【相川千穂】
一年で少しおしゃべりした・・・。2年生になって仲良くなった・・・。
そして3年生の半ばで私は櫟井さんに告白をした・・・。
『い、櫟井さん!』
『な、なに?相川さん・・・』
人気のない場所に呼んでから話すタイミングを逃して少しの間
沈黙をした後の大きい声に櫟井さんは驚いて私を見ていた。
『あの…その…』
『うん」
『私その…櫟井さんのことが好きみたいなの』
『・・・』
『やっぱり女の子同士って変なのかな?』
櫟井さんの無言に耐え切れずに私は弱音を吐いてしまう。
胸のドキドキが強すぎて破裂してしまいそうなほど。
自分の中での緊張に揺さぶられ続け気持ち悪くなりそうだった。
『一般的にはね』
『うぅ…』
『でも私はそれでもいいと思うよ』
『え・・・?』
答えを聞くのが怖くて俯いていたが櫟井さんの言葉に恐る恐る顔を
上げるとそこは軽蔑の顔でも引いてる感じでもなく、
ただただ気持ちが暖かくなるような笑顔だった。
『私も相川さん好きだよ』
『櫟井さん…』
それは友達としてではなく?って聞くといつものツッコミをされて
私は舞い上がるような気持ちになっていた。
あの憧れの人と付き合える。そんなふわふわとしたような
浮ついたようなそんな気持ちだった。
しかし、好きな人と一緒になれるのはいいけれど。
私は未だに慣れることはなかった。いや、正確には私達・・・なのだけれど。
人気のない教室で二人の関係を深めていこうとしてチュ、チューをしたけど。
すごくぎこちなくて、お互いに名前で呼ぶこともできなくて。
でもいつもより近くにいることがどこかこそばゆくて。それなのになんか幸せ。
「ちょっと、千穂。いつまで寝てるの?」
「うぅ~ん…今日は休みだからもうちょっと寝させてぇ…」
「まったくもう、本当にそれで委員長やれてるんでしょうね・・・。
信じられないわ、うちではだらしないのに」
「うるさいよ~…」
「あっ、そうだ。今日あんたどこかに出かけるんじゃなかったっけ」
布団に丸まってる私が母のその言葉を聞いてうつらうつらとしていた
意識が一気に覚醒した。というか青褪めた。
「そうだ!今日櫟井さんと出かける約束してたんだった!」
布団から跳ねるように飛び出してびっくりして唖然としている母の
前で急いで仕度をする。化粧は濃くならないようにナチュラルに。
この間買ったばかりのワンピース風のと他の服を重ね着にして。
髪の毛のチェックを怠ったのが、後々櫟井さんにばれてしまうのだけど。
待ち合わせ場所に駆けつけるとそこにはもう既に櫟井さんが立って
待っていた。
「ご、ごめんなさい。遅れちゃって」
息も荒くなりながら私は櫟井さんの傍に来ると櫟井さんは苦笑しながらも
嬉しそうに。
「私も来たばかりだから大丈夫だよ」
「うぅぅ…」
いきなり大失態だ。しかし、さらなる困難が私を襲いかかってくる。
「そんなに髪の毛乱しながら急がなくてもよかったのに。あ、寝癖」
「ぇぁっ・・・!?う、うそおお・・・」
「相川さんの髪質いいね。手櫛でも直りそう」
「あ、ご・・・ごめんなさい」
「そこはありがとう…でしょ」
「ありがとう…」
連続の失敗でテンションだだ下がりの私に櫟井さんは微笑みを崩さず
私を気遣ってくれる。まるで王子様のようだ。いや、女の子なのに
王子様扱いは失礼かもしれない。
「普段あまり見ない相川さんの一面が見れて嬉しいよ」
それはフォローでも何でもなく本当の言葉だと・・・。
照れ笑いのような赤らめた表情から何となく感じ取っていた。
そうだ、いつもの私より普段の私も見てもらいたい。
そういう気持ちにはなったが、どっちも意識して行動しているわけではないので
普段家にいるような私がすぐに出せる訳がないのだった。
それから櫟井さんは私の手を引いてリードしてくれた。
手が触れるのも苦手なのに、何だか私が特別みたいな感じがして
胸が高鳴る。
買い物の途中でもやや櫟井さんを意識しすぎて純粋に楽しめて
なかったりしてやや窮屈に感じてきた時。
休憩するためにデパートのベンチに座った時のこと。
私の手に重ねるように触れて握ってくる櫟井さんにドキッとした後
すぐに握り返した。
「千穂・・・」
「え!?」
「せっかく付き合ってるんだし。今だけでも名前で呼び合おうか?」
「う・・・うん・・・」
「千穂・・・」
「唯・・・」
あまりに気恥ずかしくて逃げ出したくなるような気持ちだけど
今確かに櫟井さんに近付いたみたいで嬉しかった。
それから私達は何度繰り返したかわからない、名前の呼び合いをしていた。
それは耳にはっきり入ってくる音量ではなく、呟くような小さな小さな声
だったけれど、私たちにははっきりと聞こえて二人して赤くなりながら
繰り返し続けたのだった。
「私、こんなんだけど。これからもよろしくね」
日も暮れそうな時間になって私を家まで送ってくれる途中
櫟井さんがそんなことを言い出してきた。
「私の方も、もっと変な反応するかもしれないけど…よろしく…」
「うん、それは楽しみにしてる」
私も勇気を出して言ったのに、どこか嬉しそうにそんなことを言っちゃう
櫟井さんは少しずるいと思った。
「もう…」
「お互い奥手だからね…。ゆっくり深めていこう」
「うん…」
別れ際、夕焼け色に染まった人気のない路地で私はおでこに
櫟井さんの唇が触れるのを感じていた。
「大好き」
それはどちらが言ったのかわからないくらい小さな呟き。
だけどそれはとても甘くて幸せな言葉、時間だった。
「千穂」
「あ、唯ちゃん。おかえり」
それから何年ものの歳月が経ち、二人とも働けるようになってから
二人で住める賃貸マンションを探して一緒に住んでいる。
私達の住んでいた町からさほど離れてないから気軽に帰郷もできる。
何年もかけて私達はようやくちゃんとした恋人同士のように気軽に
話しかけ、触れ合えるようになっていた。あの初々しいドキドキは
なくなってしまったけれど、この気楽に向き合える快適さも好きだ。
「またごろごろして・・・掃除はちゃんとしてるみたいだけど」
「もう、お母さんみたいに言わないでよ~。あ、頼んだもの買ってきてくれた?」
「うん。…」
「なに?」
「ふふっ、まさか千穂が普段そういう感じだとは思わなかったなぁ」
「な、なに…今更」
幻滅したかなぁって少し心配してしまったけれど唯ちゃんは
表情を崩さずあの時のように優しかった。
「や、千穂の色々な面が見れてかわいいなって思って」
「もうからかわないでよ。それを言ったら唯ちゃんだってかわいいよ」
「そ、そう…」
私は面と向かって呼び捨てするのに耐え切れなくなってちゃん付けで
呼んでいるけれど、お互いそれでしっくりくるからそれでいいかもって思えた。
「そうだ、ゆずこと縁もね。付き合ってるんだって」
「え、本当!?」
仕事帰りでどっちかに会ったのだろう。楽しそうに言う唯ちゃんの姿を
見ていると高校時代の二人を思い浮かべて私も嬉しい気持ちになれた。
「あの二人がねえ」
「縁のお父さんに直接恋人宣言して許しをもらったらしい。
思いつくとアグレッシブに行動するのがゆずこらしいよな」
「それはすごいねえ」
でも野々原さんも緊張したらしくて「お嫁さんを娘さんにください!」
と逆の言葉を言ってしまったらしく、日向さんのお父さんを笑わせて
気に入られたらしかった。すぐに想像ができて微笑ましかった。
「日向さんも好きな人といられてよかったね」
「うん、縁は家のことを強く考えてるからね。できれば自由にさせて
あげたかった…」
唯ちゃんはそう言うと一呼吸置いてから再び。
「最初、それは私の役目かなって思っていたけど。私にはどうしても
決意ができなくて、そして千穂を好きになって…」
「うん…」
「ゆずこがしてくれてうれしかった。あいつはすごいやつだよ」
「うん」
遠い目をして懐かしがっても最後は必ず私を見てくれる彼女が
本当に愛おしい。私は唯ちゃんの体に向かって頭を預けて甘えるように
すると柔らかく抱きしめてくれた。
「私たちも二人に負けないように幸せになろうな」
「うん!」
私もこの幸せを逃したくないから最後は力強く答えた。
まだいろいろ大変なこともあるかもしれないけど。
私は唯ちゃんと一緒なら何でもできると思った。
今の私の気持ちのように澄み渡る空を見て、自然と微笑んでしまう
そんな休日の時間だった。
おしまい
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唯と相川さんでカップリングしてみました。二人の初々しい反応と愛の育みに少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。