高城も戦えるだろうが、手負いの男と手負いの女は根本的に違う。故に無茶をさせるのは気が引ける。
「確かにな。だが、お前らは俺やリカ、田島が不在の間お前達だけで生き延びて来た。俺の助け無しで、ありすや静香を今まで守り抜いて来た。暫くの間俺がいなくても充分生きて行けるだろうが?まあ、俺の能力をそこまで買ってくれるのはありがたいが、俺は不可欠な人材じゃ無いだろう?。それに高城、お前だって十分に頭の回転が速い。ある意味お前の知識で小室達は生かされて来たんだからな。」
装備を改めて確認し直すと、再び二人に向き直る。
「出来るだけすぐに片をつける。だから行かせてくれ。」
「どうせ止めても行くんだから、勝手にしなさい。でも、条件が幾つか。」
「俺に出来る範囲の事なら何でも。」
「一つ、当然死なない事。もう一つは、」
高城に聞こえない様に俺の耳元でこう囁いて来た。戻って来たら、私の気が済むまで一杯楽しませて欲しい、と。その意味が分からない程俺も野暮な男ではない。益々早急に片をつけなければならなくなったぜ。
「分かった。あ、後、多少の怪我は勘弁な。防弾ベスト付けてるとは言え流石に無傷はあり得ないから。」
さてと。行くか。ガレージのヘルメットを被ったが、持ち主は頭が小さめだったのか俺の頭が締め付けられる。ノーヘルは危険なのだが、この際仕方無い。現在俺が持って行く銃は、以下の通り。
H&K USP
SIG Sauer P226 X6 LW
コルト・ディテクティブ
モスバーグM590
ダネルMGL
パンツァーファウストIII
手榴弾・フラッシュグレネード
モスバーグとMGLは荷台に荷掛けネットで括り付け、パンツァーファウストは背負う事にした。ビニール紐しか無かったのが不安だが、まあ、どうにかなるだろう。一度撃てば只の鉄の塊になるんだし。そう言う使い方をする様な奴はいないと思うが いざとなりゃ鈍器にもなる。何度も見て記憶した地図のルートを頭の中で確認しながら、俺は出発した。
「一番可能性が高い場所ってのがここなんだよなあ。」
停車したのは何の変哲も無い事務所があるビルの前。その手前にある駐車場から数メートル離れた所でバイクを置いて徒歩で移動した。何の変哲も無いと言っといてなんだが、実際はハヤブサの集会や闇金などで頻繁に使用されている建物である。灯りはついていない為、中に何人いるか、元々人がその中にいるか否かも確認は出来ない。中に入って確認する以外は。暫く外で見ていたが、暗い窓から蝋燭らしき微かな光が灯るのを見た。
「当たり、かな?」
暗視や赤外線ゴーグルが無いのが残念だ。だがそう思った矢先、建物の方からマズルフラッシュが見え、くぐもった銃声が聞こえた。
訂正。当たりだな。
ニヤリと笑う。今の俺は恐らくとてつもなくエグい顔をしているだろう。月明かりが雲に遮られるのを合図に、俺はバイクを押しながら影から影へと移動し、建物に近付いた。茂みの中に身を潜め、パンツァーファウストを構えた。
「Time to go♪」
バシュウッと弾頭が勢い良く放たれ、丁度建物の中間———五階建ての建物なので三階の現在見ている側面のほぼど真ん中———に命中した。凄まじい爆発と共に窓ガラスやらコンクリートの欠片がぱらぱらと落ちて来る。
「Game time, boys.」
傭兵時代、作戦開始前に部下や別働隊の奴らに言った台詞を口にした。亡霊となったあいつらの分も生きる。即座にパンツァーファウストを投げ捨て、ショットガンに持ち替え、ライトを点灯、ナイフのシースを外し、着剣。フォアエンドを一往復し、準備完了。先程の爆発で敵の大部分は音を聞きつけ、そこに集結している。身を低く落とし、足音を殺しながら素早く階段を登って行く。段々と怒号や悲鳴、指示を飛ばすドスの効いた野太い声が近付いて来た。爆発でドアが蝶番から引き剥がされた部屋だ。心の中で三つ数えると、中に踏み込み、至極無感動に引き金を引いた。耳を劈く撃発音と共に、対人用の12ゲージダブルオーバックの散弾が一人目の胸と顔を穿ち、倒れ込むと童子に後ろにある戸棚に激突して崩れ落ちて事切れた。
「なん」
口を開いて言葉を形作りながら惜しげも無く刺青を晒したスキンヘッドのチンピラがマカロフを構えようとした。だが、俺は大股で前進しながらも既に排莢操作を終えて次弾を装填しており、ソイツの顔に向けて散弾を発射した。その偏った狙いの所為で顔面から後頭部まで拳大の穴が開通しており、脳や頭蓋骨の破片が割れた窓ガラスを彩った。射撃場の人型の的の様に仰向けに吹き飛ぶ。三人目はパニクって碌に狙いもつけずにリボルバーの全弾を撃ち尽くして丸腰になってしまう。
「や、やめ・・・たすけ」
ソイツの股間を蹴り上げ、踞った所でがら空きになった後頭部に銃剣を突き立て、沈黙させる。これで三人。恐らくまだいるだろう。
「さあ来い。Hunting season はまだ始まったばかりだぞ。足掻け足掻け。」
空薬莢となった二発目のシェルをエジェクト。血に塗れたナイフを眺めながらそう呟いた。そして、敵に自分の位置を知らせる様に、口笛を吹いた。カール・マリア・フォン・ウェイバー、『魔弾の射手』この建物は森、愚かな狩人のカスパール達はあいつら。そしてこの俺が、魔王ザミエル。俺の仲間を弄んだ罪、その命で償え。
「さあ、来い。谷底にその屍を投げ落としてやる。」
魔弾の射手のラストのカスパールの様にな。
更に迫る足音。破壊されたガラスが踏みしめられる。さて。全滅するのは問題無いが、俺は色々な物と勝負する事になる。一つはあいつら、二つは時間、三つは弾の数、四つは銃撃戦の音に反応して引き寄せられる<奴ら>の群れ。一番厄介な敵は時間だな。
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主人公無双、再びです。今回はちょいネタありです。知る人のみぞ知るみたいな奴かもしれません。
ではどうぞ。