私の人生の中で一番後悔が残って寂しくて死にそうってことは一度くらいしか
ないと思っていた。
【彩菜】
「なんで私こんなことしてんだろ~」
「何って先輩のためじゃん。どうしたの急に」
二人で創作活動をしていると、無性にやる気が湧かなくて半ば投げ出したくなる
気持ちを口に出すと彼女の春花に苦い表情をされて言われる。
まぁ、普通に考えれば自分で決めたことを自分からやめようとするから
自己中にしか見えないのだろうけど。
そして人に指摘されるまで自分のことすら全く気づいてなかった。
「ねぇ、彩菜」
「ん?」
「貴女どうして…そんな寂しい顔をしているの?」
「え…?」
そこで私は初めてそこで今の自分の気持ちに気づいた。
先輩がいなくなってしまう。そんな考えが浮かべば浮かぶほど私の足取りは重くなり
徐々に美術室に向かう回数が減っていった。本当は会いに行きたいのに…!
どんな顔になってるかわからなくなるのが怖い。
「あのねぇ、彩菜。どうして最近美術室いかないの?」
「…」
「私が行くなっていう時ほど行ってたのに。最近私ばかり先輩に会ってるわよ」
「春花は行ってるんだ?」
「当たり前でしょ。あれだけ仲良くしていきなり行かなくなるほうが不安になるっての」
私以外には冷たい態度を取る春花も何だかんだいって相手のことを考えて行動すること
が多くなってきた。
「春花って優しいよね」
「褒めても何も出ないわよ。それに…ここで逃げたら彩菜。あなた後悔するわよ」
「…!」
痛いところを突いてくる。雪乃のこととは違うけれど、確かにこのままだと
後悔するに違いない…でも向き合うことが同じくらい怖くて仕方なかった。
「…」
「彩菜!」
春花の言葉にビクッとなって固まって目を瞑っていると私の右手が温かいものに
包まれた。
「今、一番寂しいと思うのは誰だと思う?」
母親が子供を諭すような言い方に心が揺らぐ。ふわふわしていて安定しない
私の気持ち。ちゃらくて、まとめるのが上手そうだとか思われているが
そんなことはない。私の心はいつだって不安定なのだ。
「先輩…だよね」
涙が出なくても泣きそうだった。そんなこと考えなくてもわかることなのに
自分の気持ちで溺れてしまいそうだったから。逃げてしまいたくなった。
だけど、先輩のことを考えてしまったらもう逃げられない。苦しい…。
「彼女は一人なのよ。貴女と違ってね」
「え…?」
「私は辛い時も苦しい時も寂しい時も彩菜の傍にいるって決めたんだから。
ずっと一緒にいるわよ…、あなたが望まなくてもね」
力強く握る春花の手はとてもしっかりしていて安心できる。ふわふわ浮いている
私をしっかり地につけてくれるようなそんな感覚。
「ありがとう、春花」
「な、何よ。珍しいこと言うわね」
私が素直に言うと春花は急に真っ赤になって慌てるような素振りを見せる。
春花のさっきまでの態度が一変したことについ笑ってしまう。
しっかりしてると思いながらも、こうやって可愛い仕草もあるから飽きない。
だけど本人にはそのことは言わないけれど。私が素直に言えるのは一人しかいないから。
「よし、がんばるかな。先輩のために」
「そうね…」
手を離した後、私は立ち上がって背を伸ばして思い切り息を吐いてから言った。
「ちょっと休憩しようか」
「言ったそばから!」
時間が迫ってきて予想外に作業が進まなかったせいもあり、少し焦っていたけど
目標が決まってからは割と早いペースで作業が出来てる。
短い時間で少しずつやっていて私には感覚的に完成するまでの道が見えた気がした。
あまり根つめすぎてもいいものはできやしない。
「ちょっとだけ気分転換だよ。春花、おいで」
「しょうがないわね…」
手を繋いで部屋を出る。作業している場所は春花が住んでいるとこのマンションで、
春花が一人暮らししていることから、集中しやすいからと私がほぼ強引に決めてしまった。
外に出ると少し歩いたところの喫茶店に顔を出した。
うちの母もよく来ているためか、顔を覚えてもらっていて顔を見せにくると
店長さんが気さくに声をかけてくれる。
「やぁ、彩菜ちゃん。と、春花ちゃんだっけ?」
「はい」
「コーヒー一杯飲んでくかい?奢っちゃうよ」
「あ、自分で払い…」
「あ、よろしくおねがいしまーす!」
店長さんが春花と私に声をかけてきた後の厚意に春花が水を差しそうになったから
私は慌てて腕を引っ張って引き寄せた後にそう言って誤魔化した。
「こういう場合はやりたいようにやらせた方が気分がいいんだって」
店長さんに聞こえないような声で春花の耳元で囁くように言うと
なにやら春花が固まっているように感じた。
「どうしたの?」
「近いって…」
急なことで驚いたのか、少し赤くなって絡めていた私の腕を外して距離を空けた。
それ以上のことをたくさんしてきたのに不意打ちだけでこうなるとは可愛いやつだ。
少し眠たかったけれど彼女のそんな様子を見て私は眠気もほどよく飛んで
その時間を十分に楽しむことができた。
家に戻ると春花の髪の毛を掬うように上げて撫でるように愛でていると
怪訝な顔をして私に視線を向けてくる。
「なによ」
「ん、何となく」
本当に何となくって感じ。ずっと傍にいてくれたはずなのに今日は特別何かを
感じてはいるが、それがはっきりとわからないのだ。言葉にならないというか。
「なにそれ」
困ったような顔をしながら笑う春花が少しきらきらして見えた。
何だろう、他で色々見たり聞いたりしていた「恋」っていうのに近いのだろうか。
いや付き合ってるのに恋してなかったら失礼にあたるのだが。
ここまではっきりと何かしら変化が起きたのは初めてで少し戸惑っているのだ。
若干呼吸も荒くなっている気がする。そして、春花の匂いも濃く感じる。
すんすん
「ちょっと、何匂い嗅いでるの」
「ごめん、いいにおいだったから」
「今日の彩菜ちょっと変じゃない?」
「そうかな?」
「私から見たらね」
そう言って私のおでこに人差し指でツンッと突っついた後、作業している部分に
視線を戻した。確かに変かもしれない。だけど、それは良い方向に向かってるように
感じていた。私の直感がそう告げているようであった。
今、私はすごく春花のことが好きだ。
そのことで頭がいっぱいになるほどだった。
時間に余裕があるかと思っていたが、良いものにしようと試行錯誤していたら
期間ぎりぎりになって完成した。途中から間に合わないかもと不安にもなったりした。
だけど、先輩へ渡すものは確かに今私たちの手にあった。
それとは別にプレゼントを用意して当日を待った。
進学が決まっている生徒は他に優先すべきことがあれば登校しなくても
良いことになっている。だからこの時期に3年生はみかけない。
そんな中、私に呼び出された先輩はいつもと変わらない顔をして私の前に
立っていた。
私は用意していたものを先輩に手渡す。
「これ…」
先輩が私たちのあげたものを開けると中から折りたたまれたのが飛び出してくる。
昔にあった飛び出す絵本みたいな感じと同じ作りになっている。
ネットで調べたものを応用して作ったのだ。
中から飛び出したのは一般に作られているものではなく。私たちと先輩が仲良く
しているような光景のデフォルメした姿が先輩の目の前に広がっていた。
「嬉しい…」
「先輩がそう言ってくれると嬉しいなぁ。ね、春花」
「えぇ」
プロが作るのとは違って稚拙だったけれど、一生懸命作った手作り感が先輩には
良く見えているのかもしれない。
「これ、生涯の宝物にするわ…」
「先輩大げさだなぁ」
「ううん、私にとっては何よりもすばらしい作品だと思う」
「えへへ…ありがとう…先輩」
言うや否や、私の目元からぽたぽたと涙が溢れ落ちてきた。
嬉しいのに、もうやることもやって、寂しさも…。なくなるわけがなかった。
私の中では今津波のように寂しい感情が押し寄せてきていた。
「うぅ…」
「泣かないで…」
「そうよ、どっちかというと先輩の方が寂しいでしょうよ」
知らない土地に旅立つのだ。先輩の方が心細いのは承知していたけれど
やはり寂しいものは寂しいのだ。押さえきれないくらいに。
そんな私に先輩の冷たい手が私の頬に触れた。
泣いて火照っていた私には心地の良い冷たさで…。
「確かに寂しいわね。でも嬉しいこともあるわ。こうやって気持ちのこもった
ものをもらえて、私はがんばれそう」
「先輩…」
「あなたもがんばれるわ。私に向けたように素直に思ったままに行動していれば。
それが彩菜の魅力だもの」
光の無い瞳に私の顔を映させて、無表情だったのが少し和らいで微笑んでいる
ように見えた。
残り半月を切って、私が先輩の笑顔を見た。最初で最後の瞬間だった…。
たった3年間…私に至っては1年間しかなかったけれど。短いからこそ
輝く時期があるってことがわかった。
卒業式。色々な先輩たちがそれぞれの後輩たちに見送られて、泣いたり、笑ったり。
後で一緒に遊びにいく予定を立てたり、校内で別れたり。そんな光景が私の目に映る。
私は春花と一緒に裏門の外で人を待っていた。
それはとても大切な日を一緒に過ごしたあの人である。
静かに足音が遠くから聞こえてくる。
相変わらず無表情で何を考えてるかわからないけれど、雰囲気は前とは違っている。
少し人を拒絶するようなあの感覚がなくなっていた。
「…」
「先輩、卒業おめでとうございます」
二人でもう一つのプレゼントを持って笑顔で迎えた。
この前たっぷり泣いたから…寂しいけれど割とスッキリしていた。
「ありがとう」
淡々とした喋りの中でも一緒にいた時の気持ちが篭っていた。
私はそれがとても嬉しくて。
「ほんとはね。卒業式待たずして行くつもりだったの。今回だけは待ってもらってた。
今まで道具のように言われた通りにしてたけど。ちょっと我侭言ってこの時間まで
自由にさせてくれた」
「私たちも今まで一緒にいてくれてありがとうございます」
先輩の事情を聞いてから私も一歩前に出てお礼を言う。そして私は先輩の傍に
近づいて抱きしめた。
「また時間ができたら会いましょう、先輩…」
「えぇ、最初からそのつもりよ…」
「あの、これ。もう一つのプレゼントです」
「これは…髪飾り?」
かんざしのような作りの綺麗な細工がしてあるものだが、安いものだ。
だけどイチゴの可愛らしい飾りが先輩に似合うと思ったから。
袋から取り出した先輩が私を見つめてきた。私は挿してくれと言っているように
見えたから先輩の手元からかんざしを持って先輩の髪に挿してみた。
「似合ってる…」
「この間の絵本といい、人生で一番嬉しい時間になりそう」
「・・・」
「・・・」
「いい雰囲気になってるとこ悪いけど、時間大丈夫ですか?」
途中で春花の声に我に返った私と先輩は携帯電話で時間の確認をすると
すぐに車の迎えが来た。先輩側の関係者がたどり着いたようだ。
時間に余裕がないのか切羽詰ったような雰囲気で運転手の人が先輩に話しかけ
急かしていく。
「じゃあね、元気で」
「先輩も…」
「うん…」
バタンッ
ドアが閉まる音が聞こえた後、私たちの前から先輩の姿はあっという間に消え去って
いった。静かな時間が流れる、この時の私は何を考えていたのだろう。
寂しい? 悲しい? 何にも当てはまらない、そんな浮いたような感覚の後。
私の後ろからぎゅっと優しく抱きしめられる。
「彩菜、私ずっと傍にいるからね」
「春花…ありがとう…」
心細かったのかもしれない。春花の行動に言葉に私は胸の内がじわじわ
暖かい気持ちになっていくのを感じた。いつも傍にいてくれてありがとう。
その言葉は口から出ることはなかったけれど、後での私の表情や反応で気づいて
くれたのか…春花は満足そうに笑っていた。
ほんとうにありがとう。
いつまでも私の中で先輩と…春花への感謝が止むことはなかった。
彼女たちがいなかったら私はどこまで堕ちていたことだろう。
本当に感謝してもしきれないほど色々なものをもらっていた。
もうすぐ3年生で私たちはどんな道を行くのか、まだ想像すらできずにいた。
でも考えなくてはいけない時期に差し掛かる。
だけど私はそんな時期だからこそ、今だけはゆっくりと心を休ませたかった。
大丈夫、遅れてもがんばれば取り返せるものだから。
「帰ろうか…春花」
「うん」
私たちは手を繋いで歩いていく。住む場所が違うから途中で別れてしまうけれど。
それまでの間だけでも、その温もりを感じたかった。
私と同じように雪乃もこういう切ない気持ちになっていたりするんだろうか。
雪乃は大丈夫なんだろうか。遠く離れた妹へ思いを馳せながら
私は私の道を進んでいく…。
続
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姉編、妹にしか興味を抱かなかった姉の彩菜が初めて恋以外の何かを感じとる話。そして同時に強烈な寂しさも。色々体験して彼女はどう変わっていくのだろう。